葦原風太郎想像空間天寿国の末裔コミュの藤原不比等ー散文

藤原不比等ー散文

ストック置き場です。

６７７　藤原不比等の出世　１.

６７７　藤原不比等の出世　１.

６７７不比等の婚姻

　不比等は天武六年６７７に右大臣の蘇我臣連子の娘、娼子と結婚した。そろそろ朝廷に出仕するのだろう。独身貴族の時代を終えた。住処は先祖伝来の大原の第である。

　６８０天武九年に長男の武智麻呂が生まれ、次の年に次男房前が生まれた。ただしこの時「産後の肥立ち」が悪かったのか娼子は二人の幼子を残して他界してしまう。

　不幸は重なる。天武夫人の氷上娘が宮中に薨じる。不比等の血縁の有る外護者であった。しかし持統帝の覚えが良い。壬申乱に参加したならではの特権だろう。

　その後間もなく加茂朝臣比売女を妻に迎えては宮子が生まれる。名も無き妻を迎えては長蛾子が生まれ四人の子宝を持つにいたるという。

　天武七年、天武天皇は不比等が満二十歳の時から二十四歳になるまでの期間、まずその年七年に文武官進階の法を、翌八年に拝賀の礼法を定め、九年には官寺制の整備を図った。

　天武十年の二月には新律令の編纂を詔し、三月には帝記・旧辞の記定を詔し、四月には服飾の制を立て、九月には未定の諸氏氏上を定めて理官に申し送るように詔された。

　ただこれらの事に史がどれだけ関与したかは明確ではない。それら表の仕事に関わるより先のような権力行使に二十歳前は関わっていたのではないかと推測する次第である。

　史が壬申乱に参加したのなら天武の諸皇子とも知己であるだろう。当時、草壁皇子は軟弱であった事が指摘される。史は草壁の補弼に当たっていたのではなかろうか。持統帝の覚えが良いのだ。

　八年に制定された「拝賀の礼法」とは「諸王・諸臣みな兄姉以上の親族および氏上以外の者への拝賀を禁じ、また常に諸王は「王制の母にあらざれば」廃することを禁ぜられ、諸臣もまた卑母に対しては拝することを禁じられた。これは従来通り卑母の皇子の皇位継承を認めぬ方法であり、次期皇位に臨む皇太子選定の為の先駆法として出された。

　（　吉川弘文館・人物草書・高島正人ー藤原不比等　p.７５～７９　）

「黒作縣佩刀」

　「東大寺献物帳」に「黒作縣佩刀一口」と言う記述がある。

『右は日並皇子（草壁皇子）の常に佩持したまいし所にして、太政大臣（藤原不比等）に賜う。大行天皇（文武天皇）即位の時すなわち献ず。大行天皇崩じたまう時、また大臣に賜う。大臣薨ずる日、さらに後の太上天皇（聖武天皇）に献ず』
　
　これは不比等と草壁皇子の関係と天武系皇子たちへの献身的態度を示す。だが「天皇に仕え、天皇を動かすー藤原氏的野心」とも言える。今で言う「キング・メーカー」だ。しかしそは「崇仏的藤原氏」とも取れる態度なのだ。
　　
　「日本書紀の仕掛け＝崇仏国家＝荘厳世界ーその現実展開・構築」である。聖武天皇・行基・光明皇后の成した大仏造立は「仏教世界の現実化」であるだろう。

　筆者は藤原不比等は天武天皇・持統天皇と共に、また諸皇子と共に、行動を共にしていると見ている。よって草壁皇子立太子の時、その以前より四歳年上の不比等が草壁の補弼に当たっていたとする。その関係を「黒作縣佩刀」が証明しているのである。（当初、設定した「天帝の十字剣」はもっと後の時代への「伏線」と見て欲しい）

　（　吉川弘文館・人物草書・高島正人ー藤原不比等　p.８３～８４　）

　天武十二年、不比等二十六歳、大津皇子が朝政に参加する。天武十四年、親王諸王十二階、諸臣四十八階、都合六十階の新爵位が決定される、この時、不比等は二十八歳。
　
　これまで位階制の対象とならなかった皇族にも初めて明・浄十二階を定めたのは、皇族を律令官人として登用する為である。

　また天智・天武の諸皇子たちに位階を付け序列を明確にするためでもある、これにより皇位継承者が草壁となり、大津は太政大臣の予定となるのである。

　不比等も二十七歳の頃には賜姓に預かり「藤原朝臣」を名乗ったかもしれない。

　（　吉川弘文館・人物草書・高島正人ー藤原不比等　p.８８　）

　持統天皇と不比等

　天武十五年６８６　七月十五日、天武天皇は「天下の事は大小を問わず、ことごとく皇后および皇太子に啓（もう）せ」と遺言し九月九日に薨じる。よって皇后が称制し持統朝となる。

　冬十月二日、大津皇子が謀反を起こし一味三十四名が捕らえられ、大津は三日に処刑される。遠島は一名、他は罪を許される。大津皇子の聡明さに嫉妬した持統天皇の粛清と見て良い。草壁の対抗馬を亡き者としたのだ。

　大津の妻、山辺皇女は殉死し、大津の姉、大来は斎宮の任を解かれた。そして朱鳥元年一月一日、殯の宮にて草壁皇子らが慟哭し誄（しのびごと）が二年三か月の長きに行われ、持統二年十一月飛鳥大内陵に天武の骨を葬る。

　不幸は続く、翌年三年四月十三日、草壁皇子は二十八才の若さで薨じる。妻は阿閉皇女、一子軽皇子七才に持統天皇は未来を見るしかない。この時不比等は三十二才で直広肆、「黒作縣佩刀」をこの時期の前に草壁より刀を預かったのだろう。

