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意味不明小説(ショートショート)コミュのパプリカ色のきゅうり

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 三年付き合っていた人と昨日別れた。
 充分に長いとはいえない付き合いだけど、決して短い時間でもなかった。
 もともと転勤ばかりの生活で、またいついなくなるかわからない。そんなことは初めからわかっていた。
 でも好きになった。今まで恋だと思っていたものが、色あせて見えるくらい、好きになった。

 恋人にしてほしいと告白すると、笑っちゃうくらいあっさりと断られた。
 めげずにアプローチを続けていると、困った顔で、「特定の相手は作らないようにしてるんだ」と言われた。
 「それでもいいなら時々会おう」と言う。
 だから、「それじゃイヤなのよ」と言い返した。

「どうして恋人じゃだめなの」
 そう聞くと彼は、それほどためらう様子もなく、「転勤が多いから」とつぶやいた。
「なんで転勤が多いと恋人をつくらないの」
「どうせ別れることになるから」
「遠距離だって恋愛は出来るよ」
「僕は不器用なんだ。体の距離は、そのまま心の距離になる」

 言ってることはすごく自分本位なのに、その目は、聞き分けの悪い子どもを諭す大人の目で、この人のこんなところがとても愛しいのだと感じる。

「それでもいいよ。転勤が決まったらいつでもすぐに別れるし、わがまま言わないし、引き止めない。ちゃんと笑って送り出すよ」
 さんざん駄々をこねてすがったら、根負けしたみたいにオーケーしてくれた。



 大人な人だと思ってたのに、付き合ってみたら、意外と子どもっぽい人なんだとわかった。

 自炊はしないというから、外食ばかりじゃ体に悪いよと、夕食を作りに行ったことがある。
 そのときサラダにきゅうりを入れようとしたら、妙に必死な顔をして「やめようよ」と彼が言った。
「彩りがきれいだし、栄養のバランスがよくなるよ」
「緑黄色野菜ならトマトがあるじゃないか」
「トマトときゅうりは別だよ」
「それでもきゅうりはなくてもいいよ」
 いれるつもりはなくなったけど、意地悪をしてきゅうりを包丁で切るふりをしたら、彼はきゅうりを冷蔵庫にしまってしまった。

 きゅうりの代わりにするパプリカを切っていると、とても不思議そうな顔をして手元をのぞき込んできた。
 あんまりじっと見てくるものだから包丁の使い方をおしえてあげた。
 千切りにするつもりだったパプリカは、彼にまかせたら、どうみてもぶつ切りみたいになってしまって、結局私がそれを細く切りなおした。

 料理も下手な人だったけど、歌はそれ以上に壊滅的だった。

 ドラマで使っていた主題歌が思い出せなくなってしまったとき、彼に聞いたら、ひどく調子っ外れなメロディーが返ってきた。
 一生けんめい歌ってくれるんだけど、彼が歌えば歌うほど、ますます正しいメロディーが思い出せなくなってしまった。
 私がいろんな音調で頭の中をぐしゃぐしゃにしていると、彼が部屋の角からCDを探してきてくれた。
 彼は「ほらやっぱりこの曲だろう」って得意げに言うんだけど、やっぱりあの鼻歌とはあまりに遠くて、可笑しさといとしさで笑いが止まらなくなってしまった。

 でも、クラシック音楽にとても詳しいところとか、本に目を落とす横顔とか、ニュースにつけるコメントとかは、やっぱりとても大人っぽくて、そんなところもたまらなく大切だった。


 出合ったときから好きだった。
 付き合って、前よりもっと好きになった。
 いとしくて、いとしくて。
 いとしさで肺がいっぱいになってしまって、呼吸ができないくらいだった。



 転勤することになったと聞いたのは、アスファルトの上を冬が両手を広げて駆け回るようになって、しばらくたってからだった。
 移動先は、新幹線とモノレールを乗り継いで四時間もかかるようなところだった。

「ここにはずいぶん長いこといれたんだ。今度のところには、一年いられるかもわからないよ」

 そう言ってさっぱりと笑ってみせる顔は、私の希望かもしれないけど、どこか無理をしているように見えた。

 それから移動日まではほんの三週間ほどしかなかった。
 その間、私たちはできるだけふたりで過ごすようにした。
 最初はいろんなところに行ってみたりしたけど、最後の方には、ゲームをしたり、映画を見たり、ずっとどちらかの部屋で寄りそっていた。

 最初にした約束どおり、私は泣かなかったし、引き止める言葉も言わなかった。
 コメディ映画ばかり借りてきたり、冗談を言い合ったりして、彼の前ではできるだけ笑っていた。
 彼がいない時も、さすがに笑うことはできなかったけど、私は一ミリも泣かないようにした。
 一度泣いてしまったらもう二度と泣き止むことはできない気がした。



