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意味不明小説(ショートショート)コミュの彼女たちに ?

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『白黒』





黒板に書かれた文字を見て、私は少し驚いた。
それは勿論、ただの偶然であるかも知れないのだけれど。

女の子の名はカミシロ アンと言った。
神様の神に時代の代、そして真っ暗闇の闇で、神代闇と書いてカミシロ アンと読むらしい。
肩まで伸ばした、濡れている様に黒い髪。
大きく、そして深淵の暗さを湛えている、黒い双眸。
すっきりとした顔立ちで、どこかで見覚えのある様な顔だった。凡庸で有り触れた感じではなく、どこか懐かしい感じもする。

「えと……カミシロ アンです。ど、どうぞ、これから宜しくお願いします」

それが、転校生カミシロ アンの最初の言葉だった。
苗字が偶々一緒であった私の席の前にアンは座ることになった。

「よろしく、ええと……」

「カミシロ ヒカリよ。よろしく」

「あ、よろしく。カミシロさん」

私の苗字は、漢字こそ違うが読み方はアンと同じカミシロだ。
上という字に城、そして太陽とかの光で、上城光と書いてカミシロ ヒカリと読む。

アンはぎこちなく私に笑いかけると、自分の席にすとんと腰を下ろした。髪が少し揺れて懐かしい匂いがした。
ホームルームが始まる。
こうして新学期がスタートした。


私の通う県立泉ヶ丘中学校では、一年から二年に進級する際にクラス替えが行われる。
私はそのクラス替えの所為でこの新しいクラスに友達などいなかった。
時が経つにつれてクラスは打ち解け合って行ったが、私はどうもクラスとは上手く馴染めないでいた。
それはアンも同じだったのか、彼女も馴染めないでいた。だから私は休み時間にはアンと話すことが多かった。いや、正確にはアンと話すか、次の授業の準備をしてぼうっとして過ごすかのどちらかしかなかった。

溜め息が知らず知らずの内に出る。
はあ……

一年生の時は同じ小学校出身の人がクラスにいたのでその子と行動を共にしていた。
その子の名前は成本朝美といった。
朝美は快活明朗な子であったから、いつも彼女の周りには友達がたくさんいた。
そして、私もその友達の内の一人なのだ、と思うと、とても嬉しかったのだ。
朝美のお陰で私にも幾人かの友達が出来たけれど、今のクラスにはいない。他のクラスに分けられてしまったのだ。
あの子なら、また一年前の様にたくさんの友達に囲まれているのだろう。

でも、私の周りには何もない。
あるのは教室の喧騒と、周囲のちくちくと刺さる視線。
いっそのこと見ないで呉れれば助かるのに。私など空気の様に扱って呉れればそれで済むじゃないか。
そんなことをつらつらと考えていると、前の席に座っているアンがくるりと振り向いて、私に話しかけてきた。

「何かあったの、ヒカリ?元気ないけど」

アンは私のことをヒカリと呼ぶようになった。
アンは私以外の人は必ず苗字で呼んでいるようなので、アンは私に好意的であるのだろう。
勿論、私もアンに対する好意はある。アンは、私にとってのかけがえのない友達なのだ。

「ううん、大丈夫。ちょっと寝不足なだけっ」

私は努めて明るい口調で言った。久しぶりに声を出すから、調子がおかしくなっては堪らないので、ばれないようにしたのだ。

「そう、良かった」

アンは安堵の表情を浮かべて、そう胸を撫で下ろした。
気づかれた様子はない。私たちは授業中には勿論お喋りなんかはしないし、休み時間になって会話することは一日の内にそれ程あることでもないから、学校では殆ど声を発さない。
それでも、私とアンとの間にある距離は言葉など要らないくらいに、近いものとなっていた。距離が遠ければ遠い程、大きな声を出さねば相手には伝わらないけれど、今の私たちにそんなものは要らない。
言葉なんて必要ないんだ。そう思った。


ある日、英語の授業で私は教師の長岡に問題をあてられた。
私は正直に、
「解りません」
と小さな声で答えた。
私は英語と社会が苦手であった。何故かは解らないけれど、苦手なのだから仕様がない。
長岡はいつもの様に厭味ったらしくねちねちと、

「まったく、こんな簡単なことも解らないで如何するんだ?一年からまた遣り直すか」

教室中がどっと笑い出した。私は顔が真っ赤になり、汗だくになった。
みんなの視線を感じる。氷で出来た矢の様に、その視線は四方八方から私の身体に容赦なく突き刺さる。呼吸がし難い。突然水の中に放り込まれた小動物の様に、私は必死に酸素を吸った。

「もう良い、座りなさい」

長岡はそう言うと、他の人を指した。
その子はすらすらと淀みなく答える。
私は堪らなくなり、じっと教科書を読む振りをした。動くことさえ儘ならない。一挙一動がクラス中の視線を浴びる様で、怖かった。羞恥で耳の先まで真っ赤だっただろう。
視線は上げられなかった。
もう指されたくない。
教科書に印刷されているアルファべットたちが淡く、滲んだ。


