ログインしてさらにmixiを楽しもう

コメントを投稿して情報交換!
更新通知を受け取って、最新情報をゲット!

半蔵門かきもの倶楽部コミュの第14回スター作『秋、深し』

  • mixiチェック
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
 目に映る木々の葉は紅や黄色等、色とりどりに染めあがり、観る者の目を楽しませる。一緒に連れてきた五歳の娘のさくらも、満面に笑みを浮かべて喜んでいた。まるで子犬のように、落ち葉に彩られた森の中を駆けまわっている。
 せっかくなので、周囲の落ち葉を集めてのたき火もしてみた。特にたき火は昔と違って、今では禁止されているから、娘も珍しくてしょうがないようだ。燃えている炎が怖いらしく、おっかなびっくりの表情で遠くから、さくらが見ている。
 その火で畑で掘ってきた芋を焼いて食べたら、口の中にほんわかとしたジューシーな甘味と、サクサクとした歯ごたえが広がり、ほっぺが落ちてしまいそうだ。普段はレンジで加熱した物を食べてるけど、やはりたき火で焼いたのは、一味違う。
 妻の唯が少しちぎって、娘の口にかじらせた。その芋を、さくらもとても美味しそうに食べている。見あげれば梢には、リスの姿も見え隠れした。ちょこまかと木の枝を歩いてみたり、クルミをかじってみたりして、可愛らしい事このうえない。
「あれ、見て。かわいい。リスだよ、リス」
 娘が喜ぶのも無理はない。ホロテレビやタブレットの画像でしか観た経験のない生き物を、初めて間近に観察したのだ。
「連れてきてよかったね」
 妻の唯が感想を述べた。彼女も楽しそうである。私も、こんな間近でリスを目の当たりにするのは初めてだ。周囲をぐるりと見渡せば、紅葉に色づいた山なみがどこまでも続いており、空は青く澄み渡っている。
 私は焚き火のそばにいる妻子から少し離れて、バッグに入れてきたカンバスを取りだした。そしてクレヨン。下手な絵を描くのが、唯一の趣味なのだ。まぶしい景色を眺めながら、私はまっさらなカンバスに、いくつもの色を加えていった。
 白い雲、灼熱を忘れた太陽、地面を黄色くしきつめるイチョウの葉っぱ。イガが割れ、旨そうな中身が露出した茶色い栗の実。心地よい音をたてながらはぜる炎。頬を風船のようにふくらませ、秋の味覚を一心にかじるリス。
 首筋をなでる、涼しい風。こないだまでの夏を忘れるそよ風だ。山を、木々を、赤や黄色に染めあげる紅葉たち。かつてはこんな光景が、日本中どこにでもあったのだろう。今はここに来なければ、味わえないが……。
 踏みしめる落ち葉の隙間にドングリが転がっている。靴で潰されたドングリに、スズメが群がってついばんでいた。イチョウの下にはギンナンがちらばっており、妻が手にしたビニール袋に、それを集めて入れている。
「ママ、それ臭い」
 娘が妻に駆けよると、ギンナンのにおいに鼻をつまんだ。
「このお豆さん、ギンナンって言うのよ。茶碗蒸しに入れると美味しいの」
 娘はちょっと引いていた。無理もない。五歳の娘に食べた事のない茶碗蒸しの味は想像つかないだろう。食べたとしても、さくらが美味しいと感じるかどうか……。私や唯が子供の頃とは違うのだ。
ちょうどその時、私の視線をさえぎるように赤トンボが飛んできた。この虫を見たのも本当に久しぶりの話である。都会では、まず見かけない。ヤゴが育つような清流がないのだからしかたないけど。確かに都市は便利である。
 車や電車でどこへでも行けるし、夏はクーラー、冬は暖房が効いているので、快適に過ごせるし。だが森林を伐採し、山を削り、地平線まであらかた地面をみっちり舗装し、天まで届きそうな高層ビルを建てたため、失った物も少なくない。
 地球の温暖化が進み、気候変動が激化していた。南洋の小島は海中に水没し、台風やハリケーンの数が増え、その規模が大きくなり、世界中のあちらこちらに甚大な被害をもたらしたのだ。
日本ではまるで、熱帯地方のようなゲリラ豪雨が荒れくるった。アジアやアフリカの経済成長が進んだため、自動車の保有台数が一気に増え、二酸化炭素の量が増えた。一方でそれを吸収する森林は次々と伐採されたので、ますますCO2は増えたのだ……。
 存分に秋を堪能した私は、まだここにいたいと嫌がる娘の手をひっぱりながら、妻と一緒にその場所を後にした。私達が向かったのは、大きなイチョウの木の下だ。その幹にドアがあり、近づくとそれは自動で左右に開いた。そこをくぐると、人口の通路に出る。
 通路の天井には人工の灯りを放つLEDが連なっていた。ふと後ろを見ると、オータム・パークと通路をつなぐ自動ドアが、閉まりはじめたところである。私は妻や娘と連れだって、建物の出口に向かった。
「ありがとうございます。オータム・パークにまたお越しくださいませ」
 出口のゲートを通る時、本物の女性そっくりに作られたヒューマノイドのスタッフが笑顔で一礼した。
「ママ、寒い」
 娘がぼやくのも無理はない。外に出た瞬間、ナイフのような北風が、首筋を震えあがらせた。こないだまで夏だったのに、九月の東京は、すでに冬なのだ。かつては温暖湿潤気候だったはずなのに、今では人工の砂漠とも呼べる都市化が進んで、夏と冬、昼と夜の気温差が激しくなっていた。
 いつのまにか秋がなくなってしまったのが、二二世紀の今日である。もはや四季は死語になり、今の日本には三季しかない。秋は人工的に作られたオータム・パークで楽しむような、過去の物になったのだ。


