芝田進午の人類生存思想と現実コミュの揺らぐヒエラルキー　ヘイトクライム急増の背景にアジア系の躍進？

毎日新聞 2021/5/5

第93回アカデミー賞で白人以外の女性として初めて監督賞を受賞した中国出身のクロエ・ジャオ監督＝米ロサンゼルスで2021年4月25日、AP拡大
第93回アカデミー賞で白人以外の女性として初めて監督賞を受賞した中国出身のクロエ・ジャオ監督＝米ロサンゼルスで2021年4月25日、AP
　アジア系アーティストの世界的な活躍とヘイトクライム（憎悪犯罪）の増加は関係している――？　今年の米アカデミー賞で中国出身の女性監督が最高峰の作品賞に輝き、米グラミー賞に韓国のヒップホップグループ「BTS」がノミネートされるなど、映画や音楽界でアジア系の快進撃が続いている。その一方で、米国などではアジア系へのヘイトクライムが多発している。新型コロナウイルスの感染拡大がきっかけとされるが、「アジア系の躍進への反発」との見方も出ている。この事態をどうとらえればいいのか。世界で存在感を増すアジア系の光と影について、在米ジャーナリストや研究者に読み解いてもらった。【大野友嘉子/デジタル報道センター】

中国出身監督、韓国人俳優が快挙
　4月25日に米ロサンゼルスで開かれた第93回アカデミー賞の授賞式では、アジア系の監督や俳優が脚光を浴びた。ベネチア国際映画祭で金獅子賞を獲得した中国出身のクロエ・ジャオ監督の「ノマドランド」が最高峰の作品賞、監督賞、主演女優賞に輝き、韓国系移民一家を描いた「ミナリ」（リー・アイザック・チョン監督）で祖母役を演じた韓国人俳優、ユン・ヨジュンさんが助演女優賞に決まった。昨年、作品賞など4冠を達成した韓国作品「パラサイト　半地下の家族」に続く快挙だった。


　これに呼応するように、映画界に貢献した人に贈られるジーン・ハーショルト人道賞を受賞した俳優、タイラー・ペリーはスピーチでこう語った。

　「私はメキシコ人だからとか、黒人、白人、またはLGBTQであるからという理由で誰かを憎むことを拒否します。警察官だから、アジア人だからという理由で憎むことも拒否します」


　「BLM（ブラック・ライブズ・マター、黒人の命は大事だ）」運動のきっかけとなった黒人男性のジョージ・フロイドさんが白人警察官の暴行を受けて死亡した事件や、多発するアジア系へのヘイトクライムを想起させる言葉に、各メディアが反応。米紙ニューヨーク・タイムズなどが速報した。

増えるアジア系へのヘイトクライム
　アジア系へのヘイトクライムは新型コロナの感染が拡大した昨年以降、社会問題になっている。米国では、トランプ前大統領が新型コロナウイルスを「中国ウイルス」「武漢ウイルス」と呼び、アジア系への反感をあおっており、それがヘイトクライム増加の一因と言われている。


アジア系住民へのヘイトクライムに抗議する集会で「差別主義者の暴力を止めよう」などと書かれたボードを持つ家族連れ＝米西部カリフォルニア州ロサンゼルスで2021年3月13日、福永方人撮影拡大
アジア系住民へのヘイトクライムに抗議する集会で「差別主義者の暴力を止めよう」などと書かれたボードを持つ家族連れ＝米西部カリフォルニア州ロサンゼルスで2021年3月13日、福永方人撮影
　2020年3月に被害者支援や情報収集を目的に設立された米国の市民団体「ストップAAPIヘイト」には、昨年3月19日から今年2月末までに暴言や暴力などのヘイトクライムを経験したという通報が3795件寄せられた。また、米国の世論調査機関ピュー研究所が今年4月にアジア系の成人を対象に行った調査によると、81％が「暴力が増加している」、32％が「脅されたり、物理的に攻撃されたりすることを恐れている」と回答した。

　アカデミー賞のノミネーション（候補）が発表された翌日の3月16日には、衝撃的な事件が起きた。南部ジョージア州アトランタ近郊のマッサージ店が銃撃され、8人が死亡。そのうち6人がアジア系の女性だった。容疑者の男は動機について「性依存症である自身への誘惑を消すためだ」と供述したが、ヘイトクライムの可能性が疑われている。


