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意味不明小説(ショートショート)コミュの除草

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 日銭を稼ぐため、除草の仕事をしてきた。歩道にある植込みの雑草を、抜きとる仕事だ。その日、日雇いの人間は、私を含めて三人が派遣されることになっていた。私は今の会社に登録してから長いので、リーダーを任せられていた。と言っても、集合場所で点呼をとるだけで、他は仕事の内容も日当も変わらない。
 集合時間の十分前に到着し、辺りを見回すが、それらしき人物は見当たらない。雨が降っていたので、雨宿りできそうな場所を見つけ、しばらく待った。再び見回すが、やはり姿はない。時計を見ると、集合時間の二分前だった。派遣会社から知らされていた、個人の携帯電話へ連絡を試みる。一人目。数回のコール音の後、留守番電話に切り替わった。二人目は、すぐに出た。
「あ、すみません。今、電車で。あと二分くらいしたら、着きます」
 待ってくれ、それだともう遅刻だぞ。と、思いながら、再び一人目に電話。やはり留守番電話だった。そうこうしているうちに、作業車両がやってきた。私は数日前にも同じ現場に入っており、現場責任者の顔を覚えていた。向こうも私のことを覚えていたようで、こちらに鋭い眼差しを送っていた。既に集合時間は過ぎていたが、私が一人でいることを、訝しんだのかもしれない。私は、挨拶を済ませてから、「すみません。一人は間もなく到着するのですが、もう一人は連絡がつきません」と伝えた。責任者は、軽く顎をしゃくった。
 再度、一人目に電話しようとしていたところ、作業服の青年が声を掛けてきた。
「佐藤さんですか?」
「ええ、そうです」
 青年の声から、先ほど電話した二人目であることが分かった。私の名前を知っていたのは、事前に渡されていた名簿で、覚えていたのだろう。
「すみません。電車の遅延で」
「そうでしたか。もう一人と連絡が取れないので、待っててもらえます?」
「わかりました」
 作業服の青年は、おそらく二十代中盤くらいだろう。体つきはややガッチリしているが、顔は丸々と太っていた。そのせいで、やや童顔に見えた。自前の作業服と安全靴をもっているところを見ると、普段は建設現場等で働いていそうだ。それにしても、顔がずいぶん丸々としている。ここでは、青年をおにぎり君と呼ぶことにしよう。私は、おにぎり君と合流できたことにやや安堵しながらも、一人目とはまだ連絡すら取れていないことに焦っていた。仕方なく派遣会社に電話をして、そのことを報告した。
「あれ?自宅の出発連絡は、もらってるんですけどね」と、派遣会社の人間。
「何度か電話しても、留守電なんです」
「おっかしいな。いません?」
「いないから連絡してるんです」
「あれ、なんでですかね?」
「なんでか分からないので、そちらで追いかけてもらえます?」
「はい、そうですね。おっかしいな」
 おかしいのはどっちだ。と、思いながら電話を切ると、通話中に着信があったことに気がついた。着信履歴を見ると、一人目の番号だった。すぐに、折り返した。
「電話に出れなくて、すみません。いま、着きました」女性の声だった。
「どちらにいらっしゃいます?」
「マクドナルドにいますよね?」
「え?ええ、いますけど」
 その時、確かに私は、雨宿りのために、マクドナルドの店舗の前で電話を掛けていた。二人目の女性は、電話で話している私を、どこかから認めていたのだろう。
「あ、わかりました。いま、そっちに向かいます」
 通りの向こうから、一方の手で傘を指しながら、もう一方の手をこちらに振りながら、女性が横断してきた。女性は私の前にくると、挨拶もそこそこに、「軍手を忘れたので買いにいっても良いですか?」と言った。
 いやいや、すでに遅刻しているんだぞ。と、思いながらも、この日の作業は軍手なしではできないことも知っていたので、私は責任者に訪ねにいった。
 責任者は、「いや、もう一人、作業員拾ってかないといけないから、乗って」と言った。
 私は、責任者から言われた通りのことを二人に告げて、作業車両に乗るよう促した。おにぎり君は、速やかに応じたが、二人目の女性はまごついて、「でも軍手が」と応じなかった。
 女性は、化粧っ気がなく、フレームの大きな眼鏡を掛けていた。頭には白髪が目立ち始めている。恐らく私と同年代か、もう少し上の年代、つまりは五十才前後に見えた。ここでは、二人目の女性を軍手おばさんと呼ぶことにする。
「とりあえず、現場についてから考えましょう」私は言った。
 軍手おばさんは、不承々々、作業車両に乗り込んだ。作業車両は二台あって、ひとつはトラックで、もうひとつはバンだった。おにぎり君と軍手おばさんには、トラックに乗ってもらい、私はバンに乗った。私の体には、トラックのシートは狭すぎるからだ。

