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メトロン星人の本棚コミュの 半沢直樹 「カネゴンの壺」 

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半沢直樹 「カネゴンの壺」                
                        
 1


 天正八年(1580年) 近江安土城 

織田信長が築いた安土城の天守閣。
最上階には信長の御座所があり、3間四方の座敷の中は、内部の壁、柱、天井ともすべて金箔張りで、それが黒漆の床に反射して荘厳な輝きを放っている。
中央には2畳の畳が敷かれ、周りを囲む金箔張りの壁には中国の皇帝や智者、賢者が描かれている。
この年、羽柴秀吉は播州平定の武功により、播州五十一万石を拝領する。
さらに弟の小一郎には但馬十三万石、元の領地の近江長浜を加えれば、七十六万石の領地を持つ織田家筆頭の武将になった。
織田家の序列はこれまで、筆頭が柴田勝家、佐久間信盛、惟住長秀、滝川一益、明智光秀であった。
その下の秀吉が、一気に上の五人を抜いたことになる。
さらに中国攻めの総大将に任命されるという大抜擢を仰せつかった。

秀吉は、中国征伐のための出陣の挨拶にやってきた。
信長は天守閣の観音開きの扉を開けて、床に敷いた薄縁の上に、名物の茶道具を広げていた。
「お屋形さま、筑前、出陣のあいさつにまかりこしましてございます」
おお・・・・
顔を上げた秀吉は思わず目を奪われた。

大きく開け放たれた扉からはさわやかな風が舞い込み、近江の天地が遥かに広がっている。
そして目の前には、古今東西の茶道具の大名物が所狭しと並んでいた。
信長は秀吉の驚くさまを楽しげに眺めていた。
「筑前、大儀である。どうじゃこれほどの名物、見たことがあるか」
「いえ、とてもこれだけの大名物は・・・」
目の前には「初花」という茶入れを筆頭に茶碗、茶釜、掛け軸、花入れなどが並んでいる。
どれをとっても城ひとつと引き換えにできるような大名物ばかりであった。
ただ、その中にあって異彩を放つ大き目の茶入れがあった。形は名物「九十九茄子」と呼ばれた丸い茶入れによく似ているが、漆黒の表面にキラキラと輝く金の粒がある。
これはいまだかつて秀吉も見たことがない道具であった。
「お屋形様、その肩衝は・・・はて、秀吉初めて拝見いたしまするが・・・」
「さすがに目ざとい奴。これは「金魂(カネゴン)の壺」という大名物じゃ。正倉院の奥にあったものをわしが持ち出してきた。蘭奢待(らんじゃたい)切り取りの時にな」
蘭奢待とは、東大寺正倉院に納められている天下一の香木である。
これまで歴代の天皇、権力者、足利義満らが切り取っているが、朝廷への権威を示すため信長も切り取っていた。
「じつをいえば、金魂の壺は茶道具ではない。この壺はどういうわけか、ふたの開かぬゆえ中を見ることもかなわぬ。無用の長物よ」
 信長は、壺を手にして軽く振って見せた。チャリン、チャリンと金の鳴る音がする。
「だがな、これは持っているだけで富が集まってくる壺なのじゃ。このわしを見よ。いまや天下一の金持ちよ」
 信長は、甲高い声で笑った。

しかし天正十年、本能寺の変の後、金魂の壺は秀吉の手に渡った。
そして秀吉は天下人となり、日本一の金持ちになったのである。

 2   

 現代 東京 丸の内

 東京中央銀行 東京本社営業第二部へと半沢直樹が栄転してから半年が経とうとしていた。
「半沢君、ちょっといいかね」
 半沢は第二営業部の内藤部長から応接室に呼び出された。
 雰囲気からして内密の話らしい。
「半沢君、君、出身は金沢だったね」
「はい、実家は石川県の金沢市です。母が小さな工場をやっておりますが、それが・・・」
「そうか、実は頼みがある。あるものを探し出してほしいのだ。それは高価な美術品、いやなんといったらいいか、いわくつきの茶道具なのだが・・・」
 内藤部長が広げたファイルは、美術品の鑑定書をコピーしたと思えるもので、粗いモノクロの写真が載っていた。
「これは『金魂の壺』と呼ばれている茶入れだ。ここに書いてある通り、織田信長、豊臣秀吉と伝わり、前田利家に受け継がれ、加賀百万石の家宝とまで言われた逸品だ」
 半沢は、その壺の事は初耳だった。
「部長、私は骨董商でもなければ、茶道具にも詳しくはありません。なぜ私にこんなことを・・・」
「うむ、実は法人部の上層部からの指示なのだ。この壺は、先日破たんした大堂産業の担保として当行が管理するはずだった」

