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意味不明小説(ショートショート)コミュの住所変更

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その件について私が認知した時、私はコーヒーかお茶を飲もうとしてお湯を沸かしていた最中だった。まだこの時はまだどちらか決めかねていた。壁にかけてある時計は丁度午前9時15分を指していた。その時、私はその件について知ることとなる。

「ご存知ですか。いいえ知らないでしょう。換わりました。変わりました。あなたの家の住所が変わりました。」

選挙演説のような声が外から聞こえてきた。
しかもその声量は窓ガラスが揺れるほどの大きさで、さらに行進曲のようなものをBGMに流しているものだから最早騒音以外の何ものでもなかった。たまりかねた私は出せる限りの大声で台所の窓から騒音の方向に叫んだ。
「おい!少しは音を静かにしてくれ!」
そう私が叫ぶとこれまでの大きさを二乗したような音量でこう言った。
「住所変更の広報です。あなたの変更予定は4ヶ月先ですがよろしければ見学にどうぞ。」
その一言の後に音はきれいに鳴り止んでいつものような静かさが戻ってきた。ただし大家が部屋にやってきて「おまえさんはこの貸家をお前一人のものと勘違いしているのか?」とぼやかれた。はて、そこで疑問が生じた。
大家はあの音を聞かなかったとでもいうのか。
台所のテーブルに腰掛けてコーヒーポットからコーヒーをカップに注いで元の場所においたときポットの下には小さな葉書ほどの紙切れがあった。

 ―来る住所変更にお備え下さい。

ワープロで打ったゴシック体の文字でその紙切れにそう書いてあった。住所変更とは何か。
あいにく私には検討も付かなかった。
 住所変更?引越しの際の手続きの一つだろうか?いや、私はちゃんと然るべき手続きを綺麗に済ませて今この決して豪華とは言えないが住むには申し分ない貸家に居てコーヒーを飲んでいるではないか。
「もしかすると幻覚かもしれない。少し眠ってみるか。」
実は昨日までの仕事は激務を極め非常に私は疲労困憊していた。ちょっとしたプログラムのミスでムザムザ貴重な時間を費やしたことと上との要求定義の食い違いで精神も肉体も疲れていた。この疲労の具合は最早コーヒーのカフェイン程度では誤魔化されない。そう考えると私は椅子にかけたまま眼を閉じた。3分も経たぬうちに徐々に周囲の音が遠ざかり目の前に睡眠が現れた。
 闇から抜け出すと時計は10時50分を指していた。あと10分で11時になる。昼食の支度のために私は買い物をしておこうと思い車に乗ってスーパーマーケットに行くことにした。スーパーに行って適当な食材を買い昼食をこしらえるという一連の流れはさして珍しいことではないのでその流れは省略しよう。
 私は昼食と夕食の材料でいっぱいになった紙袋を両手に家に帰ってきた。スーパーの中を歩いているうちにあることを考えてみたのだ。それは例の「住所変更」云々の問題に少し足を突っ込んでみようと思ったのだ。休日の午後にはいささか馬鹿げた楽しみかもしれない。しかし私は今日午後に何も予定を入れていない。もてあます暇をバカバカしいことに費やしてみるのも休日の一つではないか。
 白身魚のムニエルと少しのサラダを平らげた私は例の紙切れに書いてあるゴシック体の文字を読み直してみた。読み直しはしたがそこから新しい発見はなかった。何気なく裏を見てみると何か書いてある。それもかなりの細かい文字が。私は虫眼鏡でそれを読んだ。
 