 移動日には、駅まで彼を見送りに行った。

 彼の荷物はコンパクトなキャリーバッグひとつだけだった。
「ずいぶん荷物が少ないんだね」というと、他の荷物は宅配便ですでに送ったのだという。

 ふたりで電車を乗り継いで、新幹線が出ているホームまで行った。
 すこし早めに出たせいか、彼が乗る便がくるまで時間が余った。
 構内の狭いカフェテリアで一緒にサンドウィッチを食べることにした。
 彼はチキンサンドで、私はベーグルサンドを食べた。
 チキンサンドにはきゅうりのスライスがはさまっていて、彼はそれを嫌そうな顔をして引き出していた。
 だからいつもみたいに、「ちゃんときゅうりも食べなよ」って言ったら、彼はしぶしぶといった感じで、いちばん薄いきゅうりを食べた。

 唐突に涙があふれた。

 いままでいくら言っても食べなかったのに、まるで、『最後だから』みたいに食べる彼が、悔しくて、悔しくて、いとしくて。
 どうしようもなく泣けてきてしまった。

 彼はぼろぼろと泣きじゃくる私を、黙って外に連れ出した。
「ごめんね、ちゃんと笑顔で見送るって言ったのにね」
 そう言ったら、
「泣いてもらえて幸せだよ。門出を祝おうとしてくれてるのはわかる。でも、それができないくらい大切に思ってくれてるのも、わかる」
 といって、そっと左手をにぎってくれた。

 それを聞いて、またどうしようもなく涙があふれてきてしまった。
 でも今度はそれを無理にとめようとは思わなかった。

 それが励みになるのなら、私は精一杯悲しもう。
 思う存分別れを惜しもう。
 いちばん嘘のない気持ちを涙に変えて、彼にちゃんと見せてあげよう。

 「大好き」と「ありがとう」ばかりを繰り返しながら泣いていると、終わりを告げるみたいに新幹線が滑り込んできた。
 彼は私の指先をにぎる手に、一度だけ強く力をこめて、すぐにそっと離れていった。

 発車音が鳴り響き、ドアがふたりをさえぎった。
 その間、彼は微笑みながら私をみつめ、私はひたすらぼろぼろと泣いた。
 新幹線が発車して、その後姿が遠のいて、もう見えなくなっても、私は声を上げて泣き続けた。

 あなたとの別れを死ぬほど悲しむ人間もいるんだよ、あなたはこんなにも誰かに愛されることができるんだよ、って、そんな思いをこめて泣いた。



 三年付き合っていた人と昨日別れた。

 昨日、恋人と別れた。

コメント(26)

ひさしぶりに投稿します。
恥さらしにならないことを祈っておりますが・・・
ご評価よろしくお願いしますm(_ _)m
涙がこぼれました( p_q)きゅうり食べるところで。
ド素人な私ですが素直に、いい!って思いました!
泣けますね。
すごく好きな感じのお話です。
僕も3年間付き合った彼女と今年、別れました。

僕もきゅうりが嫌いです。

彼女もよく「ちゃんときゅうりも食べて」と言ってました。

泣きそうです。
いろんな二人だけのストーリーがありますね。優しい3年に涙が出そうになりました。
いやー!
せつないですね!
「春」ですね!
福山の「桜坂」が聴こえてきそう。
せつなさで胸がクルシイです、、。
ひさしぶりです。こんなかんじ。
いいですわ。
ちきしょう油断したわ!胸が苦しいじゃないの。
僕もきゅうりが食べれないです、余計身にしみました。素晴らしいお話です。
 みなさま、お返事遅くなりまして大変失礼いたしました。



まさえさま>素人とか、玄人とか、そんなのぜんぜん関係ありませんよ。
 私の作品をよんで胸を震わせてくださる方がいるという、ただそれだけで、ほんとうに、なんというか、あぁ自分、書いてもいいんだな、って思えます。
 ほんとうにありがとうございました。


shuさま>伝えられたでしょうか、伝わったでしょうか。
 あふれそうな感情を表現するって、とても、苦しいほど難しくて、自分には書けないのではないかと思っていました。
 そういっていただけると、励まされます。がんばって書き続けようと思えます。
 ありがとうございました。


ケロイド仮面さま>どんな小さなものでもいいから、誰かの心の中に波紋を広げるような話を書こう――
 そう思ってできたのがこの作品でした。
 ちゃんと、波紋を落とすことができたのですね。感無量です。
 ありがとうございました。


とっさんさま>きっと「私」は、スーパーできゅうり見るたびに彼のことを思い出して、思わず買ってきたりしちゃって、泣きながらきゅうりのスライスをぱりぽり食べたりするのでしょう。
 彼女さんもやっぱりきっと、きゅうりを見るたびに、とっさんさまのことを思い出すと思います。
 ふたりのその痛みが、いつか優しい思い出に変わることを願っています。