コメント(9)

 以前書いた作品を改稿しました。元々の作品にリスは出ていたのですが、クレヨンとさくらを足しました。
初めまして!今度の文芸部ではご欠席とのことで残念ですが、感想だけ失礼いたします。
率直な感想として、「おお!」と思いました。冒頭からわざとらしいくらいの秋らしさで違和感を感じさせて、読み進めると環境破壊の話になって、最後は「未来の話だったのか!」と膝を打ちたくなるオチ。環境破壊は現代も重大な問題なので、「ああ、日本の美しい四季が無くなってしまうのか…」と考えさせられる話でした。
星新一のショートショートを彷彿とさせますね!短い話ながらもきちっと構成されていて、発想力が素晴らしいなぁと尊敬いたします。


ただ、一点だけすみません、「こないだ」よりは「この間」と書いた方が、作風には合っているかな?と感じました。文章がしっかり綺麗に書かれているので、そこだけ浮いているというか…変換ミスか、敢えて砕けた言い方で書いたのでしょうか?重箱の隅をつつくようで申し訳ありません。まだお会いしたこともないのに、揚げ足取りのような指摘をお許しくださいませm(_ _)m
>>[2] 細かい指摘ありがとうございます(^-^) 言われてみれば、そうかもしれないですね^_^ 大変参考になりました。
面白かったです。

桜をテーマに使うなら、春もないという事にし、春や咲き乱れる桜の花を人工的に作らざるを得なくなった未来を描いても、それはそれで面白そうだなと私は思いました。

ちなみに、なぜ三季なのか(春はあって秋だけない理由)が気になります。
>>[4] ちょうどこの作品を書いた頃、秋が短かった時期があり、そのうち秋がなくなる未来もあるかもと思い、こんな作品を書いてみました(^◇^;) 思いつきなんで、適当ですあせあせ(飛び散る汗) 言われてみれば、春もそのうちなくなるかもしれないですね。
全体的にすごく読みやすい作品でした。
細かい疑問点をあげます。

『その火で畑で掘ってきた芋を焼いて食べたら、口の中にほんわかとしたジューシーな甘味と、サクサクとした歯ごたえが広がり』
焼き芋でサクサクというのが気になりました。皮ごと食べたらジューシーな甘みよりも、焦げた皮の苦味がある気がします。しっとり、とかの方が合ってるのでは?(もしかしたらSF設定のためにわざとそうしました?)
>>[6] 言われてみれば、そうかもしれない(^◇^;) SF設定のために、わざとやったわけじゃない^^;
ご指摘ありがとうございます^_^
もっとブラックな終わり方だと、前半の家族の団らんと対比となり、面白くなると思いました。
>>[8] なるほど! そうかも。感想ありがとうございます^_^

ログインすると、みんなのコメントがもっと見れるよ

mixiユーザー
ログインしてコメントしよう!

半蔵門かきもの倶楽部 更新情報

半蔵門かきもの倶楽部のメンバーはこんなコミュニティにも参加しています

星印の数は、共通して参加しているメンバーが多いほど増えます。