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半蔵門かきもの倶楽部コミュの第98回 文芸部A ガラス窓作「花火の夜」(三題噺『花火』『スイカ』「鬼ころし』)

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 ひと月ほど前に30年ぶりに会った姉に、花火鑑賞に誘われた。
 腹違いの姉で、7歳年上。私が3歳の時に母は私を連れて家を出たので、姉が10歳までは私と暮らしていたようだ。10歳で別れた姉は、勿論、私の事をよく覚えているけれど、私には殆ど記憶がない。
 父の記憶も殆どなく、それまで父親という存在にも、さして興味がなかったのだけれど、父が余命半年という宣告を受けて、姉が私を探し出してくれたのだ。父の入院先の病院で再会した姉も病床の父も、赤の他人のようにしか感じられず、愛想笑いと社交辞令だけを述べてそそくさと別れた。相続問題などがあるから探されたんだろうけれど、貰えるものは貰いたい思いはあれど、情緒的な興味は一切浮かばなかった。むしろ、父が亡くなるまでの間、ちょくちょく見舞いに顔を出さねばならぬのかと思うと、憂鬱で、「父が生きている間に探してくれて有難う」という気持ちには、あまりなれずにいた。

 地図アプリを頼りに、父の家、私が3歳まで育ったという家に辿り着いた。「家の屋上から綺麗に見えるから」と言われても、そこまで花火好きでもないし、病院でだけでも気詰まりだった他人のような姉と、他人の家に近い場所で花火を見ても、と気乗りもしなかったけれど、決定事項のように強くゴリ押しされて、結局来る羽目になってしまった。
 インターホンを押すと、「はーい」の後に、「ちょっと、あんた出て」と後ろの誰かに言う感じの音声が途中で切れた。ガチャリと鍵を開ける音がしてドアが開き、「あ、ども。こんにちは」と男の人がドアから顔を出した。姉の旦那さん?随分若そうだけれど。
 「お邪魔します」と中に入ると、姉がバタバタと奥から現れて、「ごめんね、ヒカリちゃん。いらっしゃい。コレ、弟のヒビキ」と慌ただしく紹介する。弟がいたんだ。聞いていなかったので、ちょっと戸惑った。
 そういえば、病院では、殆ど一方的に姉が私に質問をする感じで、私は父の病状くらいしか質問もせず、母と私が家を出た後の、父や姉の生活など、全く聞いていなかった。姉の方では、私の所在を調べる時に、色々とその他のことも報告されていたようで、あまりに詳細を知られている事にちょっと面食らってしまって、その時はこちらから質問する方向に、全く頭が回らなかったのだ。

 弟に案内されて階段を3階まで上ったら、3階部分は洗濯機の置いてある小部屋だけで、扉を開けたら屋上だった。辺りを見回すと、多くの家に屋上がある。どの家の屋上にも人が出ていて、多くは酒盛りをしながら花火を待ち侘びている。屋上同士から大声で会話をしている人達もいる。不思議な光景だなぁと思った。赤ちゃんの時から毎年見ていたと言われても、2、3歳までの光景なんて、何も思い出せない。
 「花火が始まる前にお弁当食べよ。この辺でちょっと有名なお弁当屋さんなんだ」と、いつの間にか姉も上がってきていた。「ヒカリちゃん、お酒は?強いんでしょ」と、姉は中央にあるテーブルにお弁当を並べ、クーラーボックスから缶ビールを取り出しながら決めつける。どうやらお酒が強いのは、父方の遺伝らしい。来る時はまだ明るかったのが、気付けば、夕陽の名残りのオレンジ色の雲の周りが、群青色に染まりつつあった。
 「3キョウダイに乾杯!」と姉が音頭を取り、缶を合わせた。蒸し暑い空気に、冷えたビールが冴え冴えと感じた。お弁当は、白身魚の西京焼きと野菜の煮物と牛肉の時雨煮などが入っていて、お漬物や佃煮も含め、シンプルにとても美味しい。ビールが進んでしまう。アルコールの力で、来た時に居心地の悪く感じていた空気が、次第に緩んでくる。
 
 私と母が家を出た後、父とその原因となった女性とは長続きせず、出たり入ったりを繰り返した挙句、別れてしまったそうだ。
 姉の実母は姉が4歳の時に家を出て、6歳の時に父は私の母と再婚した。姉は私の母が好きだったようで、私達が出て行った時に、一緒に連れていって欲しかったと毎日泣いていたらしい。家出をして、私達のいる私の祖父母の家に行こうとしたこともあるようだけれど、結局、辿り着けずにパトカーで送り返されたという。
 姉が中2の時に、弟の母と父が再婚して、間もなく弟が生まれた。弟の母は、弟が18歳まではいたのだけれど、弟が地方の大学入学で家を出てから、父とも姉とも折り合いが悪くなり、なんと、弟の母は弟の家庭教師だった男性のところに転がり込んで、離婚となったらしい。弟は笑って話しているけれど、18、9の頃はショックだっただろうなぁ。結局、弟の母は、今では別の男性と再婚しているそうだ。

