ログインしてさらにmixiを楽しもう

コメントを投稿して情報交換!
更新通知を受け取って、最新情報をゲット!

意味不明小説(ショートショート)コミュの美しい日本語辞典  146P を全部使用

  • mixiチェック
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
酔生夢死。

酔っているような、夢を見ているような心地で一生を終えることだそうだ。

響きだけを聞くととても気持ちのよい状態で居続けた末に幕を閉じるというイメージを掻き立てそうな四字熟語だといえるが、実の意味はそうポジティブなものではないらしい。

人に言われて、私は知らずにそれに対して頷いた。まぁ、そんなところかなと。

どこか引っかかってしまった語であったので、珍しく辞書を引いてみた。埃もかぶりようのない奥の奥にしまてってあった祖父の辞書。

意味を知った時、特に悪い気はしなかった。言いえて妙という感想を持たないでもなかったからだ。だが、それならばこの語が持ってくるイメージに文句をつけねばいけない。

ここには不安や苦しみが醸す暗い色が見て取ることができないからだ。

悪酔いと悪夢のような毎日で人生が終わることも酔生夢死という言葉が内包しているというのはどうも納得がいかない。




私は喫茶店でアイステイの温度と香りを愉しみながら暗い気持ちで想いを巡らせる。傍らにはタバコとその上にはライターがあり、今まさに煙に乗せてこの心の重みを放出すべく試みようとしていた。

たばこは今日が初めてだ。今迄から向こう側に行くためには何かしらのアイテムを必要とする。変化はわかりやすい方が意識に上って効果的だ。私は少なくともその効果を期待して、今日、私の体内にあの忌まわしかった煙を受け入れようと決意した。


そういう役割を託して私は煙草の箱を手に取りフィルムをはずした。20本が無駄なく敷き詰められているところから、記念すべき1本を選ぶ。端から順にと思い手をかけてみたが伸びた爪が邪魔してなかなか誘いに乗ってこない。諦めて真ん中の1本を引き抜いた。君だ。


内心、悪戯な思いでそいつを捉えて口元に持っていく。ライターを右手に持ちギアのような歯車を回して火を点けた。

息を吸いながら間近で着火を確認する。先っちょがジジジというかそんな音を立てて反対側から私の中に煙が入ってきた。なかなかにワクワクする経験でその様をもう一回の脳内で再生してにやけた。どうやら私はこの一連の流れを好いたらしい。

その後で俳優が銀色の小気味良い金属音を響かせるシーンをよく見るが、私はそこまでをする気にはならなかった。

そもそもジッポではなかったが、もしそれを持っていたとしても音がならないようにそっと閉じていたと思う。

カチャ、シュ、ボ、ジジジ、キンッ、フゥー。

この抑揚のある一部始終では煙草の存在が小さい。メインは私だとばかりに俳優がでしゃばっているように見える。フィルムならそれでいい。だが、日常において自らの存在を誇張する必要は何処にもない。インパクトはいらない。私は流されるように生きている。

試みは失敗に終わった。異質な煙は体内で同質のものと結託し、いっしょくたに体の外へ出される事は無かった。すげなく気怠さを付け足してあざ笑うように逃げて行っただけだった。

「酔生夢死というような生涯」噛み砕こうとしたこと自体が間違いだったのかもしれない。それは考えるまでもなく私のここまでの蓄積であり、これから遂行していく人生そのものであるかもしれず、理解に溶ける間もなく馴染んでくる言葉だったからだ。思考が浮力を失って底へ堕ちていくのを助けることもない。

少しでも役に立てばと大きく息を吸いこんではみたが文字通り水泡に帰するだけで現象の改善をみることはなかった。あせって浮上のきっかけを探してはみるがこれといったアイディアをみることがない。喫茶店で溺れてしまうなんてすかたんのすることで私の望むところではない。

と、相席を申しだされた。数席しかないこの店はほぼ埋まっていた。にぎやかではない店内は沈黙の塊であり続けながらその質量を高めていたらしい。街中の憂鬱を引き受けたような重さがふと気づけばここにあった。

マスターもその邪魔をしない。その無表情は酸いも甘いもかみ分けたというよりは感情の動きに対してすっかんぴんな、素人の木彫と比喩した方がしっくりくるものだった。客に興味を示さず、ただ濾されていく珈琲とショーケースに佇むスイーツの相手だけをしているだけだ。最小限の言葉だけを面倒くさそうに産む他は香りの漂いから出てくる様子はない。

自然、マスターを介さない相席の申し出となっていたが私はそれを受け入れた。見た目には数寄者と認識するのが正しい初老の男性がいじらしげな目で私に微笑みかけてからハットを取りくすんだ木の椅子に腰を落ち着けた。

「いいかな?」

私はもう相席については了承の頷きを示したはずであったので訝しく思いながら

「どうぞ」

とだけ答えた。

どこか伯楽然としていて、私の頭の上にある想像を見抜いて愉しんでいるようにみえる。

「決して助平心ではない」

「はい。」

「一言いいかね?」

「はい。」

「垂涎するほどのモノがないのかね?」

「スイゼン...?」

「つよく望むようなもの」

「はぁ」

「私にはあるよ」

「なんですか?」

「時間だ」

「無理ですね」

「そう、やっと渇望するものができたらそれだった」

「つまらない話」


私はもう一度煙草に火を点けて、同じように脳内でその様を繰り返した。男性はそれを取り上げて灰皿に押し付けた。残煙が恨めしそうに私を睨みながら消えていく。まだやれたとばかりに。

「こうなるよ、しっかり意思を持ち続けるといい。」

気分が悪く、私は席を立ち、1,000円を置いて店を出た。

悪酔いと悪夢を内包した酔生夢死が私を襲う。店を出た意志は私のものだという意地でそれと何とか闘いながら、頭にはウイスキーが思い浮かぶ。

どうしようもない。

うんざりして

私は私のままで別の何かになりたいなと思った。

コメント(0)

mixiユーザー
ログインしてコメントしよう!

意味不明小説(ショートショート) 更新情報

意味不明小説(ショートショート)のメンバーはこんなコミュニティにも参加しています

星印の数は、共通して参加しているメンバーが多いほど増えます。