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家督を継ぐ者(本家の長男長女)コミュの改正民法について行けない田舎をどうするのか

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改正と言ってもはるか昔、昭和22年の家制度廃止のことです。


私は長男で現在43歳ですが、大学進学とともに実家を離れ、以降実家とは少し離れたところで会社勤めをしています。実家には両親と祖母の3人が生活していましたが、昨年11月に祖母が、今年の3月に父が相次いで他界し、母が独居する状態となりました。

田舎の家ですので大きさを持て余しています。

そのような中で相続のために戸籍制度等を勉強していますと、家制度はとうの昔に廃止され、現在は婚姻と同時に新たな世帯として戸籍が作られる仕組みなので家を継ぐという概念は民法上には存在しない事を知識として得た次第です。


一方で、我が田舎では私と違い地元で就職し、実家のすぐ近くに家を建てている世帯や、定年退職により実家に戻ることにより円滑に継がれている家が多いようです。私が田舎から離れていることを地域では異常な状態、すなわち親不孝とみなし、田舎から会社に通勤せよという無茶な指導も入る始末です。それなら私が大学に進学することをやめさせるべきだったのです。


実家の家屋は老朽化が進み、退職後に自分が住むにしても費用がかさみますし、それまでの間、自宅と実家の両方を維持していくことには無理を感じます。田舎の田畑は相続しても使い道はなく、税金や地域当番、草刈りなどの負担がかかります。勝手に売却すると隣の耕作地に迷惑をかけるし、貸し出して耕作してもらうにも追金が要る始末。預貯金は兄弟に相続され、長男には田畑や山ばかり。

唯一助かるのは檀家であると言う立場により墓が与えられることですが、利用するだけして檀家としての義務を逃れることは虫が良すぎるでしょう。

こういう構造が全国的に発生していると思われます。

愚痴ばかりになってしまいました。

実際のライフスタイルとあまりにかけ離れた家を継ぐと言う考え方。家制度は廃止されたといくら言っても田舎では通用せず、それは法律が勝手に決めたことと言われるだけです。ある意味働き盛りの年代である自分が田舎にエネルギーを吸い取られているようです。新しいビジネスなんて思い付くわけがありません。

このような問題を抱えている人はかなりいらっしゃるのではないでしょうか?ご意見頂けましたら幸いです。

コメント(5)

はじめまして。
ご意見興味深く拝読しました。

>実際のライフスタイルとあまりにかけ離れた家を継ぐと言う考え方。
>家制度は廃止されたといくら言っても田舎では通用せず、それは法律が勝手に決めたことと言われるだけです。

地方においては、いまだにこのような認識が多く残っていることは、大変遺憾なことながら、事実であるかと思います。
そして、実際に選択し得るライフスタイルとこうした認識に基づく有形・無形の抑圧が葛藤を生んでいることもまた、現実であるかと思います。

法の次元での改正が行われたとしても、個人の意識の改革が伴わなければ、社会的な変化は望めません。
実際、私たちは新民法と旧民法にどのような違いがあるのか、どのような法に基づき婚姻を行っているのか、はっきり意識しているでしょうか(新旧民法については、中等教育の時点で学習するはずなのですが…)。
「入籍」という言葉に違和感を持たれる方が、はたしてどの程度いらっしゃるでしょうか。
ただ漫然と、「こういう風にするのが常識だから」程度の意識で行動していると思います(これは自戒も込めてそう考えております)。

我々がどのような法制度・社会慣習の下で生きているのか、ということについて自覚的になる、まずはこの点が重要だと思います。
こうした点に自覚的になることで、いざ問題が持ち上がった時に、即座に的確な理論武装を行い、それを踏まえた上で判断をすることが可能になるのではないでしょうか。

新民法下の婚姻は、両性の自由と責任に基づいて行われます。
つまり、各個人の選択の自由とそれに対する責任が婚姻を支えるということです。
しかしながら、「家制度」という法的根拠を喪失して久しく、今また社会的にも機能不全を起こしつつある家族モデルから離脱する時、私たちにどのような選択肢があるでしょうか。
むしろ、今後は社会的な情勢や個々人の事情などを鑑みつつ、選択肢自体を自ら創り出していかねばならないのではないでしょうか。
これは容易なことではありません。
戦後においても、「家制度」がかろうじて機能していたかのように見える時代においては、「家族(家)」とは、与えられ、引き受けるものでした。
そういう意味では、我々は「楽をしてきた」といえるかもしれません。
自ら思考し、創り上げるという作業は、日々の雑事をこなしつつ行うには大変辛いことであるからです。
旧習になんとなく寄りかかることで、我々は「家族」という個人や社会の根幹に関わる重要な事柄について真摯に思考することを避けてきたとはいえないでしょうか。