 大堂産業グループは、本社は東京だが、もともとは金沢で創業した不動産、ホテルチェーンのグループである。
 日本各地にマンションやホテルを建てて、派手な広告で高成長をしたが、中国、東南アジアのリゾート開発に行き詰まり巨額の負債を抱えて破たんしたのだ。

「大堂産業の事は、私も聞いています。でもそれは法人部の管轄でしょ。それにそんな壺ひとつ、いくらの値がつくというのですか」
「私もそれは聞いた。うちはその壺ひとつに10億円の融資を決定したそうだよ」
「そんなバカな」
 半沢は信じられなかった。
「ゴッホやセザンヌのような世界的な名画ならいざしらず、ただの小さな茶入れでしょう」
「私もその茶道具が本当に10億の価値があるかどうかは知らんよ。ただ、国宝の曜変天目(ようへんてんもく)と呼ばれる茶碗が仮に売りに出たとしたら120億の価値はあると聞いたことがある」
「なるほど、その壺も国宝級ということですね」
「そうだ、これは当行の担保の回収と思ってほしい。大堂産業の会長の自宅に保管してあるはずだが、金沢支店の担当者では、らちがあかんらしい」
「引き渡しを拒否している、ということですか」
「うむ、なにか事情があるらしい。それと、ここだけの話だが、どうも大和田常務が君を推薦したようだ。西大阪スチールの回収は見事だったそうだな」
「いえ、そんなことは・・・・」
 半沢は軽く目を伏せた。いまだに大阪の件は行内のうわさになっている。
「とにかく、上の方で決めたことだ。詳しいことは金沢の担当に聞いてくれ。久々の里帰りだろう。のんびりしてくるといい」
 金沢支店は大和田常務が、かつて支店長を務めていた古巣だ。
 内藤部長は、簡単に言うが半沢の心の中には、ぬぐいきれない不信感が広がっていった。

 帰宅して妻の花に、仕事で金沢に行ってくると話をしたら。
「あら、じゃあ。お義母さんにお土産を持って行ってよ、いつももらってばかりだし」と大量の荷物を押しつけられた。
 数日後、部下に仕事を引き継いで、大荷物を下げた半沢直樹は、金沢駅に降り立った。

 3 

 半沢直樹は、まず金沢の実家に立ち寄った。
 久々の母との再会、花から預かった土産を渡すと、そのまま市内の繁華街にある東京中央銀行金沢支店に向かった。
 香林坊の交差点の中心にある金沢支店は、地元の大手百貨店やファッションビルの並びにあり、通りには人通りも多く華やかな雰囲気に包まれている。
 支店の裏口から入り、3階の支店長室に案内されると、支店長と若い担当者が待っていた。
 名刺交換の後、いままでの経過が報告された。

「で、その高価な茶道具は、社長の自宅にはないんですね」
「ええ、もともと自宅には置いてなかったというんです。前田利家を祀ってある尾山神社に預けてあるというのですが、尾山神社では預かっていないの一点張り」
 担当者の後を支店長が引き継ぐ。
「尾山神社と言えば金沢でも格式の高い神社でして、無理に探すこともできず弱っているのです」
「あるはずのものがなければ、担保にはなりませんし・・・・なんと報告していいか」
「とにかく、一度行ってみましょう」
 半沢と支店長、担当者の3人は、金沢支店から歩いて10分ほどの尾山神社に出向き、宮司に会って話を聞くことができた。
 確かに過去一度だけ利家ゆかりの茶会が開かれて、その時に「金魂の茶入れ」が披露されたことがあったらしい。
 ただ、宮司も見たのはその時だけ、後は大堂産業の担当者が持ち帰ったというのだ。
 写真はその時のものらしい。
「もう10年も昔の話です。いまさら、うちが預かっているなどといわれても困ります」
 宮司はとてもウソを言ってるようには見えなかった。
「その担当者も事故で死去しており、どこかに紛失してしまった可能性も考えられます。もしかすると盗まれたかのかも・・・」
 担当者は頭をかかえた。
 その日は、結局収穫なし。明日大堂産業の社長に再度確認するということで、半沢は実家に戻った。

