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意味不明小説(ショートショート)コミュのおいしい予感

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 蛍光灯がチカチカと瞬いている。その下でビーカーと向き合う一人の男がいる。今日は徹夜明けだ。しかし、不思議と眠気はない。なぜならば、ついに例の薬剤を開発することに成功してしまったからだ。これさえ完成すれば食品業界のみならず様々な分野で活用されるであろう。その名もズバリ、カレー臭である。専用の小さなスプレーボトルに薬剤を注ぎ、鼻の中へノズルを差し込み短く数回スプレーする。すっと息を吸い込むと鼻腔の中にまんべんなく薬剤がいきわたる仕組みになっている。試しにバラの花を嗅いでみよう。バラのしなやかな花弁を鼻で押し分けて空気を吸い込むと、さわやかなカレーのにおいがした。成功だ。
 少し遅いが朝食にしよう。セルフサービス式のうどん屋に入った。忙しいサラリーマンには人気の店だ。ぶっかけきつねうどんにした。あげ玉が使い放題なのは助かる。サクサクのあげ玉が浮いたうどんをすする。これはうまい、カレーうどんの味がする。うどんをおかずにサイドメニューのご飯をほおばるとカレーの味がした。どちらも空腹にはなかなかの美味である。結局、嗅覚とは味覚と密接な関係があるらしい。事実、口に入れるものは何でもカレーの味がした。この、何でもカレーのにおいになってしまう、通称カレー臭はたちまち僕のお気に入りになってしまった。
 休憩時間に煙草を吸う。火を付ける前の煙草の香りを楽しむのが日課だ。しかし、いくら嗅いでもカレーのにおいがする。煙草に点火し深々と煙を吸い込む。やはり、カレーの味がした。あれから何か月経ったのだろうか。いまだに薬剤の効果が切れない。試作品として作ったものなので一体いつになったら効果がなくなるのか見当もつかない。いつ何を食べてもカレーの味がするし、街を歩いてもいたるところからカレーのにおいが感じられる。最悪なのはカレーを食べたときだ。におい同士がけんかしてなんとも言えないにおいがする。とても食べられたものじゃない。僕が食べられないのを見て周りの人間が笑っているような感じがする。その感覚さえもカレーのにおいに支配されているのだ。
 なんとかしなければと思いいろいろ考えてみた。まず、嗅覚はほかの五感に比べて著しく疲労しやすい。そう考えると、しばらく放置しておけば次第ににおいを感じなくなるのではないか。しかし、何日経ってもカレーのにおいは収まるところを知らなかった。これは恐らく同じカレーのにおいのようで微妙に違うにおいを常に感じるようになっているからなのかもしれない。なるほど、カレーのにおいというのは一種類のにおいではなくて、複合的なにおいということであるのだろう。何種類ものスパイスが混然一体となって醸し出されるにおい、それがカレーのにおいなのだ。だから、一種類だけにおいを止めたのではだめで、それらしいにおいは全部止めなければカレーのにおいは止まらないということになる。
 何日目だろうか、最初に徹夜した日から数えるべきか、最後に徹夜した日から数えるべきかそれがよく分からない。ラジオが古いポップスを流している。ガリガリと音を立ててボリュームを絞る。考えている時の音楽は雑音にしかならないからだ。目的のものは間もなく完成する。それは、においを感じなくする薬剤だ。結局、カレーのように複合的なにおいを止めるにはほとんどすべてのにおいを感じるシステムを止めてしまうしかない。意を決して鼻に向かってスプレーすると大きく息を吸い込んだ。これでついににおいを感じなくなったはずだ。試しに脱脂綿に滲み込ませたアンモニアのにおいを嗅いでみる。思わず脱脂綿を遠ざけてしまった。においを感じたからではない。目と鼻に強い刺激を感じたからだ。確かににおいは感じられない。においのするはずのものからにおいが感じられない。まるで、頭の中心に麻酔をかけられたみたいだ。
 大好きなコーヒーを飲んでも、ウイスキーを飲んでも味は違うが、なんとなく苦い水のように感じられる。食への関心はだいぶ薄くなってしまった。においを全く感じないのを生かして、今度バキュームカーのタンクの掃除を仕事にしてみようかと思っている。においを感じない薬剤の活用法は未だに見つかっていない。何しろ、効果がいつまで続くのか分かっていないのだから使いようがないのだ。結局、臭いものも、いい香りも我慢していれば次第に慣れてしまう、そういうものなのだろう。それでもにおいを感じないと途端にさみしくなってしまう。嗅覚とは奥の深いものだ。しかし、カレーのにおいから解放されたことは喜ぶべきことなのだろうか、もはやそれすらも分からなくなっていた。最後に鼻を通ったバラの香りが忘れられない。今日もまたすることは決まっている。今度はにおいを感じる薬剤を求めて、この味気ない世界を彷徨い歩くのだ。

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