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半蔵門かきもの倶楽部コミュの第118回 チャーリー作『“人ころし”はホンネ泥棒』文芸部A三題噺『桜』『芋焼酎』『人殺し』

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春の鹿児島は、空気まで芋焼酎の香りがしそうなほど濃密だ。
桜が満開の城山公園。その一角に特設された「地焼酎フェスティバル」のテントブースは、花見客と観光客でひしめいていた。

そのブースの一つ、「黒瀬酒造」の暖簾をくぐって現れたのは、スーツ姿の男――岸田 蓮(きしだ れん)である。
黒髪を七三に分け、眼鏡の奥で観察眼を光らせるその姿は、いかにも「報道番組の元ディレクター」といった風格を漂わせていた。

「これが……因縁の酒か」

小さな瓶を手に取り、ラベルをまじまじと見つめる。
《人ころし》と手書きで書かれたラベル。その下には、筆文字で「飲めば語るは真心の言葉」とある。いかにも意味深で、厄介そうな文句だ。

「……まさか、あいつも来てたりしないよな」

その「あいつ」が誰なのか、聞くまでもない。
西園寺 桃香(さいおんじ ももか)――元アイドルで、現在は「謹慎中の元・国民的癒し系」。
肌は白く、桜のようなふんわりとした巻き髪。大きな瞳と整った顔立ちは、今も一線で通用するほどの美貌を誇っていた。

だが、岸田にとって彼女は“災厄”の代名詞でしかない。

かつて、テレビのバラエティ特番で共演した二人。蓮は当時の番組ディレクターであり、桃香はゲスト出演していた。台本にない「ぶっちゃけ質問コーナー」で、桃香が突如アイドルグループの内情を暴露し、番組は大炎上。視聴率は跳ねたものの、番組は打ち切り。蓮は責任を問われ、テレビ局を辞職した。

一方の桃香も、事務所から謹慎を言い渡され、アイドル活動は休止。以降、公の場に姿を現していなかった。

「こっちこそ、顔なんか見たくもないっつーの」

そう悪態をついた直後、まさに因果の糸が張り詰めるように――

「……あら?」

どこか間延びした、優雅な声が背後からした。
振り返ると、そこにはサクラ色のワンピースに身を包んだ桃香の姿があった。

「岸田さん。……お久しぶりですわねぇ?」

「……なんでお前がここに」

「旅番組のロケ、ってことにしてるの。でもまぁ……ただのアルバイトだけど」

蓮は小さく舌打ちした。対する桃香は、涼しい顔でテーブルに置かれた試飲用のグラスを手に取った。

そのとき、ふと蓮の視界の端に、蔵元の老人――黒瀬源一郎(くろせ げんいちろう)の姿が入った。まるで仙人のような風貌で、客には酒を注ぎつつ、静かに人々を観察している。

蓮が声をかけると、黒瀬はにやりと笑って言った。

「《人ころし》はな、飲むと“本音”が口からポロリと出てしまう、ちょっとした“呪い”があるのさ。まぁ……都市伝説だがな」

(本音が漏れる、ね……)

蓮の目が細くなった。

(あいつに飲ませてやれば……やつが本当はどう思ってるか、暴けるってわけだ)

同時刻。

桃香もまた、別のスタッフから似たような話を聞いていた。

「黒瀬さんの芋焼酎、すごいんですよ。飲んだ人が、つい“本音”を喋っちゃうって」

(ほう……本音が漏れる? ふふ、面白いじゃない)

桃香は蓮をちらりと見やる。かつて自分をあの地獄の番組に呼んだ張本人。涼しい顔してプロデューサー気取りだったくせに、全責任を押しつけて消えた男。

(こっちだって本音を聞いてやりたいわ。あのとき、本当に私を守る気なんてなかったんでしょう?)

二人は互いに気づかない。実際の作用が、「本音とは真逆の言葉を口走ってしまう」という本物の呪いであることを――。

そして二人は同時に思いついた。

(あいつに《人ころし》を飲ませてやる!)

運命のグラスは、そっとテーブルに置かれた。
桜がひらひらと舞い、春風が二人の髪を揺らす。だが、空気はぴりぴりと張り詰めている。

「せっかくだから、飲んでみましょうか。郷に入っては、ね?」

「……ああ。まあ、一杯くらいなら」

にこやかな笑顔の奥で、どちらも毒を含んでいた。

地元の焼酎イベントは、今まさに、笑顔の仮面をかぶった心理戦のリングへと化していた。




          ***




「乾杯、しましょうか?」

西園寺桃香が差し出した小さなグラスには、薄い金色の芋焼酎が注がれていた。《人ころし》。花の香りにも似たほのかに甘い匂いが漂う。

岸田蓮は一瞬だけ、そのグラスを見つめた。

(この場で飲ませるのは早すぎるか? いや、むしろ今しかない。あいつの“本音”を引き出せば、いまの活動休止の理由だって白日の下に晒せる)