 夕食は久々に半沢の好物が並んでいた。母と二人で食卓を囲むと、やはり仕事のグチになる。
「ふーん、そんな高価な茶入れを探してるの、じゃあ詳しい人を紹介してあげる。私の友人でね金沢の観光ボランティアもやってるのよ」
 観光案内じゃないんだが・・・・半沢は断ろうかと思ったが、母の勧めもあり会うことにした。
 翌日、自宅にやってきたのは上品でさっぱりした服装の白髪の老人だった。
 名前は道端孫左衛門、もと小学校の校長で地元の歴史研究家だという。すこし話をしたが茶道具にもかなり詳しいようだ。
 これは期待できるかもしれない。半沢は母の人脈を見直した。
「ふうむ・・・・金魂の壺ね。見たことはありませんが、聞いたことがあります。まぁいわば伝説の茶道具ですな。
 歴代の持ち主は、藤原道長、平清盛、そして織田信長、豊臣秀吉と歴代の日本の支配者です。そして秀吉から前田利家に渡ったと言われています。
 そう加賀百万石の前田利家ですよ。当時、秀吉は病床にあり跡継ぎの秀頼の守役になっていた利家に後の事を頼むと手を合わせて託したそうです。
 ただその時、最大のライバルである徳川家康は、秀吉亡き後の天下を手に入れようと画策していたのですな。
 金魂の壺には、ある噂があるのです。
 それは、それを持つものに大きな富をもたらすという噂です。
 歴代の持ち主、藤原道長は「この世をば わが世とぞ思ふ 望月の 欠けたることも なしと思へば」と詠んだ当時最大の権力者でした。
 平清盛も、織田信長も豊臣秀吉も、この国を支配し巨大な富を手にしました。
 前田利家が亡くなった後、徳川家康が加賀に謀反の兆しありと前田家を攻めようとしたことがあります。
 慶長4年の加賀征伐ですな。
 この時、跡継ぎの利長は交戦する立場で城を固め、豊臣家へ救援を求めたのですが、これを拒否されたことから、母の芳春院(まつ)が人質になる条件を受け入れ、加賀征伐は撤回されます。
 これは、前田家に渡った金魂の壺を徳川家康が手に入れようと画策したのではないか、という噂がありました。
 なにしろ豊臣家を倒す戦には金がかかりますからな。
 関ヶ原の戦は、まさにこの加賀征伐の後です。
 その後、芳春院は14年間の長きにわたって、江戸で人質生活を続けることになりますが。
 私は金魂の壺は芳春院が、江戸に持って行ったのではないかと思うのですよ。
 江戸は繁栄し、世界的な大都市になりましたし、徳川幕府も大きな富を手にしました。
 芳春院は慶長19年に金沢に戻されますが、この時大阪冬の陣、夏の陣で豊臣家は滅亡します。
 金魂の壺も、その時芳春院と一緒に金沢に帰って来たのではないでしょうか。
 豊臣家も滅び、大きな戦も無くなりお役御免というわけですな。
 金魂の壺が戻った加賀百万石は、その功績か徳川幕府最大の外様大名となり、明治まで加賀藩は存続します」
「なるほど、あの壺が10億の価値があると言われるわけが、なんとなくわかりました」
 半沢直樹は、まだ半信半疑ではあったが、金魂の壺に興味がわいてきた。
「ところで、道端先生は金魂の壺は、この金沢にあると思われますか」
「さあ、それはなんとも。ただ大堂産業の社長さんも、尾山神社の宮司さんも、私は存じております。そんなウソをつく人達ではない。きっと金沢のどこかにあるのだと思いますよ」
 道端孫左衛門は、笑顔で半沢直樹を見つめていた。
「よかったら、私もその金魂の壺探しに協力させていただけませんか」
「それは、ぜひこちらからお願いしようと思っていたところです」
 半沢直樹は、深々と頭を下げた。
「いや観光のボランティアより面白そうだ」
 道端孫左衛門も、かるく頭を下げた。

