孫崎亨・広原盛明・色平哲郎達見コミュの【孫崎享のつぶやき】随想５２　無償の行為①：『日米同盟の正体』出版の経緯とその後

2021-06-14 08:124

　私は今日、７７才。日々ツイッター、ブログの発信、週一で動画発信、時に講演、執筆を行っている。６５才で定年になってから、一般の人々と逆に活動の幅が広がり活発化した。
　防衛大学校で定年退職する直前、２００９年３月『日米同盟の正体』を出したのが全ての出発点である。出版社から本を出すのはそう容易でない。もし、『日米同盟の正体』が出版されていなければ、今日の私の活動はない。どうして出版に至ったかを見てみたい。
　２００１年から防衛大学校で勤務していた時、時々東洋経済誌の記者が中東問題の取材に来られた。私はイラク、イラン双方に勤務しているので、中東問題にはある程度の土地勘がある。かつ、防衛大学校時代は比較的時間があったので、丁寧に説明していた。記者は自分の原稿のために取材しているので、特段の謝礼はない。説明は無償である。繰り返すが、私には時間が十分あるので、丁寧に説明していたと思う。
　この記者は、無償では申し訳ないと思われたのか、東洋経済誌の書評欄で、書評の依頼が時々きた。その中に、『イスラエル・ロビーとアメリカの外交政策』があった。著者はシカゴ大学教授ミアシャイマーと,ハーバード大学教授ウォルトである。
　本は、米国の対中東外交が如何にイスラエルの利益によって動かされているか、イスラエルが米国の議員に如何に影響力を行使しているか等を書いている。こうした本はしばしば陰謀論として切り捨てられるが、この本の著者シカゴ大学教授ミアシャイマーとハーバード大学教授ウォルトは各々国際関係分野では極めて高い評価を得ている学者である。
　この本はもともと、米国誌「アトランティック」が論文を両者に依頼していたが、出来上がった段階で「アトランティック」が掲載を拒否した。ミアシャイマーおよびウォルトという著名な学者の論文を依頼し出来上がった原稿を拒否するのはあり得ないことである。それだけ、イスラエルの影響が米国に浸透していることを証明している。この状況を懸念したのが、同じくハーバード大学教授であったハンティントン教授（『文明の衝突』の著者）で、彼は英国のLondon Review of Books.に働きかけ、そこに論文を掲載させた。英国で出版されれば、その内容は当然米国に伝わる。こうした経緯を経て、本が出版されたのである。
　私はその本の書評を書いた。この本は『Ⅰ』、『Ⅱ』の二冊出た。東洋経済は私に『Ⅰ』、『Ⅱ』双方の書評を依頼してきた。出版社にすれば如何なる本であれ、書評が出ることは販売上大変なプラスになる。それが『Ⅰ』、『Ⅱ』双方の書評が出たのである。極めて異例である。講談社の海外書籍出版部の部長が電話をかけてこられて「お礼に伺いたい」と言われる。私はお礼なら「掲載を決定したのは東洋経済なのでそちらにどうぞ」といったが「伺いたい」と言われて、防大の研究室に来られた。私の書棚を見られて「面白い本を読んでますね」と言われた。私は「これらを基に本を書いてみたいと思っています。でも出版は難しい」と述べると、「私の隣に新書部がある。そこに頼んであげます」と言われて出版につながった。
　今日の活動は、東洋経済の記者に丁寧にブリーフしたことを出発点にしている。もしこれがなかったら、新書の出版はない。新書の出版がなければ世間に私の見解が知られることもなかった。「無償の手助け」、それを行っていなければ今日の活動はない。