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メトロン星人の本棚コミュのウルトラQ 「宇宙からの贈り物」2

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5

 現場に一番早く到着したのは消防車だった。
 燃えさかる炎はかなり遠くまで見えたため、爆発音に驚いた近在の民家から消防署に通報が入った。
 しかし、遠くから消防車を連ねてやってきた消防士達は、なすすべもなく立ちつくすことになる。なにしろ燃えているはずの建物は破壊され瓦礫に変わっていた。

 ナメゴンの姿も消えていた。
 車の中で息を潜めて様子をうかがっていた博士達も、その後を追うような無謀なことはしなかった。
 ナメゴンはその巨体にもかかわらず、かなりのスピードで移動する。密集する山林の中でも、木と木の細いすき間を器用にすり抜けて進むのだ。
 もし見つかって攻撃されれば車などひとたまりもなかっただろう。

 博士達は、国土庁と防衛庁に連絡をとり、付近の住民の避難と、あたり一体の山林を封鎖するよう依頼した。
 ナメゴンという未知の生物の出現に対し、仮に捕獲するにしても攻撃するにしても有効な攻撃力と機動力をもつのは自衛隊しかない。
 首都東京のど真ん中で起きた『マンモスフラワー事件』以来、一ノ谷博士は政府に強い発言力をもつようになった。
 あの事件の後、防衛庁長官が『対特殊生物防護研究部隊の創設』を発表したため、防衛庁は予算取りに奔走し、なんとか10億円の予算を獲得した。

 ところが困ったことに自衛隊の中には特殊生物(怪獣)に対する広範な科学知識をもつ専門家がおらず、どこから手をつけていいのかもよくわからない。
 そこで一ノ谷博士を中心とする生化学者や細菌・ウィルス学者・遺伝子学者・法医学者・薬学者・植物学者・古代生物の研究者など、外部の専門家を集めて『特殊生物対策懇談会』を開催。あわせて陸自の朝霞駐屯地に「特殊生物研究本部」を設置した。
 実際の隊員となる「特殊生物研究官(通称 特生官)」は目黒の衛生学校を総本山とする医官系ではなく、大宮の化学学校を総本山とする化学科職種の隊員が選ばれた。

 化学防護隊(化学防護小隊 通称 化防小隊)は、もともと陸上自衛隊の中で核・生物・化学兵器(NBC)対策を専門に行う部隊である。

 全国の各師団・旅団司令部には直轄部隊として化学防護隊か化学防護小隊が各一個ずつ置かれており、化学科職種のプロ達が待機している。
 化学防護隊は約60名、化学防護小隊は20名からなり、化学防護車が各2台ずつ、除染車が各4台ずつ配備されている。

 この他、大宮の化学学校に直属の第101化学防護隊がいる。

 こうしたNBC防護の専門知識をうけたプロは、陸上自衛隊全体で約900人。うち三尉以上の幹部が250人。陸上自衛官15万人からみれば、その数は驚くほど少なく予算も全部で30億円ほどの小規模なものなのだ。

 「特殊生物研究本部」の隊員「特生官」はこの化学防護隊から特に選ばれた隊員で組織された。

 一般の自衛隊員とは違い、防衛庁長官の直接の指揮で迅速に行動し、特殊生物の調査、汚染地域の封鎖、住民の避難誘導・隔離などに大きな権限を持つ。

 また攻撃の必要があれば、必要に応じ陸・海・空の各部隊に出動要請をする事が出来る。
 装備は化学防護車が2台、除染車が4台。それに八七式偵察警戒車1台、ヘリ『UH-1J』が2機が配備された。
 一ノ谷博士は「特殊生物研究本部」の顧問となり、創設時の中心メンバーになった。

「これからどうしましょう、博士」

 白々と明けてきた空を見上げながら本田がたずねた。
 現場に続く山道にはパトカーと消防車がじゅずつなぎになり消火作業と現場保存の作業が行われていた。焼け残った残骸からは白い煙が立ち上り、火事場特有のきな臭い匂いに加え、焼けたナメクジから発する吐き気をもよおす強烈な臭いが充満していた。
 
「夜が明けるぞ。ナメゴンを構成する細胞がもともとナメクジのものであるならば、あの怪物は夜行性のはずだ。昼間は暗い所に隠れるだろう。
 そうなるとこんどは我々の番だな。本田、ゆっくり寝ている暇などないぞ。もうすぐ「特生隊」がやってくる。そうなれば、あの野次馬どもを追い払って本格的な調査が出来る」

