ログインしてさらにmixiを楽しもう

コメントを投稿して情報交換!
更新通知を受け取って、最新情報をゲット!

日曜画家大室☆げんぞうコミュのアートに関する文章

  • mixiチェック
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
アートに関する文章はこちらで発表します。皆さまも何かございましたらどしどしアップしてください♪

コメント(6)

「大衆芸術宣言」(?)

人を感動させるものの全てがアートではないけど、それがアートの一つの要件ではあります。で、最近私はダ・ヴィンチやピカソのような「名画」(ハイカルチャー)より昔のスターのプロマイドや大阪のおばちゃんのアニマルプリント服、昔のB・C級劇画、秘宝館のマネキン人形といった「サブカルチャー」に感銘を受けることが多いです。


日曜画家とはいえ20年以上も続けていれば「名画」に飽きてしまうのも仕方のないことなのかもしれません。神のような人たちが残した奇跡(名画)より私と同じ世界で生きる、私と同じように下品で、才能もなくて、不器用だから日々を生きるのに必死で、その結果多少ずる賢くなってしまった人々が産み出すもの(サブカルチャー)に共感してしまう、それが今の正直な気分です。


その一方で矛盾してしまいますが、それら私が感じた「サブカルチャー的なおもしろさ」を現代アートの文脈に乗せていければと思っています。泡のように現れては消えてしまう「サブカルチャー」を「アート」としてなんとか後世に残していきたいという野望があるからです。


私の落描きが「アート」であるのかどうかは、作品を積極的に発表したくさんの人とコミュニケートする中で考えていきたいです。「アートであろうとなかろうと」まずは自分がおもしろいと感じたことを恥ずかし気もなく堂々と発表することが、今の私にとって一番大事な姿勢だと思っています。
フリーペーパー「He-art」第15号。サラリーマンのかたわら「駄美術」を発表し続けるアートユニット、現代美術二等兵さんのインタビュー記事より抜粋。


「アートの道を志す人にメッセージを

何か別に生活する術があって、美術活動をやるということは何も悪いことではなく、むしろ理に適っていると思います。美術とは全く関係のない仕事をしていて、それで良い作品を作り出せる作家がいたとしたら、めちゃくちゃカッコいいと思いますよ。ただ、いろいろな事情で早く見切りをつけざるを得ない場合もありますが、美術から足を洗ったからといっても、そんなもの別に落伍者でもなんでもないし、劣っているわけでもない。気にせずどんどん何かに挑戦し続けていけばいいと思います。」


、、素敵な言葉をありがとうございます。マイペースで、本当に自分のやりたいことを見失わないようにがんばっていこうと思います。
上記、現代美術二等兵さんの文章を読んで、結局自分はまだまだ「アート作品をつくろう」ということに縛られていたのだと思いました。自分がやりたいことは「人に喜んでもらうこと、笑ってもらうこと」でダジャレを言って笑ってもらえればそれで幸せなのです。

だからおもしろ雑貨でもなんでもいいからもっと積極的に発表、販売していこうと思います。
絵本作家、イラストレーターとして有名な五味太郎さんの「大人問題」というエッセイ集を読んでいるのですがこれが実にためになる本なのです。主にこの国の子供を取り巻く大人たち(親・学校・社会)のおかしさが論じられています。少々長くなりますが引用・抜粋します。


「この国は「努力」というものを過大評価する国です。人様のために働いてきた歴史が長いからだろうと思われます。お代官様に「こんなに汗水たらして働いてるんですよ」と見せなくてはならなかった歴史がかなり続いてきたんだろうと思います。」

そして現在、

「大人の暮らしが、朝から晩までがんばっているらしい。がんばって駅行って、がんばって電車乗って、がんばって会社行って、がんばって挨拶する。そして「がんばり料」という感じで給料をいただいているらしいのです。(だから)学校も「がんばりましょう」「がんばりました」で子供を評価する」


「「大なわとびでギネスブックに挑戦」というテレビ番組がありました。半分くらいはそういう馬鹿騒ぎが好きな、はしゃいじゃうタイプの子なのでしょうが、その一方には必ず、必死な、悲壮な子がいるわけです。

結果的には成功しましたが、記録達成の瞬間にそういう必死な子たちが泣き出しました。それを大人は「成功したから感激して泣いている」と実に脳天気に見るのですが冗談じゃない。その子たちは失敗したら村八分にされてしまうからもう命がけなのです。」


「戦争のころもこうやってたんでしょう、たぶん。みんなが非国民と言われぬよう、ひたすら耐えていた。「戦争に挑戦!」というイベントのような形で。その手の時代錯誤な人々が学校に、幼稚園にいるんです。そういう「全体が動くことが大事だろ」と言われたら反論できないような、重たい重たい文化の中で、「個」がとってもしんどい思いをしているのを感じます。」


こんな学校だから行きたくないと言う子もでてくるわけですが、


「子どもが青い顔して「学校、行きたくない」と言ってるのに、「行きなさい」という親の神経がわかりません。子どもってかなり正常ですから、その子どもが行きたくないと言うなら、その場所が異常だと思うのが普通の感覚です。この場合「どうして行きたくの?」でなく「じゃあ、どこに行きたいの?」と聞くのが妥当です。

