葦原風太郎想像空間天寿国の末裔コミュの目次＋本文ー「文章」ー「天寿国繍帳曼荼羅・佐保川の野辺～仏教伝来・海を渡る古代人」

「目次」－大体これで…。

天寿国の末裔【目次】

１．　　梗概
　　　　《　荘厳世界建設論　》
　《　天寿国繍帳曼陀羅　》　　　　

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
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２．　　『光明遍照の章』
　　　　　１．「佐保川の野辺」
　　　　　２．「藤三娘」
　　　　　３．「鎌足・不比等・光明子ー知恵の継承　　　　　　　　　　
　　　　　４．「聖徳太子・十七条憲法」
　　　　　５．「奉る者・奉ろわぬ者」
　　　　　６．「太子と三宝」
　　　　　７．「大化の改新」
　　　　　８．「改新の詔」
　　　　　９．「飛鳥の山階寺」鎌足と不比等
　　　　１０．「山背王」
　　　　１１．「一粒の麦」
　　　　１２．「天帝の十字剣」
　　　　１３．「黒作懸佩刀」
　　　
６．　　『海を渡る上代人ー大陸・朝鮮半島・日本』
　　　　　１．「隋・唐帝国・古代朝鮮・倭から日本へ」
　　　　　２．「漢字文化圏」
　　　　　３．「統治理念」
　　　　　４．「冊封・シルクロード」
　　　　　５．「朝鮮支配・中原の覇者」
　　　　　６．「唐王朝」
　　　　　７．「百済滅亡ー白村江の戦い」
　　　　８．「天平への期待」

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
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　　　　「壬申記」の章
・中華の魔手　
２２．　「壬申記」の章
・中華の魔手　
２３．　６７２史の闘い１５・壬申の乱　
２４．　壬申の乱・近江朝廷の落日　
２５．　壬申の乱・総括
　

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天武天皇記

　　６７３天皇親政と日本国への意志
　　　　古事記・日本書紀・続日本紀
　　　　八色の姓・身分制度・奴隷制度

２０．　八角墳
１４．　記紀・万葉仮名・馬　　　　　　

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　６８６持統天皇

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２７．　６９７文武天皇の政務と事績　　
２８．　文武天皇の事績　　　　　　　　
２９．　７０７文武天皇・崩御　　　　　　　　　　

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　　　　７０７元明天皇
　　　　７０８和同開珎
　　　　７１１９舎人寮(受刀）

　　　　７１５元正天皇

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善財童子の章　　　　　　　　　
１７．　７０１善財童子　　　　　　　　
１８．　天然痘　　　　　　　　　　　　　　
１９．　遷都の原因・水害　　　　　　　
２０．　八角墳　　　　　　　　　　　　
２１．　晴れと穢れ　　　　　　　　　　

３０．　帝王学　　　　　　　　　　
３１．　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
３２．　奴婢の子供たち　　　　　　　　　　　　　
３３．　桜と銀杏・大地　　　　　　　　　　　　　
３４．　身分制度・奴隷制度　　　　　　　　　　　
３５．　皇太子妃　　　　　　　　　　　　　　　　
３６．　７１９武智麻呂　　　　　　　　　　　　　　
３７．　７２３三世一身法　　　　　　　　　　　　　
３８．　７２４２聖武天皇・即位　　　　　　　　　
３９．　７２４３長屋王　　　　　　　　　　　　　
４０．　７２４３陸奥のエミシ　　　　　　　　　　
　　　　７２４　エミシの反乱　　　　　　　　　　
　　　　　７２４８遣新羅使　　　　　　　　　　　
　　　　７２４１０長屋王

・行基　　　　　　　　　

　　　　征夷時節将軍藤原　　　　　　　　　　　　
　　　　７２５１大般若経　　　　　　　　
　　　　７２５５遣新羅使
　　　　７２５７金光明経
　　　　行基道照という男たち　
　　　　７２５１０難波宮
　　　７２６１白亀
　　　　７２６５朝鮮情勢
　　　　７２６６国民の病を
　　　　７２６９天下豊満
　　　　７２６１０知造難波宮
　　　　７２６６災害救援
　　　　７２７神亀
　　　　７２７９基王
７２７１０南東嶋人
７２７１２岡寺
７２８１渤海国
７２８７大学寮
　　　　７２８８那冨山
　　　　？？？安積親王
　　　　７２８９流星散断
　　　　７２８１１金鐘山寺
　　　　　　　　　茜丸
　　　　　　　　　役の行者
　　　　７２９２長屋王の変
　　　　７２９６隼人石
　　　　７２０８立妃
　　　　７２９大安寺
　　　　７３０４施薬院
　　　　７３１８行基衆
　　　　　　　　遣唐使船の謎
　　　　７３２１２狭山池
　　　　７３４６大地震
　　　　７３４７七夕
　　　　７３５３多治比ヒロナリ
　　　　７３５３吉備真備
　　　　７３５５疫痩流行

　　　　７３６７バラモン僧
　　　　７３７１藤原四卿の死
　　　　７３７２新羅国の無礼
　　　　７３８１阿部内親王

　　　　７４０２知識寺聖武天皇

　　　　７４０８ヒロツグの乱
　　　　７４０１０彷徨五年

　　　　７４０１２クニ京
　　　　７４１２諸国国分寺
　　　　７４１３ミカノハラ宮

　　　　７４１９優婆塞
　　　　７４２１甲賀寺大仏
　　　　７４３５墾田永年私財法
　　　　７４３１０ル遮那大仏像
　　　　？７４３？実忠
　　　　　　　　龍人の旅立ち

　　　　　　　
　　　　７４４１難波宮遷都の
　　　　７４４１安積親王の暗殺
　　　　７４４２放賎
　　　　７４４４信楽宮の山燃ゆ
　　　　７４４９検問状
　　　　７４４１１甲賀寺ル遮那
　　　　７４４１２燃燈供養
　　　　７４５１行基大僧正
　　　　７４５５京師の撰考
　　　　７４５　天平宣言
　　　　７４５５振り子外交
　　　　７４５６伊勢大神宮
　
　阿部仲麻呂

　　　７４５８市原王
　　　　　　　　絹・シルクロード
　　　　７４５８無遮大會
　　　　　　　　大仏殿勧進和賛
　　　　７４５９北極星と周星
　　　　　　　　大仏殿碑文
大仏・殿、建立・略年表
天平大仏建立・仮説
天平大仏建立・仮説
７４５大仏建立
７４５８天皇大病
平城京後期建築
シュミ壇
塑像
鋳造
長門(奈良登り)銅山
鋳造・鋳継ぎ
７４５１１ゲンボウを筑紫観世音寺へ
７４５１２大安寺
７４６１法華會
７４６１０ビルシャナ仏像
大仏師・大鋳師
７４７１一木地蔵
灼熱地獄

エミシのアザイワ

梵網戒
７４９４三宝の奴の勅
７４９４産金の瑞祥
７４９５天皇不豫
７４９７孝謙天皇即位
７４９７しび中薹
７４９１０大仏像の鋳
神仏習合
三階教
７５１３新薬師寺

７５２３金色の毘盧遮那佛
７５２４大仏開眼供養
７５２？ベルシャ商団

７５２５良弁・東大寺
７５３１東大寺西塔
７５４１唐僧鑑真
７５５？誓多林
７５６４聖武太上天皇
７５６？ライ病

魔都
７５６５聖武太上天皇
７５６６正倉院・校倉
７５７１蓮弁
　　　　道祖王
７５７７奈良麻呂の乱
７５８１恵美押勝
　　　　　放賎の廃勅
　　　
７５９７藤原夫人薨

７６０６光明皇太后

７６３９道鏡・称徳天皇ー悲恋

仲麻呂の敗走

孝謙天皇

廃都

桓武天皇

西方天授国

年表
参考文献

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[3] mixiユーザー 05月01日 07:59

《　天寿国繍帳曼陀羅　》

　大正九年、正倉院の慶長櫃内を整理中に、僧形三人の刺繍断片と、亀甲形内に「利令者椋」とある断片が発見された。
　これは後に中宮寺天寿国繍帳曼陀羅の断片とわかり、中宮寺へ賜れる。
　中宮寺の天寿国繍帳曼陀羅の一部がなぜ正倉院にあるのか。当時研究者と考古学ファンの関心の的となる。
太子の妃、橘大郎女が太子を思慕し、推古天皇に願い出て、一丈六尺の繍帳二枚が出来た。上宮聖徳法王帝説は、この繍帳の四百字銘文を止め由来を示す。
　そこには太子がその母君と時を隔てづ亡なられたこと。太子は現世を仮の世と観ておられ、仏教世界を真実の世界と考えておられたこと。そして太子は天寿国に再生されておられると橘大郎女が考えておられること。
　それは太子が良く天寿国を夢想され橘野大郎女に語られたであろうからだろうか。
　しかし天寿国は現実の眼では見えがたいので、図像を作って太子御往生の姿を偲びたい、と記されている。

　篤く三法を敬い「世間虚仮、唯仏是真」と考えられた太子が、極楽浄土と言わず、安楽国、仏国土とも言わず、『天寿国』と言われておられる。
　私にはそのことが奇異に思えた。それは「天主（守）国」ではないのか。或いは天竺国のことだろうか。
「Ｔｅｎｊｕ」と「ｔｅｎｓｈｕ」の違いであるなら伝聞であるならば、聞き間違い・書き間違いも、そこにはあるのではないか。
　それなら「Ｔｅｎｊｉｋｕ＋ｋｏｋｕ」と「Ｔｅｎｊｕ＋ｋｏｋｕ」とすればどうだろうか。

　太子の言われる天寿国とはなにか。どのような生活・思想・思索から天寿国を想定されたのであろう。それは夢想としてのみあったのだろうか。
聖徳太子、上宮太子、日出つる処の天子、厩戸豊聡耳皇子（厩戸の皇子・八耳の皇子）と幾つもの名をもたれ、それ程に皆の尊敬を集められる太子殿は、天寿国をどのように想定されておられたのだろうか。
私のインスピレーションは時空を駈け始めた。天寿国繍帳は、それだけでロマンに満ちている。なのにそれが東大寺正倉院より出てきた。（宮内庁正倉院は近代の話である。）
　東大寺正倉院は光明皇后が聖武天皇の遺物と国家の珍宝を東大寺に施入された所である。聖武天皇は蓮華蔵世界、三千大千世界、国土を荘厳することを言われたのだ。
　なぜ天寿国とはいわれなかったのだろうか。知っておられただろうに。聖武天皇は聖徳太子を尊敬しておられた。知っていたはずだろう。
　共に「聖」をいただき日本の国家国民、この国に居住する万民の幸福を願う理想家であらせられる。

　未来を想う時、上代のロマンは私を魅了する。天寿国と蓮華蔵世界。見ている世界が違うのか。それは私に見えぬ世界なのだろうか。
　私は幼少期より神社・仏閣・大仏様・地蔵様と遊ぶ。この地域も信仰の篤き人々に満ち、私は人々の愛情を受け育つ。よって奈良は私が骨をうずめる場所なのだ。そう決めている。海の見える街に強い憧れがあっても骨は故郷にうめるものと私の中ではそうなっている。
　地蔵様と大仏様。天寿国と蓮華蔵世界。どう関連するのか。私にどのような世界を指し示すのか。わたしはその世界を見たいのだ。

