2017年6月1日 田中 宇 5月下旬に行われたG7サミットの議長国だったイタリアが、開催地をイタリア最南部のシチリア島に定めた理由は、シチリア島がアフリカの対岸にあり、アフリカ(特に内戦中のリビア)からイタリアに多数の難民が渡航してくる「難民危機」を、G7共通の課題として強調する意図があった。リビアの海岸からイタリア南部へと、地中海を船で渡る経路は、トルコからギリシャへの経路が閉鎖された後、中東から欧州への最大の難民流入ルートだ。リビアからイタリアに押し寄せる難民数は、13年の4万人から、14年以降、毎年20万人前後に急増した。 (G7 leaders turn to discussion of Africa, with Italy desperate to stem migrant exodus across Mediterranean)
欧州だけでなく、G7の先進諸国の全体で、難民の受け入れを増やすとか、アフリカ支援を強化して難民が流出してくる元凶(貧困、内戦)を減らすことで、近年特に欧州が苦しんでいる難民危機を緩和するのがイタリア政府の希望だった。だが、米国のトランプ大統領がイタリア案に強く反対し、難民問題は共同声明に盛り込まれなかった。アフリカの対岸にあるばかりに、難民流入を止めたくても止められないイタリアが苦労しているのに、トランプは人権無視で自国のことしか考えないひどい奴だ、という批判がさかんに報じられている。 (Trump blocks attempts by Italy to address Mediterranean migrant crisis at G7 summit) (トランプ外交の特異性)
しかし調べていくと、イタリア政府は実のところ、リビアから渡海してくる難民を食い止めようとしてこなかったことがわかる。それだけでなく、イタリア政府やEU当局は、リビアからイタリアを通ってEU全体への難民や違法移民ができるだけ多く流入するよう、むしろ扇動する政策を何年も続けてきた。 (Why The Italian Government Can't Stop Refugee-Smuggling Boats? Because It Doesn't Want To)
配信後にわかったのだが、昨年末の記事で私が書いたことは、リビアからイタリアへの難民渡航の全体像の一部にすぎなかった。欧州のNGOがリビアの密航業者を助けて難民のイタリア流入を扇動する前には、イタリア海軍や、EUの沿岸警備隊(フロンテックス)が、リビア沖まで軍艦を出し、密航業者から難民を引き取ってイタリアの港まで運んでいた。リビア内戦の激化により、リビアからイタリアへの難民渡海が増えた2013年10月から、イタリア軍が「地中海作戦(Operation Mare Nostrum)」と銘打って難民の引き受け作業を展開した。 (Operation Mare Nostrum - Wikipedia)
だが、このテロ戦争の戦略も、構造的な欠陥がある。米国も西欧も、テロ戦争の長期化や難民移民の流入放置による問題山積で、リベラル軍産体制に対する反発が強まった。米国ではトランプ、英国ではEU離脱、フランスなど欧州大陸諸国では、ルペンなど「極右・極左」の台頭が起こっている。いずれも、リベラル軍産体制からの離脱を支持する国民が増えた結果として起きている。 (Soros Group Gave $100K for Illegal Aliens' Legal Fees)
リベラル軍産体制を支援する勢力として、大金持ちの投資家ジョージ・ソロスがいる。彼は今年のダボス会議で、トランプ政権を潰すと宣言した。ソロスは、イタリアからリビア沖まで違法移民たちを迎えに行く船を出している欧州のいくつかのNGOに資金を出していると指摘されている。またソロスは、ルペンなど欧州大陸の極右極左の政治家の当選を阻止する活動をしているNGOにも資金を出している。「地球は温暖化している」という決めつけ(ウソ)を広める団体にもカネを出している。 (Soros-tied networks, foundations joined forces to create Trump 'resistance' fund) (Leaked Docs Show How Soros Spends Big To Keep Populists Out Of Power In Europe)
ソロスは、リベラル軍産体制を維持拡大したいのだ。そしてトランプは、リベラル軍産体制を潰すことを目的に大統領になった感じだ。イタリアでは、来年の選挙に向けて、リベラル軍産体制に反対する「五つ星運動」などの政党が支持を増している。五つ星運動は最近、NGOがリビア沖まで違法移民出迎え船を出していることを問題にする運動をしている。イタリア政界でこの件が問題になった直後、ソロスがイタリアの首相に面会を要請し、すぐに会っている。まさにそれっぽい。 (Italian Prime Minister Secretly Meets With George Soros In Rome Amid Migrant Transport Scandal)
トランプ、ルペン、五つ星などがリベラル軍産体制を壊したい側で、ソロスやメルケルは体制を守りたい側だ。万年金欠なイタリア政府は、ソロスらの傀儡だ。両者の戦いは、まだまだ続くだろう。米国でしつこく続いている、トランプ政権をロシアのスパイ扱いするスキャンダルも、この戦いの一環に違いない。 (War of the Billionaires: George Soros Takes on Donald Trump)