　持統四年、武市皇子は三十七才、太政大臣となる。議政官の首座であり持統としては政治を武市に任せ、皇位は軽皇子に譲るのである。そのための「拝賀ー卑母」であり、武市の母は宗形君であった。天武・持統の位階制は精緻を極めている。

　持統六年、藤原営地を観幸し、八年十二月、藤原宮に還られる。まだ藤原京ではない。

　持統七年、藤原朝臣大嶋が逝去、不比等が族中最高位となる、この時三十六才。　

　持統八年、妹の五百重娘との間に宇合が生まれる。九年に麻呂が生まれる。当時「兄妹婚」は珍しくなく一般的な事であった。

　持統十年６９６　七月、武市皇子が薨じる。十月、不比等は直広弐となり四階を勧められた事になる。これは後の文武天皇の詔にある「かけまくもかしこき天皇の御代御代に仕え奉りて」とあるので不比等の功業が知れる。

　また持統十一年６９７　二月、軽皇子を皇太子に。八月、武市皇子の一周忌を過ぎ文武天皇（軽皇子）の即位があった。この時、三名の後室が入れられるが、そのうちの一人が不比等の娘の宮子である。「黒作縣佩刀」はこの時に文武に渡されたのであろう。まだ文武は十五才、政治の補弼を不比等が行う事になる。

　（　吉川弘文館・人物草書・高島正人ー藤原不比等　p.１２２　）

Ｃ)２０２１　Ｆｕｕｔａｒｏｕ　Ａｓｈｉｈａｒａ.

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[1] mixiユーザー 02月13日 12:39

６９７　藤原不比等の出世　２.

　持統太上天皇・文武天皇と不比等

　文武天皇元年６９７　八月十七日、文武天皇は十五才の若さで即位した。さて新しい天皇を頂き、時代は少しづつ変わってゆく、まず「大命」が述べられる。たぶん不比等の筆になるのだろう。

「大命」(宣命体)

『八月十七日　天皇は詔して、次のように述べられた。

　現御神(あきつかみ)として大八嶋国をお治めになる天皇が、大命(おおみこと)として仰せになることを、ここに集まっている皇子たち、王たち、百官の人たち、および天下の公民は、皆うけたまわるようにと仰せられる。

　高天原にはじまり、遠い先祖の代々から、中頃及び現在に至るまで、天皇の皇子が次々にお生まれになり、大八嶋国をお治めになる順序として、天つ神の御子のまま、天においでになる神がお授けになったとおりに、取りおこなってきた天つ日嗣の高御座の業であると現御神として大八嶋国をお治めなされる倭根子天皇(持統天皇)が、お授けになり仰せになる、尊く高く広く厚い大命を、受けたまわり恐れかしこんで、このお治めになる天下を調え平らげ、天下の公民を恵み撫でいつくしもうと仰せられる。

　これを以て天皇の朝廷(みかど)が設けられた百官の人たち、四方の国々を治めるようにと任命された宰(みこともち・国司)に至るまで、国法を誤り犯すことなく、明るくき浄(きよ)くまっすぐな誠の心をもって、心をゆるめ怠ることなく務め引き締めて、仕え奉れと仰せになる大命を、皆よく承れと仰せられる。』

(　続日本紀　（上）　宇治谷孟　講談社学術文庫　ｐ．１４～ｐ．１５　)

　天皇親政の政治故に大掛かりな人事異動はなく朝廷の顔ぶれと共に少しずつ変わるのだろう。この時期の議政官は、右大臣・正広参・多治比真人嶋、大納言・正広肆・阿倍朝臣御主人、大納言・正広肆・大伴宿禰御行であって、太政大臣・武市皇子と中納言を失ったまま、他は諸皇子と諸王が朝廷を成す、不比等の手腕がここで生きる。、

　次にこの時期の目ぼしい政策を見てみたい。①崇仏が全国的な放生会に見られる。仏教・神道は立てられ道教がなおざりになる。②日本の鉱物資源や珍しい物が献上品として朝廷に届く。③全国への巡察師の派遣。「必ず法の如くすべし」なのである。④御陵の整備と大赦。⑤銭貨の鋳造と貨幣流通、諸国に市司を置くー市場経済政策。⑥東北・蝦夷政策の充実。⑦牧地点定ー馬の放牧⑧各国外交の積極性、この頃、高句麗遺児・大作榮が渤海国を建てる。以上、等々が見られる。

　不比等は国政審議氏族としての藤原氏の地位を固める。文武天皇三年、この頃に天武・持統・文武と三代の天皇に仕えた県犬養宿禰三千代を後室に迎える。天武天皇の後宮に仕え珂瑠皇子（文武）の乳母になったといわれ、引き続き持統天皇に仕えたという。私見ではこの三千代と不比等が聖徳太子を讃え、聖武や光明に強い影響を与えた。

　多くの識者の指摘するように三千代は皇室に仕えて在り不比等の耳目となり情報を提供し、また不比等の意図を天皇・太上天皇・周囲の人々に説明し理解を求めた。

（　吉川弘文館・人物草書・高島正人ー藤原不比等　p.１４４～１４５　）

　『文武天皇三年五月二十四日、役の行者小角を伊豆嶋に配流した。はじめ小角は葛城山に住み、呪術を使うので有名であった。外従五位下の韓国連広足の師匠であった』

　(　続日本紀　上　宇治谷猛　講談社学術文庫　ｐ．２３　)

　この事には不比等の政策が反映しているかもしれない。不比等は儒教や神道と仏教は認めても道教を認めていない。天武天皇は道教も認めていたのだが。たぶん「怪・力・乱・神を語らず」今の時代でも、そうである。

Ｃ)２０２１　Ｆｕｕｔａｒｏｕ　Ａｓｈｉｈａｒａ.