 「あのう、私は帰ってもいいでしょうか・・・・?」
水谷がおそるおそるたずねる。
 
「おお、すまんかったな。大変なことにつき合わせて。帰ってもいいと言いたいところだが、怪獣の正体がまだわからん。もうすこしつき合ってもらうことになる」
 
「はぁ・・・?」
 
「もうすぐ「特生隊」がやって来る。防疫検査のためにあそこにいる警察官や消防隊員といっしょに病院にいってもらうから、そのつもりでな」
 水谷の顔が凍り付いた。
 
「おお、そうだ。奥さんに電話しといたらいい。しばらく帰れないと言っておきなさい」

 水谷は口をあけたまま、へたへたと座り込んだ。


 その時、上空からヘリの爆音が聞こえてきた。
 「特生隊」のヘリがやってきたのだ。
風を巻き上げヘリが地上すれすれまで降りてくると、次々と隊員が飛び降りる。
 その中の指揮官らしい3人がまっすぐ博士のところにやってきた。
 
「一ノ谷博士、お疲れさまです。状況はいかがですか」
 
「おお、早かったの。本田紹介しよう、特生隊の村田隊長だ」
 
「村田です。よろしく」
 
 村田隊長は30代後半の精悍そうな男である。階級は二等陸佐。
 
 「長谷川です」

 「平野です」

 若い二人を加えた戦闘服姿の三人が並んで敬礼した。
 
「やっと上から正式に災害派遣要請がでましたので駆けつけました。しかし怪獣出現とはおだやかじゃありませんな」
 
「事態は連絡したとおりだ。特殊生物ナメゴンはこのあたりの地中に潜んでおる。わしの見立てではあいつは地球外生命体の可能性が高い。焼け跡とこのあたり一帯を完全に封鎖してくれ。
 放射能汚染や化学的汚染の心配はまずないと思うが、生物学的汚染となると、結果が出るまでには時間がかかる。あの連中も全員検査してみないとハッキリしたことは言えん」

 横で長谷川が手早くメモを取り平野隊員に手渡す。平野隊員はすぐに指示を出すため走っていった。
 
「いまパトカーの先導で守山の化防小隊がこちらに向かっています。
 指揮車が1台、化学防護車が1台、除染車が4台、それにバスも何台か来るはずです。あのパトカーと消防車両はここに残しておいて、とりあえず全員を病院に運びましょう」

 「それはありがたい。他の隊員にも注意するように言ってくれ。そうじゃせっかくのヘリだ。この周辺の航空写真を撮ってくれ。特にナメゴンの消えたあたりを中心にな。
 あの体じゃ地下深くには潜れまい。そう遠くない場所にひそんでおるはずだ、痕跡がみつかるかもしれん」

 「わかりました。とりあえず出来ることはすべてやりましょう。これは我々にとっても初の実戦です。まさか自衛官になって本当に怪獣と戦うことになるとは思いませんでしたが、これも仕事のうちです」
 村田隊長はそう言って笑顔になった。
 「たのむぞ。とにかく事態は猶予ならんところまで来ておる」

 村田隊長達が去ると、今度は先ほどの平野隊員が走ってきた。あたりを見回すとそっと博士に耳打ちした。
 
「博士、あれ使ったでしょ。僕が作った小型ナパーム。バレたらまずいですよ」
 
「あれは君が作ったものだったのか!」
本田が思わず大声を出す。
 
「しーっ!声が大きい。あれは博士に頼まれて対特殊生物用に開発した新兵器なんです。まだ試作品だったのになぁ」

 「心配するな。これぐらい、わしがすぐにもみ消してやる。大体、あんな怪獣が出現するとは思わなかったんじゃ。さっさとナメクジだけ処分してしまえば大事にならないと、わしなりに気を使ったつもりだったんじゃがなぁ、おまえ達が出てくると面倒じゃろうが」

 「まぁ、そうですが・・・で、どうでした効果のほどは」平野の表情が子供のようになる。
 
 「おお、バッチリじゃ。あの鶏舎を見ろ。一発で丸焼けじゃ」
 「そうですか、そうですか。うひひひひ。そりゃよかった」
 平野はうれしそうに敬礼をすると本隊に駆け戻っていった。

 その後ろ姿を本田があきれ顔で見送っている。
 
「驚いたか本田。あいつはあれでなかなか優れたエンジニアなんじゃ。ちょっと変わり者じゃがな。
 特生隊は、自衛隊の組織では使いこなせん個性の集まりじゃ。実戦にはああいった奴の方が役に立つ。わはははは・・・・」

