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孫崎亨・広原盛明・色平哲郎達見コミュの【色平哲郎氏からのご紹介】

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【色平哲郎氏からのご紹介】
31日(月)20時から29分間、NHK・Eテレにて長ドクター追悼番組
「被災地から未来の医療を 医師 長純一 病床からのメッセージ」

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「しのぶ」 元県厚生連佐久総合病院小海診療所長 長純一さん 
被災者に寄り添い続け 6月28日死去 56歳 東京都出身 ちょう・じゅんいち


「先生には本当に助けてもらった」。東日本大震災で被災した宮城県石巻市民が続々と弔問に訪れ、喪主で妻の明子さんに声をかけた。

仮設住宅にできた仮の診療所などで約10年、被災者に寄り添った。
「いかに患者さんに合わせるか。つらい人のそばにいることが医療の原点」。丁寧に話も聞いてくれたと感謝する人は多い。

信州大医学部卒で、1993年から佐久総合病院(佐久市)に19年間勤務。
同病院小海診療所(南佐久郡小海町)や川上村診療所(同郡川上村)で所長を務め、南佐久の在宅医療に奔走した。
その後、石巻へ。「最も自分が必要とされているところ」に身を投じた。

仮設住宅の自治会長だった山崎信哉さんは「いつでも連絡してください」
と携帯電話の番号を伝えられ、驚いた。「医者のイメージが変わったし、安心しました」
住民の会合に顔を出し、終了後も話し込む姿に「この人は本物だ」と信頼するように。
結果は落選となったが、昨年の石巻市長選、宮城県知事選に長さんが出馬した際も
熱心に応援した。

6月21日、末期の膵臓(すいぞう)がんであることを動画で公表。「最大の師」と仰ぐ佐久総合病院名誉総長の故若月俊一さんに「恥じないように生きようと思い活動してきた」と語った。

自身が力を入れてきた在宅療養を貫き、訪問看護や抗がん剤治療などで仲間の医療スタッフらが支えた。「日本でいちばん恵まれた患者です」と感謝し、「次の世代に種をまけた」。
うれしそうだった。

呼吸停止する直前まで、治療方針を意思表示した。3歳の娘、実生子(みきこ)ちゃんを傍らに寄せて「お星さまになるけど、見守っているからね」と伝え、逝った。走り抜けた人生だった。


=東日本大震災の後、宮城県石巻市に移住し、仮設住宅にできた仮の診療所で
所長を務めた医師の長純一さん。
被災者に寄り添い、診療日を心待ちにする人もいた=2016年2月
信濃毎日新聞2022年10月2日

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