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[2] mixiユーザー 02月13日 12:42

７０１　文武帝・中後期の不比等の功績　３.

「大宝元年」７０１　文武帝・中後期の不比等の功績の第一は「建元」である。一時期使用されなかった元号を再び使うという。文武天皇五年三月、対馬より金が献上され、それを祝って「大宝」の建元が行われた。

　★不比等は文武天皇即位の時元号を建て「代始」建元を「瑞祥」建元の形式をとって「大宝」そして「景雲」としたのである。それは文化的に中国と並ぶ対等な国家であることを示す。また「永世的暦年表示の便宜を得る」ことであり、国民にに対し新しい時代の到来を知らせる事である。（以降,１３００年を超え使用している。他に、「災異」改元、近代の「理念」改元が見られる）
　
　大宝元年　元旦の受朝にあたって皇居の正門に鳥形の幢（とう）を立て左には日像青龍朱雀の幡を、右には月像玄武白虎の幡をかけ、蛮夷の使者を左右に列座させるという中国風の盛儀を向整えたことが知られる。

　また同年二月には儒教の教祖たる孔子を祭る釈奠の行事が初めて行われた。要は真似る事により日本国の儀容を近隣諸国にも分かるよう、唐風にしたということであり、また唐には遣唐使船を建て栗田朝臣真人を遣唐執政使にして朝貢させている。

　三月二十一日、新しい大宝令に見る議場官の人事は次の通り。　

　左大臣・多治比真人嶋・正二位、右大臣・従二位・阿倍朝臣御主人、大納言・正三位・石上朝臣麻呂、大納言・正三位・藤原朝臣不比等、大納言・従三位・紀朝臣麻呂、大納言は四人制で一人欠く。従三位・大伴宿禰麻呂、参議官は以上。

　太政大臣は以前は武市皇子そして、「その人無ければ則ち闕く」ので今回は無し。そして左右大臣は満ちる。最古参の大神朝臣武市麻呂は持統帝の重なる行幸を諫めたので納言官を外される。不比等は大納言となり公式の立場で朝廷に「物言う立場」となったのである。

　大臣と大納言の立場の違いは、大臣は命令の下部への浸透を目指し糺正に不当が在ればこれを正す権限がある。大納言にそれは無く参議し敷奏・宣旨・侍従・献替、天皇を善導することにある。

（　吉川弘文館・人物草書・高島正人ー藤原不比等　p.１４９～１５５　）

　しかし上記政体構成も七月に左大臣・多治比真人嶋が亡くなり翌二年五月に次の五名が朝政を構成する。参議朝政・従三位・大伴宿禰安麻呂、参議朝政・正四位下・粟田朝臣真人、参議朝政・従四位上・高向朝臣麻呂、参議朝政・従四位下・下毛野朝臣古麻呂、参議朝政・従四位下・小野朝臣毛野。、

　大宝二年十二月持統太上天皇が薨（みまか）る。首皇子は一歳、まだ皇太子に立てない。翌三年正月、天皇の補弼者として知太上官事を新置し、共に大宝律令の選定に当たった刑部親王を任じた。朝廷の参議に欠員が生じると不比等に近い者達がその席を占めるようになる。　　　

　大宝三年閏四月、阿倍朝臣御主人が薨（こう）じた。令制議場官は全大臣を欠き大納言三名のみとなり不比等が第一位の実力者となる。不比等は自らの大臣を見送り、翌大宝四年（景雲元年・７０４）石上朝臣麻呂を右大臣に、大納言は紀朝臣麻呂と不比等の二名とした。これでは定員七名に対して三名だけなので、翌景雲二年四月に議場官の定員を改め大納言を二名にし中納言三名を新設した。

　人員構成は次の通り、右大臣・従二位・石上朝臣麻呂、大納言・従二位・藤原朝臣不比等、大納言・正三位・紀朝臣麻呂、中納言・正四位下・栗田朝臣真人、中納言・正四位下・高向朝臣麻呂、中納言・従四位上・阿倍朝臣宿奈麻呂、参議・従三位・大伴宿禰安麻呂、参議・従四位上・下毛野朝臣古麻呂、参議・従四位下・小野朝臣毛野、
　
　ここの中納言・従四位上・阿倍朝臣宿奈麻呂は斉明・天智朝に蝦夷・粛慎（みしはせ）の征討や百済救援に活躍した阿倍引田臣比羅夫の子である。安倍氏への親交策は功を奏し不比等の孫の藤原仲麻呂は阿倍朝臣宿奈麻呂に算術を学び、それは優れていたという。まだ不比等に靡（なび）かない有力氏族もいるが不比等の懐柔策は強烈な様子である。

（　吉川弘文館・人物草書・高島正人ー藤原不比等　p.１５９～１６３　）

[3] mixiユーザー 02月13日 12:43

　日本書紀も続日本紀も藤原京を「藤原宮」と記し藤原京とは記さない。慶雲元年７０４　十一月壬寅条に「初めて藤原宮の地を定む。宅（住宅・屋敷）の宮中に入る百姓一千五百五烟（家・戸・世帯）に布を賜う」とある。持統朝の藤原宮より更に広大な「藤原京」の造営が開始される。唐より帰った遣唐使・栗田朝臣真人の進言を受け理想の都を建設しようと欲したのだろう。

　しかし慶雲四年７０７　二月に諸王臣五位以上に遷都を議すよう詔された。「赤駒の腹這う水沼に……」役民が苦闘する様を見かねたのか、果たして「飛鳥川の氾濫」か。いずれにしろ何か選定の地で異常な事があり、遷都が言われるようになる。

　果たして前代にもまして打ち続く飢饉・疫癘（えきれい）・水旱・霖雨・台風・大潮・地震・飛煌などの災異に対し、文武・不比等らは祈雨・給薬・遣使巡省・賑給（しんごう）・救恤（きゅうじゅつ）などで庶民を救うために対抗する。

