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意味不明小説(ショートショート)コミュの『社会人日記「女の友情ってある?」』

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逸子は自他ともに認めるブサイクだ。
 そして頑固である。視力はかなり悪い。コンタクトをつけてその上からぶ厚いメガネをかけている。
 職場では重宝されていた。頼まれた作業はていねいにまとめ、必ず納期に間に合わせた。ごく少数だが彼女の容姿やただただマジメに仕事をする姿を見て陰口をささやく者もいた。飲み会の笑い種になった事もある、もちろんそこに彼女の姿はない。ただ不思議なのは悪口大会の中心にいた人達はいつしか会社からいなくなっていく。入れ替わりで入ってきた人達も、彼女を非難しているうちにクビになったり自己都合で退社していった。 
 大手出版社の孫請け、個人の校正プロに仕事を依頼しそれらを親会社に提出する。つまりデータの管理と橋渡しだ。それから細かな雑誌記事の編集、しかもかなり雑な依頼を引き受けていた。もちろん部長や社長はいたが、ごくごく小さな会社だった。先輩後輩の間柄はあるものの、実際は特別な能力など必要ない作業ばかりだった。
 彼女は編集作業を引き受けることが多かった。皆からめんどくさがられる、いつもババを引かされているようなもの。はた目から見ると彼女にも才能はなかった。零細企業にまわされる記事など筆名は残らないし、彼女自身もそれを望んではいなかった。まるで渇きをうるおすために用意されたただの水みたいに、あたりさわりのない言葉を並べるだけ。しかし多くの人ががその水を喜んだ。甘くもなければ刺激もない、しかし不可欠なものとして重宝されていた。

 逸子は迷っていた。
 今日からあたしは三十路だ。毎年ひとりで残業しているか、部屋にいても珍しくビール缶を開けるだけだった。おそらく社内に彼女の誕生日を知る者はいないだろうし、望んでもいない。あたしには友人なんかいない。友人らしき人はいるけど、おそらく他人は友人と呼ぶだろうけど、友人っておそらく特別でしょ。だからいない。
 今日の悩みはひとつ、ケーキを買うかどうかだ。甘いものは好きだし、ケーキだってたまには食べる。デコレーションケーキを買おうとは思わない。おそらくそれは甘いものが好きな男がバレンタインデーに板チョコを買うかどうかで迷うようなものだろう、男じゃないからわからないけど。
 昼休憩にお手製の弁当を食べながら考え、思い出した。帰り道の途中にあるお気に入りのケーキ屋さんに寄ろうかと考え、そういえば今日はあたしの誕生日だったと思い出した。
 あたしは記念日を祝うことをあまり認めたくない。他の人がどうか知らないが、あたしはせいぜいビールを一杯飲むだけでいい。今日はケーキが食べたい日、でもそれじゃあわざとらしい祝福じゃないか。時計を見ると午後五時、あと一時間で退勤時間だ。
 営業担当の先輩が乱暴にドアを開ける。あたりをきょろきょろ見回してからあたしに目をつける。
「あ、ちょうどいい。悪いんだけどいつもみたいなの書いてくれ。量はそれほど多くない、ただ締め切りが今夜九時なんだ。ごめん、ほんとお願いだ」
 あたしは安心していた。これでケーキを食べないですむ、お店の閉店時間は八時。おそらく記事を書き終えるのは締め切りギリギリになるだろう。
「わかりました。時間もありませんし、依頼された内容を教えてください」
 先輩と内容を確かめ意見を交えたあと、六時前にはキーボードを叩き始めていた。いつものクセで制服のそでを腕まくりし、にらむようにディスプレイを見ていた。そうなるとまわりは気にならなくなる。キーボードを叩く以外にすることは、くたびれたメガネをずりあげるくらいだ。ひと休みにと自動販売機へミネラルウォーターを買いに行こうとしたとき、部屋の電気はほとんど消えていて、どうやらあたしひとりしかいないみたいだった。まあいっか、そう思いながら休憩室に向かう。ミネラルウォーターを飲みながら部屋に戻ると、自分のデスクから一番遠いところからかすかな音が聞こえた。
「おかえりい、女の子なんだからせめて座って飲みなさいよ」
 房江だ。彼女はいかにも女性らしい。あたしは彼女がこの会社で一番の美人だと思う。そんな趣味はないけどね。でもあたしの友人らしき女だ。
「いまさらよ、がまんできないじゃん」
「そう、まあいいよ。で、そっちはどう」
「仕事? うん、もうちょっとかな」
「そっかあ。がんばってね、悪いけどあたしはそろそろ終わる」
 時計を見ると八時、なんとか締め切りには間に合いそうだ。でも友人ごっこをしている余裕はない。まくっていたそでをさらに引き上げて戦闘モードに突入。ディスプレイの光だけがあたしの顔をてらす。あたしもそれでじゅうぶんだ。仕事だから一応時計を見たりする。
 猫背を隠すでもなくカタカタしていると、ぽんっと肩を叩かれた。見ると房江が部屋を出て行くところだ。
「じゃあねえ」
 時計を見ると八時半。その後九時ギリギリにデータを送信し、九時半に部屋を出た。
 入力中は考えなかった。やっと終わってからはずっと気になっている。「じゃあねえ」はまだわかる。おそらく彼女はあたしを友人のひとりだと思ってるんだろうし、そうでなくても挨拶くらいはするだろう。気づかなかったけど先輩も上司も他の同僚も挨拶はしただろう。でもあたしに触れたのは彼女だけ。フツーの人はそういうことしたりするのかな。ぐるぐる考えながら帰路につく。さすがに疲れていたから電車では寝てしまったが、夢でも彼女が出てきて困ってしまう。
 そしてあたしはコンビニで弁当と、小さな安いケーキを買って帰った。

