孫崎亨・広原盛明・色平哲郎達見コミュの【孫崎享のつぶやき】随想⑪「春は曙」 2020-08-23 07:513

私達日本人のほとんどが、枕草子を随筆の最高傑作の一つと習い、目に触れてきている。
枕草子の第一段は「春はあけぼの、やうやう白くなりゆく山際すこしあかりて、紫だちたる雲の細くたなびきたる」で始まる。冬については「冬はつとめて。雪の降りたるは、いふべきにもあらず。霜などのいと白きも、またさらでもいと寒きに、火など急ぎおこして、炭持てわたるも、いとつきづきし。昼になりて、ぬるくゆるびもていけば、炭櫃(すびつ)・火桶の火も、白き灰がちになりぬるはわろし」とある。
　確かに、あけぼの詩情を呼び起こす。芭蕉の「曙や白魚白きこと一寸」や一茶の「曙の空色衣かへにけり」等がある。こうしたあけぼのについての他者の描写と、、枕草子とを比較してみると、曙の描写では。清少納言は群を抜いて素晴らしいことが解る。
　それにしても何故「春はあけぼの」になるのか。春にはもっと代表的とされるものがある。
ブログに「蕪村俳句の季語ランキング」がある。与謝蕪村の全俳句2871句について春夏秋冬別に多い順に20句以上の季語を掲げたグラフを作成したとしてランキングを紹介している。花・桜６８、梅６４、うぐいす５１、春雨３８、新春３１。同じように、芭蕉のランキングもある。花・桜４２、梅２６、柳９、蝶６、
「春の代表は何か」と問われてあけぼのと答える人は先ずいないだろう。
平安時代の代表的歌集でも、春では
「春来ぬと人は言へども鶯の鳴かぬ限りはあらじとぞ思ふ」
「春日野の若菜摘みにや白妙の袖ふりはへて人の行くらむ」
「梅の花にほふ春べはくらぶ山闇に越ゆれどしるくぞありける」「世の中にたえて桜のなかりせば春の心はのどけからまし」等があって、桜や梅や鶯などが春の代表的課題である。
ここから清少納言の「春はあけぼの」の描写を「和歌的伝統に慣れ親しんだ読者の美意識の硬直性への挑戦」と評価する人もいる。
だが、それにしても、「なぜ清少納言は“春はあけぼの”と書いているのだろうか。ドナルド・キーンが答えを与えてくれているようだ。ドナルド・キーンは『日本文学史　古代・中世三』の中で、「清少納言は少なくとも二回は正式に結婚しているが、それ以外にも、宮中の何人かの男性と関係を持っていた。枕草子には自分の情事にふれる部分がある」として、「冬の夜のいみじう寒きに、おもふ人とうづもれ伏して聞くに、鐘の音の、ただ物の底なるやうに聞ゆる、いとをかし」を引用している。
『枕の草子』第一段を、恋人を念頭においてみるとどうなるか。清少納言の時代は「通い婚」の時代である。夫（恋人）が清少納言の所に通って来る。「いと寒きに、火など急ぎおこして、炭持て渡るも、いとつきづきし」。何故「火など急ぎおこす」のか。「炭持て」どこへ「渡る」のか。急に夫（恋人）が来たと想像すれは納得できる。そして夫（恋人）が帰った後、何となくのむなしさから「昼になりて火も、白き灰がちになりぬるはわろしとなる。
そして、「春は曙、やうやう白くなりゆく山際すこしあかりて、紫だちたる雲の細くたなびきたる」を見てみよう。「夫（恋人）が帰っていく。最も心揺さぶられる瞬間である。だから、「春はあけぼの」なのだ。平安時代の人々は、この句の後にあるドラマを思い思いに描く。その契機を与えてくれる作品として「枕草紙」を評価したのでないか。