意味不明小説(ショートショート)コミュの魂の遺言

　人生というものにある程度成功すると、必ず聞かれることがある。
「成功の秘訣は何ですか？」と。
　一代で巨万の富を築いた者、国家の革命に成功した者、偉大な発見をした科学者などが格好のターゲットだ。
　彼らは、インタビュアーや世間が納得するような、もっともらしい答えを言うだろう。しかし、真実を言うことは絶対にない。なぜなら、それが“契約”だから、だ。
　彼らはそもそも、人生を重ねたベテランなのだ。輪廻による前世の記憶の消去を、“契約”によって回避し、前世の記憶を持ったまま今を生きている。
　彼らとて、一度目の人生はそう大きな成功を収めたわけではない。幾度もの失敗にも屈さず、成功を求め続け、だんだん人生を上手にこなせるようになったのだ。
　契約というと複雑な内容を思わせるが、いたってシンプルである。
１．次の人生は、今回の人生よりもっと大きく成功すること
２．生きている間、契約に関する一切の話を誰ともしないこと
これだけである。
　契約を交わすタイミングは、成功者が死亡し、魂が肉体から抜けた瞬間である。神が現れ、契約を交わすかどうか問われるのだ。イエスと答えた者にのみ、さらなる成功への扉が開かれる。神が現れなかったり、神の問いにノーと答えたものは、全ての記憶を消去され、次の人生に臨むというわけだ。
　成功を重ねに重ねるというのも、そんなに簡単なものではなく、二度目や三度目あたりでドロップアウトしてしまう魂も珍しくない。何もかもを忘れ、一からやり直したいといった類の願望だ。普通に生きている人だって一度や二度はそう思うだろう。
　さて、ここでひとつ気づいてほしいことがある。それは、私が今まさに契約を違反していることである。
　私は前世の記憶を３つ持っている。一度目に国の独立を果たし、二度目にその国で会社を立ち上げ、国を豊かにし、三度目でその会社を世界的規模に拡大させた。そして今、四度目の人生を送っている。今回も世界的な成功を収め、このまま天寿をまっとうすれば五度目の人生に突入するだろう。
　しかし、それはもう実現しない。契約を違反したからだ。今回の成功は私にとって悲惨なものだったのだ。
　今回、今までと違う国で生まれ育った私はその国で新たな会社を立ち上げた。
過去の私の英知の集大成として立ち上げた会社はみるみる規模を広げていった。
そして過去、私が三人がかりで育てた会社を倒産に追いやってしまったのだ。
　それ自身はとくに問題ではない。前回の人生でも、私の華々しい成功の影でいくつもの会社が葬られたものだし、それが自然の摂理というものだ。
　何が問題かというと、過去の私の血を引く者たちをはじめ、その国の者たちが次々と自殺してしまったのだ。当然、その中には過去の私の友人たちの子孫も含まれている。過去の私の関係者の子孫たちがこの世から姿を消すのに、そう時間はかからなかった。前回の人生の往生間際に生まれた可愛いひ孫も犠牲となった。
　そして決定的な出来事が先日起こった。私があれほどの情熱を注いで興した国が滅んでしまったのだ。規模の小さなその国にとって、国を代表する会社の倒産はあまりに痛く、混乱に乗じた隣国に攻め入られ、占領されてしまったのだ。
　私の目の前で、私の歴史が滅んだ。
　このことが私を、というより私の魂を精神的に苦しめた。下手に前世の記憶など積むべきではないと痛感した。もとより私は、これまでの四度の人生で魂が疲れているのを感じた。だから、私は今まさに自ら命を絶とうと思っている。
自殺すれば、神は私を成功者とは認めないからだ。
　しかし、自殺しただけでは魂は再び次の人生に送り込まれる。先ほども言ったが、魂そのものが疲れてしまったのだ。
　そこで、神との契約の違反に踏み切ったわけだ。契約違反は、魂の消失を意味する。
　ああ、話していてだんだん苦しくなってきた。私の魂に神罰が下っているのだろう。もうまもなく、私はこの世から完全に消える。
　最後に。
　私が事切れるまでのわずかの時間を使って皆さんに申し上げる。
　あなたは、今の人生を失敗だと思うことがあるかもしれない。あるいは、失敗とはいかなくとも、もっと成功したいと思うかもしれない。
　しかし、あなたの魂だってかつて成功した経歴があるかもしれないのだ。
それ以上の成功をあなたの魂が望まなかったわけで…。
　あなたは今…何度目かの人生を歩んでいる。そして、これからも歩み続けるだ…ろう…。
　もしかしたら…それこそが魂の…長生きする秘訣…なのかもしれ…ない、…。