 数週間後、逸子がディスプレイを見ていると小さなポップアップが出てきた。社内メールだ。自分の仕事を邪魔されたと、少しイライラしながら開いてみる。房江からだ。
「ちょっと相談があるんだけど、今夜あいてる?」
 一行だけ、顔文字などはない。
 あたしに予定などあるわけがない。定時に終われば自分用の晩ご飯と翌日の弁当を作って寝るだけ。一応友人っぽい女だから返事をする。
「いいよ」
珍しくお互い定時にあがり、そのまま近くにある居酒屋へ入った。
 生ビールをあおると彼女は突然泣きだした。号泣だ。とぎれとぎれに一生懸命話した内容によると、どうやら長年つきあっていた彼氏と別れたようだ。
「あたし、は結婚も、考えて、いたのよ。アナタ同期だからわかるよね。焦ってるって、言うのとは、ちょっとちがうんだけ、ど。でも本当に、好きだった」「あたし、いろいろ想像、してたの。将来、うん。彼と子供を作ってりっぱに育てていつかはおじいちゃんおばあちゃんになって優しく手をつなごうって」「うん。彼がお前のことがよく分からないって、ずっとわからなくてでもずっと理解し合えればと思ってたけどもう無理だって」
 あたしも一応恋愛らしきことをした経験はある。
 学生時代に一年間。サークルの飲み会でそうなってしまい、ずるずると一緒にいた。そしてその人からサヨナラと言われた。あまり喋らない人だったけど、最後に「ちょっとは笑え」と言われた。やっぱりなあって思った、あたしも知ってた。でも可笑しくないのに笑えないじゃないか。退屈な人だったとは思わないけど楽しいとも思わなかった。まあ、あたしの話はいい。彼女の話を聞こう。
 そう思ってたらビックリした。
「イッチャン、アナタにはわからないかもね。アナタかわいいからフラレたことないでしょ?」
 え? 意味がわからない。まったくわからない。かわいいってなに、フー子まだそんなに飲んでないでしょ? どういうこと?ふだんからあたしのことそうやってバカにしてたの? え? 裏切られちゃった?
 いやまて、裏切られるってなんだ。そもそもそんな関係じゃない。友人じゃないんだから裏切られることもない。彼女もまたずっと陰口をささやいていたんだ。そう、そうだ。そう思わなくちゃ。
 でも、ひとまずここは返答だ。
「なに言ってんのフー子、かわいいってのはアナタみたいな女のことでしょ。あ、フー子はどっちかって言うと美人さんタイプか」
「イッチャンまでバカにするの?! あたしなんかただのブサイクじゃん。彼も『わからなかったけど、もうちょっと美人だったらな』って言ってたし。もう誰も信じられない!」
 どうしようどうしようどうしよう。よけい混乱してきた。あたしがかわいくて彼女がブサイク? あたしの世界がぶっ壊れそうだ。ウソ言ってるんだと思う、ウソだと思いたい。彼女が実は悪人だったっていうほうがよっぽどマシだ。それがあたしの基準なんだから。三十路スタートした女の基本点なんだから。
 でも、ひとまずここは返答だ。
「ちょっと落ち着こう、あたしも混乱してきた。ほら、アナタの好きなキノコのピザ冷めちゃうじゃん。まず食べよ、それで飲も」
「・・・わかった、今日は飲む。うんと飲む。お願いだから今日はずっといて。一生のお願い! あ、ふふふ。でもあたしそういうんじゃないから、それだけは安心してね」
 そうしてふたりは食べた、飲んだ。たぶん店員さんはビックリしたと思う。自分もビックリした、こんなに食べられるんだこんなに飲めるんだこんなに喋れるんだって。
「お客さまー、そろそろ宜しいですか」
 あ、終電ない。あたしは集中するとまわりが見えなくなるんだった。でも人と話しててこんなことってたぶん初めてだ。楽しかったけど、どうしよう。手持ちも少ないんだっけ。マクドナルドでコーヒーすすってごまかそうか。
「うち、一駅歩くだけだから、来る?」
 ほんとにこの子にはビックリする。それがフツーなの? いや彼女はフツーじゃないんだっけ、あたしがかわいくて自分がブサイクって本気で言ってるみたいだし。どうしよう、迷うなあ。たしかに朝までマクドナルドはちょっとキツい。
 うん、じゃあちょっとだけ冒険だ!
 そうしてあたし達は歩いて帰った。途中コンビニで安いワインを買って、まわし飲みしながらぐでぐで帰った。
「ねえ、近所にレンタルショップがあるから飲みながら観ない? イッチャン映画詳しそうだからオススメ教えてよ」
 まあ、悪くないかも。ただ飲みながらだったらあたしまで熱くなって、いろいろ喋っちゃって、万が一泣いたりしそうな勢いだ。
「うん、いいよ。すっごく観せたいのがある。でもなあ、あるかなあ。最近は新しいのしか置かないお店とかあるしなあ。そこケッコー大きい?」
「んー、どうだろ。でもたぶんマニアック多いよ。あるといいね!」
 はたして目的の作品はあった。ジャック・レモンとシャ−リー・マクレーン主演の『アパートの鍵貸します』まあさすがにこの名作はあるか。
 あたしと彼女は並んで映画を観た。ゆっくりとお酒を飲み笑ったり泣いたり、笑いながら泣いたりした。このタイミングで恋愛モノは厳しいかなあ、などと思ったがあたしのメッセージは「こんな素敵な恋もあるといいね」だった。
 終盤シャーリー・マクレーンがジャック・レモンの元に走っていくシーンで、ふと肩に手が置かれるのに気づいた。エンディングまでは数分、それまでには離れた。
 映画を観終わると、どちらからともなく寝よう、となった。彼女に押し切られ、あたしはベッドを使わせてもらう。彼女は毛布にくるまって床でスースー言っていた。 なんだか冷たいはずの床が心地良さそう。。
 あたしはなかなか寝られない。どうしよう。あたしがかわいくてフー子がブサイク、それはいったん置いておく。今悩んでるのは彼女を友人に格上げしてしまおうか、ということ。あたしにとってそれは掟破りに近い。どうしようどうしよう・・・
 ゆっくり考える、またも時間はわからなくなっていた。でも、おそらく数時間後悩みながらオチた。