BTSへの差別、トランプ氏の「パラサイト」批判
　時を同じくして、アジア系アーティストへの差別的言動も世界各地で相次いだ。

　例えば、ドイツのラジオ番組では2月、BTSについて司会者が「くだらないウイルスだ」と発言。4月にはチリのテレビ番組が、BTSのメンバーに扮（ふん）した芸人が北朝鮮の金正恩（キム・ジョンウン）朝鮮労働党総書記の名前をもじって「キムジョンウノ」などと自己紹介したことで批判を浴びた。SNS上の批判の中には、こうしたアジア系への反発と、増加するヘイトクライムを結びつける内容が目立った。

　BTSも、自身が経験した差別について明かしている。アトランタの銃撃事件後、ツイッターに＜アジア人として差別を受けたことを思い出します。私たちは理由のない罵倒に耐え、見た目を嘲笑されました。なぜアジア人が英語で話すのかとさえ聞かれました＞と投稿。＜今起きていることは、私たちのアジア人としてのアイデンティティーと切り離すことはできません＞と訴えた。

　また、昨年のアカデミー賞で「パラサイト　半地下の家族」が受賞した際には、トランプ前大統領が自身の支持者集会で不満をぶちまけた。

　「今年のアカデミー賞の出来の悪さといったら……見たか？　受賞は韓国の映画だった。一体どういうことなんだ？　私たちは貿易で韓国との間に問題を抱えている上に、彼らに今年の最高の映画賞を与えた。（パラサイトが）良かったか？　分からない。私が探しているのは例えば……『風と共に去りぬ』のような作品を取り戻してもらえないか？」

アジア系の活躍が白人至上主義者の不安を増幅
オンライン取材に応じるカリフォルニア州立工科大学ポモナ校准教授のアンソニー・オキャンポさん＝‎2021‎年‎4‎月‎16‎日午前10時39分、大野友嘉子撮影拡大
オンライン取材に応じるカリフォルニア州立工科大学ポモナ校准教授のアンソニー・オキャンポさん＝‎2021‎年‎4‎月‎16‎日午前10時39分、大野友嘉子撮影
　こうした差別的言動には、新型コロナだけでは説明がつかない根深い背景がある。

　人種の問題に詳しい米カリフォルニア州立工科大学ポモナ校准教授のアンソニー・オキャンポさんは「米国では、非白人が（白人を頂点とする）人種のヒエラルキーを揺さぶる動きがあると、白人至上主義者や彼らに類する考えを持つ人々の間に動揺が走ることがしばしばあります。近年、アジア系が経済的、政治的、そして文化的に存在感を増していることが、不安を増幅させているのでしょう」と話す。

　19世紀が欧州、20世紀が米国の世紀だったのに対して、中国の台頭などで21世紀は「アジアの世紀」と言われている。頭角を現すアジア系を脅威に感じる層がいるということなのだろう。

　オキャンポさんは、アジア系が長年にわたって「手本となる少数派」を意味する「モデル・マイノリティー・ミス（神話）」の文脈の中で語られてきたことも要因とみる。「アジア系の人々は不条理な境遇であっても不平不満を言わず、社会規範を守ることができるという『神話』がありました。しかし、物静かでつつましいと思われていた人たちが声を上げるようになって神話が崩壊しつつあります。そのことに戸惑い、混乱する人たちが攻撃的な言動に出ている側面があります」。つまり、これまで立場を「わきまえていた」アジア系の変化を快く思わない風潮が一部にある、ということだ。

　アトランタの銃撃事件を取材したニューヨーク在住の韓国系アメリカ人ジャーナリスト、レジーナ・キムさんも同様の見方を示す。キムさんは「21世紀はアジアの世紀」と言われていることを念頭にこう話す。

　「アジアのポップカルチャーやエンターテインメントは今、かつてないほど脚光を浴びています。それに対して差別的な言動を行う人々は、欧米中心だった文化が影響力を失うことを恐れている面があります。ドイツのラジオ番組での発言は、アジア系が世界的な人気を得ていることを理解できない、あるいは受け入れられないという感情の表れだと思います」

「なぜアジア系だけ成功？」マイノリティーの中でも孤立
　ただ、現在のアジア系へのヘイトに加担しているのは白人だけではない。黒人も関与したとして逮捕されている。かたくなに欧米中心の文化を守ろうとする白人至上主義者による行為だとは単純に言えないのではないか。