　文武帝時代の不比等の功績は①「大宝」瑞祥建元、「慶雲」瑞祥改元、②大宝律令の完成と実施、③巡察使の派遣と国郡司監督の強化、④諸司百官の粛清と風儀の矯正、⑤学術奨励と有芸者の活用、⑥藤原京の造営、⑦各種民政策の追求、国民救済、⑧氏族の統制と把握・統制ー掌握、⑨鉱物資源の開拓、以上。

　文武帝の時代、不比等は諸政策により深く朝廷に定着することにより、キングメーカー・執政者としての立場をものにした。

（　吉川弘文館・人物草書・高島正人ー藤原不比等　p.１６７～１７４　）

Ｃ)２０２１　Ｆｕｕｔａｒｏｕ　Ａｓｈｉｈａｒａ.

[4] mixiユーザー 02月13日 12:44

７０７　元明女帝と不比等　４.

慶雲四年７０７　六月、文武帝が薨じた。翌月元明帝（阿閉皇女）が即位する。天智天皇の第四皇女、母は蘇我臣石川麻呂の妻姪娘（めいのいらつめ）であり文武帝の実母である。

文武帝には首皇子・広成・広世の三人の皇子があったが幼少であって皇太子に立てられず。また天武帝の他の皇子を立てる事は選ばなかった、首皇子に皇位を渡す為である。議場官たちの多くに不比等は力を持っている。

時に議場官の構成は次の通りである。、左大臣・正二位・石上朝臣麻呂、右大臣・正二位・藤原不比等、大納言・正三位・大伴宿禰安麻呂、中納言・正四位上・小野朝臣毛野、中納言・従四位上・阿倍朝臣宿奈麻呂、中納言・従四位上・中臣朝臣意美麻呂、参議・従四位上・下毛野朝臣古麻呂。

元明朝の政治上の諸政策は次の通り。①和銅への改元、②大宝律令の施行と補完・修正、③巡察使の派遣ー地方行政担当者の監督強化、④学術奨励・有芸者の活用、⑤平城京の遷都・造営、⑥銭貨の鋳造と貨幣流通、⑦国域拡大と国郡の建置、⑧道路の建設、⑨産業育成、⑩各種民政策、⑪国史・地誌の編纂、⑫氏族の掌握と統制、⑬崇仏・尊儒（神道）、以上。

（　吉川弘文館・人物草書・高島正人ー藤原不比等　p.１７８　～２０４　）

元明女帝と不比等との政治的関係は良好なようだ。元明帝の即位に警衛の為に受刀舎人（寮）を置き、禁中の警戒に当たらせた。また兄の穂積親王ー知太政官の補弼・助言も受けた。

そして不比等に慶事が続く。次男房前が県犬養三千代の娘・牟漏女王を正室に迎えた。

和銅元年７０８　十一月、元明帝は大嘗祭に供奉する県犬養三千代が天武・持統・文武の三代に仕え、また女帝に仕える忠勤を誉められ杯に浮かぶ橘を賜われ、合わせ「橘宿禰」を姓とするよう優詔を賜った。

和銅二年７０９　五月、新羅使・金信福が来朝し方物を献じた。不比等は庁内に新羅使を引見し、半島の情勢や唐との関係を聴聞する。

和銅三年７１０　三月、山階寺を平城京春日の地に移し興福寺と称する。平城京の地を見下ろす高台でもある。

和銅四年７１１　三月、武智麻呂は図書頭に転補され、侍従をかね翌四月に房前とともに従五位上に進んだ。

和銅五年７１２　六月、武智麻呂は近江守になり善政を称され和銅六年に三十四才で従四位下に昇叙した。

和銅六年７１３　三男宇合が二十歳になりこの頃左大臣・石上朝臣麻呂の娘を正室に迎え、藤原家と石上家を縁戚として結んだ。

しかし十一月、石川・紀の二嬪が「嬪と称することを得ざれ」と嬪号を剝奪することが行われる。藤原宮子に首皇子が生まれたが、嬪・石川刀子娘にも広成・広世の二皇子が生まれていた。これを皇籍より除外する為である。不比等が長寿を得れば天皇の外祖父となる、この時五十六才。

和銅七７１４　六月、首皇子が元服し皇太子に立てられた。

和銅八年７１５　元旦、皇太子は礼服を着て拝朝し十日に大赦が行われ、六位以下には全員に位階を一つ進めた。武智麻呂は従四位上・房前は従四位下となり参議補任可能な位階に達した。

（　吉川弘文館・人物草書・高島正人ー藤原不比等　p.２０４～２１０　）

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[5] mixiユーザー 02月13日 12:45

７１５　元正女帝と不比等　５.

　和銅八年七月、元明帝の義兄ー知太政官事穂積親王が薨去した。それを受け九月（霊亀元年７１５）、元明女帝は皇位を我が娘・氷高内親王に譲られた。この時、不比等は五十八才、氷高は三十六才、文武帝の三歳上の姉である。

　首皇子は十五才ではあるが元明帝は「……皇位の神器を皇太子に譲りたく思うが、まだ年幼くて奥深い宮殿を離れる事が出来ない。しかし政務は多端で、一日に処理せねばならぬことは無数にある。……。」の思慮である。そこで元正女帝に皇位を譲るとしたのである。

(　続日本紀　（上）　宇治谷孟　講談社学術文庫　ｐ．１６５　)