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 4

 ふたりが向かったのは前田利家の墓のある、金沢郊外の『野田山墓地』だった。
 まつは元和元年(1617年)に金沢で亡くなっている。享年71才。
 その墓は野田山の奥、うっそうと茂る森の奥にあった。石造りの鳥居の奥に石の柵で囲まれた古墳のような小山があり、その手前に苔むした簡単な墓碑が立っている。
「これは・・・・もっと荘厳な墓かと思っていましたが、ずいぶんと質素なものですね」
「ええ、野田山は歴代の加賀藩主やゆかりの方々の墓所になります。いわばこの山全体が墓のようなものですね」
 あたりには人の気配もなく、梢を吹き抜ける風の音や、鳥の声しか聞こえない。
「まさか、あの墓の中に埋められているとか・・・」
「それはないでしょう。この中には立ち入りできませんし、なにしろ価値のある茶道具ですからね。埋めるなんてバカなことはないはずです」
 ふたりは墓に手を合わせたあと、野田山墓地の中にある、まつ晩年のゆかりの寺『桃雲寺』に向かった。
「ここは晩年のまつが、利家の墓参りに来ていた寺です。利家の菩提寺であり、利家とまつの肖像画があることでも知られています」
 石畳の敷き詰められた境内を通り、住職に案内されて、寺の中を見せてもらった。
 住職と道端先生は、顔なじみらしくにこやかに話しながら、金沢の文化財になっている『芳春院画像』を広げて見せてくれた。
 晩年のまつの尼姿が、精緻な筆で描かれている。
 住職によれば、この絵を描いたのはあの『長谷川等伯』ではないかと言うことだった。
 長年の歳月により絵はかなり傷んではいたが、ふと半沢直樹は絵の右下にある黒い塊に気が付いた。
「住職、これはなんでしょう」
 ぐっと目を近づけて見つめた住職は、あっさりと答えた。
「これは茶入れですな。芳春院さまは茶道にも精通なされておりました。棗(なつめ)や茶碗、茶入れも多数遺品として残されています。その中のどれかではないかと・・・」
「道端先生、これ『金魂の茶入れ』じゃないですか・・・・この丸い形といい黒い色といい」
「どれ・・・・うーん、断定はできませんが、確かに似ているといえば似ていますな」
 ふたりが絵を見つめながら首をかしげていると。
「こんな茶入れなら、うちの寺にも芳春院様ゆかりの茶道具が、蔵の中にたくさん残されていますよ」
「それだ」
 半沢直樹と道端先生は、住職に詰め寄った。
「蔵の中の茶道具、見せてもらうわけにはいきませんか」

 大きな蔵の中には、壁際の棚に大量の茶道具とおぼしき箱があった。
 かなり埃をかぶり無造作に積み上げてある。どれが貴重なものなのか、ガラクタなのか見当がつかない。
「これは、かなり時間がかかりそうですな・・・・」
 ふたりはマスクをつけ、シャツ一枚になり探し始めた。
 結局捜索は夜まで続いた。そしてついに金魂の壺を見つけたのだ。
 たくさんの茶道具に混ざって、棚の奥にしまいこんであった。いつだれがここに持ってきたのか、それはわからない。
 しかし価値のわからない人間にとっては、古い茶道具など、ただのガラクタにすぎない。
 埃まみれになった二人は、汚い風呂敷に包まれた小さな古い木箱を持ち出した。
 箱の表には墨で『茶入 金魂』と記されている。
 ただ、不思議なことに掛けられている紐が和紙で丹念に包まれている。
 和紙を紐から外してみると、細かい梵字がびっしりと書き込まれている。
 半沢は、まるで耳なし芳一の体に書きこまれた魔除けの呪文のような気がした。
 箱を開けると、古い布に包まれた茶入れが姿を現す。
「これは、まさしく『金魂の壺』です」
 道端孫左衛門が、興奮しながら手に取ってため息をつく。丸い形、漆黒の表面にキラキラと輝く金の粒。
「この美しさ、この色、この形、日本の最高権力者が愛した名物が、これなんですなぁ」
「そう、当行の担保、10億円の茶入れです」
 
