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意味不明小説(ショートショート)コミュのサドル泥棒

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僕はこの街で生まれ育った20歳の大学生。
この街は、首都圏から電車で1時間圏内のベッドタウンだ。

最近、この街で奇妙な事件が続いているという。
駅前の駐輪場に止めてある自転車が、盗難被害に遭っているのだ。

ただの自転車泥棒ではない。
どういうわけか、サドルだけが盗まれるのだ。

サドルだけが次々と盗まれるなんて、見たことも聞いたこともなければ、想像さえしたこともない。
現に、これまで何度も盗難が起きているにも関わらず、僕はこの事件に気づいていなかった。
今日、駅前を歩いていたときに、どこからとなく聞こえた話なのだ。

同一犯による犯行なのだろうか、手口はどれも全く同じらしい。
まぁ、サドルを盗む手口にそうバリエーションがあるとも思えないが。

ともかく、犯人は一体どこの誰で、何が目的なのだろう。

自転車そのものが欲しいなら、自転車ごと盗むか
あるいは、サドル以外にもいろいろな部品を盗む必要がある。
しかし、盗まれるのはサドルだけ。

とすると、ただのいたずらだろうか。
なるほど、自転車そのものが盗まれ、影も形も消えたなら、
被害者はいくらか諦めもつくだろう。
しかし、実際はサドルだけが消えていて、あとは全くの無事なのだ。
そんなものを見せられたら、被害者はやるせない思いに駆られるだろう。

犯人は、被害者への精神的ショックを狙っているのかもしれない。

あるいは、こうも考えられる。
サドルの無い自転車を無理にでも運転しようとすれば、立ち乗りになる。
立ち乗りは、長く続けていると足腰が疲れてくる。
その疲れた足腰を休めようと、いつもの癖で腰を下ろせば、悲惨なことになる。
腰掛には、サドルの代わりに無骨な鉄の棒が突き立っているのだ。
そんな場所に腰を下ろせば、激痛に襲われることは間違いない。
想像しただけで驚異的である。

犯人は、善良な市民の尻がそのような受難に遭うことに、悦びを見出しているのだろうか。
許せない。

僕たち市民の精神と尻の防衛のためにも、事件の真相究明は不可欠である。
できれば自分の目で確かめたい。
しかし、僕には制約が多すぎる。

まず、僕の大学には同じ街出身の人はいない。
事件に関する情報が全く手に入らないのだ。

そして、僕もいっぱしの大学生だから、
毎日バイトや飲み会で帰りが遅い。
つまり、調査するための時間がない。

さらに言えば、罪が軽微すぎるのだ。
サドルを盗んでほくそ笑むほどの暇を持て余した人間など、たかが知れている。
放課後の悪ガキか、受験に失敗した浪人生くらいのものだろう。

さほど凶悪な罪でもなく、捕まえがいの無い犯人では
モチベーションも上がらない。
そもそも僕はどちらかというと小心者である。

ならば、事件に深入りなどせず、
被害に遭わないような場所に駐輪するくらいしかできることはない。
ほとんど運任せである。

翌朝、いつものように自転車で駐輪場へ行った。
駐輪場は平屋の建物で、出入口は一つしかない。
毎月の契約更新や、一時利用などの事務作業は機械で行うから、ほぼ毎日無人である。
盗難にはもってこいの場所といえる。
僕は自転車をなるべく目立たない場所に止め、電車に乗り学校へ向かった。

その日は一日中、サドルのことが気になっていた。
講義中は眠れず、バイトにも集中できず、
あまり良い一日ではなかった。

夜10時過ぎに帰ってきたが、サドルは無事だった。
僕は安堵し、自転車に乗って駐輪場を出ようとした。
その時、出入口付近にある一台の自転車に目が止まった。
サドルがない。

あたりの自転車も確認したが、サドルがないのはこの一台のみだった。

何故、この自転車が狙われたのか。
何故、これだけの自転車があるにもかかわらず、
一台だけが被害に遭ったのか。
このあたりに何かヒントがあるように思えたが、
眠い頭ではそれ以上、何もわからなかった。

次の日の夜、帰りの電車の中で、中学時代の友人と会った。
地元の知り合いに会うのは、高校卒業以来初めてのことで、約1年半ぶりだ。
互いに一通りの近況を言い合った後、話題は自然にサドル泥棒へと移った。
彼は、この件についていくらか知っているようだった。