 博士はそう言うと、本田の背中をばんばんと叩いた。


 早朝のため渋滞にもひっかからず本隊もまもなく到着した。
 隊員達はきびきびと動き、忠実に職務をこなした。
現場の完全封鎖、警察官、消防士達の搬送、焼け跡からのサンプル採取・分析、大田原と田中の遺体収容、鶏舎に残ったナメクジの処理などである。
 特に巨大ナメゴンの残した粘液の跡をたどった追跡隊は、ナメゴンが地中に潜ったと見られる大きな穴を見つけた。
 直径は約10メートル、山中にも関わらず木を押し倒し、かなりの急勾配で地下に潜っていた。ただ穴は入り口から20メートルも行かないうちに落盤していて先にはすすめない。
 特生隊は周辺の土壌サンプルをかき集め、地震感知器を周辺に広く設置した。これで地中に潜むナメゴンが動けば振動で居所が関知できるはずだ。
 駐車場には特生隊の車両がひしめき合い。テント張りの本部が設置された。


 第一回目の対策会議はその中で開かれた。

 捜索や調査を終えた各責任者が集まり報告をする。
 皆一様に緊張の色が隠せない。なにしろナメゴンがいつ再び現れるかわからないのである。
 
「いいか、我々の目的は特殊生物ナメゴンの殲滅である」

 村田隊長が各班の責任者を見回すと、ハッキリと言った。
 
「一ノ谷博士が研究所で調べた結果、食用にされていたナメクジから地球外生命体と見られる遺伝子が見つかった。もともとは地球の生物だったナメクジが、なんらかの遺伝子操作をされて変異した結果と考えられる。
 その原因はまだ特定できていないが、博士が目撃されたという特殊生物。これからはナメゴンと呼称するが、これが原因ではないかと思われる。

 引き続き分析班は、現場で採取した細胞や、ナメゴンの粘液から特殊生物の弱点を探してくれ。
 偵察班はヘリを使って周辺を調査、出来る限りナメゴンの存在位置を探ること。それと周辺住民の避難誘導とマスコミへの対策も同時に行う。
 すでに死者が二人も出ているんだ。我々が来たからには、これ以上被害者を出すな。いいか!」

 「はい!」

 全員の顔が緊張でこわばる。
 
「村田隊長」
長谷川隊員が立ち上がった。
 
「事務所跡を捜索しておりましたら怪しい物を見つけました。小さな金色の球ですが、かなりの放射線を検出しました。危険と判断しましたので鉛の箱に保管してあります。
 博士に分析をお願いできませんでしょうか?」

 「よろしい。早速ヘリでわしの研究所に運んでくれたまえ。そうだついでにあの二人の遺体もうちで引き取ろう。なにかわかるかもしれんからな」

 一ノ谷博士が立ち上がる。
 
「本田、我々の仕事はここまでだ。研究所に戻るぞ」
 数分後、博士と本田を乗せたヘリは、金色の球と共に東京に向かっていた。

 6

 夜になった。
 ナメゴンの出現が予想されるため「特生隊」と守山から来た化防小隊の隊員達は厳戒態勢を取っていた。
 指揮車の中ではオペレーターの背中越しに、村田隊長が腕を組んだまま地震探知機のモニターをじっと見すえている。
 出現に備えてすでに伊丹の陸上自衛隊から戦闘ヘリの出動要請も出してある。
 周辺の住民の避難も完了した。マスコミには総理府から報道規制をかけてもらってある。

 今マスコミに騒がれてはパニックになる。素早く事態を収拾しなくてはならない。
 出来ることはすべてやった。
しかし村田は迷っていた。機関砲や対戦車ミサイルといった近代兵器が怪獣に対して、果たして効果があるものかどうか確信がもてない。
 また、この事態が短時間で終わるという保証もない。もしこのままナメゴンが現れなかったら正体不明のまま危険な山狩りをしなければならない。
 また、報道規制をかけてあるマスコミに真相がリークされるようなことがあったら・・・次々と最悪の事態が頭をよぎる。ただじっと過ぎてゆく時間を待つことは辛かった。