 半沢は住職に状況を説明し、茶入れを銀行の金庫に保管することにした。
 ただ、今夜は半沢が預かって家に持ち帰り、明日の朝いちばんに銀行に持っていくことにした。
 半沢は、実家に戻ると風呂に入り、布団の枕元に壺を置いて眠った。

 
 半沢直樹は夢を見ていた。
 なにもない空虚な世界。空には極彩色の雲がたなびいている。
 ふと下を見ると、半沢の目の前に金魂の壺があった。
 見つめていると、ふたがぽこりと開いて小さな虫のような生き物が、のそのそと這い出してきた。
 そいつは急に大きくなる。
 平たい頭、大きな口、頭の上からは二つの目がぴょこんと飛び出しグルグルと動く。
 口には財布のようなチャックがついている。
 体は銅色の大きなうろこに覆われて、短めの手足と尻尾がついている。
「おい、おまえ。起きろ、目を覚ませ」
 その怪物が、寝ていた半沢をゆすって起こし始めた。
 これは夢だ。半沢がそう思った時、突然に目が覚めた。
 実家の客間の座敷に敷かれた布団の上。小さな明かりだけの薄暗い和室。
「はあーーーー夢か」
 布団から起き上がって半沢がため息をついた。
「夢じゃないよ」すぐそばで声がした。
 振り向くと夢に現れた怪物が、枕元にしゃがんでいた。
「うわわわわ・・・・・」
 半沢は跳ね起きた。これは現実か、夢だろ。
 本当にいるのかこいつは・・・・何度も目をこすったが消えない。
「おい、おまえ。封印を解いてくれて、ありがとうな」怪物は首をかしげながら、目をきょろきょろとさせている。
「あーーー四百年ぐらい寝てた。うん。なんか世の中、だいぶ変わったなーーー」
「お前はなんなんだ・・・」半沢の声は震えている。
「おれか、おれはカネゴンだ。いちおう神様、じゃないか。お前たちの言う妖怪かなぁ・・・よくわかんないが、とにかくおれはカネゴンだ」
「あの壺から出て来たのか・・・」
「そうだ。まつって言うばあさんがえらい坊さんに頼んで封印の紐を作って箱をしばっちまったもんで、ずっと出られなかったんだ」
「あの紐か」
 半沢は枕元の箱を見た。紐がほどけてふたが空いている。
「腹が減ったなぁ。もうぺこぺこだよ。なにせ四百年も食べてなかったんだからなぁ」
「怪物も腹が減るのか・・・・何か食べるか。まさか人間じゃないだろうな・・・」
「そんなもん食べるか。おれが食べるのはお金だよ。それも小銭じゃないぞ、たくさんあれば、あるほどいいんだ」
「そんな金、このうちにはないぞ。俺は銀行員だけど、サラリーマンだ。もらってる給料を、お前に食べさせるわけにはいかない」
 カネゴンは、ひひひ・・・と笑った。
「知ってるさ、そんなことは。おれが食べる金はお前が稼ぐんだ。おれが力をかしてやる。日本一の金持ちになるんだよ。そういや、お前。なんか見込みがあるな。金儲けがうまそうな匂いがするぞ」
「ひょっとして、信長とか秀吉が、天下を取ったのは、お前が食べる金を稼ぐため・・・・・」
「おっ、お前、信長とか秀吉のこと知ってるのか。そうだよ、おれの力で金を儲けさせてやったんだ。あのころはよかったなぁ、小判が食べ放題だった」
 ずるっ・・・カネゴンの口からよだれが垂れた。
「とにかく、おれはお前に決めた。しっかり儲けて、天下を取れよ。そしたらおれに腹いっぱい食わせてくれ」
 カネゴンの姿が薄くなって消えてゆく。
「あ、それからあの紐を包んであった紙、あれは焼いて捨ててくれ」
 
 はっ。
 半沢直樹は目覚めた。すでにあたりは明るくなっている、時計は朝の7時。
 枕元の金魂の壺を見る。
 昨晩、紐がかかっていたはずの箱が開いて、茶入れが見えていた。
 自分では開けたつもりはなかったが、あまりにも生々しい昨夜の夢、いや、そもそも本当に夢だったのか・・・・ 
 壺を取り上げ、ふたに手をかけた。
 力を入れても、やはり開かない。しかし前より壺が重くなっている・・・そんな気がした。
5