僕が毎日夜遅くに帰宅していることを告げると、彼は
「それじゃ大変だな。何回か被害に遭っただろう?」と言ってきた。
しかし、僕はまだ被害に遭ったことはない。
そのことを告げると彼は驚いた。
「俺なんかもう2回も盗られたぜ。割と毎日早く帰っているのにな」
「早く帰ると、被害に遭いにくくなるのかい?」
と僕が聞くと、「そりゃそうだろう。夕方くらいがピークなんだから」

なるほど、犯行時刻は夕方頃のようだ。
しかし、夕方といえば、帰宅ラッシュの時間でもある。
そんな時間を狙って犯行に及ぶとは、大胆である。

それ以上に、僕は気になることがあった。
彼の口調である。
盗まれたことに対して、あまりに無感情というか、あっけらかんとしている。

「君、2回も盗難に遭って、平気なの?」と僕が聞いても
「何が?」と聞き返す始末。
「だって、サドルがなかったら自転車に乗れないだろう」
「まぁね。でも―」

電車は駅に着き、扉が開いた。
「あ、ごめん。俺、急いでるから、これで」
彼は駆け足で去ってしまった。

僕は煮え切らない気分で駐輪場へ向かった。
何故、彼は泥棒に腹を立てないのだろう。
2回も被害に遭うと、達観してしまうのだろうか。
それより何より、彼は最後、何を言おうとしたのか。
あの軽い言い方から察するに、そう大した内容でもなさそうだが…。

考え事をしているうちに、いつの間にか駐輪場に入っていたらしく、
僕の目の前に僕の自転車があった。
サドルは今日も無事だった。
安心したのもつかの間、僕ははっとなった。

出入り口付近を見ると、サドルのない自転車が一台ある。
今日も泥棒は現れたらしい。
相変わらず被害に遭うのは一台のみだ。
そして、出入口付近に駐輪してある自転車が狙われたのも、昨日と同じ。

毎日毎日、一台ずつサドルを盗んでいく犯人。
それも、わざわざこの街の人たちが帰宅する時間帯を狙って。
よほどの悪趣味である。

その次の日の朝、僕は少し思い切った行動に出た。
自転車を、駐輪場の出入口付近に止めてみたのだ。

その日はバイトも飲み会もなく、夕方頃に帰宅する予定だったから、
もしかしたら犯人に出くわすかもしれない。
その犯人が僕のサドルを狙っていようものなら、しめたものだ。

仮に犯人捜しに失敗しても、僕の自転車が被害に遭うのならそれでいい。
ちょうど自転車も古くなってきているし、新しいのを買えばよい。

その日の夕方、僕は駅に着くと、
駐輪場の出入口が見えるコンビニに入った。
そこから僕の自転車を見ると、サドルはあった。
まだ、泥棒は現れていないらしい。

僕は雑誌を立ち読みしつつ、駐輪場を監視していた。
夕方とあって、帰宅する人々が次々と駐輪場を出入りしている。
不審な人物は特に見当たらない。

僕は監視を続けた。
すると、ちょうど3、4人のサラリーマンのグループが駐輪場に入り、
7、8人の女子高生のグループが自転車とともに駐輪場から出てきた。

その一団はゆっくり交差した。
不自然なくらいゆっくりだった。
時間にして数秒だが、出入口が見えなくなった。
そしてようやく出入口が見えたところで、僕は目を疑った。
サドルがなくなっている!

僕はあわてて駐輪場へ向かった。
やはり、サドルはない。
周囲の自転車は無事で、僕のサドルだけが姿を消した。

僕は辺りを見回したが、不審な人物はいなかった。
先ほど、駐輪場へ入ってきたサラリーマン達が
続々と自転車に乗って出ていくと、
いよいよ駐輪場には誰一人としていなくなった。

一体、何が起きたというのだろう。

注意深く監視していたにもかかわらず、何も分からなかった。
あのサラリーマンか女子高生が疑わしいのだが、
彼らの手にサドルはなかったし、大きなバッグ類も持っていなかった。
もはや、ある種の手品としか思えなかった。

このような混乱が僕を襲った一方、
僕はこのサドルなき自転車で、どのようにして帰るかを冷静に模索していた。

その時、僕はこの事件の真相と、
昨日会った友人が別れ際に言おうとしていたことを理解した。

僕はもう一度、注意深くあたりを見回した。
やはり、誰もいなかった。

小心者の僕は一安心し、
隣に止めてある自転車のサドルのネジを急いで回していた…。

コメント(4)

古い拙作へのコメントでアレですが…

ともトモさん>
これ、ある程度は実話をもとにしてるんですが(僕は泥棒やってないですw)
パーツ泥棒って、意外と多いんですよね。

こはんどんさん>
そのコメントに吹いたw

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