[4] mixiユーザー 05月01日 08:01

《　光明編照の章　》

１．「佐保川の野辺」

　佐保川の野辺に立たずみ、槿（むくげ）の花を見つめる。その光明皇后こそ、純白の槿の花そのものだろう。
　
　今朝は白い「包」の着物を着ておられる。それは普段にはなく、皇后の立場にも相応しくない。しかし黒髪は高く結っておられ高貴な身分を示しておられる。しかし白は皇后のお気に入りの色なのだろう。一見それは写経書の書生の制服の様でもあり、しかし今では皇后の「戦闘服」でもあるのだろうか。
　
　もし誰かがその様子を遠くから見ていたならば、そう思っただろう。川べりは柔らかい草や小花に満ちている。陽光を浴び幾枝もの花が、我こそはと青空に屹立せんとしている。枝葉は花を賛えるかの様にそれに従い支える。
　　川原土中の水分と葉裏の露が湯気と蒸気と化し、朝もやのこの野辺は光の粒子に反射し、包まれてある。佐保川は清らかな流れを、空を写してあり、鳥や小虫の羽音さえ流れの音と共に聞こえて来そうである。
　
　皇后は川辺の花の中に宇宙を感じる。光明皇后はこの野辺を見て「雑華荘厳」（華厳）を感ぜずにおられない。

『……生命のいかに尊いことか』

　自身は在るべくしてあり、連なる人々も在るべくしてある。皇后は野辺を見て花を見る。花と花の距離を測る。人と人の距離であるかもしれない。星空を思う。星と星との距離であるのかもしれない。星空を見上げて野辺の花たちを思う時、虚空の距離と眼前の実測する距離との違いを考える。
　
　そして我が身とこの地平の広さ、海の広さ、話に聞く大陸を、他国へと思いを馳せ、人々の暮らしぶりを思う。省みてわが国の人々の暮らしぶりを思うとき、自身の使命は如何にと皇后は考えるのであった。
　
『我、いま盧舎那、蓮華台に坐す。千花の上に、千釈迦と為す。一花に百億の国ありて、悉くに釈迦あり、各々に菩提樹に座し、佛道を成ず、千釈迦、百億釈迦、これ一つの盧舎那なり、我れ微塵の衆生と接し、我れに至り、我れ佛戒を誦するを聴きて、甘露の門開く……』

(　仏典講座１４　『梵網経』　５１Ｐ．　石田瑞麿　　大蔵出版株式会社．　)

[5] mixiユーザー 05月01日 08:01

　槿の大きな一株がその世界を象徴しているように感じられる。佐保川の野辺の草叢にさえ宇宙と過去現在未来を感じるのだ。あわただしく過ぎ去る時間と自身が運命、後に残る高野姫（孝謙天皇）のこと、いつ果てても不思議ではない我が身。今そう在る我が身。そしてこの国と万民の未来のこと　　
　それ今只中のことであり、およそ別次元のこととも皇后には思えてならないのだ。

　河内の知識寺にて始めて行基に合い、毘盧舎那佛と宇宙と生命と自身のことについて話を聞いたとき、行基は梵網経の一部を説いてくれたのだった。　聖武天皇は熱心にそれを聞いていた。天皇のわずかな問いかけに行基は多弁に答えていた。小一時間で済むとおもっていたのに半日以上もの間、天皇は行基と話をしていた。皇后自身は傍に従いそのやりとりを聞いていた。

　天皇のみならず皇后も行基の口説きに感銘を覚えていたのだ。ただそれは日常の一部のこと、一時のことと考えていた。しかし、その日の出会いが自身の半生や万民の生活の全てを、未来さえ変えていくことになるとは夢想だにしなかった。

　聖武天皇の亡き後、自身が紫微中台を仕切り執権を奮った。聖武天皇の意志を貫徹する。そのことだけで良いと、今も考える。仲麻呂や実忠が我が意を汲み手足となり動く。百官も従う。今は何の問題も無い。しかし自身が死して後はどうなるのか。大仏建立は今も、今日も、明日も続く。何時を完成とするのだろうか。その完成を自身も見ることは値わないのではないか。皇后は取りとめもなく想いに浸っている。

「詮ないこと、……」

　独り言。一人合点することに決めた。川面は空を映しながら、時の流れをも写す。上流から下流へ、止まることをしらず。あちらからこちらへ。けして遡れない、戻れない。
　時は、取り返しがつかない。雲の流れや時の流れを、誰かかが変えることは不可能だろう。

　聖武天皇一人の始めたことは、この国の全ての人々の胸を打ち、人々を覚醒したことだ。
　佐保川の野辺は思い出の場所、憩いの場所だった。しかし光明皇后のこの頃には「決断」の場所ともなった。
　
　平城京の内裏から手掻門・東大寺へと続く一条通ほど、自身がよく通った道は他に無い。自身の半生は大仏建立の東大寺と共にある。殿内では今も工事が続く。若い学僧や善知識達が今も額に汗をかき精魂を傾け、身命を賭している。自身は彼らの努力に報いなければならない。生命に応えなければ申し訳が立たない。

『大仏建立の、何の報恩ありや』

　このとの、市井の悪口雑言をも知る。人々は疲れている。市井の民は傷んでいる。苦しんでいる。皇后が知らぬわけではない。無理を承知で進めている。このことは、いつか破滅するのかもしれない。民衆の恨みの根拠になりかねない危険性をも孕んでいる。
　
　決して知らぬわけではない。しかし同時に悲田院や施薬院の実情も知る。日本の国の内情も理解する。大陸との関係も考える。あらゆる全ての者達の幸福を願う時、皇后は慈母と鬼子母の顔とを合わせ持つ。その顔を誰にも知られたくない時に一人ここに来るのだった。皇后の白い衣装は死装束であり戦闘服なのだ。何かの決断の為す為なのだ。
　東大寺に向かい、一条通を少し外れれば佐保川の野辺はそこにあり、生命の輝きを見せ皇后を導き迎え入れてくれるのだった。
　天平宝宇の春の一景である。昨年の春に聖武天皇は崩御された。皇后は后になることを父不比等より告げられた日の事を思い出す。日一日が新しく、自身が輝き咲き始めた一輪の花を意識した頃のこと。

　聖武天皇と見た天平の夢が思い出される。
　しかしあろうことか、満天の星空の思い浮かぶ時、不吉な箒星がゆっくりと天の川を横切るのが見えた。

[6] mixiユーザー 05月01日 08:25

２．「藤三娘」

　光明皇后の父は藤原不比等である。不比等の子孫は四男五女らしい。母は県犬養橘三千代である。そして聖武天皇の母は、藤原宮子であり、不等人と加茂比売との間の娘である。不等人には四人の夫人がいた。

　家系氏族・子孫繁栄のためだろうか。現代から見れば血縁関係が乱れているようにも見える。しかし医療・科学の未熟な時代に「病と死」は「生」のすぐ隣に位置する。免疫学的観点から見ればどうなのだろうか。いずれにしろ多産、子孫繁栄は人々の義務でもあるだろう。　　
　
　権力か、聖なる義務を望んだのだろうか。種子を残すことは男と女の大きな仕事の一つだろう。本能でもあるだろう。奈良公園の鹿を見ていればそのことが良くわかる。軒に巣を作る燕を見ても地を這う蟻を見ても同じだろう。生命は紡いでゆくものなのだろうと、私(筆者)も思う。

　光明皇后は三番目の娘であるから自らを「藤三娘」とも名乗る。光明皇后の親族姻戚には藤原四卿や、長屋王も橘諸兄もいる。皇統の保持と子孫繁栄のために血縁関係が近い。しかしこの頃は「血は濃いほど良い」と一時期は考えられていたらしい。
　しかし文武帝も聖武天皇も皇親より皇后を迎えてはいない。それは藤原の娘だった。

　もう「その頃」には「血が濃い事に意味は無い。うすい方が良い」とされていたのかもしれない。

　権力闘争による内乱を避け、親族を慮るなら、智恵であるのかもしれない。しかし職権や任務分担が配分と均衡を崩す時、誰かが未来に野望を抱く時、そこは近親憎悪の修羅場と化す。歴史はそれを教えてくれる。

　光明皇后の幼名は安宿媛という。聖武天皇は首皇子という。共に大宝元年（７０１）の生まれである。この慶祝を元号にあてたのかもしれない。あるいは「そのように仕立てた」のだろう。

[9] mixiユーザー 05月03日 23:02

《　鎌足・不比等・光明子　》

　興福寺は平城京の建設を一望のもとに治める高台の位置にある。それは三笠山（若草山）の麓にて三笠山より西を見れば左の山の手の先にある。

（若草山＝三笠山については、隣の花山の手前の「御蓋山」と音が同じで間違いやすいのだが、平城京から望めば若草山は三つの山が重なり見えるので私はこの山を三笠山としてここに表現する。）

　不比等は安宿媛・光明子をここ興福寺の一院に呼び、后としての心得を説く。

「安宿媛(光明皇后)よ。父上様（藤原鎌足）が亡くなられた年、儂は父上様より政事に付いての心構えと、聖徳太子様の話をしていただたことがある」

　不比等はつぶやくように語る。

「今にして思えばそれが今の儂の仕事だとも言える。そしてそれが祖父様と話した最後であったかもしれぬ。妃として首皇子様(聖武天皇)とこれから暮らすことは並大抵のことではない。一つ手を間違えればお前の命取りとなる。お前も藤原の三娘として生まれ育ちこれより后となるのだ。いまから話すことは后として、よしんば皇后としての要諦となろう。良く聞くがよい。」

「十五歳の春のこと。父上が戦より戻られた時……」

　思い出すかのように不比等は語る。不比等に父・鎌足の記憶はさほど無い。それは娘を諭すための即興詩を物語るかのようである。彼は強いて在りし日の父を想念する。

　彼の想念上の鎌足が、幽鬼のように浮かび出て語り出す。

――　史人よ、おるか。

　鎌足は声をかける。

「父上様ごかげんはいかが」

　不比等が挨拶する。その時に、不比等は史である。彼は、幼き自身を体現している。

――　お前に言うておくことがあってここに来た。どうじゃ、学問はしっかりと、しておるか……。

「はい、毎日のように大隅さまに指導いただき、励んでおります」

――　良し、善し。母上様は賢いひとじゃての。

　鎌足は好々爺の顔をして不比等に語りかける。想念上の鎌足は溢れるように語り出す。彼は「一人二役」を光明子の前で、演じて見せる。

――　母上様は賢いひとじゃ。お前が小さい頃より毎日お前に話しかけておった。お前はそのおかげて他の子供と違って、早くから話が出来るようになった。よく尽きもせづ、昔語りをしておられた。
　　　　

　話が出来るようになればすぐに遊びながら文字を覚えるように仕向けられた。おまえが四歳の時だ、儂は一度お前に合いに来た。覚えておろう。

　儂は国事に奔走し、お前の面倒を見れぬ。だから田辺史大隅にお前を託した。お前の勉学の師とした。今のお前の姿を見てこれで良かったと思っておる。

　しかし儂は本当はお前をそばに置きたかったのだ。しかしそれを耐えてお前に学問をきちんとさせたかった。今ではお前は先生が無くとも自分で学問ができるようになっておる。儂はその姿を見て驚き、喜んでおる。