　この時左右大臣は健在であったが大納言はすべて欠員であった。五月に巨勢朝臣麻呂を中納言に補任して元正朝を迎えたが在任一年余りで他界し、老齢の左大臣・石上朝臣麻呂も元正即位後、一年半で亡くなった。よって養老元年三月には議政官は右大臣・藤原不比等と中納言・阿倍宿奈麻呂の二人になった。そこで十月、第二子・房前を朝政に参議させ右大臣・中納言・参議の三名で朝政を構成するようにした。

　霊亀二年７１６　遣唐押使・使多治比真人県守、入唐・請益生・大倭忌寸小東人、等を遣唐使に任ずる。安倍仲麻呂・吉備真備・僧玄昉らが留学する。十二月、大倭忌寸小東人は唐の改元令を持ち帰国する。

　養老二年７１７　三月十日、大・中納言等の補任を見て義政官の体制が次のように整備された。

　右大臣・正二位・藤原不比等、大納言・正三位・長屋王、大納言・正三位・安倍宿奈麻呂、中納言・従三位・多治比真人池守、中納言・従四位上・巨勢朝臣邑治、中納言・従四位上・大伴宿禰旅人、参議・従四位下・藤原朝臣房前、以上。
　　
　ここに長屋王の名が見えるが、皇族は参議以上の義政官に列せられたことは無い。長屋王は皇親勢力の代表のように見えて言われるがそうでなく、不比等の二女・長娥子迎え娘婿でもある。

（　吉川弘文館・人物草書・高島正人ー藤原不比等　p.２１１～２１６　）

　不比等の黄金期の諸政策は①改元②律令制の徹底③違反取締と善政④学術優等者・有徳者・有芸者の活用⑤遣唐使⑥平城京⑦国郡の建郡分置⑧道路開設、⑨産業育成⑩民生安定策⑪義倉設置⑫銭貨鋳造・流通⑬国史・地誌の編纂⑭ 遣新羅使⑮靺鞨国視察など。

　養老四年八月、不比等は六十三才で薨去する。★「国家隆泰の要は、民を富ますにあり」とした。晩年に力を入れた「養老律令」は孫の仲麻呂によって施行され、明治維新まで千二百年の間、日本の基本法となった。日本の律令政治は不比等により強力に推進されたといえる。

（　吉川弘文館・人物草書・高島正人ー藤原不比等　p.２１８～２３３　）

　ここで注意すべきは★不比等は「大日本帝国憲法」や「日本国憲法」に見るように天皇の身分や地位・性格に関する規定を「明記せずに、憲法の上に置く」ようにしている事である。

　ただ詔書や外国へ送る国書には、公式令に「明神御宇日本天皇詔（あきつみかみとあめのしたしらすやまとのすめらみことのりたもう）」と、日本の主権者は天皇であることを示す。

　また条文の末尾に「別勅に処分せんは此令に拘わらざれ（選叙令）」「……は勅を聴け（継嗣令）」などと律令の規定より天皇の地位が上位であることを明示する。

　★公地公民制と呼ばれる土地と国民の掌握に関する規定は、全国の土地を国・郡に分け、全国民を一家族ごとに一戸として戸籍に登録し、五十戸を一里として一巻に編成した。この戸籍作成により、全国民を直接支配することになったのである。

（　吉川弘文館・人物草書・高島正人ー藤原不比等　p.２４３～２４５　）

　不比等は国政への貢献も示したが一族の永続的繫栄も忘れてはいない。①国政審議氏族としての藤原氏②宮廷への後宮策③他氏排除策④子弟の栄進策などが見られる。

　不比等の母は平安時代の系図により車持君国子の女、与志古娘と信じられてきたが額田女王の姉が母である可能性が高い。（鏡王の女）

　不比等の修学は経史に留まらず明経道・文章道・文藻にも優れている。ことに孝経・論語を中核とする儒教や諸経史の勉学のもたらした成果でもあるだろう。

　かくて不比等は藤氏一門を挙げて皇室の潘屏となし、かつまた長く「藤の如く」藤氏が国政を領導する道を開いたのであった。

（　吉川弘文館・人物草書・高島正人ー藤原不比等　p.２４５～２６０　）

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[6] mixiユーザー 02月13日 12:47

　不比等の教養と位階制ー日本の官僚制度の始源　６.

「大宝令」

　不比等の功績により日本の政治は皇親政治より律令政治に変わるべくして変わった。そこでは天皇制は不文律となり政治の上に君臨し尚も無関係ではない。明治の「大日本国憲法」を見れば逆に顕著に明示されるものとなり、「君臨すれども関与せず」と変貌する。規定された位階制と官職とは官僚制の基本である。

　能力も無しに位には着けない。天武十四年には諸王十二階、諸臣四十八階であったものが、大宝令では親王に一品から四品に、諸王に正一位から従五位下に至る十四階、諸臣に正一位から小初以下に至る三十階となった。ここに諸王も諸臣も共に「正一位」が最高位である。律令国家とは官僚制国家であり、つまり能力主義でもある。

『このために大学は官吏養成機関として中央に式部省の管轄下に設置され、地方諸国には国学が置かれて共に官吏の養成に当たった。大学・国学の本業は儒教の経典を学ぶ明経道であり、音・書・算の諸道がこれに付帯した。一般の官吏は毎年その成績が審査せられ、六年間の成績によって昇叙・転任する。

　その成績は諸官に通づる一般的な標準として徳義・清慎・公平・恪勤の四条があり（これを「善」という）、これを各官に於ける特殊の標準がある（これを「最」という）。

　善と最との数によって位の昇叙の数が決められる仕組みであった。（坂本太郎「日本史概説・上」）』

「以上の初項によって、律令の官吏が単に権力的な治省である以上に、徳行を以って人民を教化する君子の任をも負わされていたことが判るが、これはまさしく儒教の理想とする教化安民の「聖賢政治」を実施に行おうとしたからである。」