　この点について、社会学が専門の米イエール大教授のグレース・キャオさんは、「個別の事件と、差別を作り出す社会の構造を混同すべきではない」と指摘する。そして、アジア圏外ではアジア系がこれまで「透明な存在」として扱われてきたことが、コロナ禍以降のヘイトクライムを加速させたとみる。

　「ヘイトクライムは個人による行為ですが、背景には人種に基づいた社会的な偏見があります。米国を含む国々で白人は特権的な地位を占めてきました。一方、アジア系米国人は（存在感のなさから）長年にわたって米国人としてではなく『外国人』と見なされてきました。反アジア系への感情の背景には、アジア系が欧米で外国人扱いされてきた歴史があるのです」と説明する。

米イエール大教授、グレース・キャオさん＝本人提供拡大
米イエール大教授、グレース・キャオさん＝本人提供
　外国人と見られてきたアジア系が急激に存在感を増し、人種の頂点に立つ白人と対等、あるいはそれ以上の地位を獲得することに、白人だけでなく他の人種も反感を覚え、反アジア系の感情が広がっているのかもしれない。

　フィリピン系米国人の作家、クリスティーン・リワグ・ディクソンさんも、「手本となる少数派というアジア系のステレオタイプが、黒人やヒスパニックなど他のマイノリティーと分断させ、アジア系の孤立を招いた」と分析する。

　中西部ミシガン州デトロイトで育ったリワグ・ディクソンさんは、裕福な家庭に育った。私立校に通い、幼いころからピアノを習っていた。

　「アジア系は成功した人も多いため、よく『アジア人だから経済的に豊かで、生まれつき音楽が得意なんでしょ』と言われます。当然ですが、アジア系でも貧しい人はいますし、その生活状況はさまざまです。でも、こうしたステレオタイプや現在のアジア系の躍進は、他のマイノリティーからすれば『アジア系が成功できているのに、なぜ自分たちは同じようにはい上がれないんだ？』という負の感情を生んでいる面があります」

　2015、16年のアカデミー賞では、候補のほとんどを白人が占めたため「＃OscarSoWhite（白すぎるオスカー）」と批判が噴出した。その際、リワグ・ディクソンさんがハリウッドでのアジア系の露出の少なさを指摘すると、アジア系でない友人に「自分のことばっかり気にするのね」と言われたという。「恵まれているのにこれ以上何を望むの？というニュアンスがありました。もちろん今のヘイトの背景にあるのは、コロナと関連付けられた差別が一番大きいでしょう。ただ、友人の発言から分かるように、いいはずのステレオタイプがネガティブに働いているようにも感じます」と話す。

ユン・ヨジュンさんが見せたウイット
　わきまえているはずだったアジア系が台頭し、白人至上のヒエラルキーを脅かしたこと、「恵まれている」というイメージからマイノリティーの中でも反発を招き、孤立を深めたこと……。ヘイトクライム増加の背景には、コロナ禍であおられた中国への反発以外にも、根深く、複雑な事情があることが見えてきた。

　では、この事態にどう向き合っていけばいいのだろうか。

　キムさんは、アジア系への差別や偏見を解消するには「長い時間がかかる」とした上で、「アジア系の俳優や映画製作者たちが今後も認められ続ければ、アジア系に対する見方が徐々に変わると思います」と期待する。

（写真）
アカデミー賞助演女優賞を獲得した韓国人俳優、ユン・ヨジョン氏＝AP
　アカデミー賞授賞式では、ユン・ヨジュンさんが記者に「（出演作のプロデューサーで、初対面の）ブラッド・ピットの匂いはどうでした？」と聞かれ、「私は彼の匂いは嗅いでません。私は犬じゃないですから」とぴしゃりと切り返したことが話題になった。日系人俳優のジョージ・タケイさんはツイッターでジャオ監督に次のような祝福のメッセージを送った。

＜分断とアジア系へのヘイトが高まっているこの時代に、アジアの女性監督が優雅さ、技術、そして素朴な正直さを持って米国に鏡を向け、オスカーを獲得したことは重要なことです＞

　ステレオタイプではない、多様な個性やリアルな姿を繰り返し世界に示していくことが、アジア系への反発という負の感情を好転させるきっかけになると信じたい。