　不比等の想念上の鎌足は、まだまだ言葉を続ける。

――　学問は面白いと思ってやっておるのか。

　史人は大好きな母親の話に嬉しくなり元気よく答える。

「はい、とても面白うございます。漢字は象形文字で形に意味があります。一つの字が何かの形を表し、そこに意味があり、心があります」

　史人は元気に答える。

「言葉は人の心映えを良く表します。話し言葉は言霊であります。書き言葉は話し言葉を文字にて表し、漢字はそれに都合が良いのです」
　
　漢字の起源は明確でないが、それは殷の甲骨文字などに残されている。中国で発生し３０００年の時を超えて現代に至り利用されている。漢字の日本への渡来は、鏡・刀剣・貨幣などを通じて一世紀ごろと云われる。

　話し言葉文化から、文字・書き言葉への言語表記への、新たな文化、時代の幕開けである。国家が中央集権化するにあたり「書類を、書く・読み解く」ことが出来ないのでは国家統制や周知徹底などできない。国家建設・統制に「文字・漢字」は絶対に必要であった。
（　平凡社大百科辞典　３巻　ｐ９６４～９６５　「漢字」　汐見稔幸　　）

　少年、不等人は語る。

「儒教・儒学は古今東西の賢人が、私たちの為に書き残されたものです。広い世間に、幾代の人々に讃えられた言葉です。難しくて解らないことも多くありますが先へ先へと進むと後になって解るということもございます。学問も言葉も識字も面白うございます。」

　この答えには鎌足も驚いた。更に相好を崩し、

――　良きかな。善きかな。儂はお前のこれからが楽しみじゃ。ははは……。

　と、哄笑する。

　応神天皇十六年（２８５）年に百済の王仁より「論語十巻」がもたらされ、これにより儒教が公伝する。

[10] mixiユーザー 05月03日 23:04

『十六年春二月、王仁が来た。太子菟道稚郎子はこれを師とされ、諸処の転籍を学ばれた。すべてによく通達していた。王仁は書首らの先祖である。』　
（　日本書紀（上）全現代語訳　宇治谷孟　　講談社学術文庫　　　ｐ．２１８　）

　推古天皇の時代に聖徳太子は儒教・仏教・法家思想を取り入れ十七条憲法を作成し冠位十二階の制度を定める。高句麗より飛鳥寺へ派遣された僧・慧慈に聖徳太子は学んだ。
（　平凡社大百科辞典　９巻　ｐ．９９５　「朝鮮・日朝交渉史」　矢沢康祐　）　　

　南淵請安・高向玄理・旻（僧）らは中国に渡り、唐の政治制度や儒教、国際情報や文物を持ち帰り、国内の諸王や青年貴族などに伝えた。これらが知的原動力となり後の大化の改新や律令制度の採用となる。「釈奠の礼」も「大学寮」制度もこれらより始まる。
（　平凡社大百科辞典　７巻　ｐ１６４～１６５　「儒教」　源　了圓　　）

　憲法は、法の為の法、基調としてまず定められ、後に不比等が法制化し具体化していく。大宝律令・養老律令がそれである。ここに慣習法から成文法への時代を刷新する発展がある。また鋳貨に「和同開珎」と文字を加え、古事記・日本書紀の編纂に力をよせている。不比等はこの国の基礎を固め未来に企投した。　　　　　　　　　　　　　

《　聖徳太子・十七条憲法　》

　聖徳太子の事績なくして天平・奈良時代は語れない。彼は皆が認める所の仏教者であり、福田思想実践家（施薬院・悲田院の建設）であり、希代の政治家であった。

　なお十七条憲法・冠位十二階を制定し、「天皇記・国記」の編纂なども試み、なお中国・隋の煬帝に遣隋使として小野妹子を派遣した。

　そして煬帝に、日本国を柵封体制下の蕃国よりの対等な立場としての独立国（客国？）として認めさせようと意図した。よって希代の政治家でもあっただろう。

　聖徳太子の父は用明天皇であり、母は穴穂部間人(あなほべのはしひと)皇女であり、生年は「上宮聖徳法王帝説」には甲牛年(５７４)と、記されている。

　彼は高句麗僧・慧慈に仏典を学び、博士・覚哿に儒学等の典籍を学んだとされる。

　そして後にみる十七条憲法は「憲法・法のための法」とするよりも「官僚心得」の性格を強く持つ。

　ここで筆者は気付いた。王族の時代に、何故に官僚心得なのだろか。

　しかし、上山春平氏・大山誠一氏は、もっと早くに気づいておられた。よって「聖徳太子・不実在説」を、述べられている。

　浅学の筆者には「実在・不実在」は今の処、まだ自身の中で決着がつかない。よって、書き続ける中で自身は決着を着つけたいとも考えている。

　

　およそ憲法であるのなら国家理念などを述べるのが妥当であるだろうが、ここには立憲君主制下の「臣下心得」の様である。

　そして驚くのは「篤く三宝を敬へ」と云うところにある。よって「聖」を冠せられるのだが。

　彼は法華経・維摩経・勝鬘経の「三経義疏」を講説し、四天王寺・法隆寺・中宮寺・橘寺・広隆寺・法起寺・妙安寺を建立し、聖人として幾多の伝説を残している。
(　平凡社大百科辞典　７　ｐ４９０　関晃　)

★

[11] mixiユーザー 05月03日 23:05

　不比等が想念し創り上げる鎌足は、幽鬼より生身の人間の姿に近づき、いよいよ実体を得て語り出す。この世ならぬものが実体を得て、ここに現出して来ている。

――　聖徳太子殿は偉大なお方じゃつた。仏教に教えを受けこの国を理想国にしようとなされた。隋の中華帝国にならび劣らぬ国にこの国をなされようとした。あの方にはその力があった。

――　この国は生まれたばかり、まだ北の国の蝦夷さえ、南の隼人さえまとめられぬ。機会あらば盗んでしまおうと異国の国盗人は狙うておるぞ。乱は避けねばならぬ。戦争などせぬほうが良い」

「さようでございましょう」

――　まず国を治める法、その為の『基』となる法をまずもってしろ示されたのじゃ。憲法は法の為の法。建物を建てるための礎石と考えれば良い。柱を立てるために据える石のことじゃ。政も国の建設もここがしっかりしておらぬと途中でこけてしまうでな。肝心要じゃ。」

「はい。そのところは良く心得ております」

――　そなたを見ていれば解る。その心配はしておらぬ。話はまだ続くぞ。

　

　今は鎌足たる、不比等は語る。それは光明子の目より、脳幹の深部に撃ち込まれる楔の様。

「一昔前に厩戸王という聖人がいた。その人は聖徳太子と皆から崇められていたばれておった」

　無論、これは前振りであり、刷り込みである。不比等は常日頃より、近しい人々に厩戸王・聖徳太子の話を繰り返ししている。

　目上の者、年寄り、また王族の者やその長などにこの話はしない。してはならない。彼は聴く者を選び、機を見てはその人に啓示を与えてゆくのだ。

――　太子殿の憲法は厳しき宣りじゃ。古きいにしえの神々より思いを巡らせ、高天原に集う我らがご先祖様のことをも考えておられる。そして仏教には体系がある。この世とあの世の全てを語ろうとする。中臣は代々神に仕える家なのじゃ。しかし神道には体系が無い。このこともあり儂は仏教や太子殿に強くひかれた。そして学ぶ内に太子殿の夢である天寿国に、儂もあこがれるようになってしもうた。

　不比等は、鎌足は一瞬宙を見上げ、その人を想念する。「神、坐ます」そのように、見せる。

――　では憲法の要諦をお前に話そう。

一、『和をもって貴しとなす』

　　　これは孔子の論語の一説じゃ。まず、儒教より始まるのだ。

　　　続き『上和らぎ、下睦びて、事を論らふにかなうときは、事理自らに通ず。何事か成らざらん』と、申される。およそ各々の指導者達がみんなのためになることを考え、仲良く論じ合えば何か素晴らしいことができる。その教えを簡単に纏められた。祝詞は覚えたか。
　

　いきなり祝詞に話が移ることに不比等は違和感を覚えた。しかしすぐ後に話の続くのを悟り返答する。

「はい。高天原に神づまります。皇が睦、神ろぎ神ろみの命もちて、八百万の神たちを神集え ……」

――　良きかな。太子殿もそこより考えを巡らせておられる。『のりと』こそ美しき、厳しき宣りじゃ。ここに言葉の秘密のしくみがある。それがこの国の秘密でもある。良いか、言葉とは言霊である、とするところにこの国の心があるのじゃ。」

　　　日の本は言霊の幸ふ国、たすくる国ぞ。祝詞は神々に乞い願う言葉じゃ。祝詞は、宣り、宣説き言、壽言じゃ。神々にも他人にも、良きことを言う。悪しき言、禍々しいことは言うてはならぬ、心映えぞ。

[12] mixiユーザー 05月03日 23:06

『奉る者・奉ろわぬ者』

　さも感慨深げに、鎌足に成りきった不比等は話し続ける。光明子は、その不比等の話を理解すべく不比等を擬視し、あらぬ鎌足を想念している。

――　政治は政り事、奉り事、まつろう事じゃ。祭ろうことであり、仕えることじゃ。しかしそれは、まつろう者とまつろわぬ者とに人々の心を二つに分けてしまう場合があるのだ。それは立場によりそうなることもある。一つの提案を巡ってそうなることもあれば、何かの事案や何かの事件が人々を二つに分けてしまう場合もある。

　　　まだある。古き古き神代の時代に我等の祖先は遠く海を渡りこの地に辿り着いたという。実は我等の祖先は渡来の者であるという。しかしこの地には我等の以前に国ッ神・八百万の神々がいた。我等がこの地に辿り着いた時、始めの我等の神々は穏やかに迎え入れられた。しかし我等の神々が次々とこの地を訪れて勢力が逆転しようとした。このことを巡って時に議論され、その可否を問う議論が起きた。

　　　政治とは政り事、奉り事、まつろう事じゃ。祭ろうことであり、仕えることじゃ。しかしそれは、「麻都漏波奴人等―まつろわぬひとども」すなわち、まつろう者とまつろわぬ者とに人々の心を二つにも幾つにも分けてしまう場合があるのだ。それは立場によりそうなることもある。一つの提案を巡ってそうなることもあれば、何かの事案や何かの事件が人々を二つに分けてしまう場合もある。

　感慨深げに、鎌足は言う。少年不比等が返答する。光明子は忘我の境地に落ち、父、不比等の姿を見ている。

「言い争えば喧嘩になります。喧嘩となれば勝負となります。……、そして負けることは、死ぬことでもあります」

　少年を演じる一人三役の、不等人は答える。

――　そうなのだ。生きる以上、決して負けるわけにはゆかん。そのことはまつろわぬ者達とその神々もそうなのだ。まつろわぬ神々には、よそ者の我等に抗う意味が大きくあるのだ。しかしいつまでも争いを繰り返して、いたずらに血を流し命を失うてはならんのだ。

　　　まつりごと・政治とは何か、それは話し合いによりどこかで折り合いをつけて、お互いに仲良く暮らしてゆくことなのだ。一つばかりの命であろう。お互いに大事に抱くべきなのだ。命の花の開けば、それはまことに有り難いことなのだ。