 翌朝、銀行で道端孫左衛門と待ち合わせをした半沢直樹は、昨夜見た夢の話をした。
「ふーーーむ、信じろと言われて簡単に信じられる話ではありませんな。でもあなたがこんなウソを言うとは、それこそ信じられない」
 半沢は紙に昨晩見た怪物の絵を描いて見せた。
「そう、こんな姿でした。まるで怪物、いや怪獣でしょうか。そいつが言葉をしゃべったのです」
 半沢直樹も、説明していて、どこか気恥ずかしい。
「うーむ、秀吉や信長がねぇ。そいつは『福の神』かもしれませんな。神道にも仏教にも福の神信仰がある。そればかりか世界中の宗教にも金儲けの神様がいるのは知っているでしょう。
 七福神の恵比寿、大黒、吉祥天やお多福、ビリケンや、東北の座敷わらしまで、その種類たるや人間の欲望と同じだけあると言っても過言じゃない。
 だとすれば中には、そのカネゴンみたいな奴もいておかしくはない。
 でもそいつは自分の空腹を満たすために取りついた人間を金持ちにするのでしょう。
 それは金持ちになって幸せになるというのとは、また別のような気がしますね。
 実際信長も、光秀に裏切られて殺されてますし、秀吉も晩年はずいぶん残酷なことをして、苦しんで死んでいます。
 取りつかれたら、どうなるんでしょうね・・・・そのまま封印してしまったほうが、いいのでは」
 半沢直樹は考えていた。
 もしカネゴンの力が本当なら、この東京中央銀行のトップになることも、日本の金融を思うままにすることも可能かもしれない。
 あの大和田常務さえも、足元にひれ伏させることが出来るかもしれない。
 自分の理想とする、銀行。真にお客様のためになる銀行を、この手で実現することが出来るかもしれないのだ。
 だがそのために、自分の魂まで売ってしまうことになったら。
 あいつは福の神ではなくて悪魔なのかもしれないのだ。
「そうですね。うまい話には乗るな。これは金融の大原則です。疑ってかかるのが正解でしょう」
「で、壺はいまどこに」
「まだ実家に置いてあります。やはり先生に相談してよかった。すぐに戻り、再び封印して銀行に保管しましょう」
 その時、半沢の携帯が鳴った。実家からだ。
「直樹、いま国税局の方が何人も来て、なんか捜査だって言って無理やり上り込んでいるのよ。すぐに帰ってなんとかしてーー」
 母の取り乱した声が聞こえる。
 電話のむこうから、この家にあるはずだ、徹底的にさがせ、という大声が聞こえる。
「しまった」
 半沢は携帯を切ると、銀行を飛び出した。交差点に出るとタクシーを拾う。
 間に合うか・・・・半沢直樹は実家に向かった。

