意味不明小説(ショートショート)コミュの親父が跳んだ

俺が小学生だった頃の親父の話をしよう。



親父に自転車に乗りたいと相談したことがあった。
すると親父は「自転車練習用カリキュラム」なるものをワープロで作成した。
自転車に乗るまでの練習内容が厳密に定められたものであった。

１日目は「自転車のハンドルの握り方」

２日目は「自転車のまたがり方」

カリキュラムに書かれていないことを練習するのは禁じられ、必ず親父の監修のもとで行なわねばならなかった。
同年代の友達が１週間くらいでコマなしですいすい町を走っていくのを横目に、俺は３ヶ月に渡る「自転車講習」に耐え続けたのである。
「早く自転車にのって走りたいよー父さん、友達はもうみんな自転車で遊びにいってるよー」と不平をこぼすと親父は一言、

「お前の友達は、基礎ができていない」

と言ったのだった。
親父は良いように言えば何事にも真剣に取り組む男、悪く言えば融通の利かない男だった。

学校の授業で逆上がりができないと、夕食時に何気なく親父に話したことがあった。
次の土曜日、親父は一人でどこかに出かけ、夕方に戻ってきた。
鉄棒を買って来たのだった。
翌日から俺の家は「庭に鉄棒がある、変わった家」になった。
そして「逆上がりカリキュラム」が作成された。

そんな親父のことが苦手だった。
親父にかかると何事も大げさになるのが嫌だった。
しかし、今にして思えば。

あれは春だったか初夏のことだったと思う。
俺は親父と妹と三人で、バトミントンをしに近所のガレージに来ていた。
傍から見れば楽しい団欒にも見えたかもしれないが、我々兄妹にとってはそうではない。
あの悪しき「カリキュラム」。
シャトルの持ち方、ラケットの振り方。
ワンプレイごとに親父の指導がはさまれ、俺と妹のフラストレーションは増大していった。

のびのびプレーしたい。

その気持ちは時間がたつにつれ確固たるものとなっていって、ついに俺は、反抗を企てた。

フルスイングしてやる。

親父の「カリキュラム」に従えば、今日は、「相手が打ちやすいポイントにシャトルを返すことを練習する日」であり、フルスイングなど絶対にしてはならないのであった。
だが、子供には遅かれ早かれ反抗期というものが訪れるのだ。

親父から返ってきた、膝のあたりにふわっと落ちてくる絶好球。
野球のバッターのようにぶん回した。

俺の打ったシャトルは大きな放物線を描き、ガレージを越え、道路に向かって飛びつづける。
気持ちが良かった。

ざまあみろ父さん！

親父がどんな顔をしているのか知りたくて、目線を落としたとき、俺は驚愕した。

全力疾走で落下点を目指す親父の後姿が、そこにはあった。
子供と遊ぶ父親は絶対にあんな猛烈な勢いでは走らない。
全力で落下点へと走っていた。
どんどん遠のいていく親父の背中を、俺は呆然と見ていた。

なぜだ父さん！
困惑する俺をガレージに残したまま。

親父は跳んだ。

ラケットを空にいっぱいに突き出し、頭からダイブした。
そして。

背面ダイビングショット。

空中でシャトルを打ち返した親父を見ながら俺は思う。
なぜそこまでするんだ。
そこまですることの意味って何なんだ。

だがしかし。

受身のことをまったく考えてはいなかった。
親父はシャトルを打ち返したのち、ラケットを持った右肩から地面に落下した。
硬いアスファルトの上をごりごりと滑って、一回転してからやっと止まったのであった。

立ち尽くす我々兄妹の視線のはるか先で、右肩をずるずるに擦りむいて血を流す親父の姿があった。
着ていたポロシャツは引き裂かれ、ターザンの服みたいになっていた。
親父はそのまま病院に運ばれた。

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もう一度言おう。
親父は良いように言えば何事にも真剣に取り組む男、悪く言えば融通の利かない男だった。
親父が跳んだ、あの日からもう２０年が過ぎようとしている。
俺にはまだ子供はいないが、いたとしても不思議ではない年齢になった。

俺に子供がいたら・・・・

もしも、ガレージで息子とバトミントンをすることになったら・・・

俺はあの日の親父のように背面ダイビングショットを決めることができるのだろうか？