―問合せは電話のみ受け付けます。

電話のみで受け付けるとあるが肝心の電話番号がどこにも記載されていない。どこかに書いていないかと私は虫眼鏡で一新に紙切れを観察した。しかしどこにも番号が書いてある様子は見られなかった。問合せは電話のみであるというのに番号がないとはなんとも不手際だと私は思った。そう思っていたところにドアのチャイムが鳴った。来訪者だ。
「どうぞ。」
私はそういってドアを開けると私よりも小柄な男が立っていた。男は肩から白い鞄をかけており、車掌が被っているような帽子を被り大きな金のボタンのついた黒い服を着ていた。
郵便局の配達員でも役所の人間でもない。私は簡単にこの一連のことに関連する人物だとわかった。
「これはこちらの手落ちでした。お許しを。」
男はぺこりと頭を下げた。とても恐縮しているようでその小柄な体がもっと小さく見えた。
「住所変更についての質問をお受けします。」
男はにこにこしながら私の顔を見上げた。
「この”住所変更”っていうものは一体なんだい。」
「住所変更は住所変更です。お住まいの住所を変更するのです。」
「何?それは市役所とかの区画整備とかそうした関連の事業なのかな。」
「違います。あいにく私も上司も公務員ではありません。」
私はここまでの会話でまた一つ理解し始めていることがある。この男や上司は恐らく詐欺師か何かだ。住所変更だのなんだと言って家財や土地を騙し取る新手の詐欺に違いない。それ以外に考えは浮かばない。だがその住所変更に関する紙切れがいつの間にか置いてあったこととあのバカでかい音量の選挙演説のような宣伝についての理解は未だに出来ていない。すると男は私の胸中を察したように話し続けた。
「おそらくあの迷惑な音楽に関して何か疑問に思っていらっしゃるでしょう。あれは少しやりすぎでした。でもご心配なく。あの音はあなたにしか聴こえないように発生させたものです。音楽担当の者がまだ少し調整がうまくできないようでなんです。どうかお許しを。」
「私にしか聴こえない音楽?そんなものがこの世に存在するのかね。」
「ええ。科学は毎日進歩していますから。明日は視覚に関する研究物が発表されます。」
私はそういうものなのだろうと思い一連の疑問を終了した。
「さて本題に移りましょう。さっそく見学がしたいとのことですが今からでもよろしいですか?」
男は黒革の手帳を開いてスケジュールのようなものを見ていた。
「かまわない。何を支度したらいい?」
「いえ、支度など不要ですよ。今すぐ行きましょう。変更先はきっと気に入ります。」
 男と僕は車に乗ってその「住所変更」とやらの場所へと向かった。場所はよくわからないが遠いことはあきらかだ。男の車は外車で僕の持っている軽自動車の100倍の値段はするだろうしこのグレードの車は並大抵の大企業の取締役でも持っていないだろう。おまけに運転手付きときている。しかし不思議なほどにその車内にいる車の持ち主は滑稽なほど質素で奇妙な服装をしているのである。
「仕事には”最適”を常に選択するべきだと私は思うんです。そのためには値段の高低の壁を取り払い、有名無名の概念を捨てて“最適”を探究するべきです。」
「なるほど。運転手なら運転しやすい車を選択する。君なら一番仕事がしやすい服装をするということだね。」
「そういうことです。最近はあまりにもそうした最適を知らない方が多いようで・・・。」
男は小さく笑っている。
「一般人も金持ちもそうです。なんでこんな風になってしまったんでしょうね。」
男は窓を開けて風景を見ていた。そして男は指さして言った。
「あそこ、もうすぐです。」
指さした先には古城のような建物があった。おそらくはその下に城下町のような感じの町が展開していることは大体予想は着いていたが写真でしかみたこともないような世界を見るのは悪い気分にはならない。
「一等地ですよ。ここらでは一番いい土地だ。私風に言わせれば生活を営むには最適の場所です。」
「潮の匂いがする。海が近いのかい。」
「近いですとも。毎日新鮮な魚介を市場で買えます。」
「それは素晴らしいね。」
料理を趣味とする私はその言葉に胸が躍った。そしてだんだんと高まってきたある疑問を彼にぶつけてみようと決断した。
「ひとつ質問なんだが。住所変更を早めることはできないのか?」
「できますとも。」
男の返答はあまりにも期待どおりでますます私は嬉しくなった。
「その代り現在勤務している会社を退社して下さい。」
私はそこでためらった。私は別段今の仕事に満足も不満も感じてはいない。それが人生だと思うし働くことの真意だと思っている。だがいざ収入を断ち切られることはあまりに急である。