 そのころ半沢直樹の実家では母親が逃げ回っていた。
 踏み込んだのは国税局の査察官黒崎俊一と部下の相模と大塚だ。
 大堂産業の脱税を捜索していて『金魂の壺』のうわさを聞きつけ、実家に戻った半沢をひそかに見張っていたのだ。
「あの壺はこの家のどこかにあるのよ。さっさと探しなさい。桃雲寺の坊さんにも裏はとってあるのよ。国税から逃げられると思ってぇ」
 部下をオネェ言葉で怒鳴りつけながら、母親に迫る。
「どこにあるの、知ってるんでしょーーーあんたの息子が昨晩持ち帰ってきた木箱に入った壺よ」
「知らないわよ、そんなもの。うちにそんなお宝があるわけないでしょ。帰って、帰ってください」
 ほほほ、黒崎は笑った。
「ボロが出たわね、私はただ壺って言ったのよ、お宝なんて一言も言ってないわ。さあ、どこよ」
 追いつめられて母親は、ちらりと半沢の寝室の方を見た。
 まだあの壺は、直樹の枕元にあるはずだった。その視線を黒崎は逃さなかった。
「相模、大塚、向こうの部屋よ」
 黒崎は母親の手をつかむと、部下に客間の方を指差した。
 その時、母親が黒崎の手を振り切って客間に駆け込んだ。床の間に無造作に置かれた金魂の壺を抱えると、廊下に走り出てトイレに駆け込んだのだ。
 中から鍵をかけて閉じこもる。
「開けろ、開けるんだ」部下がガチャガチャとノブを回す。
「あっけなかったわね。もう見つかったわ。さあ、こんなドア破って、さっさと引きずり出すのよ」黒崎は腕組みしながらほくそ笑んだ。
「おい車からバールを持ってこい」部下が走って取りに行く。
 中では母親が、震えながら壺を抱えていた。このままでは逃げることもできない・・・・
 と、その時。
 壺のふたがぽこりと開いた。そして中から飛び出したカネゴンが見る見る大きくなり始めたのだ。
「きゃーーーー」母親の絶叫が響く。
 トイレの中いっぱいにふくれあがったカネゴン。母親は頭をかかえてうずくまってしまった。
 その時、バールを使って、バリバリとドアが破られた。
 国税局の三人が見たものは、まさに怪物だった。
 大きな口を開けて、頭の上の二つの目はグルグルと激しく動いている。カネゴンは叫びながらドアの前の三人を突き飛ばした。
「なによ、これはいったいなんなのよ」
 黒崎も後ずさりする。まさに信じられない怪物の出現だった。
「うわーーー食っちゃうぞぉーーー」
 カネゴンは両手を挙げて大きな口を開けて叫んだ。
 パニックになった相模と大塚が、はいつくばって逃げる。黒崎もその後を追った。
 家の中を逃げ回る3人、ドタドタと追いかけるカネゴン。
 テーブルやイスをひっくり返し、洗濯ものをけっとばし、茶わんや皿が床に落ちて割れた。
「外に逃げるのよ」黒崎が叫ぶ。
 その時、半沢直樹の乗ったタクシーが玄関先に着いた。
 料金を払ってドアが開いたと思ったら、自宅の玄関から国税局の三人が飛びだしてきた。
 その後から、なんとカネゴンがひょっこりと顔をだす。
「あーーーーーー本当にいたんだ」半沢が指を差して叫んだ。
 カネゴンはしまったと思ったのか、くるりと反転すると、家の中に駆け込んでいった。
「まて、待ってくれ・・・・・」半沢も後を追う。
 国税局の黒崎は、それを呆然と眺めながらぽつりと言った。
「もう、なんなのよ。これはぁ・・・」
 地震にでもあったような有様のキッチンで、半沢はカネゴンに向かい合っていた。
「どうするんだ。こんなことになって。正体がマスコミに知られたら、見世物か実験動物だぞ。もう金なんて食えなくなるぞ」
「そんな困るよ。あいつらが、あんまりひどいことするから脅かしてやっただけだよ」
 カネゴンがしょんぼりとしている。
「もうあの壺にはもどれないな。お前が四百年眠っている間にあの壺は、大変なお宝になってしまった。このまま銀行の金庫に閉じ込められて終わりだ」
 カネゴンの飛び出した目から涙がぽろぽろとこぼれる。
「いやだ、いやだ。まだお金も食べてないし、もっといろいろと世の中を見てみたいよ・・・・」
 半沢は、キッチンの棚にあった『じろ飴』の壺を手にした。『じろ飴』は天保元年(1830年)から続く老舗俵屋の飴で、水あめが陶器の壺に入っている。
 金沢の名産品であり、料理に使ったり、子供のおやつになったりする。半沢直樹の好物でもあった。
 使い終わった壺は母が洗って、漬物や梅干しを入れるのに使っている。
「そうだ。いい考えがある」
 半沢直樹は、カネゴンを連れて客間の方に戻っていった。

 結局『金魂の壺』は、黒崎が手に入れた。
 そのかわり、あの化け物騒ぎは、黒崎がなかったことにしてくれた。もっとも彼にとっても報告のしようのない出来事だったが。
 それと、なぜかふたの開かない大名物の茶入れだったが、黒崎が手にしてみると簡単にふたは開いた。
 のぞいても何も入っていないし、振っても金の音もしない。
 それでも、鑑定書の通りどこから見ても本物には間違いない。
 黒崎は、どこか納得しないまま、東京に戻っていった。