「おう、せっかくだしな。じゃあ……乾杯」

グラスがカチンと鳴った。二人はそれぞれ少しずつ中身を口に含んだ。が、互いの目は笑っていない。

(ふふ、さぁ喋りなさいな、蓮さん……どれだけ私を恨んでるか、本音でぶちまけてちょうだい)

(さぁ桃香……てめぇの腹の中、ぜんぶ喋らせてやる)

だが──

「このイベント、来て良かったですわ〜! 鹿児島の空気って、サイコー!」

「オレも、桃香に会えて……うれしいよ……」

ふたりは、ほぼ同時に言った。

沈黙。

一瞬、空気が真空になったような沈黙ののち――

「……は?」

「……お前、何言ってんだ?」

次に口にしたのは、互いの言葉ではなく、戸惑いそのものだった。

「会えて……うれしい? あんた、何のつもり?」

「それはこっちの台詞だ。鹿児島サイコーって、さっき空港で“この土地だけは一生来たくない”って言ってただろ」

「どうしてそれを……!?」

「……え? マジだったの?」

「マジだったに決まってるでしょ! だってこの街、芋臭いし! うるさいし! あと! あなたがいるし!!」

また、沈黙。

西園寺桃香が顔を真っ赤にして、自分の口を両手で押さえた。

「い、いまのは違うのよ……ちょっと冗談というか……! 酔ったふり? ふふっ?」

「……なんだ、今のノリ。何も面白くねぇ」

岸田蓮もまた、顔をしかめていた。心の中では混乱と不安がせめぎ合っている。

(待てよ……たしか黒瀬のじいさん、“本音を喋る”って言ってたはず……だよな?)

だがどう見ても、いま口にした言葉は本音とは真逆。
桃香が「鹿児島サイコー」と言った後の、心底イヤそうな顔。あれは演技じゃない。

(……まさか。逆……?)

そしてふと、蓮は気づいた。
自分も今、「会えてうれしい」なんて、口が裂けても言いたくなかった言葉を自然と発していたことに。

(……逆だ。これは“本音の真逆”を喋らせる酒……!?)

同じようなタイミングで、桃香も理解していた。

(……あの黒瀬じじい、ウソついた!?)

二人の視線が、同時に黒瀬源一郎へと向けられた。
だが黒瀬は、何も知らぬ顔で他の観光客に焼酎を注いでいる。くすっと笑ったようにも見えたが、それが幻かどうかもわからない。