[13] mixiユーザー 05月03日 23:08

『太子と三宝』　　

　不比等はいよいよ自らが描き出した鎌足像の色を濃くする。光明子の目は半眼となり、心はもう、何処かに飛んでいる。

――　では、

ニ、『篤く三宝を敬へ』

　　　このことの意味はわかるかな。

「はい。仏・法・僧を尊敬せよということです」不比等は快活に答える。

――　このことにはもっと深い意味がある。およそ国家とは君・臣・民により成り立つ。君とは、すなわち仏であり、臣とは菩薩であり僧である。民は衆生を指す。君は仏を戴き、臣は法を戴き、衆生は僧を戴く。」　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
（日本仏教史　速水侑　吉川弘文館　Ｐ．　　Ｐ．　資料遺失の為、未記入）

　
――　仏は真理であり、菩薩の行いは善であり、仏・法・僧のおるところは美しき荘厳の施された国土となる。このことは宗教の根本理念の『真・善・美』とも対応するのだ。また、儂に言わせれば、およそ宗教とは『救い』である。わかるかな。」

「いえ、そこまでは考えが至りません。私はまだ深く考えたことがありませんでした。」

――　無理もない。およそ「深く感じる」こと無く「深く考える」ことは値わないのだ。人生経験が足りないのだ。しかし良く生きて学ぶうちにわかるようになる。では続けるぞ。

三、『詔を承りては必ず謹め。謹まずば自ずから敗れん』

――　君主を天に例えるなら、臣下は地に例えられようか。天道の運航の整うのに、地が天を誹り覆そうと乱れればどうなるか。全てが乱れてしまうことになる。
　
　　　およそ私ごとは、政ごとにかなわぬのだ。政とは公の事、みんなの事と考えるが良い。自分ひとりが美味いものを食おうとしても上手くいくまい。また、美味くあるまい。

四、『群卿百寮、礼をもって本とせよ。百姓礼あるときは国家自ら治まる』

――　挨拶と礼の欠ける時、争いの芽が起き出す。いただきます。ありがとうございます。として謙譲の美徳を立てる。それを説く。それは上下に関係無く、あらゆる者があらゆる形で建てるべき関係であるべきなのだと説かれておいでなのだ。さすれば叙位・位次は乱れずに下々も整う。国家としての体が整うと言うことじゃ。

五、『味わひのむさぼりを絶ち、財のほしみを棄て、明らかに訴訟を定めよ。乏しき者の訟は水をもて石に投ぐるに似たり。貧しき民はせんすべを知らず』

――　貧しき者の言い分を聞いてやれ。わかってやれ。そしてどうすれば良いのか。何をすれば良くなるのかを教えてやれということだ。「言いたい事が、うまく言えぬ」このもどかしさをも汲んでやれとおっしゃる。役人が賄賂を受けて訴訟を欲しい儘にして、どうしようか。およそ富める者の訴訟は水に石を投げるようであり、その逆に貧しき者たちの訴訟は石に水をかけるに似る。それでは天も地も草々も乱れてしまう。

六、『悪を懲らし善を勧むるは、古の良典なり。君に忠なく、民に仁なし。これ大乱の本なり』

――　悪を見ては必ず正す。諂い偽る者は天道を覆す兇器たり。財宝におもねり媚びる者は、上に下の過ちを述べ立て、下々には上の過ちを謗る。彼の人は財宝に目が眩み、君に忠なく、民に仁なし。これは大いに乱れを起こす。

　　　では「善悪」とは何か。違いはわかるか。

「はい、おぽろげに……」

――　悪は滅びに向かう。奪い尽くし、焼きつくし、殺し尽くせばどのような天地も荒廃する。善は全てを、活かすに向かう。富栄える向かう。

「なるほどに……。得心いたします」

――　まだまだ。もっと深く考察致するが良い。突き詰めて考えると良い。悪が栄えれば全ての者が滅び去る。善を進めれば全て栄える。そうは思わぬか。

[14] mixiユーザー 05月03日 23:10

七、『人おのおの任あり。事、大少となく、人を得て必ず治む』

――　賢人・聖人・哲人あれど、生まれながらにしてそうある訳も無い。生まれながらの奸者も無い。奉り事は人を得て治まりもすれば、乱れもする。よって古の聖王は官のために人を求め、人のためには官を求めずという。私心に溺れる者に官職を委ねてはならん。

八、『早く朝り、おそく退でよ。急なるにおよばず、必ず事尽くさず』

――　準備が足りなければ、事は成せぬ。そのために朝早く準備しておく。あらゆる努力が、最後の一押しの不足で危うくなる。早く帰るようでは事は尽くせず。

九、『信はこれ義の本なり、群臣信なきときは、万事悉く敗れん』

――　善を尽くせば成り、悪を尽くせばすなわち、破れん。群臣に信義あらば何事か成る。群臣に信義無ければ悉く破れむ。

十、『人の違ふを怒らざれ。人みな心あり。我必ず聖にあらず。彼れ必ずしも愚にあらず。共にこれ凡夫のみ』

――　是非の理いかにあらんや。共々に賢くあり、愚かであることよ。彼の人の怒りを見て、我が過ちを恐れよ。我一人正しきと雖も、衆人に従い行うようにせよ。

十一、『賞罰を明らかにすべし』

――　近頃、賞を功に見て行わず、罰は罪に応じて下せず。これ、如何にせん。群卿臣官これを明らかにすべし。

十二、『国々の司、国造、おさめとることなかれ。国に二君なし。民に両主無し』

――　率土の草民は王を以って主とすべし。任ずる司は王臣なり。なぜ敢えて王と共に、百姓よりおさめ取るや。　
　
十三、『諸々の官に任ずる者、同じく職掌を知れ。公務を妨げそ』

――　その職務に有っては、その職務を全うせよ。職に任ぜられる者は、職掌を知りおけ。病を得て、または使いに出ても、怠ることの無きように準備せよ。

十四、『嫉妬あることなかれ。智、己に勝るときは悦ばず、才、己に優れるときは嫉妬む。それ賢聖を得ざるときは、何をもってか国を治めん』

――　妬みの弊害、極を知らず。仮に五百年の後に賢聖と出合うとも、これを得ず。賢聖を得ずして如何に国を治めん。

十五、『私を背きて公に向かうは、これ臣の道なり。上下、和ひ同(整の)ほれ』

――　私心有れば、恨み在り。私心有らば、公を妨ぐ。私心有らば、制を侵し、法を害う。

十六、『民を使うに時をもってするは、古の良典なり。それ農(たつく)らずば、何をか食はん。桑とらずば、何をか服ん』

十七、『それ、事は独り断(さだ)むべからず。衆と相弁ふるときは、こと則ち理を得ん』

――　小はさておき、大事は衆論を重ねるべき。皆が言う事には責務を負う。また過ちを疑う。よって衆議を尽くせば皆がこれを得る。
（　聖徳太子賛仰　四天王寺編　藤田清)・（聖徳太子　坂本太郎　吉川弘文館人物叢書　)

　先に述べたごとく、聖徳太子の事績なくして天平・奈良時代は語れない。聖武天皇を描こうとし、しかし筆者はそのタイトルを「天寿国の末裔」としているのであるから。

　しかし「聖徳太子は実在しなかった」の説も、また「十七条憲法」にすら捏造の疑義もある。

　ここに『国々の司、国造……』とは……。この語は、官僚制国家を前提とし、役人に与えられた役職である。しかし、後に「誰かが、書き加えた」のかもしれない。

「土地に対する労働の投下」が土地所有の主張の根拠であるだろう。よって民族・国民は国土・領土を持つに至る。およそ国土には先人の汗と血と涙も投下されてあるということだ。

[15] mixiユーザー 05月03日 23:20

「大化の改新」

　舒明天皇と皇極天皇との間に生まれた中大兄の皇子（後の天智天皇）は、藤原鎌子（鎌足）と相謀り、倉山田麻呂臣を仲間に引き入れ、皇極天皇四年（６４５）六月十二日、「三韓の調」を貢る日に、佐伯連子麻呂と葛城稚犬養連網田とともに蘇我入鹿を宮中で誅殺した。十三日にかけて蘇我蝦夷を包囲し、これにより蝦夷は自刃するが、しかし、その前に邸宅に火を放ち「天皇記・国記・珍宝」を灰塵に帰そうとした。

　この時、船史恵尺が火中に飛び込み国記を取り出し中大兄皇子に奉った。大兄とは大化以前の皇位継承の有力な皇子を指す。

　翌六月十四日、には皇極天皇の弟の孝徳天皇を立て、自身は皇太子として実権の掌握に努めた。大化元年となる。

　このことには経緯と背景がある。推古天皇の死後、蘇我蝦夷は舒明天皇を立てた(６２９)が(６４１)に没する。その死後、皇后の皇極天皇が在位した。この時蘇我入鹿は聖徳太子の実子の山背王を急襲して謀殺してしまう事件が起きた。

　この時、青年貴族たちは蘇我入鹿の横暴を見過ごすことが出来ずに大化の改新を断行することととなった。律令制度下の国家建設の指針を巡り対立したのだろう。

「十七条憲法」以降の律令制度の確立を問い、皇位継承を廻る争いでもあるが、遣隋使や学僧の帰朝などにより新たな政治施策などを学び、時代精神としての逼塞感を打開する必要を感じていたのだろう。

　この事件は王権国家群の意識を払拭し、天皇親政の「王たちの最高権威ー天皇・朝廷」を確固たる位置に引き上げる画期となった。

　よって乙巳の変（いっしのへん・おっしのへん）は、「大化の改新」と称されるのだろうか。「天皇」は、「大王」より、ここに生まれたのだ。

　中大兄の皇子（天智天皇）は政権奪取の直後に七月には朝鮮各国の外交を改め、八月には皇室関係の所領の多い東国や、直轄領である大和に使者を送り、土地や人民の調査と武器の収公を命じる。大化元年（６４５）のこの年、八月五日「鐘櫃、および男女の法」が詔される。

　なお大化元年九月十九日に次の文がある。

『「（略）今、人民は貧しい。ところが勢力ある者は、水陸（たはたけ）を分割して私有地とし、人民に貸し与えて年々地代をとる。今後そのようなことを禁ずる。みだりに主となって力の弱い者を併呑してはいけない」といわれた。人民は大いに喜んだ。』とある。
（　日本書紀（下）全現代語訳　宇治谷孟　　講談社学術文庫　ｐ．１６２～１６３）