 「そろそろ始まるから」と、姉がクーラーボックスから、ラップのかかったガラスの器を3つ取り出すと、いつの間にか出ていった弟がレジ袋を持って戻ってきた。その中から四角いものを取り出して、手渡される。想定外に冷たくて落っことしそうになってしまった。テーブルの上のスタンドにかざして見ると、凍らせた小さな紙パックだった。鬼ころし?日本酒?四隅の畳んである部分を剥がすように促され、角を潰してよく揉み込めと言われる。ラップを剥がしたガラス器の中には、サイコロ状にカットされた西瓜が入っていて、その上に上部をカットした紙パックから、弟がシャーベット状になった中身を絞り出す。
 「西瓜のみぞれ酒掛け、コレ食べながら見る花火が最高なのよ」と姉が笑う。そのタイミングで、バンバンと音が響き、パッと空が明るくなった。甘い西瓜と冷たい辛口の日本酒が、口の中で混じり合う。「お父さんが、コレが好きでさぁ、今年は食べれなくて残念だったよね」と姉が言うと、弟が「今から病院に持ってくか」と真面目な声で言う。勿論、そんな事は出来る訳がない。目の前で上がる巨大な花火に、暫し無言で魅入っていた。
 頭の上に今にも落ちてきそうな巨大な花火と、口の中の甘くて冷たい西瓜。何だか、この光景は記憶にあるかもしれない。もしかしたら、ほろ酔いの頭の中で、今作った空想の光景かもしれないけれど、本当の記憶のような気もしてくる。そうか、私、ここに居たのかぁと、今更ながら、そんな俄かな郷愁が、花火が打ち上がる度、何度も何度も反芻された。

 母は、私を連れて実家に帰った後、高校中退で結婚をして離婚したので、手に職を付ける為にと勧められて、私を実家に預けて、寮のある高等専修学校に入学した。最初のうちは毎週末帰ってきていたようだけれど、だんだんとアルバイトを言い訳に帰る頻度が少なくなった。学校を卒業する前から、彼氏と一緒に住み始め、卒業しても戻ってこなかった。元々母の呼び方を真似て、祖父をパパ、祖母をママ、母を名前のマキちゃんと呼んでいたし、祖父母は年齢的にも若く、周りの子の親の中には祖父母と変わらない年の人も結構いたので、祖父母の元で育つことに、それほどの違和感は感じなかった。私が小2の時に母は再婚したのだけれど、私はそのまま祖父母の家で高校卒業まで暮らした。その間、母とはちょくちょく会っていたけれど、祖父母の家か外で会うばかりで、母の家には数えるほどしか行ったことがない。多分、母の夫が子供嫌いだったんだと思う。実際、ある程度大人になるまで、母の夫とはちゃんと会ったことがなかった。

 「私、マキちゃんがヒカリちゃんを手元で育てないんだったら、ここに置いていって欲しかったな」と、花火が途切れた時に姉が言うので、「私、別に寂しくも不幸でもなかったですよ」と言ったら、「私が寂しかったんだぁ。別れた時のヒカリちゃん、本当に可愛かったから。いなくなって寂しくて寂しくて仕方なかったよ」
 再び上がった花火の光に涙ぐむ姉の横顔が照らされた。そうか。私は祖父母や近所の親戚に構われて育ったけれど、姉は、暫くの間、父と2人きりだったんだもんね。10歳だから、それなりに自分のことは出来る年だっただけに、逆に放っておかれたんだろうなぁ。
 
 急に花火の上がる頻度が速くなり、華やかで大きく、色鮮やかなものが連発され出す。
「スターマインが始まったから、もうすぐ終わりだね」と弟がつぶやき、姉がスマホの時刻を確認して、洟をすすった。私は、煌びやかで見事な花火に魅入られて、連続で炸裂する音に呑み込まれて、何も考えられずにいた。
 そして不意に静寂が訪れた。暫くの間、3人共黙っていた。外が急激に騒がしくなってゆき、酔っ払い達の叫ぶ声が、あちらこちらから響く。

 父はもう、一時的にも退院は無理そうだから、この家を父の生前に処分するか、死後まで置いておくか迷っていると、姉は言う。だからどうしても、今回、私を呼びたかったそうだ。
 父は花火が見えるこの家が大好きだったらしい。花火が好きすぎて、姉の名前を花火にしようとして、火を人名につけるのは良くないと言われて、花美にしたという。「光も響も花火からだからね」と言われて、どれだけ花火が好きなんだかと笑った。