正確な知識を身につけ、状況を分析しつつ、腰を据えて思考すること。
自らの責任において判断し、行動していくこと。
言葉で書くのは簡単ですが、難しいことです。
しかし、こうした誠実さを引き受けて行く以外に、我々に途は無いのではないでしょうか。

とりとめなく書きました。
議論のきっかけとなればよいと思い、書きこませていただきました。
乱文大変失礼致しました。
ziggyさん

詳細なコメントをありがとうございました。法律が文化や慣習を否定するものではないとは思いますが、それでも法律には理念というものがあるのですよね。世の中をこのようにしたいと言う。

例えば田舎ではさすがに飲酒運転こそ減りましたが、未だにシートベルトをしないのは日常茶飯事です。「法律が勝手に決めたこと」ではすまない筈ですが。

わずか13年前に僕はポケベルを使っていましたが、今はiPhoneの時代。今の世の中を当時予測することは不可能でした。それだけ変わったのに家や家族の考え方を変えずにいるのはさすがに無理があると思っています。
ところで思わぬ発見をしました。
うちの田舎の墓は夫婦墓と言う形式を採っています。

〇〇家先祖代々の墓という墓石がでーんとあるのではなく、夫婦に一つずつ墓石が作られます。
墓の敷地には次々と墓石が増えていくので、古いものから無縁仏として別の場所に移動していきます。

この形式、墓石が増えるばかりで面倒だと思っていましたが、逆に家重視ではなく夫婦重視と言う、今の民法の考え方に近いですね。
父の昔の戸籍謄本と見比べながらそのように思いました。
若輩者ではございますが意見を述べさせていただきます。


地域の慣習っていうのは本来は何のためにあるのでしょうか?
ってところに焦点を当ててみましたが。

本来であれば、地域の皆で助け合って生活を良くしていくってことにあるはずです。

まずクイックルさん一家がどんなスタンスであるかを決めること。
家を継ぎ、守ることだけが親孝行ではないはずです。
お母様がどうされたいかあなたがどうしたいかということを決めた上で
動いていけばいいんじゃないでしょうか。
家そのものを直接守っていなくても
たとえば毎月お墓を掃除している、お参りをしている。って
親孝行の一つじゃないでしょうか。

自分たちの答えが本当の答えであって、その答えからどうしていけばいいか
ってことだと思います。
近所の方々の意見が正しいと思えばそれに従えばいい。
ただ、その前に自分はどうなのか・・・って考えてください。

自分の人生の責任を最終的に取るのは自分自身であって
その人たちではありませんから。

★叶 夢人さん

貴重なアドバイスありがとうございます。

このような悩みは多くの人が抱えているだろうと思ってトピ立てさせていただきました。意外と反応もなく、少し予想外でしたが、ためになるアドバイスを頂けていることはとてもありがたく思っています。

どうしたいのかと言うことは言語化できるほどには考えることができておりません。
何しろ、親がどのようなことを望んでいるか、長男の自分が本心でどうしたいと思っているか、
これを突き合わせること自体が非常にデリケートな問題なのです。
また、親戚の手前もあり、長年にわたって自分にとってタブーになっていたのだと思います。

>家を継ぎ、守ることだけが親孝行ではないはずです。

このことは非常に深い意味を持っていると思います。
他の人からも「ご先祖様は子孫が幸せになることを望んでいるはずであり、自らを犠牲にしてまで家を継ぐことを望んでいるわけではないと思う」と意見を頂いたことがあります。

そのように言っていただけることが私の救いです。
ご先祖様に申し訳ないとお寺や近所の人達は言いますが、人生はそれだけではありません。
次の世代を育てることの方が大切なはずです。

そのようなことを基本に据えて、自分が本当にどうしたいのか、良く考えてみたいと思います。

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