意味不明小説(ショートショート)コミュのあたらしいキズを

「はしらのきずはおとうとのー　ごがついつかーのせいくらべー」

毎年５月５日、タロウの身長を家の大黒柱に記していた。
その傷は一昨年で止まっている。

昨年の５月５日、タロウは入院中で家にいなかった。翌月タロウは天国へ旅立った。
ケースに入ったままの黒いランドセルは、誰に背負われることもなかった。

仏壇にはタロウの好きな和菓子とともに１冊の絵本が供えられている。

タイトルは「あまいのだいすきカナリアさん」
鮮やかな虹色の羽根を着飾ったカナリアが表紙。

----------------

あまいのだいすきカナリアさん
あまいのだいすきカナリアさん
あさはだいふく　よるかしわもち
きょうもあまいのつついてる

あまいのだいすきカナリアさん
あまいのだいすきカナリアさん
きょうはティラミス　あしたはクレープ
せかいのあまいのしっている

パンナコッタ！なんてこった！
なんでここに！ナタデコッコ！

えびばでぃせい！ほー！（ほー！）
せい！ほーほーほー！（ほーほーほー！）

あまいのだいすきカナリアさん
あまいのだいすきカナリアさん
おやつコンビニ　よるはファミレス
あまいのうまいのごちゅうもん

あまいのだいすきカナリアさん
あまいのだいすきカナリアさん…

-----------------

この絵本をいつも姉のサツキが弟のタロウに読み聞かせていた。
慣れてくるとHipHopのGrooveを効かせられるようになった。

「ねえちゃん。きょうのカナリアさんはなにたべてるの？」
「今日はねえ、サイゼリヤで『プリンとティラミスの盛り合わせ』つついてるYO」

「いいなあカナリアさん。いつもおいしいのたべれて」
「タロウも体よくなったらみんなでファミレス巡りしようね！
　ロイホでヨーグルトジャーマニー食べようね！！」

「うん！でもあれはおおきすぎるから、たべるのねえちゃんもてつだってね！！」

ファミレスツアーを楽しみにタロウは病気と闘っていた。
それも叶わぬ夢となってしまった。

--

それから３つの季節をこなし、暖かな春を迎える。
桜も散り、屋根より高い位置に五色のこいのぼりが泳ぎ始めたころ、
学校帰りのサツキの目前を虹色の残像が横切る。

「あっ！甘いの好きのカナリア！！」

サツキは赤いランドセルを揺らしながらカナリアを追いかけた。
カナリアは近くのコンビニへ入り、お菓子のコーナーへ。
ぱたぱた羽根を震わせながらお菓子を物色しつつレジをチラ見。

レジの前には５,６人の女が並んでおり、２人の店員が必死に対応している。
その隙を見計らい、カナリアはチロルチョコをくわえ、素早く自動ドアをすり抜け脱出。
サツキは生まれて初めて万引きの目撃者となり、その場に立ち尽くしていた。

それから数日、サツキは虹色のカナリアを街のいたるところで目撃した。
くちばしにはいつも、いずこで盗んだに違いないお菓子をくわえていた。
あるときはガムテープを首から提げていた。お菓子のガムと勘違いしたんだと思う。
バームクーヘンと間違えたのかもしれない。

５月５日

サツキがともだちの家へ出掛けようと自宅の玄関の扉を閉め、ふと空を見上げると
虹色のカナリアがカントリーマアム（お徳用）をくわえて飛んできた。
カナリアはサツキの家の赤いこいのぼりの口の中へ侵入。
しばらく眺めていると、カナリアはこいのぼりの尾ひれから脱出。
くちばしには何もくわえていなかった。

「ひょっとして」

カナリアはカントリーマアムを食べずにこいのぼりの中に貯めこんでいるのかも知れない、
お菓子が尾ひれからこぼれないようにガムテープで縛り付けてるのかも知れないと思った。

明日こいのぼりが降ろされるのが楽しみになった。
サツキはこいのぼりを仰ぎ見ながら、

「おかあさん。早く新しい弟つくればいいのになあ」

澄み切った青空のもと、五色たなびくこいのぼり。
赤い一尾だけ、いつもよりお腹がふくらんでいるようにみえた。