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意味不明小説(ショートショート)コミュのリアリスティック

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「おれ、死ぬのが趣味なんだ」
 聞き間違いだと思った。クラブは低音が響いていて、騒音が心地いい場所だ。しかしお喋りには向いていない。男性の低い声色なら尚更。聞き取れないことなんてよくある。
「なに?」
「だから、死ぬのが趣味なんだ」
 聞き間違いではないようだ。クスリかなんかで飛んでいるのか。はいはい、と苦笑いであしらいつつ、面倒な男に絡まれてしまったと、クラブなんかで壁にぼんやり寄っかかっていたのを後悔した。
 なにしてるの、とよくあるナンパの声掛けで近寄ってきたのがこの男だった。
「ビール飲んでます」
「ふうん。おいしい?」
「まあまあ」
「君さ、死、とかって興味ある?」
 なんの宗教だよ。思わず鼻で笑ってしまう。身体に、五感に直接響いてくるような音楽よりも、隣で下らないことを喋る男の方が煩く思えるのはどうして。
 そんな流れで、目の前の男に冒頭の台詞を吐かれた。



 男の部屋に行って一回寝てから、インターネットで男が自作しているという小説を見せられた。ホームページを作ってそこに載せているらしい。
「死ぬのが趣味って、小説のことだったんだね」
 男の拙劣な文章を眺め、わたしは言った。その小説の大半は主人公が死ぬという結末を迎えていた。どれも似たり寄ったりのストーリーで面白味はこれっぽっちも感じられなかった。
「死ぬっていうのは非日常なことだから。そういうものを書くのが面白いんだ」
「でもそれしか書かないっていうのはどうなの。例えばこれ。家族全員と血が繋がってないことを知って絶望して自殺って。愚劣過ぎないの」
 男は少し唸ったあと、曖昧に笑っただけでなにも言おうとしなかった。
「非日常なことしか書けないって、結局あんたが凡庸なだけじゃん。死、っていうのはもう偶像化っていうかアイコン化され切ったものだから、簡単に使い回していいものじゃないと思うけど」
「じゃあノンフィクション作家が一番優秀なのかな」
「優秀とは少し違うと思うけど。リアリスティックではあるよね」
 卓上にあるノートパソコンの光がわたしの裸体に反射する。電源をスリープ状態にして、男が煙草をふかすベッドに戻った。もうすぐ夏なのに、この部屋はなんだか肌寒くていやだ。身震いをして布団を胸まで被ったわたしの瞳を、上半身だけ起こした男が見下ろすようにして覗き込んだ。
「ここで、おれが君を殺すっていうのは、ありがちかな。そうすれば君の言う、リアリスティックな小説が書けると思うんだけど」
 その言葉に思わず鼻白んだ。
「わたしが殺してあげようか、奇を衒って」
「それは意外だね」
 男は嬉しそうに笑った。
「ばかみたいだけどね、奇を衒うって」
「物書きなんてばかばっかりだ」
 アマチュアのくせに、こっそり思ってわたしは目を瞑った。急速に、身体の奥に仕舞い込んでいた眠気に襲われる。
 殺すか殺させるか、君の好きな方を選ぶといい。
 遠くから聞こえた選択に返事をしなければと思った。しかし頭の端ではっきりとしている答えを声にする器官は失われたようにその力を失い、わたしは泥のような混沌の中にどんどん深く堕ちていった。
 耳のすぐ近くで、煙草を揉み消す微かな音を確認した。






「なんて話はどうかな、新しいと思うんだけど」
 嬉しそうな声がする。
「……」
「黙ったままなんだね、いいよ。インターネットの人たちに見てもらうから」
 そこに置かれたままの髪の毛はもう一ミリも動かず、破壊するものも擁護するものも失われた世界の中で、酸素を吸ってはキーボードを打つことが日常になっていた。――腐敗臭を感じる能力をも、文章に注ぎ込んでいる。普遍を完成させていきたいのだ。カチカチ、とアルファベットを打っては消し、打っては消し、ぎこちないマウスの音で開かれる新しい文壇の色を今日こそは歪ませてやろうと画面の前でひとり、目論んでいた。全く、孤独な作業だ。

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