ログインしてさらにmixiを楽しもう

コメントを投稿して情報交換!
更新通知を受け取って、最新情報をゲット!

意味不明小説(ショートショート)コミュの待つ人

  • mixiチェック
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
 職場近くの駅の改札、休みの日は、自宅の最寄り駅。いつも改札口の向こうで、待ってくれていました。残業で遅くなった日とか、遊んで帰って来た時なんかも、いつも。ある日ね、終電がなくなって、タクシーで帰った時に、もしかしたらって、駅まで寄ってみたら、やっぱりそう、待っていたんです。もちろん最初はびっくりしたし、周りの人から変な目で見られたらどうしようって、迷惑とまで思っていたんですけど、あの人はね、ただ待っているだけなんです。本当に、それだけ。それでね、なんだかおかしな話なんですけど、いつの間にか、私の方が待つようになっていたんです。あの人が待ってくれているのを、待つ。その先から、いっこうに発展する気配すらなく、お互いに、ただ待つだけ。本当に、ただそれだけ。それだけなんですけど、なんだかすごく、幸せでした。

 待っていましたよ。確かに。家に帰るとね、いつでも待っているんです、何時になっても。それで、私が帰るのと入れ違いで、どこかへぷいと出掛けてしまう。別に、家をのことをするでもなし、飯なんか、もちろん作ってあるわけでもなし、だから相変わらず、しょっちゅう外食でした。そういえば、あいつ、飯とかどうしてたのかな。生活費?もちろん渡しやなんかしませんよ。だって、別に同居人ってわけじゃないんですから。そう、でも、待っているんです。待って、くれているんです。それで別に、なにをするってわけでもないんですけど、なんだろうな。なんか、励みになるっていうか、仕事をね、頑張ろうって気になるんですよ。実際ね、頑張りましたよ。頑張って、出世して、栄転してね。ええ、海外に。それから、それで、それっきりです。あいつ、今頃どうしてるのかな。飯とか、ちゃんと食ってるのかな。

 ああ、彼ね。ええ、ちょくちょく利用させてもらってましたよ。ほら、よく言うでしょう、人を待たせてるって。ええ、そう、まあ、普通なら、断り文句とか、逃げ口上とか、ええ、まあ、そう取られかねない。ところがね、彼の場合、違うんですよ。私がね、ちょっと人を待たせてるもんでって、切り出すと、丁度いいタイミングというか、遅すぎもせず、早すぎもせず、絶妙なところで、手を振ってくるんですよ。通りのむこうとか、歩道橋の上とか、切り出された相手が、確かに誰かいるなって分かるんですけど、じゃあ、じっさい誰なのかってなると、ちょっと掴み切れないというか、それくらいの距離で。それもね、一度や二度じゃないんですよ。仕事の時なんか、あんまり便利なもんだから、日に三度も使ったことがありましたよ。ええ、外回りなもんで。ああ、いつだったかな、ちょっと女性ともめてる時なんかも、利用させてもらいました。当然、示し合せたりなんかしませんよ、全くの偶然。完全にこちらの都合です。ええ、そう、普通じゃないんです。ああ、ごめんなさい、ちょっと人を待たせてるんで。え、特にそれらしい人は見当たらない?そう、今となってはね、この通りです。いやあ、また現れてくれないかな、彼。

 どう、いけるでしょう?ここのうな重。丁寧に下処理してから、一回蒸してある。だからね、臭みとか、余計な脂がない。ああ、驚いた?そう、蒲焼の下に、ご飯を挟んでもう一段。竹とか梅だと、一段だけど、松になると、蒲焼が二段重ねで入ってる。これが本当のうな重ってやつだ。脂っぽいうなぎだと、胃もたれいちゃっていけない。ところが、ここのはペロっといける。なんたって、蒸してあるからね。見物したあとは、ここのうな重を食べて、一杯やって、家に帰る。ああ、贅沢だよ。およそ身の丈には、合っちゃいない。だけど、奴さんを見物した時は、決まってそうしているよ。退屈しないのかって?バカ言うない。下手な芝居なんかより、よっぽど面白れえや。奴さんが、じっと待ってるだろ。改札口の向こうから、あの子がくる。ふっと一瞬、目と目が合う。互いになんにも言わないよ、言わないどころか、顔にも出さない。だけど、キュッと胸が締め付けられているのが、こっちにも痛いほどよくわかる。それこそ、芝居みたいに言いたくなるよ。よ、待ってました、って。だけど、そんな野暮天しない。あとは、黙って、ここのうな重を食う。でもやっぱ、見物できないと、一段おちるな。どう、一杯?え、違う違う、おれ下戸だもん。お茶だよ、お茶。そんならいただく?あ、女将さん、マテ茶、ふたぁつ。

 ようこそ、お待ちしておりました。どうぞ、お掛けください。それで、なんでも人をお探しだとか?その方のお名前は?特徴とか?大体の年齢も?男性ということしかわからない、そうですか。これは?ああ、お探しの方と会われた人達との記録、ですか。なるほど、確かに変わった職業、いや、趣味とでも言うべきでしょうか、とにかく妙な方ですね。ええ、わかりますよ、ご興味がおありなんですね、無理もない。そうですね、確証はありませんが、心当たりはあります。まあ、こんな方ですから、きっと間違いないでしょう。ええ、そうですね、これでもこの道でやっておりますから。無論、教えて差し上げるに吝かではないのですが、いいのですか?いえ、なに、あなたが本当にお探しの方と会われたいのかと思いまして。いえ、会ってみるとね、意外と呆気ないというか、こんなことなら会わずにおいた方が良かったとか、そういう結果になりはしないかと。まあ、いささか老婆心が過ぎるきらいもありますが、商売柄ね、経験から物を申しております。考えてみてください。あなたは、今、お探しの方と会えるのを、待っていらっしゃる。どうですか?この、今までの待っている間、あなたはきっと、生きることに前向きになっていたはずです。でなかったらこんな、一銭にもならない、それどころか、お金と時間をいたずらに浪費するような行いをするはずもない。けれども、あなたはしていた。これこそが、あなたが現在活力に溢れていることの証です。ほう、疑われるのでしたら、どうぞ後ろを振り返ってみてください。ええ、そうです。電話でお聞きした内容から、これはと目星をつけて、予めご足労を願っておきました。さあ、どうぞ。振り返ってみて、ご覧なさい。それであなたはお探しの方と、晴れて会うことができるのです。ただ、いいですか。忘れないでくださいね。それと同時に失ってしまうこともあるのだということを。ええ、そう、そうですね。誰もおりません。でも、いかかですか?あなた、今、安心しましたでしょう?いえ、無理に仰っていただかなくとも結構です。で、どうです?それでもまだ、お探しの方とお会いになりたいですか?そうですか。それでは、今日のところは、相談料だけで結構です。はい、ありがとうございます。ああ、すみません、そろそろお時間が。ええ、次の方もお待ちですから。はい、それでは、どうぞお気をつけて。(依頼人が去り)またのお越しを、お待ちしております。


(終)

コメント(0)

mixiユーザー
ログインしてコメントしよう!

意味不明小説(ショートショート) 更新情報

意味不明小説(ショートショート)のメンバーはこんなコミュニティにも参加しています

星印の数は、共通して参加しているメンバーが多いほど増えます。