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意味不明小説(ショートショート)コミュのモラトリアムの秋 〜緋色のさみしさ

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 大学を卒業した頃の話だ。

僕はミュージシャンを目指すという大義名分を掲げながら、だらだらと惰性で暮らしていた。大学生という身分の時は、周囲も冷たいながらも夢を追う僕を応援していてくれた。
だが、大学を六年かけて何とか卒業した後も、何ら変わらないだらけた生活をしていた僕の周りから、友人と思い込んでいた人たちは段々と去っていってしまった。

残ったのは、大学の頃から同じアパートの隣に住んでいる、髭面の彼だけだった。

彼も、相変わらず学生の頃と変わらない生活をしているようで、就職もしないで、日銭のアルバイトで生活し、その金は全て山へ行くために充てている。

「就職しないのか?」
 一度僕の部屋で一升瓶を茶碗に傾けながら聞いたことがある。

「今の生活ができなくなるしな。好きなときに、好きな山に行けない俺は、俺じゃなくなる」
 そう言うと彼は、なみなみと注がれた酒を一息で飲み干し、ふっと息を吐くと僕の手から一升瓶を取り上げ、自分の杯に再び注ぎ入れた。

「それに、そんな質問はお前には言われたくはないぞ。」
 髭面の熊のような彼は、クツクツと笑いながら、部屋の隅に立てかけてあるギターを見た。

そうだ。僕も彼と同じように大学を卒業後も就職はしなかった。
当然のように、仕送りは停止した。生活するためのアルバイトをしなければならなくなった。そんな毎日を繰り返していた僕は、ストリートでギターを弾きながら歌うのも、最近はしなくなっていた。

「人生って大変だよ」

僕は、蟻地獄に落ちた蟻だった。
しかも円錐の穴に落ちたことに気がつかないフリをしている蟻なのだ。

もがく事すらしない蟻。それが当時の僕だった。



「ヒマラヤに行ってくる」
 髭面の友人は、そういい残すとアパートを引き払った。半年はネパールを拠点とし、高い標高に体を慣らしながら、上を目指すらしい。半年以上も日本を離れる彼に、家賃は無駄な出費なのだろう。

「寂しくなるな」
 僕は、彼の目を見ることが出来ず、自分のつま先を見つめていた。同じような生活をしている僕らは、同じような生活をしているようで、全然違っていた。彼には常に目標とするものがあったのだ。

それは、とても分りやすい目標。世界の頂。

荷物は既に空港に送っているらしく、彼はどこか近くの山にハイキングでも行くようなリュック一つの軽装だった。

「それじゃ、また半年か、一年後」
 彼は右手を差し出すと僕の手を握った。

「ああ、気をつけてな」
 とてもごつごつとした彼の手と、僕のひ弱で軟弱な手は、別れの挨拶をした。



 その数日後の秋の日。

 僕はリュックを背負い、東北の山にいた。

 抜けるように高くて薄い蒼の空。
 黄色から赤の素晴らしい色々を煌かせている紅葉。
 都会の空気とは成分が違うと思うような、美味しい空気。
 
 金がないので、安い鈍行列車を乗り継いだ。

とにかく自然の中に身を置きたい欲求に駆られた。きっと、あの頃の自分の状況をどうにかしたくて、でも、どうにも出来なくて。

蟻地獄に落ち、気がつかないフリをしていた蟻は、ジタバタしたくなったんだと思う。

ハイキングコースをゆっくりとしたスピードで歩き、自然の美しさに目を向ける。自然とハミングが口から漏れる。曲の創作活動すらしなくなっていた僕は、自分のハミングに少し驚き、少し嬉しく、足取りは軽くなった。



気がつくと、辺りは真っ暗になっていた。

「寒い・・・かも」
 日中の暖かい日差しに合わせて、ネルシャツ一枚の格好な僕は、両腕で自分を抱きながら震えて歩いていた。
 
 救いなのは、満月の光が辛うじて足元を照らしていることだけだ。気温は低くなる一方だし、初めてのハイキングで道は分らない。

「初心者には、丁度良いコースよ。小学生の遠足も良くやってるしねぇ」
 麓のお茶屋のおばさんは、軽い口調でそう言っていたはずだ。

「参ったなぁ」
 一体僕はどこで道を間違えたのだろうか。ふと、髭面の友人の顔を思い浮かべる。

(ヒマラヤで遭難なら、不謹慎だけど格好いいよな。僕はこんな小さな山で…)

 悲しくなりながら、歩き続けていると、ふと視界の隅に小さな赤い光がよぎった。すぅっとした動きのそれは僕の斜め左の林の中へ消えていった。

(なんだろう…まさか人魂…)

 僕は光の消えた方向に足を向けた。林の奥に入ると、更に二十メートル程先に、宙にふわふわと浮かぶ緋色の光が舞っていた。いや、待っていたのかもしれない。

 近づくと、その光は、どこかに連れて行くかのように先へと飛んでいく。僕は光だけを見つめ、その後を歩いていった。

 と、突然林が開けた場所に出た。

 そこには、蔦が絡まる古く小さな建物があった。

『蛍の里駅』

 木で出来た看板。所々割れたガラスの引き戸を開けると、コの字にベンチが並んでいる。どうやらここは駅の待合室のようだ。

「廃線の駅かな」
 リュックを下ろし、周りを見回す。向かいの引き戸を開けると、雑草だらけの中、枕木らしきものが転々と地面に連なっている。

「ま、屋根があるだけずっとマシか」
 引き戸を閉めると、ベンチに座り、久しぶりに煙草に火を付け、目を閉じ、ゆっくりと吸った。

「ねぇ」
 始めは気のせいだと思った。

「ねぇ」
 目を開けると、緋色の着物姿の若い女性が立っていた。

「私…寒いんだ。ずっと一人でいたんだよ」
 一歩、近づく。やけに肌が白い。

「寒くて、寒くて。とても寂しいの」
 その白い肌とは対照的な赤い唇。僕の横に座る。煙草をポロリと落とす僕。

「暖めて」
言いながら僕の胴に両腕を回し、小さな頭を肩に乗せた。



その後の記憶は断片しかない。

緋色の着物を脱がせ、その上で。
白い肌。滑らかな肌。
貪るように舌を這わせた。
貪るように、絡み合った

何度も何度も…



 一年後、ヒマラヤから帰ってきた友人に、その夜の話をしたことがある。

「山では、そういう事もあるもんだ。きっとそいつは寂しかったんだろうな」
グビリと酒を飲みながら、彼は凍傷の鼻を掻いた。

 そう。あの夜が明けた朝。僕の足元には。

一匹の蛍が死んでいたんだ。

 季節外れの蛍。何故だか長生きしてしまったマイノリティの蛍。きっと友人が言うように、ひとりで寂しかったんだろう。

 あれから更に数年経ったけど、僕は相変わらずギターを弾きながら、バイトに明け暮れている。
 

【了】

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