たとえば、子どもが「このお風呂、熱い」と言ってるのに大人は「熱くない、普通だ。肩まであったまりなさい」と言うわけです。で、子どもはお風呂はいやだ、学校はいやだ、勉強はつらい、ということを覚えるだけなのです。」


「この歳になってつくづく人生というのは自分の居場所を探すことなんだなあと思います。その居場所をパワフルに自分で見つけられる子もいれば、ちょっとパワーが足りなくて見つけられない子もいる。でも居場所はどんなことをしてでも自分で見出すしかありません。そして子どもたちが自分の居場所を見つけることについて、大人が必要なときにそれだけ手を貸してやれるかが勝負なんだろうと思います。」


こんな五味さんみたいな大人ばっかりだったらいいのにと思います。そうなればよつばちゃん(漫画「よつばと」)みたいな子がどんどん現れてそのまま大人になって、どんどんおもしろい世の中になると思います。

そしてつくづく思うのが「イラストレーターや芸術家といった人たちは一般人とは違う、天才的である種アブノーマルなわけのわからない、感覚的に生きてる人たちだ」といったイメージが大間違いだということです。例えば岡本太郎みたいな「爆発だ!」とか言ってるイメージ。まあ太郎さんはああいう「世間が期待する芸術家像」を皮肉を込めて演じていたんだと思いますが。


芸術家は最も論理的な人間のうちの一人だと思います。基本的に「自分の仕事が他者からどう見えるのか。自分の意図を他者により正確に伝えるにはどうすればいいのか」を必死に考えています。で、世間でまかり通っている「あたりまえ」が「あたりまえ」でないことを感じてしまう。そしてなぜ「あたりまえ」でないのか、「あたりまえ」とは何なのかを作品を通して必死に考えるのです。「王様の耳はロバの耳」だと叫ぶことこそ芸術家の重要な仕事だと思います。

ではでは。
皆さまこんにちは。大室は立派な「日曜画家」を目指すことにしました。まあいつも通りの瞬間的なマイブームで、気持ちはすぐに変わるかもしれませんけど。


「日曜画家宣言」

・「描きたいもの」を「描きたいとき」にしか描きません。

・心が動かなければ描きません。つまり描くことを「義務」や「ルーティンワーク」にしません。

・「楽しむこと」が最も重要なことです。なので高すぎる目標はプレッシャーになるので設定しません。

・絵で人を笑わせたいという気持ちはあります。だからいろんな人に作品を見せてご意見を伺いたいです。

・がむしゃらな、盲目的な努力は自分を傷つけるだけです。それは単なる思考停止やまやかしです。道を切り拓くのは冷静で論理的な思考です。

・他人からの評価などといった見返りなど関係なく「自分が心の底から楽しめること、夢中になれることは何か」を楽しみながら追及します。


仕事ではやりたくないことを我慢してやらざるを得ない(やりたくないことの中から少しでもやりがいを見つけてやらざるを得ない)のが現状なので、せめて自由時間だけは「本当に自分がやりたいこと」だけをやろうと思います。「本当に自分がやりたいこと」とは何か、、これは私にとって難問です。


ではでは。
私の「作品」など「見続けた結果紙の上にできてしまったただの痕跡」に過ぎません。


相も変わらずしょーもないことで悩んでました。絵を描きたい気持ちはあるのに描けない、じゃあ描かなきゃいいのですが麻雀だけでは心の隙間は埋まらない、、まあそんな感じです。


悩んだ末近所のスーパーでデコポンを二個買ってそれを描き始めたらとたんに心が落ち着きました。「描くという行為自体を楽しむ」ことができたと思います。「作品」なんか失敗でも未完成でも関係ないんです。野菜や果物といった自然の造形物の美しさにただただ感動し、そこに宇宙を感じ、それを見つめ、見つめた結果を記録する。その「記録」と「実物」を照らし合わせて修正して少しでもその美しさに近付いていく、そんな楽しい時間を過ごせればいいのです。


私にとって「作品」とは気の済むまで見続けた結果副次的に排出されたもので、いわば排泄物みたいなものです。もしくは「見たことによってできた痕跡」です。だから「作品」は「つくる」ものではなくて見続けた結果勝手に「出来上がってしまう」ものであって、あまり価値はありません。プロならば「価値のある作品(つまり商品)」をつくらねばなりませんが、私はアマチュアだからその必要はありません。「価値のある作品」とは、それを見た第三者が作者の視線、思想、感動などを追体験できるものだと思います。


もちろん物をただ見つめ続けるばかりではつまらないので、麻雀やカラオケなども楽しんでいきますよわーい(嬉しい顔)ではでは。

ログインすると、みんなのコメントがもっと見れるよ

mixiユーザー
ログインしてコメントしよう!

日曜画家大室☆げんぞう 更新情報

日曜画家大室☆げんぞうのメンバーはこんなコミュニティにも参加しています

星印の数は、共通して参加しているメンバーが多いほど増えます。