 それから数週間、あたしと彼女は落ち着いていた。急に親密にならず、また距離を置くこともなかった。昼食は時々一緒に食べるようになっていた。
 部長が誇らしげな顔をしていた。片手にクリアファイルを持っている。
「でっかい仕事が来たぞ。A社からの直接依頼だ! 今までの編集記事とそれほど変わらないけど、なんと今回はうちの社名が載る!」書類をかかげながらそう叫んだ。
 瞬間静まった部屋内は、数秒後に歓声が飛び交っていた。
「で、問題は誰が書くかだ。オレも決めかねていてなあ、皆どう思う?」
間髪入れずに立ち上がる者がいた。
「はい! 逸子さんが適任だと思います!」
 フー子だった。この子にはほんとビックリさせられるなあ、あたしにできるわけがない。
「ああ、あの子か。まあそうだな、それでもいいかもしれない」
 その頃あたしの反対勢力はいなくなっていた。そんな季節かな、などと思っていた。ひとときの安心を楽しもう、そんな感じだった。だからだろうか、それとも普段ババを引かせていた事への、せめてもの罪滅ぼしとでも思ったのだろうか。反対者はひとりもなく、むしろ拍手までされてしまった。
 困った、味のついてる飲み物は苦手なんだよなあ。そういうのってたぶん「才能」とか必要なんでしょ? あたしにはしょいきれないよ、もうやめてよ。
 その時彼女の姿が目に入った。彼女は親指を立てて満面の笑みを向けていた。