気まずい沈黙のなかで、桃香が先に口を開いた。

「ま、まあ、もう一杯いきましょっか!」

「え? いや……さすがにもう……」

「遠慮しないでくださいよぉ〜、蓮さんだって、もっと本音、言いたいことたくさんあるんでしょ?」

「お、おう……そうだな。オレは……お前の歌、めちゃくちゃ好きだったぞ……」

「はっ!? あ、ありがとう……って、あれ!? ちがうの!! 私は、あなたの演出が……最高にクリエイティブだと思ってたのっ!」

「言ってることと顔が一致してねえぞ!?」

だが、もう止まらなかった。
二人は次々に、飲み合いながら“逆の本音”を吐露し続けた。

「一緒に仕事したとき、楽しかったですわ!」

「お前と働くの、またやりたいって、ずっと思ってた!」

「え、ええい、こんな毒にも薬にもならない気持ち悪い感情、今すぐ破り捨てたいですわ!」

「こっちのセリフだ!!」

完全に様子のおかしくなった二人に、周囲の客が少しずつ距離を取りはじめていた。だが当人たちはもう引き返せない。

自分の言葉の裏にある“本当の気持ち”に気づき始めてしまったからだ。

「……私、本当はあなたに謝りたかったのよ」

「……あ?」

「番組のことで。私も、暴走したってわかってた。でも……怖かったの。正直に謝ったら、あなたにまた責められると思って」

「……オレも。お前を守るつもりだった。でも、あのとき局の上から“責任押しつけろ”って言われて、断れなかった。……だから、オレもお前に謝らなきゃいけなかったんだ」

その言葉は、酔いのせいか、酒の呪いのせいか、それとも、どちらでもなかったのか――もう二人にもわからなかった。

「じゃあ……やり直せるのかな」

「え?」

「わたし、歌うのもう一度やりたい。……でも怖くて、誰にも言えなかった。あの騒動が怖くて。……でも、いま、こうやってぶつけ合って、少しだけ……勇気出たかも」

「だったら……今度は、オレが守るよ。もう、逃げたりしねぇ。……そのかわり、ライブの演出、俺にやらせてくれ」

「それ、告白?」

「ちげーよ! 仕事の話だ!!」

「……ふふっ」

「笑うな!」

満開の桜の下。
芋焼酎と呪いと勘違いが、二人の心をほどいていった。

遠くで、黒瀬源一郎が煙管をくゆらせながらつぶやく。

「逆もまた、真なり……ってやつじゃのぅ」

春の夜は、まだまだ長い――。




          ***




あれから数時間後。

西園寺桃香は、鹿児島市内のホテルのラウンジで、静かに焼酎のグラスを傾けていた。窓の外では夜桜がライトアップされ、揺れる花びらが都会の光に溶けていく。

対面の席には、岸田蓮。彼もまた、グラスを片手にしていたが、どこかそわそわして落ち着かない様子だ。

「なあ……あのさ」

「なによ。急に、しおらしくなって」

「いや、その……お前さ、もう“人ころし”飲まなくていいのか?」

桃香は、ふっと鼻で笑った。

「ふふっ、もう十分飲んだでしょ。あなたも、わたしも」

「……まぁな。もう“本音の真逆”はお腹いっぱいだ」

しばし沈黙。だが、さっきまでのような刺々しさはない。どこか居心地の良さすら感じさせる沈黙だった。

「でもさ……アレ、やっぱすげぇな」

「アレ?」

「“人ころし”。本音と逆のことしか言えなくなるって、最悪の効果だと思ってたけど……皮肉だよな。逆に本音がバレるっていう」

「そうね。嘘って、強がれば強がるほどバレやすいのよ。とくにああいう場面だと」

桃香は、グラスのふちを指先でなぞるようにして続けた。

「たとえば、“あなたの演出が嫌い”って言えば言うほど、本当は認めてたってバレるし。あなたも、“わたしが嫌い”って繰り返せば繰り返すほど、逆に怪しいもの」

「……うるせぇよ」

「ふふ、照れてる」

蓮はグラスの中をじっと見つめた。

「……お前、戻る気あるのか? アイドルに」

「んー、まだ決めてない。でも、考えるようにはなったわよ? 今日は、久々に“自分の気持ち”が動いた感じがしたし」

「……そうか。ならさ、オレ、ひとつ提案があるんだけど」

「なに?」

蓮は、懐から一枚の紙を取り出した。企画書らしきそれを、テーブルの上に置く。

「これは……?」

「鹿児島の地元テレビと、黒瀬の酒造が協賛でやるミニドラマ企画。焼酎の文化を紹介するコンセプトで、短編ドラマを5本くらい撮るんだけど……主演、空いてるんだ。あと、演出も」

「へぇ。あなたが演出して、わたしが主演?」

「……あぁ。どうせお前、“本音と逆”を喋って“やりたくない”とか言うんだろうけど」

「そうね、“絶対にやりたくない”わ。……でも、なんでかしら、すっごく楽しみになってきた」

「うん、それ、やっぱ逆だよな」

二人は、くすっと笑い合った。

その時。

「よう、お二人さん」

聞き覚えのあるダミ声がラウンジの奥から響いた。黒瀬源一郎が、パイプをくゆらせながら現れた。

「酒はまだ足りとらんようじゃの。ほれ、“人ころし”の原酒、持ってきたぞ」

「うわ、また出た!」「もう勘弁してくれ!」

蓮と桃香が同時に叫ぶ。

黒瀬はテーブルの上に、とっておきの原酒とグラスを2つ置くと、にやりと笑った。

「ほれ、二人とも――“逆”を極めれば、“ほんとう”になるかもしれんぞ?」

「うわ、名言っぽいけど絶対酔って言ってるでしょ」「詩的なふりした泥酔のたわごとよ、あれ」

だが、二人は見つめ合った。

グラスを持つ手が、自然と重なる。

「じゃあ、ま、最後の一杯。これが“終わり”か“始まり”かは……飲んでから決めようぜ」

「そうね。逆の向こうにある、本当の言葉を、拾いにいきましょっか」

カチン、とグラスが重なった。
夜桜が、窓の外でゆらゆらと踊る。ほんのり甘い芋の香りが、二人の間に流れていった。

──きっと、これが再出発の一歩目だ。

──きっと、もう嘘は、いらない。




<了>

コメント(1)

実は、こちらの作品から先に読ませていただきました。

思ったことをつらつらと書きます。
・「伝言系のウワサ」怖っ!
これで当初は膠着していた関係の岸田と西園寺の二人が「人ころし」に関心示したところがヤバみ凄かったです。

・飲んでから初めて話して、空気がガラッと真逆になったシーン、シンプルに攻めてましたね。「やっぱりこう来たか!」それでいて、華やかで春のあったかさも。

・ヒロインの職業「アイドル」、伏線に絡めてなかなか楽しく読めました♪輝かしい業界の裏って……想像するだけでおぞましさが……。今、私もアイドル使って書こうとしていて、描くときの参考にさせていただきます。

・こちらは……一滴も飲んでいないのに、まるで飲んだつもりにさせられる“魔力”がありますね。私はかつて市販の「一刻者(いっこもん)」という芋焼酎買って独特の風味を知っていたからというのもあったかと。
 私とは逆に、芋焼酎未体験の方からの読後感想をぜひ知りたいです。さて、いらっしゃるかどうか。

・最後に、取材をどうされたのかも気になります。例えば酒店、アンテナショップ、地酒のイベント、通販お取り寄せ……どれを使われたのか、または、何も使われていないのか。想像するのも一つの楽しみですが(笑)

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