　ここに大王の専横を廃し、天皇の統治を成そうとする意志が見える。

　この改革のエネルギーは中大兄の皇子の強権発動だけにあるのでなく、対中国(隋・周・唐)への防衛策としての時代背景と精神文化の向上がなせる業だろう。

　遣隋使よりの情報や学問が、青年貴族や学僧達を刺激していたのだろう。

[16] mixiユーザー 05月03日 23:24

「改新の詔」

　そして翌、大化二年（６４６）年元旦に四項目の「改新の詔」を公布した。

　土地・人民は公有とする。皇族の子代・屯倉や、貴族・豪族の部曲・田荘のような私民・私地は全て収公し、皇族・貴族・豪族には給与を支給する。

　中央・地方の行政制度を改める。中央は畿内の範囲を定め京を坊、地方では国を郡（評）、郡を里に改定し、坊・郡・里に在地の有力者を官人に定める。

　要害の地には関塞・斥候・防人を配置し、中央と地方は駅伝制で連絡し、駅馬の利用や関塞の通過には駅鈴や木契を貸与する。

　全国の土地・人民を登録して、耕地を人民に公平に割り当てる班田収授法を施行する。

　人民は戸籍に登録し、五十戸を一つの里とし、耕地面積は町・段・歩で表記し、１町の田租を稲２２束とする。

　全国の租税を統一する。

　耕地面積に応ずる田調、戸別の戸調のほかに官馬の代価や兵士の装備や、仕丁や采女の経費も戸別に割り当てる。
　
　以上のことより、この年三月二日より、全国の国司が毎年正月に朝廷に集合し、行政報告をする「朝集使」の制度も発足して定着してゆく。

　また三月二十日には「大化の改新」を中大兄の皇子自身が範をたれるべく、自己の所領の入部より５２４人の仕丁と屯倉１８１ヵ所を朝廷に奉還する。そして、三月二十二日に、伴造や国造らのもとに地域共同体を営む人々を国家の公民とする旨の「風俗改正の詔」も布告された。

　尚も同年八月「班田収授法」の徹底が再度強調され、田調・戸調は「男身の調」に改められ、　翌６４７年には冠位十二階を十三階に改めた。

　後６４９年に冠位を十九階と細分化し、「国博士」の提案した「八省百官」に人員を配置した。
　
　しかし地域共同体の王権的な村落社会において、その土俗的人的集団としての豪族達に、「国家社会」の意識・認識の希薄な所に、各種の布告を行っても、その施策の徹底には無理がある。

　およそ朝廷権力を中心とする「国家建設」の立場よりの「公地公民政策」は歴史的な、その意味では自然発生的な社会発展の法則の現在的展開として妥当なものだろう。

　この公地公民政策には諸豪族の（武力）抵抗もあり時間のかかるものの、認識の程度において順次に実現されてゆくだろう。

　当時の、全国の戸籍は「庚午年籍（こうごねんじゃく）」として天智天皇九年（６７０）に完成し、六年毎の定期的な造籍が確認されるのは６９０年の「庚寅年籍（こういんねんじゃく）」以降となる。

　このことより「班田収授法」が施策として現実的に機能してゆくのはこの時以降となる。

（　平凡社大百科辞典　８　ｐ１１８２　　青木和夫　）

　この改革のエネルギーは、ただ中大兄皇子の強権発動でなく、時代背景としてのアジア情勢があり、それを知らせる遣隋使よりの情報や学問が青年貴族や学僧達や名も無き人々をも、それをして刺激していたのだろう

[17] mixiユーザー 05月03日 23:24

「飛鳥の山階寺」

　不比等は、父・鎌足の思い出を安宿媛(光明子・光明皇后)に語る。それは、いつもの父としての、不比等の顔。

「それから何日か後のことじゃ。儂は父上に呼ばれ飛鳥の山階寺に行った。行って見ると父上は馬を従えにこにこと笑っておられる」

　そして不比等の形相は、一変する。

　不比等の到来に鎌足は満足し、不比等を厩に導いた。鎌足は馬の一頭を選びそれに新しい鞍を巻いた。

――　この馬をお前にやりたくて呼びつけたのじゃ。

　そして再び、いつもの不比等。

「儂は驚いた。馬に乗れれば良いと考えたことはあったが、まだ儂はそれ程の体躯をしておらなんだ。まだ先のことと考えておったのだ。

馬はこうあつかうのだ。と言いながら父上は儂を前に乗せゆっくりと歩み始めた。儂は馬の鬣(たてがみ)を掴み父上の背中に凭れた。

そして野原に出ると儂一人を馬に乗せ父上は手綱を取り歩き出された。ときどき振り返り仰ぎ見る儂は得意満面であっただろう。小高い丘にそうして歩いていかれ、そこで儂を降ろして下さった。

その時に儂は馬を操る父上がまぶしかった。その時には丘の上でこんな話をしてくだされた」

　不比等の顔が、威厳に包まれる。

――　不比等よ。この大和の国は四面を海に囲まれておる。知っておろうか。

「はい、四面を海に囲まれた、北の大陸より比べれば小さな島により成り立つ国と教えていただきました」

――　おのころ島、敷島、大八州国とも言う。大陸より見ればこの国は南の島、四季の花咲く美しき島じゃ。国津神・天津神と、我々のご先祖様達が争い、和睦し、今の大和朝廷が成り立つ。しかし朝廷の力の及ぶところ、この国の隅々まで届いておらん。尚かつ大陸の、随の頃の皇帝は、この国を狙っておったそうな。たかが南の海の小国に過ぎん。

「本当でございますか」

――　おお本当だとも。だから儂は帝様にお仕えして大忙しなのだ。お前とこうして話すこともままならぬ。早う良い男に成れ。儂はお前と共に仕事がしたい。この馬に乗り広く世間を渡り見るが良い。こ奴を可愛がれば、お前の良き足となろうぞ。

「父上、いきなり年はとれませぬ。けれど、馬には早く一人で乗りたい……」

――　ははは、無理は承知で申しておるのだ。戯けと受け取れば良い。しかし、その眼で海を見たかろう。

「はい。父上様の見た海を、私も見てみとうございます」

　宙を見つめ話していた不比等が光明子に振り返る。

「父上のあの笑顔は今も思いだし、儂を勇気づけてくれる。政治の難問に当たれば父上様ならどう考え、どう行動されるのかと今も考える時がある。あの屈託のない笑顔がいつも私を勇気づけてくれる。男の中の男の笑顔なのだ。私もあのような顔の男になりたい。今もそう考え勤めておる」

　安宿媛(光明皇后)がこれに答える

「私はお父様を女だとは考えたことは一度もありませぬ……」

「これ、戯けたことを申すな。后になるのだぞ」

　不等人が諌める。

[18] mixiユーザー 05月03日 23:26

「山背王」

　不比等の、父・鎌足の述懐が再度始められる。

「その夜儂は(飛鳥)山階寺に泊めていただいた。父上様は儂と話をするのを大変喜ばれた。儂も何の話を聞けるのか楽しみにしていた。しかしその夜は不思議な話をされた。けれども得る所の多い話なので良く覚えている。妃よ。良く聞くが良い」

――　不比等よ。お前に話しておこう。蘇我入鹿の事じゃ。あやつをを討ったのは儂等じゃ。

「存じております」

――　では何故、儂が奴を討たねばならなかったのか。それが解るか。

「曽我氏が権力を欲しい侭にして横暴が過ぎたからでしょうか」

――　それもある。しかしそれだけではない。

「山背王と太子様の一族の方々を殺めたから……」

――　近いがそれだけではない。では何故、奴は山背王をあそこまで追いつめたのじゃ。一族の者全てがなくなった。太子殿の血族はこの時に絶えたのだぞ。

「一家が絶えました。壮絶な最期と聞いてございます。まことに残念なことでもあると聞いてございます」

――　不思議に思わぬか。皆が焼け死ぬまでやったのじゃ。一度は失敗し、二度目に一族を根絶やしにした。

「山背王のなれの果てを知ろ示す為でしょうか。それとも聖徳太子様の血を絶やす……」

――　その通り。山背王は生かしておくことは出来なかったのじゃ。

「何故でございますか」

――　無理もない。まだそなたには解らぬであろうな。

　鎌足は宙に目を向ける。そして不比等を見つめなおし、鎌足は語る。

――　聖徳太子殿は偉大なお方じゃつた。仏教に教えを受けこの国を理想の国にしようとなされた。随にならび劣らぬ国に、いや、もっと善い国になされようとした。あの方にはその力量があった。

「それが山背王に無かったのでしょうか」
　不比等は鎌足に問う。

――　実は太子殿にはまだ他にも理想とされる考えがあった。

　鎌足は訥々と語りだす。

――　遙か西域の、まだ先の金色の髪をもつ青い目の白い人の国の教えじゃ。名はクリストと言うて、釈迦に並ぶ聖人じゃ。パオロなる伝導師が右手に聖書という経を持ち、左手に天帝の十字剣を杖の代わりにし、はるばる聖（西）域より随の国に伝えたと云う。

「遥か西(聖)域……」
　
――　太子殿はこの日の本の国を『天寿（主）国』になされたかったらしいと云う。

　安養国や極楽浄土にしようとは申されなんだ。太子殿は理想とする国のことを、天寿（主）国と申されていたのだ。

「天寿国とは始めて聞きました。どのような国なのでしょう。山背王はその意志を継いだのでしょうか」

　思わず、不比等は鎌足に問う。

――　蘇我の家は仏教の一門ぞ。太子殿もそうである。ただ太子殿はそのことにこだわらなかった。良いものはどんどん受け入れた。仏教徒でありながら外教をも受け入れた。入鹿はそれが許せなんだのだろう。

「なるほど、でも、何故でしょうか」

――　しかし、それだけではない。入鹿の聡いところは。それが仏教に対し驚異となり、この国を危うくする、と見て取った所じゃ。

「何故でございますか」

――　この国はまだ固まっておらぬ。まだ北の国の蝦夷さえ、南の隼人さえまとめられぬ。機会あらば盗んでしまおうと異国の国盗人は狙うておるぞ。内なる乱は避けねばならぬ。

「さようでございます」

　不等人は相槌を打つ。

――　山背王は皆に慕われておる。そして多くの者に支持されておる。一つの国に王は二人といらぬ。幾つもの教えもいらぬ。三つめの教えも、国王もあっては混乱してしまう。

「しかし、山背王はそれ程の勢いを持っておったでしょうか……」

　不等人はいぶかしげである。

――　入鹿は災いの「種」を恐れた。朝廷の多くの者が対立や混乱を恐れた。儂も恐れた。

「では父上さまは……、　父上様は……」

★

[19] mixiユーザー 05月03日 23:29

不等人は話の先を急ぐ。

――　見て見ぬふりをしておった。そして入鹿は挙に出た。山背王を放ってはおけなんだのだ。そして入鹿はこの国を仏教国にしようとした。しかしそれも行き過ぎなのだ。この国は国津神・天津神の神々の国なのだ。そしてなお、儒教の教えも必要なのだ。

　鎌足は少しの間沈黙する。そして少年不等人のために言葉を選ぶ。

――　良く聞け。仏教の教えと政事とは、似て非なるものぞ。仏教で一番えらいのは釈迦であり、その弟子の僧であろう。仏教の世の中になると一番えらいのは王ではない。

　決して宗教を政事の上に立ててはならんのだ。政事とは政治のことであり、人と人の間の決め事であり、治める事じゃ。

　しかし宗教は人の心さえ決めてしまう。その者を治めてしまうのじゃ。人と人の間の事だけではないのだ。この世とあの世へも通じてしまうのだからの……。

　

　不比等は考えが話に追いつかない。怪訝な顔をするしかない。

――　太子殿はそのことを良く解っておられた。だから仮に仏教であれ外教であれ、王族も朝廷の者も、何らの心配もいらなんだ。しかし山背王も入鹿も、そこのところで心得違いをしおったのだ。

