特定のフォーミュラを追及するのではなく、湧き上がる楽曲をそのまま開放していく作風ゆえ、必然的に産まれるヴァリエーション。Borisの音楽をジャンルと「バンドはこうあるべき」という常識で括るのが不可能というなら、時間軸で見ていくのはどうだろう? およそヘヴィロック・バンドのリリースと思えない作品『flood』が産まれた00年。日本発ヘヴィロックのフィードバックが海を渡りどんどん大きくなり始めた『Heavy Rocks』の02年と、『あくまのうた』『boris at last -feedbacker-』の03年。同じB-O-R-I-Sという名前を大文字と小文字で綴って別々の概念をもたらす方法論が冴え渡った『PINK』『マブタノウラ』の05年。共作者と考えつく限り全ての相反するものを解き放った『ALTAR』『Rainbow』の06年。言葉だけでは出会えも分かり合えもしない人々が音楽に導かれる偶然で出会えた『SMILE』の08年。それぞれの年に他で鳴っていた音楽や肌で感じた社会現象を振り返り、Borisと照らし合わせて考えるだけで彼らの立ち位置が見えてこないだろうか? それらの作品が時代の中で呼吸し、体感/体験するとしか表現出来ないライヴで新たな生を授かることで、時を超える連続性が産まれてきたことも見えてくる。