「次の就職口は我々が斡旋いたしますよ。」
願ったりかなったりだとは思ったが私はやはりここで彼を疑ってしまうのだった。彼は一連のことから信頼できる部類の人間であることは明らかになったがここでまたうまい話が転がり込んできたのである。何か奇妙な感じがする。私は到着するまでその決断を下せずにいた。
「ここです。ここがあなたの住所変更先ですよ。」
車を止めて歩くこと5分。私は自分が今後ここで生きていくこととなるかもしれない家を眺めた。やはり私の想像とは一致していた。
それと同時に私の理想とも一致していたのだ。
「海までは自転車で20分もあれば余裕です。町は入り組んでいますから曲がり角には注意してください。ここらはみんな建物が似ていたりしますから。」
私はこの地域一帯をヘリコプターだとかそういった空を飛ぶ乗り物で上から眺めてみたいと思った。おそらくは碁盤の目のような道々が展開しその中央にあの古城とおぼしき建物が位置しているのだろう。そんなことを考えつつ私のここに住みたいという気持ちは強まっていくのだがやはり退社については決断をしぶってしまう。
「ここから会社に通勤できる交通機関は何かないのか。たとえば電車だとか、バスだとか。」
「あなたはあの会社に未練が御有りで?」
男は初めて不快な表情をしていた。その顔がいままでのニコニコした顔とは全くの逆方向でやや私は驚いた。
「あなたはその会社に入った理由は何です。
“自分が学校で学んだことを生かしたい”とか“この職種に興味があった”という理由ではありませんか。」
男は自己啓発の類の本から一文を抜粋したような言葉を私に浴びせてきた。だが言葉自体にはそうした啓発といったような味はなく何か警告しているようでもあった。
「私が思うに、おそらく私の上司も思っているでしょうがそれは“最適”ではないのですよ。成功者も失敗者も誰一人として“最適”を選択したものなどいません。それが生き方だというのがやはり正論でしょうが私どもはそれに敢えて挑戦しているのです。」
「それは幸福の押し付けだと私は思うけれどね。」
「ではあなたは幸福を得たいとは御思いにならない。」
「そういうわけでもない。」
私はこの男へ当てる言葉は一つしか見つからなかった。男が言っていることは正しい。だがこんな拉致まがいの住所変更などが社会の秩序に適合しているとは到底思えない。だが
彼のいう“最適”はこの街に存在している。
そしてその“最適”を私自身が理解している。
「どうします。先程おっしゃったようにスケジュールを早めますか?」
「いや、止めておく。少し時間をくれ。」
「よろしいでしょう。しかし4か月後には強制的にこちらへ住所変更をしていただくことになりますのでご注意下さい。」
そう言って男は一礼し車の方へ歩いて行った。
運転手に私の家まで送るように言っているようだった。私は例の豪華な外車に揺られて自宅へと変えることにした。日暮れに見るあの街の風景は美しかった。しかしその夕日をあの男は見ていなかった。また黒革の手帳を開いて何かを書いていた。何を書いていたのか今でも考えることがある。しかし私はそれを考えようとは思わなかった。あれから4か月が経って私は今私が望んだ場所にいる。この街にも人はたくさんあふれているが前の場所ほど誰しもが別離されているような感覚はない。この住所変更についてはまだ知名度は上がっていないようだと男は時々私の家に来てお茶を飲みながらそう言う。
「なかなか気付かないものなんですよね。」
男はそう言うとあのニコニコとした表情をして言うのだった。
 私は今この街で手紙を書くという奇妙な仕事をやっている。宛先が誰であるかは職務上部下にも教えられないと私の上司から言われたので私自身も相手は知らない。手紙を書くこと自体はあまり苦にはならなかった。最近奇妙な手紙も混じっていることがあり私はその話を脚色して物語を書いている。
「なかなか面白いじゃないですか。」
あの男がこの間新しい時計を見せに来た時そう褒めてくれた。手紙を書くことと物語を書くことのどちらが“最適”なのか彼は教えてはくれなかった。私は今日もこの新しい街で一日を過ごしている。あの古い城のような建物の主から来訪の誘いが昨日やってきた。私は楽しみでもある半分恐怖も感じていた。そしてその両方はどちらも今までにないくらいの度合のものだった。

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