　右の大学の事から言うと、大学寮（「寮」は官庁の一つ）は式部省の所管で、中央の官吏の養成機関である（地方の官吏養成機関が国学）。教科には本科（のちの明経道）とそれに付随する算道と書道があった。本科の教官は博士一人、助博士（助教）一人、書・算道に博士二人があった。学生四百人、算生三十人が定員だったらしい。

（　松本清張　清張通史⑥　古代の終焉　Ｐ.３１～３２　講談社文庫　）

　日本の学制に手本にしたのは中国の「科挙」制度であり、輸入と同時に欠点も有している。多分に漏れず中国でそうだったように日本でも「旧勢力・新勢力との妥協」があつた。試験が実力本位なら一般国民に大学は解放せらるべきなのだが、一般には賄賂が幅を効かせ、身分の低い多くの者は寒門に甘んじる事となったようである。

　唐の科挙は隋の文帝が作った官吏資格試験を日本でも制度的に確立したものである。最も難しい試験が「詩賦」の科であり、及第すると進士になる。その受験資格に諸国の国司・郡司から推薦された者と、任用が父祖の身分によって一定の位に叙せられた者というように令に規定されている。結局名門貴族の子弟より官吏を採用することになるから氏族制度の弊害を打破することにはならない。

　六・七世紀よりの日本の官僚政治は近江朝廷の人員構成を見ても分かるように、天皇家と因縁の深い氏族達である。「位階」はその氏族の順位秩序を表している。官職が位階を前提とするなら官職と位階は不可分だから、貴族政治は尚も続く事となる。官職と位階が連動するのではなく、位階が主体で官職を定めるのである。

　律令ー官僚体制で重要なのは命令下達も下からの上申も、以前は口頭で良かったことが全て文書によることとなった。単に文字が書けるだけでなく良い文章を作る為には中国の良い書物を読まなければならない。『漢書・芸文志』や『文選』などより文章規範としての明文を学び取り故事来歴を知り、それを応用するのである。他に『史記』・『漢書』・『淮南子』・『三国志』・『隋書』などが当時に輸入されている。

　（　松本清張　清張通史⑥　古代の終焉　Ｐ.３５～３６　講談社文庫　）

[7] mixiユーザー 02月13日 12:48

「大宝律」

　司法制度も「教化政策」の精神が濃厚で有り、中でも罪の重い物を「八虐」とした。

　①謀反（天皇を危うくする）

　②謀大逆（山陵・皇居を破壊する）

　③謀反（国家に反逆する）

　④悪逆（祖父母・父母を殴り、また殺そうと謀るなど）

　⑤不道（一家三人以上を殺したり、人の死体を破壊する）

　⑥大不敬（大社を毀したり、神宝を盗むこと）

　⑦不幸（祖父母・父母を訴えたり呪ったり罵ったりなど）

　⑧不義（主人や本国の司や師を殺す）

　これには儒学を援用した天皇制の秩序と、その枠組み中での家族道徳が顕著に表れている。祖父母・父母に逆らってはならないというのは、それを上へ演繹すると支配階級の頂点にある天皇に逆らってはならないとなる。重罪を規定した八虐は全てここに繫がっており「考」の上への延長が「忠」だが、実は「忠」の体制の下に「考」が入るのであるが支配階級にとって儒学ほど都合の良い統治道徳はなかった。当時も仏教はさかんだったが、仏教が支配階級の統治手段として「国家鎮護」に至るまではいたらなかった。

　仏教が盛んになった頃は聖武天皇、自らが「三宝の奴と仕え奉る」（仏の奴僕になるー東大寺大仏の詔）といった天皇のデスポット（専制君主的地位）は、人民の観念では天皇よりも仏さまが偉い・尊いということになる。天皇よりも仏さまがエライという民衆の意識は、そのまま明治時代の天皇制とキリスト教との問題にも関わってくる

　同じ犯罪でも裁判の結果、六種の身分ー議親・議故・議賢・議能・議功・議貴の人は罪が他よりは軽かった。この特権に預かる者を六義といった。

『唐律は儒教精神に基づき社会上における階級制度と家族内部における尊卑の序を維持することを主眼とした。

　則ち同一の犯罪でも、社会上の下級者が上級者に加えた犯罪、また家庭内の卑幼が尊長に加えた犯罪を最も重く処罰する細かい規定が設けられている。

　これは儒教道徳が社会秩序を維持するにあたり、財産権を重んじないで血統による特権を重視する封建的風習が自然に刑律の上に反映したものと想像される。

　その財産の転移相続等に関する規定の少ないのは、同じころ西アジアで行われたイスラム法則と比較して対比のいちじるしいのには驚かされる。』（宮崎一定・『アジア史概説』）

　しかしこの頃、八世紀前半までの日本の一般人民には個人財産が無かった。尚も「庸ー労役」を求められ「遠方より」出る場合の米は「各自持参」　足りなければ道中で飢える。街道に死体が放置のありさま。

　いい事ばかりは有りゃしない～♬

　（　松本清張　清張通史⑥　古代の終焉　Ｐ.３９～４０　講談社文庫　）

　(Ｃ)２０２１　　Ｆｕｕｔａｒｏｕ　Ａｓｈｉｈａｒａ．　　　

コメント

[8] mixiユーザー 02月13日 12:53

「壬申乱・挿入文ー史とマシラ」

　史とマシラは壬申乱の戦役に直接は参与していない。彼らは常に後方にいた。マシラは史より目が良かった。史は戦況を頭に刻むと共にマシラの報告も受けていた。

　＜大海人軍＞が鳥籠山に攻め込み陣地を奪った翌日の事だった。二人は山の上より木に登り「安川（野洲川）」方向に後退してゆく官軍ー大友軍を眺めていた。

　陽が落ちかけ夕間暮れになる前に木を降りた時だった。数人の落ち武者を二人は見つけた、相手は五人。

「落ち武者が隠れていたぞ。みんな、出会え、出会え」

　史が声を上げる。

「みんな、出会え、出会え」

　マシラも声を上げる。すると一人の落ち武者が二人を子供だと思い引き返してきた。マシラは武器を何も持たない、史は二本差しをしている。大声を出されては逃げ切れないと踏んだのだろう。