あーみさま>このふたりのしあわせは、はたから見たらなんでもない、ごく些細なことの中にこそ、息づいているのだと思います。
 全身全力で、打ち砕かれる痛みを恐れないような、そんな恋をしてみたいものです。
 ありがとうございました。


tomoさま>まさかこんなにもコメントをいただけるとは思っておらず、「一件もコメントが入っていないのをみたら、ショックだよなあ」とおびえてばかりで、ちっともこちらをのぞいておりませんでした。
 こんな素敵なコメントをいただけていると知っていたら、もっと早く覗いたのに!!
 心から感謝いたします。ありがとうございました。


ゆっきさま>素晴らしいだなんてもったいないお言葉です。
 ほんとうに、なんとお礼を申してよいのやら!
 私も、ゆっきさまのコメントを拝読して、うれしさで胸が苦しいです。
 きゅうり、苦手なんですね。
 今度きゅうりが挟まっているサンドウィッチにあたったら、どうか一枚だけがんばって食べてみてください。
 とくに、一番うすいやつを。
まはりたさま>きゅうり、きらいですか。
 まさかこんなにもきゅうりが嫌われ者だったなんて、びっくりです(笑)。
 一緒にどこかに出かけた記憶とかイベントをすごした記憶とかよりも、あれが好きだったなあとか、これが嫌いだったなあとか、そういう小さい思い出のほうが、ずっと心に残るもので、ずっと胸に響くものだと、そんな気がするのです。
 拙い文章に素敵なご感想をありがとうございました。
きっかけはきゅうり。

「意味不明〜」のネタで初めて泣きそうになりました。
でも泣かなかったよ!男の子だから。
そして仕事中だったから。
ごはんどんさま>きゅうり、でしたか。
 男の子でも泣いていいんですよ。
 お仕事中、はいろいろとまずいかもしれませんが(笑)
 わたしの作品で少しでも涙してくださるなら、それほどうれしいことはありません。
 こんなに貴重で大切なごはんどんさまの「初めて」いただけて、わたしもうれしさで泣きそうです。
 ありがとうございました。
胸にぐっと来ました。

 あなたとの別れを死ぬほど悲しむ人間もいるんだよ、あなたはこんなにも誰かに愛されることができるんだよ、って、そんな思いをこめて泣いた。
>僕も、こんな風に泣いてくれる恋人がほしいです。
お返事遅くなりまして失礼いたしました。

14番さま>ありがとうございます。
 本当に別れてしまいました。結婚、出来ませんでした。
 このあとのふたりがどうなるかはわかりません。
 また再会できるといいのですが・・・・。



周さま>ありがとうございます。
「男は誰でもひとりは自分のために泣いてくれる女をもつ」となにかの本で読みました。
 周さんがその女性と、運命的な出会いをもてることを願っています。
同じ想いをしました。
旅立ったのは私ですが、出会った時から好きで、彼は出会った頃から「遠距離はできない」と言っていて私は東京に行くことが決まっていてそれでも好きでお互い好きとは言わずにずっと一緒にいるようになりました。
今でも彼が好きです。
彼が好きだったシーザーサラダをみる度にいつも思い出します。
あれからシーザーサラダは食べてません。
きっと泣いてしまうから。

neneさま>お返事遅くなりまして、大変失礼いたしました(汗

シーザーサラダ、切ないですね。

恋や愛には、たくさんの出会いの形があって、たくさんの別れの形があって、たくさんの、本当にたくさんの切なさの欠片があって、
そのどれもが、一つ一つが、切なくてたまらなくいとおしいのだと。
最近、つくづくそう思うのです。
コメントありがとうございました。
つらいです・・。つらすぎます〜
まるで自分のことのようです・・
覚悟と想いの強い女性の話ですね。 泣きました。
 お返事がおそくなって、大変申し訳ありませんでした。自分の作品がご紹介いただけてたなんて、今の今まで露とも知らずにおりました・・・

ふらと絵梨さま>こらえられない感情は、書き手への励みとなり、読み手への糧となると信じています。
 素敵な言葉をありがとうございました。

beckyさま>なにか、共鳴するものを感じていただけたでしょうか。
 もしそうなのでしたら、もうほんとうに、書き手冥利に尽きます。
 ありがとうございました。

トキノ・タイカイさま>きっと、いろいろな読み方ができる話なのだと思います。そしてその一面として、確かに、覚悟と想いの強い女性の話でもあると思います。
 一粒でも涙をこぼしていただけたなら、これ感無量。
意味不明本〜を読み始めて、初めてコメントしたいと思いました。ショート小説なのにドラマを見てるみたいでした。他の作品もいっぱい読んでみたいです♪
沙彩さま>沙彩さんの貴重な「はじめて」をいただけて、ほんとうに、胸が一杯になる思いです。
 他のものも読んでみたいと、そう誰かに思っていただけるのが、書き手として特にありがたいことでもあります。
 個人ページではありますが、わたくしのmixiトップに3つほど作品リンクを貼ってありますので、もしよろしかったらご覧くださいませ。
映画、、MVになりそうですねー!
新幹線の扉が閉まったところからイントロが流れだして回想するーみたいなっるんるん

勝手なこと言ってすみません。。

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