孫崎亨・広原盛明・色平哲郎達見コミュの【孫崎享のつぶやき】随想　５３　無償の行為②　砂漠に緑化に誘われて出かけて植林をしたこと

2021-06-21 07:484

　私は防衛大学校教授の時に、生徒に次のように述べていた。
「偉くなりたいなら、私が教えることは全て忘れた方がいいだろう。下手に覚えて、批判をすれば偉くなれないだろう。ただ次の二つだけ覚えておいた方がいい。一つは出来るだけ多く、人に無償の助けをしてあげなさい。人生って不思議なことに、回りまわって自分が助けられる。次に誰かにプラスのことをするにしても、相手が期待する以上のことをしなさい。期待通りだったらそんなものかになるし、期待以下だったら逆に反発を招く」
　実はこの教訓は私が駐ウズベキスタン大使の時に自覚した。
　私は外務省では、情報調査局（名称は時々変化）の事務官、課長、局長を経ているが、この仕事は誰かと協力して成果を出すというより、個人の努力に負うところが大きい。従ってどうしても「個人主義的」アプローチをとる。
　私が駐ウズベキスタン大使の時、予想に反し日・ウズベキスタン関係が発展した。それは大蔵省の千野忠男財務官に負う所が大きい。千野氏はウズベキスタン支援を決めた、ここから輸銀融資、円借款が提供された。結果的に大統領、外務大臣、大蔵大臣、対外貿易大臣等が訪日した。ところが日本からは政治家は全く来ない。ウズベキスタンを訪れて票が増える訳でない。依頼するにしても迫力が全くない。ウズベキスタン側は、「大統領まで訪日しているのに、日本からは、大臣は当然として議員すら来ないではないか」と批判される。「貴方の国を訪れても政治家に得はない」とは言えない。
　こういう時に１人の女性が訪れた。女性は佐藤紀子さん。名刺には兵庫県の生活協同組合の役員とある。
　佐藤さんは「私、これからウズベキスタンの緑化のために木を植えに行きます。大使、一緒に木を植えられませんか」と言われる。私もさして用がないので「では一緒に行きましょうか」と植林に出かけた。終わって佐藤さんは「私は世界の緑化に向け、いろんなところに植林に出かけます。でも大使が私と一緒に来てくれたことはない。感謝します。お礼をしたいので何をしたらいいか言ってください」といわれる。私は「お礼をと言われても、お願いするようなものは見当たらない。ただ今私が困っているのは一つあって、それは日本から政治家が誰もこないことだ」と説明した。すると佐藤さんは「そんなことは簡単です。武村大蔵大臣を連れてきます」と言われる。「普通の国会議員ですら訪問することがないのに、大蔵大臣が来るなんてありえない」と思いながら、「実現しないと思うけれど、まあよろしく」と述べていた。数か月後、突然大蔵省から電話が来た。「大使、うちの大臣が、年末貴国を訪れたいと言っている。受け入れ大丈夫か。大統領には最低会わせて欲しいが可能か」という。「勿論大統領との会談はアレンジします」と述べておいた。ただ日本の政局が混乱し、この時の訪問は実現しなかったが、細川政権瓦解後、武村氏は訪問された。
　佐藤さんは琵琶湖の環境問題に取り組まれていた。武村正義氏は滋賀県知事を経て国会議員である。両者には協力関係があったのだ。一人の国会議員も動かせない私に、植林をしたことで大蔵大臣の訪問という構想が実現しそうになった。無償の行為が回りまわって私のできないことが簡単にできる事態が生じたのである。