「ガキの癖にエラソウに……」

　落ち武者が史に迫る。マシラは木に登って逃げている。史も剣を抜く、いつ覚えたのか喧嘩やくざの二刀流で唐人剣のスタイルだ。そして落ち武者より高い位置にいる。

「みんな、出会え、出会え」

　落ち武者が史に迫る。両刃の剣を上段に構えている。史を相手に睨み合う。史は中段に構えて間を置いている。

「えいっ」

　声を上げ、前に出るかと見せて後ろへ少し歩を移す。

「やっ」

　落ち武者は吊られて刀を振り下ろす。声なく史は前へと歩を進める。中段突きが落ち武者の胸に刺さる。

「ぐはっ」

　史は刀を突き通す。そして胴を蹴り刀を抜き、仰向けの体の心臓に狙いを定め止めを刺す。

　切っ先より血が溢れ出す。史は止めを刺すのを武士の情けと心得ている。場所が場所、医術を望むべくもない。大怪我は"死"を意味する。

　マシラが木を降りて史に駆け寄る。

「やりましたね、とうとう……」

「致し方ない。ここは戦場だ。逃げれば良いのに向かってきた」

「でも人殺しですよ」

「戦場だ。生きる事は……。お前も近く人を殺すさ」

「できるかな……」

「出来なきゃ殺される。殺されて納得行くか……」

「嫌です」

「ならばヤルしかない。遅れれば殺されるぞ。一歩先んじることだ」

「ですね」

「吾も初めてで偉そうには言えないが、そういうことだと思う……」　

　二人は落ち武者の逃げた後を追う。
　

Ｃ)２０１８　Ｆｕｕｔａｒｏｕ　Ａｓｈｉｈａｒａ.

[9] mixiユーザー 02月13日 12:54

「壬申乱後ー史とマシラの冒険記」①

　壬申乱の後、史は道昭和尚らと共に戦死者の供養を二月近く手伝った。死体を放置すると野犬や狼の餌となり数を増やすからだ。当初は百姓たちも大勢が手伝ったが、遺体の数が少なくなれば人出も減る。秋の収穫期ともなれば百姓は元の畑仕事に返る。

　遺体の始末も百姓の手伝いの有るころは火葬としていた。しかし手伝いが無ければ史や坊主たちだけで野原の窪地、川原の窪地に遺体や骨を集めて石積みの卒塔婆に仕立ててしまう。その頃には死体も腐乱し、狼や野犬にも先に食われて相当に気味の悪い臭いものになる。しかし、そこまでするのは道昭や小坊主たちのお経や知識量に二人が惹かれたからだ。

　夜ともなれば篝火の下、経本を見ながら読経が始まる。専ら読むのは法華経であり、道昭は三蔵法師に経を習う、また自分でも写経もする。その貴重な一冊を不比等とマシラは学習する。史は小僧たちと共に高度な知識を得て、マシラは識字に没頭する。　

　その内の後の一月は"寺"の建設に奉仕する。材木の切り出しをしていては数年の作業になるので竹を切り出し片流れの屋根を施した。道昭には朝廷よりの呼び出しがあったのだ。短い期間ではあったがマシラと史には貴重な学習の場であった。

　秋になり不比等とマシラも飛鳥古郷・大原第に戻り、二人の「これから」を始めようとしていた。まずは飛鳥岡本宮に大海人を訪ね挨拶をして、そこより二人で筑紫に向かう計画を立てていた。

　岡本宮は戦勝会で賑わっていた。それでも大海人は目ざとく二人を見つけ鷹揚に手を振り、近くに来いと手で合図する。

「おう、二人とも真黒な顔をして逞しくなったな。どうしていた」

「はい。道昭という坊様に出会い大勢の仏達を冥土まで見送っておりました」

「そうだったか。ご苦労であったな。それでどうだ、こちらで仕官でもする気になったのか」

「いいえ大海人さま、吾はまだその気にはなれません。ただ都に戻りましたので、まずは挨拶をと考えました。吾は筑紫に行き壱岐や対馬を見たいと思います。そして次に陸奥に行きたいと考えています」
　
「ほう諸国を南へ北へと巡り歩くのか。それも良いのう。我も諸国漫遊は夢見たものだ。仕官すれば、それもままならぬ。よし、先に気のすむまで行くがいい。しかし、必ずここに戻ってこい。お前の仕事が必ず在る。俺はお前の仕事ぶりを早く見たいのだ」

「有り難きお言葉。戻れば必ずそのように」

「よし、次に会うときは俺の下で働け。約束だぞ」

「はい。約束いたします」

「よし、馬屋に行き好きなのを二頭選べ。今宵は無礼講だ。誰も気にとめん。鋼目よ、史に駅鈴を一つ与えろ。なに、ここは大丈夫だ。俺も見送ってやりたいが無理だ。お前に頼もう」

　馬屋で二人は鞍と馬を得た。この時に鋼目が脇差を一本マシラに与え、マシラの腰に初めて刀が挿された。史には駅鈴が一つ手渡された。大海人は客たちと興じながら二人の旅に心を馳せている。

