孫崎亨・広原盛明・色平哲郎達見コミュの【孫崎享のつぶやき】随想⑥ジョセフ・ウイルソンの死―イラク攻撃時、イラクには核兵器開発能力がないと主張し、報復攻撃を受け、ひるまずチェニー副大統領と戦った男。だが。―

2020-07-20 08:007
２０１９年９月２７日、ジョセフ・ウイルソンがニューメキシコ州サンタ・フェでなくなった。６９歳。妻、ヴァレリー・プレイムとは２０１７年（トランプ大統領就任年）離婚、彼女は民主党下院議員に立候補しようとするが、２０２０年予備選挙で敗れれる。
　ジョセフ・ウイルソンが世間で知られたのはイラク戦争時である。米国はサダム・フセイン・イラク大統領が核兵器を含め大量破壊兵器を保有しているとしてイラク戦争を始めた。米国国内でイラク戦争賛成一色であった時期、ウイルソンは、2003年7月6日付の『ニューヨーク・タイムズ』紙に「What I Didn't Find in Africa」と題された文章を寄稿し、イラクに核兵器はないと主張した。当時、イラクがウランをニジェールから買い付けたと囁かれていた中、ウイルソンがCIAの依頼によってニジェールで調査し、こうした売却はないと結論付け、それを基礎に記事を書いた。当時チェニー副大統領全盛の時で、ブッシュ大統領を操る男とみられていた。米国内でイラク戦争反対を述べることは、よほどの覚悟を持っていないと出来ない時期であった。
7月14日に著名記者ノヴァクが、ウイルソンの妻、ヴァレリー・プレイムがCIAの工作員であると暴露した。CIAの工作員の名前が出れば活動が出来なくなる。報復である。日本との関係の深いアーミテージが「工作員の名前を漏らしたのは自分」と名乗り出たが、ウイルソンは「黒幕はチェニー副大統領だ」として、チェニー副大統領、リビー副大統領府官房長を訴え、リビーは法廷への非協力で有罪となる。後、トランプ大統領が免罪にしている。
　私は、１９８０年代後半、このウイルソンとイラン・イラク戦争の中、イラクで一緒にいた。当時G７の在イラク大使館次席会議がもたれ、月一度情勢分析をしていた。ウイルソンはアフリカから転勤してきたが、当時フランス人女性と同棲中である。「彼女は私に幸せを運んでくれる。最初の出会いがアフリカのゴルフコースで、その時私は、アルバトロス（パーより三打少ない）だった」「私の大学（カリフォルニア大学卒）の主要科目はサーフィン」等と述べていて、「戦争の最中にふざけた野郎が赴任してきたものだ」と思っていた。しかし、湾岸戦争時、ウイルソンは目をみはる活躍をする。
　湾岸戦争時、サダム・フセインはイラクにいる外国人を主要施設に配置し「人間の盾」にしようとした。自国民を守ろうとする各国大使館に脅しをかけた。この時、ウイルソン（臨時代理大使）は首に縄ひもをかけ、「米国民を人質にするなら先ず、私の首の縄を引いてからにしろ」とイラク側に抗議し、米国人を守った。ブッシュ大統領は「真のアメリカの英雄」と称賛した。
　チェニー副大統領に戦いを挑み、それが映画にもなった。だが彼の凋落が始まる。彼はカリフォルニアで育ったプレイボーイだ。何故サンタ・フェに引きこもったのかわからない。だが仕事はコンサルティング業である。大都市にいなければ仕事にならない。彼はヴァレリー・プレイムと離婚後、自宅の売却に追い込まれている。かつての英雄も誰も助けない。米国で最も権力を持っていたチェニーに戦いを挑んだ男は経済的に締め上げられ死んだ。