 「ヒカリちゃん、来てくれて有難う」と言われ、心から「こちらこそ、お招き有難うございました。色々とお話出来て良かったです」と言った。多分まだ、姉と私の間には温度差があるけれど、来る時に煩わしいと思っていた気持ちはすっかり消えて、姉と弟と、もっと親しくなれたらいいなぁと思っている。そして、残された時間でもっと父を知ってみたい。
 「恋多き父。父親はバツ3で、各母親は2回ずつ結婚してるというのに、何で3キョウダイは全員独身なんでしょうね」と言ってみたら、「いや、だからでしょ」と姉が言い、「俺はまだ二十代だから」と弟が鼻で笑う。

 お金の事情まではまだ踏み込めないから、何とも分からないけれど、可能であれば、また来年の夏もこの家の屋上で、3人で花火が見られればいいのになぁ。鬼ころし西瓜を食べながら。
 送ってもらった駅の改札をくぐって手を振りながら、ぼんやりと、来年の光景に心を馳せていた。

コメント(12)

現代っぽい複雑な家庭だなーとおもいながら
(うちだって似たよな感じになりそうだったなーーなどとおもいつつ)
主役の女性がお父さんとお姉さんにあったときの気持ちから
花火みて心が近づくまでの気持ちの変化がよくわかって教科書に出てきそうな
習作だと思います。

3題噺難しいですよね^^副作用であやしげなレシピができた^^
(鬼殺しスイカやってみたらうまそうです)
>>[2]
有難うございます。
私、自分が日本酒嫌いなので、鬼ころし西瓜の試食が出来ず〜。
試してみてくださいあせあせ
この距離のある 姉妹弟の関係 死にゆく父との関係 が 絶妙です。 本来 交流する気が無いところに降って沸いた人間関係 その心理描写がとても良いです。 人間というものを上手に描いていて引き込まれます。
>>[4]
有難うございます。
鬼ころし西瓜を食べさせるために、頑張りましたあっかんべー
花火と西瓜と鬼ころしの使い方がうまいですね。情景が目に浮かびます。
複雑な人間関係とあいまって味わいがあります。
思わず自分も凍らした鬼ころしを飲みながら花火を見たい気持ちになりました。
人間を描かれる上手さはJONYさんのコメントに尽きているので、そこは繰りかえしませんが、余韻の残る話ですね。

ちなみに、知り合いのお洒落なバーを経営しているマスター(皆さんのj様ではありませぬ)と個人的に外で飲んだときに、自宅では何を飲んでいるんですかと訊いたことがあります。私はシングルモルトのウィスキーとか、こだわりのワインの話になると予想していたのですが、意外にも家では「鬼ころし」という答えでした。
おしゃれで金をかけた洋酒は、仕事でさんざん飲み、扱ってきたので、自宅で風呂上がりに一人でやるときは、絶対に店で出さず、外で人とも飲むことのない、スーパーで買った鬼ころしがご贔屓だそうです。飽きのこない辛口で、しかもコスパがよいので、愛飲しているそうです。

ふと思い出して蛇足のコメントです。

ああ、書いているうちに凍らした鬼ころし西瓜を飲んでみたい……という気持ちで一杯に……
>>[6]
有難うございます。
是非是非、鬼ころし西瓜チャレンジしてみてください〜。
多分美味しいと思うんですけど、自分が日本酒嫌いだから試食できなくて〜。
白ワインを凍らせて掛けてみようかとは思うのですが、それは絶対に合うので、違うかなぁと。
鬼ころし、飽きのこない辛口なんですね!
ワインも、高級品は、大きいグラスの下の方にちょっとだけしか入れてもらえないからこそ美味しくて、家で安いグラスになみなみ入れて飲むのは、そこそこのチリのコンビニワインの方が良かったりする、そういうことですかね〜あせあせ
フレンチや高級中華の接待の夜が続いたあとは、家ではしば漬けでお茶漬けを食べたくなるような心理でしょうか。
ちなみに「鬼ころし」は金のない若い頃、家飲みで飲んでました。

安い日本酒はベタベタした甘さがあるのですが、淡麗辛口で飲みやすかった記憶があります。
>>[9] そうなのですね〜。じゃあ西瓜に合うかも?あっかんべー
読み終えてうるっとしました。
自分はどうとも思っていないのに、相手は自分のことをずっと愛おしく思ってくれている。片思いじゃないですが、お姉さんの愛情に胸が打たれます。

ガラス窓さんはいつも「あり得なさそうなことが本当にあるかのような」リアリティーラインの線引きが上手で、うらやましいです。
これだけ複雑な家族構成ってそうそうないと思いますが、ちょっとやりすぎなぐらいの結婚・離婚歴の多さが逆に「あーこういう人いるかも」と思わせてくれます(そう思わせる描写や引き込み方もお上手だからだと思うのですが)。なんかうまく言えなくてすみません。
>>[11]
有難うございます。
そのように読み取っていただけて嬉しいです〜わーい(嬉しい顔)

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