 バンには、派遣先の従業員が二人、乗っていた。運転席には、ご高齢の女性。後部座席には、これまたご高齢の男性。私は、運転席の後ろの後部座席に腰を下した。
 運転席の女性は、この仕事を長くやっているのだろう、肌が日に焼けて、浅黒かった。目がかなり細く、つりあがっている。白髪の混ざった長髪を、後ろできつく結んでいるため、いっそう細目に見えた。強い口調でしゃべり、気も強そうだった。どことなく、中華街の女将さんを思わせるので、中華街と呼ぶことにする。
 後部座席の男性は、瘦せ型で、黒縁の眼鏡をかけていた。車が動き出すと、降りこむ雨を気にすることなく窓を開け、タバコに火をつけた。背中を丸め、顎を突き出す姿は、タバコ屋の店主のようだった。この人は、タバコ屋さんとする。
 中華街は、前を走るトラックを追いかけ、車を運転していた。行く先は聞かされていないようで、「え、なに、そこで曲がるの?」とか、「ちょっと、普通その信号待つでしょ」など、作業責任者が走らせるトラックに、文句を言っていた。確かに、トラックはしばしば車線変更を繰り返していた。後ろからついてきている車があるのなら、もう少し気を使って運転してもいいようなものだが、お構いなしの様子だ。中華街は、文句を言いながらも、こまめにウインカーを出して、律儀にトラックを追った。タバコ屋さんは、その様子にニタニタしつつ、二本目のタバコに火をつけた。まだしばらく移動がつづきそうだったので、私は「すみません。自分も一本良いですか?」と、タバコ屋さんに訊ねた。タバコ屋さんが応じるよりも早く、「タバコ?どうぞ」と、中華街が言った。私はお礼を口にしたが、トラックへの文句でかき消されてしまった。
 私がタバコを吸い終えてから、程なくして、トラックが停まった。どうにか追いつけてきたバンも、その後ろに停車した。日除け帽子の女性が、トラックに近づき、運転席に挨拶をした。それから女性はバンにやってきて、助手席に乗り込んだ。細身のジーンズに、ふくよかな中身が隠しきれない、袖の短いシャツを着ていた。アームカバーを二の腕の中間まで上げており、ゴムの締め付けが、余った肉を搾り上げていた。この女性は、アームカバーとする。
 アームカバーは、陽気な性格で、かつ多弁であった。トラックの追走劇が再開されると、ラジオの実況アナウンサーと解説者のように、作業責任者への愚痴が始まった。タバコ屋さんは、早くも次のタバコを吹かしている。私もよほどタバコに火をつけようかと思ったが、残りの本数が僅かだったため止めにして、目を閉じた。中華街とアームカバーの会話は、本物のラジオのようだった。
 片側三車線の大きな国道の交差点の一角に、トラックとバンが停まった。作業現場に着いたのだ。鎌と土のう袋、セミと呼ばれる大きなチリ取りのようなもの、最後にカラーコーンが各自に渡される。作業中、歩行者とぶつからないよう、カラーコーンを傍に立てなければならない。それから、ヘルメットと、作業用ベストを身に着ける。ベストは鮮やかな蛍光オレンジで、道路を走る遠くの車両からでも、すぐに認められるようになっている。
 ベストを着ながら、「借りた道具は、無くさないように注意してください」リーダーである手前、私は二人に伝えた。
 軍手おばさんは、それに答える代わりに「軍手を買いに行っても良いですか?」と言った。
 私は、その判断ができる立場にないので、「責任者に聞いてください」と答えた。
 軍手おばさんが、同じ質問を責任者にすると、責任者は、軽く顎をしゃくった。軍手おばさんは、近くのコンビニへと走っていった。
 全員が装備を整え、責任者から今日の作業内容が言い渡された。その日の現場は、区境にあたる場所で、今いる場所から緩やかな坂を下っていくと、区を分ける川にぶつかる。川を目指して、歩道側から除草をはじめ、川に着いたら折り返し、今度は中央分離帯の植込みの除草をしながら、元の交差点まで戻ってくるという目標だった。それから、トイレは坂の中腹にあるスーパーを利用するようにと、言い渡された。
 作業開始と共に、軍手おばさんが話しかけてきた。
「傘をさしても良いですか?」
 雨は朝から変わらず降っていた。土砂降りとはいかないが、傘がなければ着ている物が直ぐに濡れてしまうくらいには、降っていた。だが除草は、鎌を使って行う。鎌で刈った草を、もう一方の手でかき集めて、セミに集めるのだ。片手でできる作業ではない。私は、結論は出ていたが、それに答えられる立場にないので、「責任者に聞いてください」と答えた。軍手おばさんが、責任者に質問しにいくよりも早く、中華街が「合羽はいいけど、傘はだめ」と横から答えた。
 派遣された人間は、三人とも合羽を持っていなかったので、雨に濡れながら作業した。九月になったとはいえ、暑い日が続いていたので、「カンカン照りよりは、よっぽどましだ」と、思いながら黙々と除草した。単調な作業だが、それだけに余計なことを考えなくていい。目の前の仕事だけに集中できることは、私にはありがたいことだった。少し先の植込みでは、アームカバーと、おにぎり君が話しながら作業していた。おにぎり君は、人柄が良いのだなと、思ったが、直にそんなことも忘れて、鎌を振るった。
 坂の中腹辺りまできて、最初の休憩となった。濡れた体をタオルで拭いながら、バンに乗り込んだ。トラックの前では、責任者と軍手おばさんが、何か話をしていた。やがて、軍手おばさんはバンにやってきて、借りていた鎌とセミを無言で荷台に下ろし、地下鉄の階段へと吸い込まれていった。
「なに、あのこ帰ったの?」アームカバーが言った。
「そうじゃない?」と、中華街。
 それから二人は、軍手おばさんの噂話をしばらく続けた。タバコ屋さんは、タバコを吸った。
 まだお昼前だったが、お腹が減ってきたので、家で拵えたおにぎりを食べた。ごま塩を振って、ザーサイを乗せただけの質素だが、拳を二つ重ねたほどある、大きなものだった。私が食べているのを見たせいか、アームカバーもサンドイッチを取り出してきた。お手製のようで、一つひとつがラップで包まれていた。耳がついたままの食パンを、縦に四つに切った大きさの、長方形のサンドイッチだった。
「これが卵で、これがソーセージ。これはツナかな」
 アームカバーは取り出しながら、中華街に解説していた。ふと、後部座席の私に向かって、サンドイッチを差し出し、「卵食べる?もう、お腹いっぱい?」と言った。
 私は、まだおにぎりを食べていたが、「ありがとうございます。いただきます」と、受け取った。どこにでもあるような味だったが、二口で食べ終えた。
「ごちそうさまでした」サンドイッチを飲み込むと同時くらいに、私は言った。タバコ屋さんは、タバコを吸っていた。もしかしたら、私のことを、心の中でおにぎり君と呼んでいたかもしれない。