 フー子の笑顔とその親指が決め手だった。あたしは今必死に記事を書いている。どうやらあたしの名前も載るらしい。前よりスピードを上げていた。タイピングの速度はあまり変わらないだろう。考えるスピードを加速させていた。なにがなんでも書き上げてやる、期待に答えてやる、そしてもう一度フー子の笑顔を見たい。
 夜十時頃、あたしはずっとディスプレイを見ていた。その時は時計すら見ていなかった。のちに教えられたのだ。
 突然両肩に衝撃が走った。
「背中曲がってるぞ! がんばれ! でもちゃんと帰れよ!」
 フー子が両手で後押ししていた。ビックリしてディスプレイには「そういうことでdJC;ABE」と表示されていた。
「ごめん、邪魔するつもりじゃなかったの。それからもうひとつ謝らなくちゃなんだけど、あたしそろそろ帰りまーす」
 そう言って笑顔で歩く彼女。背中を見せながら「じゃあねえ」って。
 ああ、また見られた。また聞くことができた。もういいだろう、もう決めた。この気持ちでいいんだ。

 フー子はあたしの友人だ。


 房江は自分がひどくブサイクだと思っている。
 私と同期にメガネをかけたかわいい子がいた。とても気に入らない。自分はかわいがられた経験がないし、友人もいなかった。私は策略を練った。まず彼女のことを調べつくした。誕生日からふだんの私生活、好きな映画など。次に彼女の敵を作った、ひっそりと吹き込みひっそりと悪を植え付けた。そして使い物にならなくなると、それらの人達にも敵を作り会社から追い出した。何年も繰り返すうちに、それでもめげない彼女によけいイライラした。
 だから自ら乗り出した、ありもしない残業をする事もあった。平気でウソもついた。彼氏なんかいたためしがないし、彼女の書く文章は面白くないと思っていた。
 ひとつだけ困ったのは、自分の手が彼女の肩を求めること。二度三度と肩を叩いてしまった。どうしてだ? これが人間の魅力なのか。腹立たしい、どうしてくれよう。次の作戦はなんだ?
 しまいには両手で肩を叩き、笑顔を振りまいてしまった。彼女の視線を背中で感じながらこぼれる涙はなんなんだ?

 私はこれからさらに迷うだろう。作戦の練りなおしだ。もっとがんばろう。万が一戦いに負けたら・・・
 困るんだろうな。

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