 動け、動いてくれ・・・祈るような気持ちでモニターを見つめる。

「隊長、コーヒーはいかがですか」

 北村隊員が、熱いコーヒーを持ってきた。北村は「特生隊」の通信担当、長身の青年である。

 「すまんな」
カップを受け取るとゆっくりと飲んだ。熱い甘い液体が体に染み渡るようだ。

 「本当に、この山の中にいるんですかね?怪獣かぁ・・・・私にはまだ信じられません」

 村田の顔から緊張が消えた。ひとなつこい笑顔がうかぶ。
 
「いるよ。ナメゴンは必ずいる。一ノ谷博士も本田さんもハッキリと目撃したんだ。なにより現場の状況が特殊生物の存在を証明している。我々がやっていることは無駄じゃない」

 「そうですね。でもなぁ、初の実戦がナメクジの化け物ですよ。かっこ悪くないですか?もっとハデな怪獣ならよかったのになぁ、たとえばゴジラとかガメラとか・・・」
 
「バカを言うな、そんな怪獣はこの世には存在しない。あれは所詮映画の話だ。それに仮にいたとしたら我々はアッという間に全滅だ。そんな怪獣に対抗できる火力は我々にはない。
いいかこれは現実なんだ。
 山に危険な動物、仮に人喰い熊としよう。そいつが出現した。犠牲者も出て被害も広がる。猟友会や警官隊が山狩りをするが倒せない。そんなときどうする?
 そのうえ熊が危険なウィルスを持っていたとしたら・・・我々が想定している事態とは、そんな事件の延長線上にあるべき物だ。
 巨大なヒーローもいなければ、超兵器もない。危険で地味な仕事だよ。ただし、守るべきものは、ヒーロー達と同じだがな」

 村田は自分に言い聞かせるように語った。そうなのだ、これまで長い日々を地道な研究と訓練に費やしてきた自分たちでなければ出来ない仕事が目の前にある。
 こうした危機に対処できるのは我々だけなのだ。そう思うと強い使命感が湧いてきた。
 
「ありがとう。うまかったよ」

 そう言って村田がカップを置いたと同時にモニターに変化が現れた。
 オペレーターが報告する。
 
「反応あり。何かが動いています。深度は10メートル、進路は東。このままだとあと2時間ほどで民家のある地域にでます」
 
「よし、すぐ出るぞ。ヘリで上空から追跡。特殊生物を確認せよ。進行方向に防衛線を敷く、伊丹にも出動要請!」

 指揮車の中は急にあわただしくなった。



 そのころ東京の「一ノ谷研究所」にも怪獣出現の第一報が入った。
 博士と本田はヘリの中でつかの間の仮眠を取ると、すぐさま巨大ナメゴンの残した体液や体組織の分析に入った。
 弱点がわかれば有効な攻撃方法が見つかるはずである。

 「博士、ナメゴンが動きました。このまま進めば怪獣は町に出ます。奴の目的は何でしょうか」
 
「村田隊長、ナメゴンは飢えておる。あれだけの巨体を維持するには、山にある落ち葉や植物ではとても足りないはずじゃ。里に出て民家や家畜を襲う可能性が高い。その前になんとか倒さねばならん。
 そうじゃいいことを教えよう。ナメクジの好物はなんだと思うね?」
 
「はぁ・・・?」

 村田隊長はとまどった。クイズなどやっている場合ではない。
 「博士、じらさないで教えてください。奴を引きつける方法があるんですか」
 
「うむ。『メタアルデヒド』じゃ。ナメクジ用の農薬に含まれておる誘引作用のある化学物質じゃよ。
 主にアルコールを酸化させて作るのじゃが・・・」

 「そんなものを今から大量に用意することは出来ません。もっとなにか別の物はないんですか!」
 
「まぁ、まて。別に『メタアルデヒド』を用意しろとはいっとらんよ。ナメクジは匂いに敏感な性質がある。
 似たような物で十分だろう。そこでじゃ、大量のアルコールを用意したまえ。そうじゃな。ビールでよかろう。
 進行方向にビールをばらまいて誘導するんじゃ。そして近づいて来たところを爆破する。不死の細胞も焼き尽くせば死ぬ」