　二人は宗教こそが最高の教えであるとし、最も高貴な法であると考え始めた。

　太子殿の憲法はそこのところを良く解っておられる。『篤く敬う』と申されるに止めなされた。敬うというのは儒者の態度じゃ。

　まず国を治める法、その為の『基』となる法をまずもって示されたのじゃ。

「はい。そのところは良く心得ております。」

　――　そなたを見ていれば解る。その心配はしておらぬ。話はまだ続くぞ。

　二人は共に別々の宗教を抱きそれに溺れた似たもの同士なのじゃ。山背王は逃げなんだ。いや、そればかりか自分で斑鳩宮（寺）に火を放った。

　入鹿は寺を囲んだだけじゃ。いずれ襲ったではあろうが……。

　しかしその前に火は出たのじゃ。一度は山へ逃げたのに、また山背王は戻って来た。逃げれば入鹿は追わなかったであろうかもしれん。

「なんと……、真のことでございますか」

――　お前に嘘を言って、何になろう。山中に逃れた時、山背王は天帝の十字剣を隠したという。

「先のパオロなる聖人の、天帝の十字剣が、この国に来ていたのですか……」

――　そうだ。太子殿の近衆の者は皆知っておる。入鹿は山背王を討てなんだ。しかし入鹿が討ったことに違いはない。しかし入鹿は太子殿の一族を皆殺しにするほど馬鹿ではない。入鹿だけで良いと考えたに違いない。誰も後世に悪漢として名を止めたくは無いものだ。

　入鹿は太子殿の形見の天帝の十字剣を山背王より奪い討つだけで良かった。言い換えれば、太子殿の権威を奪えばそれで良かったのだ。

　
　また鎌足は宙を見つめ、不比等のために言葉を選ぶ。

――　山背王は殉教したのだという。『一粒の麦』という教えに従われたという。一粒の麦を一房の米と置き換えて考えれば解り良い。

　一粒の米、一房の米はその時に食われれば、それはそれで終わるが、米として、麦として食われずに死ねば、後に多くの麦穂・稲穂に生まれ、麦として米としてまた生き延びるという教えじゃ。

　それは教えが永遠に生きるということらしい。一族が一粒の麦、一房の米としてその教えに殉じられたのじゃ。それは久遠成実の法じゃという。

　鎌足の顔が苦しそうである。不比等にはそれが気掛かりである。追って光明子も心配そうに、取り憑かれたような不比等を見ている。

――　米はこの日の本の国を作った。米はうまいであろう。みんなが腹一杯食うために、米により国造りは始まったのじゃ。食す国である。よって百姓を大御宝と云う。

「それは解りますが。しかし殉教ということが私には良くわかりませぬ。殉死と殉教とはどのような違いが有るのか……」

[20] mixiユーザー 05月03日 23:33

　鎌足は言葉を選ぶ。

――　誰も山背王の悪口を言わぬであろう。誰もが山背王とその一族に涙をそそぐであろう。

「確かに……」

――　山背王の狙いはそこじゃ。その為にいたいげな子供達まで道連れにしたのじゃ『天寿国に行く』と言うてな。殉教の徒に成りおったのだ。

「父上様、殉教の徒はいけませぬか……。英雄ではないでしょうに……」

　鎌足が怪訝な顔をする。不比等は何かの失言をふりかえる。しかし解せない。

「父上、殉教の徒とは何なのでしょう。天帝の十字剣は見つかったのでしょうか……」

　したり顔で鎌足は答える。

――　英雄とは政治の場であり徒であろう。殉教とは宗教の場と徒じゃ。わかるか。政治は民を養い生活を立てる。しかし、しょせんこの世限りのこと。しかし宗教はこの世とあの世をつなぐじゃろう。人は変って政事もうつろうが宗教は変らぬ。そうは思わぬか。　　

　殉教の徒とは、その教えにより死ぬ者達のこと。それにより死後も人々の心に生き続けて行く者達のことじゃ。　　

　人々の心から忘れ去られるまで……。これは思う以上に、長いぞ。

　そこまで言われると不比等もある程度の理解が付く。英雄などは政治的立場に置き換えればたいしたことはない。しかし、一つの宗教が絶えても、それは、一片の教えなり伝説なり文書が残ってあれば、尚、この世に甦る可能性があるのだ。

「では父上が、曽我入鹿を打つと言う事は……」

――　そういうことじゃ。あとは申すな。

　二人はそれぞれに一時を、沈思黙考する。

「民のため、国のため、後の為、……、正義ですか……」

　少年不比等は、一時の後に、更に問う。

――　いや太子殿のことは誠に尊敬しておった。これは真じゃ。真実は、自ずと民草に返る。

　鎌足を演じる不比等は話を続ける。光明子の脳髄に染み入るようにと。

――　その後に天帝の十字剣は儂の手に届いた。曽我入鹿を討った儂がそれを持つべきだと云うてな。一人生き残った山背王の従者が、儂に届けに来た。しかし儂は宗教などにそこまで肩入れはしておらぬ。まして三種の神器とも趣が違う。儂はそれを隠し持つ。いつかお前にそれを預けることになろう。それは世間に出してはならぬもの。そう心得おけ。

「恐れ入ります」
不比等が気の抜けた返答を返す。しかし鎌足にそれは伝わらない。
　鎌足は感極まっていた。

――　おお、涙が出るぞ、山背王の話はいかん。政事とは惨いものよ。今の話は誰にも言うな。儂は腹がよじれるほどに悲しいわ。

　そのために儂は厩坂に山階寺を移して維摩会を営んでおるのだ。太子と、その一族のために……。
　
　維摩会は維摩経の維摩詰、太子殿は自身をよく自身を維摩詰に喩えておられたのじゃ。山背王を死なせたのはまこと残念じゃ……。

　鎌足は、不比等は、何かの想いに囚われ男泣きをする。安宿姫は半眼の眼で、じっと不比等を擬視している。そして心は震えている。

「大丈夫でございますか。今、人を呼びますゆえ」

――　すておけ。すておけ…。

　不比等は途方に暮れ、父の言葉を反芻し、鎌足のそばにいた。安宿媛の眼に、今は二人の人物が見えている。心はその二人の顔を交互に見つめている。

[21] mixiユーザー 05月03日 23:35

一時の沈黙の後、振り返り不比等は妃に諭すように語る。その顔は、娘を溺愛する父の顔でしかない。

「安宿媛よ、妃よ、我が娘よ。それが儂と父上様との最後の良き思い出じゃ。それから、しばらくしてから父上は帰らぬ人となってしもうた。父上の訃報を聞き、駆けつけた時には、もう何の話も出来なんだ。儂はもっと父上の教えを受けたかった。もっと話をしてほしかった。しかし父上の仕事はそれを許さなかった。父上は忠勤に励んでおられたのだ。私的に栄耀栄華を望む人ではなかった。この日の本の国と民草のことをいつも考えておられたのだ」

　不比等の眼に、涙が浮かぶ。

「儂は父上を誇りに思っている。これほど素晴らしき人が我が父上なのだ。儂は父上の亡き後に、より学問を重ねた。父上に近づきたかった。父上から戴いた馬に乗り、諸国を訪ね、人と良く交わり話をした。そして色々な知恵を学んだ。今でもよくあの頃の事を思い出す。そしてもっと、旅がしたいと、今でも思う……」
　
　決断を即すため、不比等の語調が強くなる。

「妃となるは、大変な事ぞ。皇后ともなれば『私』を捨ててこの国と、この国の全ての民の事を考えなければならんこともある。儂は我が娘であれば良いと考えておった。馬鹿娘であれば良いと思っていた。しかしこの国のことを考えればそうもゆかぬのだ。わかってくれるな……」

「はい、父上様、私には私の道があり、それが父上様の道と重なれば良いと考えておいでなのですね」

「善きかな。その通りだ。お前の聡きことは、儂も驚く……」

「私は首皇子様（聖武天皇）のことを好いております。もし、……叶うなら、私もそうなりたいと考えてもいたのです。しかし身分が違えばそうならぬかもとも考えていたので口にはしませんでした。私は妃に成ることが出来て幸せだと考えております。この話は是非にも進めてくださりませ。もし、皇子さまが望んでくれてあるならこれほどの身に余る幸せはございませんので」

「そうか、望むのだな……」

「はい。強く所望いたします」

　光明子は不比等の手にすがる。

　不比等はその手を強く握り返す。

「しかしな、光明よ、后の候補はお前一人でもないのだ。(県犬養広刀自・藤原氏「娘」がいる)他にも後に出てこよう。皇統を絶やさぬためじゃ……」

「解かります。私も女なれば殿方の気持ちの分らぬでもなく、父上様母上様を見ておれば、自身の身の振り方もなんとなくわかります。政事の大切なこともわかります。ご安心くださいませ」

　光明子は、父不比等の手を握り返した。

「聡き娘よ。それで良いのだ。儂は婚礼のみやげとして『天帝の十字剣』をお前に委ねよう。ただみやげとして皇子に渡すがよい。西域より伝わる珍しいものと言えば良い。儂の楽しみは皇子の即位であり、お前と王子の子供の出来ることだ。首皇子が即位なされる時に儂は『黒作懸佩刀』を献上する約束だ」

「……聞き及びます。それは良い考えだと私も思います。確か草壁の皇子の形見と聞いております」

「そうだ日並皇子ともいう。文武天皇より直接に戴いたものだ。天智天皇・天武天皇の皇統を表すもの故に、首皇子が即位の時に献上できれば良いと思うのだ」

　感慨深げに、在りし日を想う様に不比等は語る。

「父上の話されること、いつも心にて聞いております。また近き内にお寄り下さい。私は父上様の話をいつも楽しみにしておりますので」

　その言葉に安堵し、不比等は光明子を返す。
　

　霊亀二年（７１６）六月に光明子(安宿媛・あすかべひめ）は皇太子妃となる。

[22] mixiユーザー 05月03日 23:42

【　仏教の伝来　】

　日本への仏教の伝来は６世紀の始めの頃と云われる。渡来人・渡来人系の子孫たちが仏教をすでに信奉していた。宣化天皇三年(５３８)・（or５５２)百済の聖明王が釈迦仏像と経論や仏具などを朝廷に献上したのが始まりとされる。

　日本の王族の中で最初に信仰したのは蘇我稲目といわれる。彼は崇仏を云い、廃仏を云う物部尾興と対立する。この時、欽明天皇は中立の立場に立たれた。仏教は定着するまでに何度か廃仏により反発されるが、曽我氏を中心に渡来系氏族の多く暮す飛鳥の地に根付いてゆく。

　用明天皇二年（５８７）この時の廃仏の先鋒が物部守屋であったが疫病の流行を理由に廃仏を推進し、崇仏の蘇我馬子の寺（飛鳥寺の前身）を襲撃して破壊する。これにより反発した蘇我馬子が逆に物部守屋を攻撃して滅亡させる。

　用明天皇に続く推古天皇の時代、聖徳太子により仏教興隆の道が開けた。聖徳太子は法華経・勝鬘経・維摩経の注釈書、「三経義疏」を表し仏教の興隆につくした。推古天皇二年（５９４）に「三宝興隆の詔」が出されることにより、王族達が競って寺院を建立するようになる。蘇我馬子は百済系技術者を使い飛鳥の地に「法興寺（飛鳥寺）」を建立する。聖徳太子は(６０５)斑鳩の地に法隆寺(若草伽藍)を興す。その以前に、この地の王族の膳氏が建てた第一次法隆寺があり、太子のそれは第二次法隆寺伽藍となる。