授業が終わった後、及川さんと岸部さんが私の席の前まで遣って来た。
ちょうどその時、アンはトイレに立っていていなかった。
胸がドキドキした。
この二人はクラスの女子の中でもトップクラスに頭の良い子たちである。
二人とも髪は黒く長く、毛先まで手入れが行き届いている。
端麗な容貌に、頭脳明晰。私の様な人間などが、なろうと思ってなれるような人種ではない。
多分、私のことなど空気とすら認識していないだろう。
でも、でもである。そんな二人がわざわざ私の様な人間の席まで話に来て呉れたのである。
どんな話をされるのだろう。
友達になろうとか、言われてしまった暁には私は冷静でいられるだろうか。

そんなことを想像すると、私はとても嬉しく、

「邪魔だから」

及川さんの言葉が始め、理解できなかった。
脳が麻痺してしまったかのようだった。

「…………え?」

私は漸くそれだけを絞り出した。

「だから、授業の邪魔なのよ、あんた。あんたみたいな馬鹿がいるとね、授業の進度が遅くなって、クラスのみんなに迷惑がかかるの」

邪魔。

「解る?解るよね?あなたはこのクラスでは邪魔者なの」

邪魔者。

邪魔……………………私が、邪魔。

「なんとか言ったらどうなのよ。謝ることもしないの?」

岸辺さんの口が音を紡ぐ。
ぎちぎちと錆びついた首を廻す。教室を見渡す。

みんなの、視線が。

視線、が。

その時、始業ベルが鳴り響いた。

「行こう、栄子」

及川さんが岸部さんを連れて、席に戻った。
他のみんなも慌てて席に着く。
数学の担当の先生が来る数秒前に、アンは戻って来た。

「大丈夫?顔色、悪いよ」

アンは心配そうに私の顔を覗き込んだ。

「うん、大丈夫、だよ……」

不安げなアンをよそに、数学の授業が始まった。
幸い、数学では教師にあてられることはなかった。

放課後、アンは一緒に帰ろうと提案してきた。
二人で教室を出る。
後ろでこそこそと話す声が聞こえた気がした。


学校は丘の上にある。その為、帰るには校門前の坂を下りなくてはならない。
町が一望できる丘を、私とアンは無言で歩いていた。
ふと、アンが言った。

「ねえ、ヒカリ。本当のことを言って。なんでそんなに、あなたは苦しそうなの?」

アンはじっと私を見つめる。
全部解っていたのだろう。私が隠していることも。

「実はね……」

私は英語の授業の後に起きたことについて、アンに話した。
自分で話していて、とても情けなくなった。

「そう、だったんだ……」

アンは明らかにショックを受けたようだった。
何もアンが傷つくことなどない。全部、全部私が悪いのだから。

「でもね、アンに話せて少し楽になったよ。ありがとう、アン」

私はアンに明るく言った。
本心だった。



次の日、私はいつも通りの時間、ホームルームの始まる十五分前には学校に着いた。
気分は重く沈んでいた。
周りの人の視線が万力の如く私の心を締め付けた。
教室に着くとアンはすでに席に座っていた。
私が声をかけると笑顔でおはよう、と返して呉れた。

昼休み、トイレに行こうと廊下を歩いていた時のことだった。
目の前に朝美がいた。懐かしい。会うのはクラス替えをしてからは初めてのことだった。
ちょうど教室に入っていくところで、私は手を振った。
しかし、朝美は気がつかない様子でそのまま教室に入って行ってしまった。
振り翳した手が所在無げに揺れる。
少し、恥ずかしくなった。


放課後、階段を下りている時だった。
階段の踊り場で朝美の声がした。
私は朝美の声に釣られる様にそちらに向かう。
朝美と話がしたかった。
ここ数日の居心地の悪さを、朝美なら吹き飛ばして呉れる様な、そんな気がしたのだ。

「あさ―――」

「クラスの上城光さん。なんか陰気で、見てるこっちが厭になっちゃうよ」

朝美を呼ぼうとした私の言葉が、途中で切れる。
私の陰口を叩いているのは、同じクラスの岡崎さんだった。

「あの子、殆ど話さないし、たとえ話してもあの転校生の子だけなんだよね」

「なんかあの二人似てるよね。顔も性格も」

「うわぁ、キモいキモい」

他の女の子たちも口々に言う。
私は声が出せなかった。
朝美を呼びたい。
彼女なら、私を助けて呉れる。
一年前そうして呉れた様に。
黙って話を聞いている、朝美なら。