 作業を再開する頃には、雨は弱くなっていた。午前の内には、中間地点である区境の川に到達し、午後からは中央分離帯を折り返していった。順調にいっているかのように思えたが、現場責任者の苛立ちから、そうではないことを知った。
 中央分離帯の幅は大きく、そこに生えている雑草は根深かった。誰もが黙々と草を刈っていた。アームカバーとおにぎり君も、もう話してはいなかった。
「これ、忘れていますよ」
 植込みの中に体をねじ込み、蔓草と格闘していた私に、おにぎり君が話しかけてきた。おにぎり君は、カラーコーンを二本持っていた。作業に夢中になるあまり、私はカラーコーンをどこかその辺に置き去りにしていたらしかった。「道具を無くさないように」と注意していた手前、バツが悪くて「ああ」とだけしか返すことが出来なかった。おにぎり君は屈託なく笑っていた。中央分離帯のすぐそばを、大型車両が速度を落とすことなく走り去った。
「今日はこれまで」
 作業終了の三十分前となり、現場責任者が言った。
 残りの三十分で、掃除と道具の片づけをしなければならない。作業していた地点からバンまで、百メートル以上あった。私は、土のう袋を肩に担いだ。土のう袋は、刈り取った草で、丸々と膨らんでいた。中華街とアームカバーは、セミに土のう袋を乗せ、ソリのように引きづって歩いた。
 全員疲れていた。雨はすっかり止んでいたものの、作業服は、雨露と泥で汚れ、体は草生きれで覆われていた。バンに乗り込み、中華街が車を出した。アームカバーとのラジオ実況は、もうなかった。タバコ屋さんと私は、すぐにタバコに火を付けた。
 たったいま除草したばかりの中央分離帯が、窓の外に見えた。普段であれば、道端の雑草など気にもしないだろう。だが、除草に丸一日かかりっきりになると、見る目が違ってくる。除草したての中央分離帯の植込みは、床屋帰りの小僧のように、こざっぱりとして格好良かった。バンが緩やかにスピードを増すと、こざっぱりとした植込みがふっと途切れた。そこからは三区画ほど、除草をしていない、手つかずの植込みが続いた。私たちは、今日の作業目標を、終えることが出来なかった。
「ちょうど一人分ね」
 アームカバーが、誰にともなく言った。もちろん、一人分というのは、軍手おばさんのことだろう。だが、それに答える者はいなかった。
 アームカバーへの返答の代わりか、軍手おばさんへの挨拶の代わりか、タバコ屋さんが、細く開けた窓に向かって、煙を吐いた。


(終)

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