　しかし天智天皇九年（６７０）四月三十日にこれらは焼亡してしまう。現在の法隆寺・西院伽藍は後の再建である。

　推古天皇の時代に近畿圏に３３ヵ寺が私寺として王族により建立された。(奈良２１・大阪６・京都４・兵庫１・岡山１)しかし推古天皇は中立であり、寺も斎会も行わなかった。

　日本では舒明天皇が（６３９）始めて百済大寺を建立した。

　天智天皇は飛鳥の「川原寺」と大津の「崇福寺」を建立した。

　天武天皇は諸王族の地域ごとに仏舎と仏像と経典を置くことを詔した。そして百済大寺の後身として飛鳥京に「高市大寺（大官大寺）」を建立した。天武天皇の時代に灘波の荒陵寺は「四天王寺」に改称された。後に皇后の病気快癒のため「薬師寺」を建立した。

　文武天皇の時代に「大官大寺・川原寺・法興寺・薬師寺」を飛鳥四大寺とされた

　舒明天皇・天智天皇・天武天皇・文武天皇の時代に仏教は氏族受容の段階から朝廷受容へとなり、天皇が帰依する国家仏教の道を歩み始めた。舒明天皇・天智天皇・天武天皇の陵墓が八角墳であることは仏教の蓮華往生を示している。

　白鳳時代の寺院総数は北九州から関東地方まで現代５２０余を数え、仏教の地方伝播が律令体制の全国的拡張と照応することを示している。
　（　平凡社大百科辞典　『仏教』１２巻　　ｐ．１２１９　　藤井学　）

　しかし「聖徳太子・不実在説」に気づいた今、これらの事柄は「再検証」されねばならないだろうか。「見てきた」訳ではないのだ。しかし、私は浅学の徒。自身も、深く問うてゆきたい。

[23] mixiユーザー 05月03日 23:51

「　隋唐帝国・古代朝鮮・倭から日本へ」（建国意志の芽生え）

　さて、ここで問題となるのは「大化の改進」の本義である。時は既に、「青銅の時代」より「黒金（鉄）の時代」に推移している。

　そして、この黒金（鉄鉱石）の産出は、まだ日本に無い。「倭」は古くより朝鮮の伽耶（任那）・百済を通じて「鉄・剣」を得ていた。砂鉄より鉄を生みだす方法を、まだ知らないでいるのだ。

　当時の武具は、槍・戈・剣・弓矢が代表的なものだろうか。「敵を討つ」その武器に、鉄が無いでは話にならない。よって、古代より日本は「朝鮮進出」を行っていた。

　中国と朝鮮の関係も見逃せない。朝鮮の場合は日本と違って「地続き」であり、「お隣さん」である。海を隔てる、のとは大きく違う。

　中華思想の文化はおよそ大陸の優位性として、多大な部族・王族間の競争・戦争の中より生まれてくる。紀元前より、稲作・漢字・儒教・律令・仏教は、多大な部族・王族をまとめ統一してゆく。

　そしてその中国と交流・交易することは、生産手段と思想の獲得に繋がるのである。

　中国の国の成り立ちは、黄河流域の「殷王朝」といわれる。次いで「周」・「秦」＝秦の始皇帝は紀元前２２１年に中国を統一する。（以前に孔子の生誕は紀元前５５０年頃、仏陀の生誕は紀元前５６０年頃である。）後に・「漢」・「三国時代」・「南北朝時代」とあり、「隋」による中国統一は５８９年。唐による中国統一は６２８年となる。その後も中国は領土を広げ、６３０年に東突厥（トルコ遊牧民）を滅ぼし、６４０年に高昌国の吐魯（トルファン）を滅ぼし西域に勢力を拡大する。

　また「卑弥呼・倭の五王」も、中国に遣使を派遣する際、朝鮮半島は通過する必要があった。倭・日本は、何かの形で「三韓」に関与していなければならなかった。

　当時、隋の勃興と中華思想の強大化が、領土と版図の拡大が目される。朝鮮では高句麗・新羅・百済の独立機運と領土を巡る混乱が起きる。『日本書紀』には任那滅亡（５３２）と、金海加羅国滅亡（５３６）が、記されている。

　漢代以降、中国では儒教が国教化されると華夷思想に基づく世界観が定着した。そしてその具現化として、冊封体制ー周辺諸国にとっての事大朝貢体制が築かれることになった。

　倭も、その朝貢国の一つである。その中で、日本は「島国だから、大丈夫」などとも言えない状況を、自ら中大兄・天智天皇が作ってしまった。「百済救援・白村江の敗北」が、それである。「飼い犬が、主人に噛みついた」ことになり、高宗はこのことに激怒した。

　これは、隋の高宗にとっては「敵対行動」でしかない。この「成り行き」を知るために、少し歴史を振り返りたい。

[24] mixiユーザー 05月03日 23:56

「海を渡る上代人　１．」

　古代人にとって「海を渡る」ことは一大冒険だっただろう。しかし時にして古代人たちは勇敢にも大海をへと漕ぎ出すことを躊躇しなかった。戦火と飢饉が人々の蛮勇を促したのだ。そして逆に、「火中の栗を拾う」輩も出てくる。そして海を隔てた交流・交易が始まる。

　平時代を観るとき、あるいは日本という国の成り立ちを考えるとき、中国大陸・朝鮮半島との関係を抜きにして、日本国家そのものの成り立ちなどというものも考えられない。

　大陸と日本列島は、海に隔てられてあるとしても、その空間的位置関係は人間の営為の中で障害となるほどの距離ではなかった。人々は未来に希望を見出すべく海を渡った。

　その日本と大陸の行き来は、縄文文化以前の石器文化にまで遡るのかもしれない。地理誌的にも大陸と列島の一部が繋がっていた時期すらある。人々の遠い記憶にもそれはあっただろう。人々は臆することなく海を渡った。

　よって日本独自の文化を求めようとするならば、それは石器時代のまだ以前にまで遡るのかもしれない。しかしそれは文化なり文明と呼べるものだろうか。言語記号に残らないものは文明・文化ではないのだろうか。

　しかし、ある視点として、中国と朝鮮と日本は漢字文化圏として括られる。一方は自然観察より漢字(文字記号)を生み出し、他方はその受容に努めた。

　言語記号としての文字文化を生み出した文明とその受容に努めた文明の、その差はなんであろうか。

　また文字文化を獲得した文明は、それを持たない文明に対して優位に立つことができた。しかし「生み出した・受容した」その関係が、主従と支配隷属の関係に置き換えられることは理不尽なことだろう。

　けれども文字文明の進化優劣は人間の社会的関係として、主従関係を支配する原理の一つと成り得る。文字記号は社会的関係の周知徹底にも寄与するからだ。

　当時、中国と朝鮮と日本は、共に「天孫族」を称し、悲喜交々し、時には憎み合う不幸な関係でもあった。

　しかし一方で文物と人の、文明の宿主としての人の、交流があった。銅鏡・銅鐸・銅剣の時代。鉄剣・鉄器の時代。また稲作文化の伝来。大陸より朝鮮半島に、そして日本に持たらされた。

　それは当初は大陸の先進性として後進国日本に伝えられたのだが、それは大陸の動乱が朝鮮半島を通じて時には直線的に、あるいはトコロテン方式に押し出されることにより日本に伝えられたのかもしれない。

　ここに大雑把ではあるが紀元より紀元前の人類の足跡を見てみたい。大陸や朝鮮半島の動乱と共に、日本の文化も成り立ちもその余波を受けている。

「秦の始皇帝」

　紀元前２２１年に秦の始皇帝が武力を持ってして中国を統一した。

「項羽と劉邦」
　紀元前２０２年に劉邦が項羽を滅ぼし前漢を立てる。

「衛氏朝鮮」
　紀元前１９４年に燕の衛満が箕氏朝鮮を滅ぼし、衛氏朝鮮興る。

「黄巾の乱」
　中国、後漢の時代、諸豪(王)族達は武力を持ち版図の拡大に努め、土地所有制度を基盤に形成された伝統的村落社会を支配しようと意図した。

　その結果、農民は戦火と飢饉と天災にさらされることとなり、隷属を受け入れるか逃亡するのかの選択を強いられた。

[25] mixiユーザー 05月03日 23:56

　よって華北には膨大な数の没落農民・流民の発生を見ることになる。時に政権は腐敗し事態は悪化の一途を辿る。

　儒家・士大夫による民衆救済活動も「党錮の禁」で挫折させられてしまう。

　この頃「鉅鹿(河北省)の張角」が新たな民衆救済活動として太平道を創唱する。罪の懺悔による療病と倫理的な生き方を民衆に説く。

　支配された村落社会より疎外され、飢饉と疫病に苦しむ没落農民や流民を、十数年に渡り救済し信徒の数を十万を超え、各地に教団を設立するに至る。

　１８４年、張角らは後漢王朝の滅亡に新たな社会を求めて「黄天」を掲げ蜂起する。しかし遺臣豪族達は新たな王権と領土獲得のため党禁を解きこれを武力弾圧する。

　五斗米道の宗教反乱、及び各地での民衆反乱が続発し、群雄割拠の時代を招来し後漢王朝は滅亡する。
(平凡社　大百科辞典　５　黄巾の乱　都築晶子　ｐ．３２９　)

　王朝が改まることを「革命」といい、「禅譲」は前の天子が一族以外のものに位を道義的に譲り、前の天子に変わり一族以外の者が位を簒奪するのを「放伐」という。
　
　後の王朝や貴族社会を牽引するため禅譲は血塗られていても踏襲されるようになる。

　２００年、群雄割拠する中、宰相を輩出させた(三公)名門出身で華北の北を押さえた袁紹と、土豪勢力を代表し中原の地を押さえた曹操が黄河を挟み雌雄を決する。
　
　２１０年、曹操は袁紹に勝利し華北と中原を支配し、２１３年に魏公、２１６年に魏王に封ぜらる。曹操没後、子息の曹丕が献帝劉協の禅譲を受け「魏の文帝」となる。
　(世界の歴史　６　隋唐帝国と古代朝鮮　礪波護・武田幸男　中公文庫　ｐ．５２～ｐ．５４)
　　

[26] mixiユーザー 05月03日 23:58

「海を渡る上代人　２．」大陸・半島・日本列島

「隋」王朝(５８１)

　北周の幼主・静帝より禅譲されて、文帝・楊堅は隋王朝(５８１)を開いた。新政策として、まず『周礼』に基ずく官制を組み替え漢魏以来の旧制を取り込む。

　ついで北周武帝の仏教と道教の禁圧を撤回した。無宗教政策に膿んだ民衆はこれを受け新王朝を慶祝した。

　翌年(５８２)文帝は長安城を捨て終南山の北の裾野、広い大地「竜首原」に大興城を建設する。この城が唐王朝に引き継がれ新しい長安城となる。

　都市計画は「宇文愷」の発案であり、北魏の大洛陽城と共に日本の平城京、平安京の手本となる。

　城郭内には仏寺や道観と共に、波斯寺(ネストリウス派キリスト教)も、胡天祠(ゾロアスター教)も有り、宗教的景観も得て都城は栄える。

　仏教再興の中、末法思想の広がりに河北省では信行の「三階教」が、山西省では道綽が「浄土教」を興す。
　(世界の歴史　⑥　隋唐帝国と古代朝鮮　礪波護/武田幸男　(著)　ｐ．１８９～１９４)