「あの子さ、私と同じ小学校なんだよね」

朝美が口を開いた。
懐かしい朝美の声。
私の心がふわっと軽くなる。

でも、

「だから同じクラスの時は仲良くしてあげていたの。でも、本当は厭だったんだぁ。内気であまり話さないし、一緒にいてもつまらないんだよね」

朝美の口がそう紡いでいた。
ふと、朝美が顔を上げる。
私と目が合う。
にぃと、朝美が笑う。

「なんだ、いたの、光」

口を三日月の様にひん曲げて、彼女は言う。
そこらへんに落ちている雑巾でも見るかの様に。

「うそ…………」

私はやっとのことで言葉を発した。
でもそれはまだどこかで朝美のことを信じたい、と思う言葉だった。

「嘘じゃないわよ。あんたを友達だと思ったことなんて一度もない。一緒に帰る時とか、私、精一杯堪えていたの」

呼吸が荒くなる。
目の前がぐらつく。
どうして。

「同じクラスで小学校も同じだったから、仕方なくだったの……あんたの前で、私はうまく笑えていたかしら?」

私は泣きそうになった。
視界が滲み、歪む。

「あははははははっ!泣くの?あんたは昔からすぐ泣くよね……私、あんたのそういうところがすごく嫌いだった。見てるとムカつくんだよねぇ。泣いたら先生が助けて呉れるとでも思ってんの?」

周りの子たちも一斉に笑い出す。

「朝美、それ言い過ぎー」

「あはは、でも仕方ないよねー」

朝美は私ににやりとした笑顔を向けると踵を返し、

「行こう」

と言って取り巻きの子達と共に去ろうとした。
私は涙を必死に堪え、階段を駆け上がった。
三階に上がった所で誰かと激しくぶつかった。

「痛っ」

「きゃっ」

私にぶつかった人はしりもちをついた。同様に私も廊下のひんやりとした床に投げ出される。
見ると私と衝突したのはアンだった。

「ど、どうしたの、ヒカリ?なんで泣いてるの?」

アンは私に駆け寄ると心配そうにそう話しかけた。
私はなんでもない、と呟いて起き上がり、屋上まで階段を駆け上った。
後ろでアンの呼ぶ声がした。


重い扉を開けて、屋上に出る。
この学校の屋上には柵がない。その為、生徒の立ち入りを禁止している。
初夏の風が吹いた。
私はスカートが風に吹かれるのも気にせずに屋上の縁までふらふらと歩いた。
ふと、屋上の入り口のドアが開く音がした。
私が振り向くとそこにはアンがいた。

「どうしたの、ヒカリ?」

アンの声がか細く響く。何かに怯えているような声だ。
私はかろうじて声を出す。

「私、邪魔なんだって」

風が音を乗せ、アンの鼓膜まで届けて呉れた。
悲しみや辛さなんかも一緒に。

「そ、そんなことないよ!」

「ううん、いいの。ありがとう。アンだけだよ、そんなことを言って呉れるのは……でもね、私……」

私は一歩、一歩後ずさりした。上履きに屋上の無機質な感触を伝わる。
あと、何歩だろう。

「厭だよ、ヒカリ。せっかく友達になれたのに……私、ヒカリがいないと厭!」

じりじりと一歩ずつ後退する。
不意に足場の感触がなくなった。
後ろを見ると、そこが屋上の淵であった。下には校庭が広がっている。
校庭は土で出来ているけれど、四階から落ちれば恐らく死ぬ。

アンがそろそろと近づいて来た。

「ねえ、お願い、ヒカリ。私を一人にしないで」

アンが懇願する様に私に言った。
苦しそうな呼吸のアン。
それはまるで今の私の様であった。
さっき朝美の友達が話していたこともあながち間違いではない。
私とアンは似ている。性格も容姿も。

「でも、私は……!」

そこまで言って、私の体はぐらついた。
足が屋上の縁で滑ったのだ。

アンが咄嗟に腕を伸ばした。
私もがむしゃらに腕を突き出す。
でも、私とアンの手は触れることはなかった。

「厭っ!!」

それが私の発した声なのか、アンの声なのかは解らない。
でも、それが私の最後に聴いた音だった。

















体を揺すられて目を覚ました。

「早く支度なさい、アン。今日は転校初日でしょう?」

そう言うとその人は部屋から出て行った。

「え?」

私はベッドの中にいた。
布団から這い出て、辺りを見回す。
ここは何処だろう。

私の部屋ではない。どことなく似ているが、同じではない。
勉強机に本棚、そして鏡が置かれている質素な部屋。勿論、私の部屋も実際こんな感じであった。
おずおずと鏡を覗くと、そこにはアンがいた。
いや、正確には私がアンなのだ。

私はなんだかとても嬉しくなった。
そして自分の体を、否、アンの体をぎゅっと抱きしめた。

「ずっと一緒だよ、アン……ずっと、ずっと……」

それから私は涙を拭って、呟いた。

光あれ―――

コメント(2)

映像化するなら昔の栗山千明とかキャスティングに入りそう。
>パパレモンさん
コメント有難うございます!
映像化出来るほどの作品ではありませんが……
雰囲気は栗山さん合いそうですね(笑

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