　史とマシラは馬に揺られ竹ノ内峠をゆく、浪速に出て山陽道へ出るのだ。急ぎの旅では無いので気楽なものだ。二人は史の家で着替えてもいるので一端の役人姿に見えなくもない。二人の行く手を阻むものは夜盗や山賊くらいのものだ。
　
　まずは難波宮の近く。まだ宿屋など無いので民家を借りるか野宿である。雨さえ降らなければ若い二人は野宿にも慣れている。尚も水と食い物が有れば何とかなる年頃である。二人はまず寝床を探して火を起こす。

　しかし追剥達から見ても美味しそうな二人の若者である。与太者・食い詰め者はいつの時代にもいる。逢魔が時、二人は数人の悪漢たちに囲まれてしまう。

「おい、若造。金目の物を置いて行け。命だけは取らないでやる。逆らうならば命も頂く……」

「五人か。俺たち二人を何と心得る。我らは官軍の者だぞ」

「それがどうした。勝つか負けるか、それだけの事……」　　　

　マシラも史も刀を正面に構える。一人がマシラに切りかかる。

「やっ！」

　マシラは相手の小手を打つ。

　向こう二人が史に切りかかる。史は体を交わしつ一人の小手を打つ。指と血しぶきが飛ぶ。振り返りざま、もう一人の胴を突く。

「ウッ……」

「あーっ、やりやがったなー、覚えてろー」

　刺された者が腹を庇う。勝負あった.

「引け、ひけっ！」

　相手を見間違えたことに気づいたのだろう。夜盗たちは傷んだ者をかばいながら闇夜に消えてゆく。

「マシラ、大丈夫か」

「史さまこそ」

「小手を決めたな、見たぞ」

「史さまも二人を相手に」

「さて、又来るかナ」

「来ないでしょう。三人も血を流してるから。それより火が消えかけてる。飯の無いのは嫌ですよ」

「そうだな。米を煮よう」

　二人は近くの枯れ木に手を伸ばす。

[10] mixiユーザー 02月13日 12:57

「壬申乱後ー史とマシラの冒険記」②

　やはり仕返しがあるかもしれない、話し合って夕食の後で寝床を新しく探すことにした。二人は山陽道を求めて馬を引き北方向に向かって歩いている。小さな丘を星空の中に見つけ、開けた処を寝床とした。

　災難は早朝に有った。先に馬を見つけたのだろう。矢鳴りの音に二人は目覚めた。敷物にしていた毛皮を纏う。

　矢が再び飛ぶことは無かった。二人は七人の夜盗に囲まれていた。史はマシラの刀と自分の大刀とを取り替えた。

「こら若造。よくも仲間をいたぷってくれたな。命が欲しけりゃ馬と刀と身ぐるみ置いて行け。命だけは助けてやる」

「嫌だ。悪いのはそちらだ。お前たちの言う事なんか聞くものか。裸にしてなぶり殺すつもりだろう」

「こちらは七人、そっちは二人だぞ。命は欲しくないのか」

「問答無用、いくぞっ」

　弓矢を持つ者は驕って剣を抜いていた。街道を行く者を襲うのに、出来の悪い弓矢より刀や槍の方が、相手を脅すのに都合が良いのだろう。

　史とマシラは懐より手裏剣を取り出すと、それぞれに近い敵に向けて投げ放った。

「ややっ、小癪な、手裏剣などと……」

　史とマシラは戦に慣れている、もう次の獲物を追う。二人は壬申乱で刀の使い方を見て覚えた。それは「唐人剣」に近い、足蹴りや鉄拳などと五体を有効に使う剣術だ。マシラは両手で大刀を振るい、史は二刀流のスタイルだ。

「おい、若造、俺が相手だ。かかってこい」

　槍と薙刀を一本に棒の先に纏めたような長刀を持つ者が頭なのか。史の前に出てきた。しかし史とマシラは違う二人を追っている。手練れの相手は、先に露払いして相手するしかない。

　長刀を持つ夜盗ほ所在無げに立ち尽くす。ヘタに動かず息を整えて時を待つのだろう。マシラが敵を打ち取ると史も敵を倒す。二人は壬申乱で死線を超えてきた。　

　史が夜盗の頭の相手をするようだ。相手は薙刀を振るうように長刀を振り回す。史は間合いを見る。刃先は危ないが持ち手は木の棒でしかなく、懐に飛び込めれば史に勝機がある。

　二人の間合いはいよいよ詰まって来る。マシラは心配そうに史の背後に付き四方を見渡す。夜盗の頭の眼が動く、その時史の体が前かがみになる、マシラが史の背に飛び乗り、跳ね上がり夜盗の頭上に大刀を振り下ろす。

　槍がマシラを狙おうとしたとき、史の刀が槍を抑える。マシラの大刀が夜盗の肩に大きく食い込む。

「ぎゃつ、……」

　勝負あった、夜盗の頭は仰向けに倒れた、史がすかさず心臓に止めを刺す。逃げた者もいれば、その場に倒れうめき声をあげている。マシラも止めを刺しに行く。刀傷が深ければ確実に近日に死ぬ。

　史とマシラ、この二人で随分と夜盗や山賊を退治してきた。二人に慈悲心が無いわけではない。朝廷権力が出来上がってもならず者や反抗する者は数多くいる。二人は読経しながら遺体を集める。　

　マシラが近在の百姓を連れてきた。史が百姓に路銀を渡し火葬を依頼する。

「ややっ、此奴らは百足丸と悪党どもじゃ……」

「そうなのか。そうであっても今は只の仏じゃ。火葬にして骨を何処か捨てるなり埋めるなりしてやってくれ。我らは斧まで持たぬから」

「わかりました。この辺りに狼はいなくとも野犬が出ますじゃ。餌にならぬように致しましょう」

「たのむ。我らは先を急ぐ」

　二人は馬に乗ると山陽道に向かうべく手綱を取る。

Ｃ)２０１８　Ｆｕｕｔａｒｏｕ　Ａｓｈｉｈａｒａ.

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