　文帝は「州・郡・県」制を「州・県」制と改め、そして九品以上の官吏を中央政府直属の派遣官吏とする。

　これにより従来地方長官の自由裁量「辟召」により採用されていた本籍の地方貴族たちに、これにより大打撃を加えることが出来た。

　そして文帝は長江中流域の後梁政権をとりつぶし、直轄の領土とし、ここより水陸両軍でせめて江南の青年皇帝陳叔宝を捕虜とする。

　東晋以来、三世紀続いた建康政権はこれにより滅び、南北に分かれていた中国は隋王朝により再統一されることとなった。
　(世界の歴史　⑥　隋唐帝国と古代朝鮮　礪波護/武田幸男　(著)　ｐ．１９７～２００)

　南朝・陳の征討に功を立てた文帝の二男楊公が兄をしりぞけ、父親を弑殺し、帝位に就いたのが煬帝である(６０４)。

　彼は即位後すぐに長安から洛陽までの水路の改修を命じ、後に北より白河・黄河・淮水・長江・南の杭州湾の銭塘江口まで水路網を整備し、大運河を建設する。
(世界の歴史　⑥　隋唐帝国と古代朝鮮　礪波護/武田幸男　(著)　ｐ．２０１～２０２)

★

　長安の経済基盤を整えた煬帝は、次にアジアの覇権を目指す。まず東南アジアの林邑(南ベトナム)に、陸・海軍を進め(６０５)占領する。
　
　次に国使を派遣し、軍事力を背景に(６０７)赤土国(東南アジア？)を従属させる。

　そして西北の東突厥の啓民可汗に対しては文帝と同様にこれを支援し、西北方勢力(モンゴル・アルタイ等)の抑え込みを図り、長城を共に巡幸する(６０７)。

　この頃、チベット系遊牧民族が起こり、吐谷渾が覇権を示そうとするが煬帝自ら軍を引き、これを討つ(６０９)。
　
　こうして隋の覇権を示した煬帝の元に西域二十七諸国の使者が拝謁した。

　大運河の建造による海のシルクロードの獲得と、西域帰順による陸のシルクロード天山北路(道)の獲得であり、世界の道は長安に通じる。

　この成果を受けて煬帝は暗殺と報復の洗礼を受けつつも世界交易圏を獲得し、洛陽・豊都でサーカスと国際見本市を開催した(６１０)。
(世界の歴史　⑥　隋唐帝国と古代朝鮮　礪波護/武田幸男　(著)　ｐ．２０４～２０７)

[27] mixiユーザー 05月03日 23:58

　この煬帝は次に朝鮮半島に目を向けその制圧を意図する。その高句麗は南の新羅と百済との制圧を目論んでいる。

　煬帝は大運河を利用し百万の大軍を従え高句麗に戦いを挑む(６１１)。

　しかし海軍の敗北、陸軍の遼東城の攻略に失敗し、尚鴨緑江で反撃に会い大敗北を喫し兵を引く。(一次攻略)

　この事に各地で反乱の起きるものの、煬帝はあきらめずに二次攻略を開始する(６１３)

　しかし兵糧担当の楊玄感が反旗をたて兵糧を断つ挙に出た。遼東城の攻略目前に煬帝は兵を引くしかなかった。

　この二次の戦禍に隋の国力は衰微し、民衆は疲弊し幕臣は謀反の心を起こす者が絶えない。

　しかし、懲りない煬帝は覇者を目指すべく、臣下の意見にも耳を貸さず三次高句麗征伐に乗り出す。西土(中原)の覇者であったという高句麗が許せないのだ。

　しかしこの時、高句麗は名目的な降服を使者を立てて煬帝に降伏する。

　高句麗に於いても二度の戦役に国力が疲弊していた。軍事制圧による国家蹂躙の危機を避け、政治的妥協により国家の温存を図った。

　煬帝にしても面子が立てば、あえて国家を犯すことはしなかった。煬帝は国使に高句麗王の朝貢を求めて兵を引いた。

　この三度目の高句麗親征の最中に、反乱は中国全土に大小二百を超え、二世紀末の「黄巾の乱」を凌駕した。

　こうして煬帝は幕臣・民衆の支持を失い、最後は自らの親衛隊に江都で虐殺された。
　(世界の歴史　⑥　隋唐帝国と古代朝鮮　礪波護/武田幸男　(著)　ｐ．２０８～２０９)

[28] mixiユーザー 05月04日 00:00

「海を渡る上代人　３．」大陸・半島・日本列島

「唐」王朝

６２１年、統一王朝の隋を受け継いだ唐の、「高祖」李淵と「太宗」李世民が、少林寺の僧兵らの支援を受け全国を統一した。
　
６２６年、太宗は高祖より皇位の禅譲を受ける。彼も中原の支配者たるべく覇権を目指す。

６３０年、にまず東突厥を滅ぼす。これにより西方突厥は太宗に「天可汗」の尊称を奉る。

これにより唐は新たな西域方面も支配下におき、吐播とも和議を成し、６４０年に高昌国を滅ぼし、続いて亀茲・焉耆(カラシャール)

　蔬勒(カシュガル)・干?(ホータン)も帰順させた。これによりシルクロードの西域南路(道)が開けた。
　(世界の歴史　⑥　隋唐帝国と古代朝鮮　礪波護/武田幸男　(著)　ｐ．２２７～２２９)

　西北方への進出を果たした太宗もまた、次に朝鮮半島に目を向け高句麗に攻め入るが、しかし敗退する。

　この頃は「倭」では王権合議制より朝廷樹立への気運が高まる。（しかし、大化改新は６４５年）

　大陸での動乱の度に倭国へは三韓よりの渡来氏族が流入した。これが倭王権の確執を同時に背負い朝廷樹立を加速する。

「倭」国は三韓にとって後方支援基地でもあったからだ。

　そして「倭」王権の試練は、

６６０年「高宗」が朝鮮半島に触手を伸ばし百済を滅ぼした時に始まった。

　と、同時に多くの百済人を受け入れ「倭」の文化形成に寄与する。

　次に唐は新羅の協力を得て、

６６８年、に高句麗を攻め落とす。唐は平壌に安東都護府を置き朝鮮半島を直轄領に加えようと意図する。

　しかし新羅も朝鮮半島の覇権を目論み、また百済・高句麗の遺民等も唐と対立し、唐は朝鮮半島より手を引くこととなる(６７６)。
　(世界の歴史　⑥　隋唐帝国と古代朝鮮　礪波護/武田幸男　(著)　ｐ．２２９)

　アジアは中国を中心として動き、大和朝廷胎動期に三韓の動乱を受けながら国家意識は成長する。

「百済救援・白村江の敗北」は日本に於ける三韓の末裔の確執となり、三韓の諸勢力が「朝廷」に反映される。

★

[29] mixiユーザー 05月04日 00:01

「海を渡る上代人　４．」　大陸・半島・日本列島

　中国や朝鮮の繰り返す戦禍の中より「南国の島・蓬莱島」として、日本へは「渡来人」が当時までにも大勢来ている。

　およそ日本人とは南方民族・北方民族・大陸民族、そして極少しの原住民の混交、あるいは先攻住民と後続住民の混交なのだろう。

　大陸から見れば緑豊かな南国の楽園でもあるのだ。大陸・半島より、時には一派・眷属が新天地として日本へ渡来しただろう。古事記は暗喩的にそれを記す。国譲りの神話はなどもその論証であるのだろう。
　
　人の世であれば、なににしろ、いずれにしろ権力は形成されるし、そして争われ、民族を形取り、国家を形成してゆく。

　民族・国家・皇統の証明に古事記・日本書記・続日本記等は欠くべからざる証書でもあるだろう。また万葉集・古今和歌集等はそれを補完する。

「我と我・我々・我々の暮らす土地・我々の国」そして東方の孤島での民族統一。国家の形成、それは動乱期においては諸個人の安全保障の協調・協動の形態でもあるだろうか。

　上代、奈良の地に『都』が形成され、後に京都に都が移されても、千年近くの間近畿の縦軸に都が置かれていたのは、国家建設の戦略上「地勢」・地政学的にこの地が、他の地に比べて優れているからに他ならない。そして此処に世界を見据えた国家建設の新たな槌音が始まったのだ。都とは国家の根拠地でもあるだろう。

　天平時代、聖武天皇は「大仏建立」の一大事業を興し、仏教による「民衆救済・民衆教化」それによる国家建設を推進した。それは聖徳太子の福田思想を継承することであり、同じく大陸に対する「倭」の返上、「蕃国」の返上である。

　それは世界に対しての文化立国「日本国」の独立宣言であり、世界に向けて放たれた理想世界建設の提案であった。

「大仏建立」を機軸とした諸国国分寺建設は、東大寺根拠地と各前進基地であり、仏教思想を新しい科学として、「記紀・神話」を精神的背景と持ち、律令政治体制を日本の全土に及ぼしめ、「日本国、ここに有り」と世界に向けて発信したのだ。

「大仏」それはナショナルシンボルの建設としてあった。
　ここに全国民の能力の全てが結集された。
それは全世界に発信されるべき事柄でもあった。
よって奈良の大仏は「人類の偉業」として、「世界遺産」と認められるに至った。

　それは、持統天皇の命を受け飛鳥から「平城」の地に都を移した藤原不比等の遷都計画と、平城京の位置・地勢が、当時の最先端の都市機能を満足させるに足るものでもあったからだろう。

　当時、不比等が権力者であり、影の推進者となり編纂した「日本書紀」に、ここに聖武天皇が自身の足跡を残すならば、それは「大命」だけでなく、「聖・武（行い）」として「形・式（みんなで、～する）」を、「大仏・建立」として残さねばならない。
　その天皇の大仏建立の呼び掛けに、国民の総体が呼応して動いた。その発信は西域にすら届いた。

　聖武天皇にあっては、指導者の理想と民衆の欲求が迎合し、民衆の力が『一揆・総力戦』として展開した。歴史軸の上で「天平の精神文化」が全面展開する位置であるが故に、「大仏建立」の難事業をここに、果敢に挑戦したのだ。指導者の理想と民衆の欲求がここに統合結実した。
　天平文化はそれらの条件のもとで花開くことが可能となった。

　天平時代、それは後に桓武天皇が京都平安京に遷都されるわずか数十年の都ではあったが、「咲く花の匂うがごとく…」と謳歌される平城京を荘厳にし、「天平文化」を創造したのだ。

　天平時代の国家建設が、新たな文化創造が、「私達の素晴らしい国家・世界」創造が開始されることの、何をためらうことがあるだろうか。

　しかし現代に生きる私達は「咲く花」の、いずれ「散る」ことも知っている。「共同幻想」とは「共同意志」の立場を変えた見方でしかない。何故なのか。

　そのことは、私に何を教えるのか。そして後世に何を伝えるべきなのだろうか。

[30] mixiユーザー 05月29日 00:28

(Ｃ)１９９８　　Ｆｕｕｔａｒｏｕ　Ａｓｈｉｈａｒａ．

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