 休暇扱いになっていた半沢は、東京中央銀行に戻った。
 内藤部長には、カネゴン抜きの報告書を提出。部長は「そうか、残念だったな」とだけつぶやいた。
 まぁ正式の業務ではないし、おとがめはないだろうが、大和田常務の心証は悪くなっただろうなと思った。
6

新海面処分場は、東京湾に所在する中央防波堤の外側埋立地だ。東京23区最後のゴミ処分場でもある。
 半沢直樹は、防波堤の上に立って海を眺めていた。
 青い空、きらきらと光る海面。しかし足元には都内から出た大量のごみが捨てられている。
 カラスやカモメがひっきりなしに飛び回り、エサを探している。
 半沢は、ポケットから小さな壺を取り出すと、ぽんとゴミの中に投げ捨てた。
 そして後も振り返らずに止めてあった車のところに戻ると走り去った。

 その夜の事である。
 花が、スゴイごちそうを食卓に並べた。出前の上寿司にすき焼き。高そうなワインまである。にこにこ顔で半沢を迎える。
「なんだなんだ、今日はなにかのお祝いか。どうしたってんだ」
「えへへへ、直樹、金沢からお土産持ってきたでしょ」花が笑っている。
「じゃーーーん。これ見て」
 花が取り出したのは、一枚の宝くじだ。帰り際、なにげなしに金沢駅で買ったやつだ。
 普段は宝くじなど買ったことのない半沢だが、その時はなんとなく買う気になって、一枚だけ買ってみたのだ。
「なんと、なんと。10万円当たっちゃったーーーーバンザーイ」
「えーーーーほんとかよ。すごいなぁ。当たるもんなんだなぁ・・・・」
 と、ふと気になった。
 あの時、カバンの中にはじろ飴の壺が入っていたのだ。
 そして壺の中には・・・・・・
 喜びのあまり踊っている花を見て、半沢はちょっとだけ後悔した。
 捨てなきゃよかったかな、と。

 新海面処分場で働く作業員は、不思議なものを見た。
 それは夕焼けを背景に、ゴミの山の上で楽しそうに遊んでいる変わった生き物の姿だ。
 平たい頭、大きな口、頭の上からは二つの目がぴょこんと飛び出しグルグルと動く。
 口には財布のようなチャックがついている。
 体は銅色の大きなうろこに覆われて、短めの手足と尻尾がついている。
 ゴミを掘って、捨てられた人形やおもちゃで遊んでいる。
 しかし、じっと見つめると、ふいにその姿は消えてしまう。

 そう、カネゴンは、ようやく安住の地をみつけたのかもしれない。

  了


 あとがき

 今回もまた、特撮とは関係のない「半沢直樹」を題材にしました。
 でも、話は「ウルトラQ」なんですよ。
 銀行員、お金、カネゴン・・・・ああ、単純すぎるこの発想。
 我ながらバカじゃないかと・・・・
 でも、カネゴンと言えば開田裕治さんの描いたウルトラQのジャケットのカネゴンの絵。
 あれは開田さんの最高傑作だと、ひそかに思っているのですが、その絵が浮かびました。
 絶対ラストシーンは、あれにしよう。
 あとは、風呂敷を広げるだけ広げて、はい終わり。
 おあとが、よろしいようで(笑)
面白く読ませていただきました。
オリジナルの加根田金男だったら当時既に「金は貸すけど倍返しだからな!」ぐらい言ってそうな気がします。
久々に楽しく読まさせて戴きました。
半沢直樹とカネゴンをリンクさせる手法はお見事ですね。
カネゴンが時の天下人を儲けさせていたという発想が卓越していますね。
もしカネゴンがいなかったら、日本の歴史は変わっていたかも知れないですね。

結局、誰も傷付く事が無かったというラストシーンには、ちょっとほっこりですね。
最近は、殺伐とした事件ばかりですから。
>>[6]
そう、今回は「倍返しだ」というセリフ入れるシーンがありませんでした。
ちょっと残念です。
>>[7]
今回のネタはオリジナルのウルトラQ用に作ってあったネタを流用しました。
藤原の道長までさかのぼると、もっと話が膨らむのですが、ページの都合で割愛しました。
でも日本の歴史に潜む、福の神伝説というネタは自分でも気に入ってます(笑)

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