 「わかりました。ビールですね!」

 村田は即座に言い放った。

 一ノ谷博士の発案による「特殊生物ビール誘導作戦」が発動された。
 近隣の酒屋、酒の安売り店やスーパーに自衛隊のトラックが次々と横付けになる。

 降りてきた自衛隊員がどやどやと店内に入ると、あたり構わずビールケースを運び出す。あわてて駆け寄る店員には班長が説得にまわり、請求書を防衛庁に回してくれと頼んだ。
 
「よーし!積んだか。次、行くぞ」

 急発進したトラックが別の酒屋目指して猛スピードで走ってゆく。酒屋の店員は渡された名刺を手に、ガランとした店内で呆気にとられていた。

 「なんなんだよ!宴会でもやろってのかよ。まじめに仕事しろ!このやろう!」
 自衛隊のトラックには途中からパトカーの先導がついた。
 上空には索敵中のヘリが飛んでいる。ヘリからの報告では、やはりナメゴンは街に向かって進んでいるらしい。
 待ち伏せ地点には、近くにある高校のグラウンドが選ばれた。
 田舎の高校のグラウンドはかなり広く校舎からも離れている。周辺は田園地帯だし民家も少なかった。

 そのグラウンドに大きな簡易浴槽が二つ設置された。これは自衛隊の各師団に備え付けられている備品で、一度に30人が入浴できる大きな野外入浴セツトだ。
 今はそこに集めてきた大量のビールが流し込まれた。

「ああ、もったいねぇなぁ・・・せっかくのビールが」

 次々とナイフを使ってアルミ缶を切り、浴槽に流し込む隊員がぼやく。
 
「ホントだよ。ナメクジに飲ませるなんてなぁ」
 
「おい!そこ私語をするな。時間がないぞ。もっと手早くやれ」 班長の怒声が響く。

 特生隊の長谷川隊員は災害派遣時に使う給水車にビールを詰め込んでいた。ナメゴンを誘導するために地面にまくためだ。
 もちろん攻撃の準備もおこたりない。
 ビールの入った浴槽のまわりには強力な爆薬が仕掛けられた。また、退路を断つための捕獲用の網も仕掛けられた。
 村田隊長の指揮車が山中から移動し配置につく。ナメゴン出現に向けて防衛線の準備は整いつつあった。

 闇が濃くなった。

 ひっそりとした水田地帯に蛙の声だけが響いている。
 突如、その静寂を破って水田の一部が盛り上がり小さな山が出現する。
 そして次の瞬間、地面を割って巨大なナメゴンが姿を現した。
 
「Cブロックの水田にナメゴン現出。誘導作戦を開始します」

 付近を警戒中の偵察部隊から緊急報告が入る。
 現れたナメゴンは全長約20メートル。大型のバス約二台分の大きさである。

 ナメゴンは昨夜よりさらに巨大化していた。不死の細胞を持つ化け物は、地中の養分さえも吸収し増殖を繰り返していたのである。

 にぶく金色に光る巨大な触角を高く振りながらあたりをゆっくりと見まわす。月明かりを反射し、ぬめぬめと光る背中には無数のこぶが生じ、触角の光にあわせ淡い光を発していた。
 全身を覆う体液はとろとろと流れ、体についた泥をアッというまに洗い流してしまう。この粘液はナメゴンが地中を進む時に役に立つのだ。
 体を極限まで細く伸ばし、全身を蛇行させ地中を堀り進むとき、この粘液が潤滑油の役割を果たすのだ。まさに異星の生物。もとは地球上の生物であるはずのナメクジが短期間にここまで変身するものだろうか。その姿は悪夢のように現実離れしていた。


 見慣れた田舎の水田の中を、しゅうしゅうと不気味な音を立てながら進むナメゴン。
 その姿は暗視カメラに捉えられ、衛星通信を使って指揮車にいる村田や特生隊のメンバー、それに東京にいる一ノ谷博士達にも同時に送られていた。
 長谷川隊員の乗る給水車が到着した。すかさず、ナメゴンに向かってビールの放水を始める。
 全員が息を詰めその瞬間を待つ。
 
「こい、こいよ。こっちだ!」

 果たしてビールにナメゴンが反応するのか?長谷川はまだ半信半疑であった。
 しかしその時、ナメゴンがゆっくりと向きを変えた。
 ビールの匂いにつられゆっくりと放水車の方に動き出したのだ。
 
「隊長、動き始めました」

 動きにつれ放水車はゆっくりと後退する。

 「ナメゴン、追ってきます。作戦は成功です!」

 モニターを見つめていたオペレーターが歓びの声をあげる。
 
「長谷川隊員。まだ作戦は始まったばかりだ、気を抜くな」
 
「村田隊長、給水車に気をつけるように言ってくれ」

 モニターを見ていた博士から連絡が入る。
 
「気をつけろ!あいつはかなり素早く動くぞ」
 
「わかっています。あれには長谷川隊員が乗っています。心配いりません」村田隊長が答えた。

 しかしナメゴンは進む方向が決まった途端に、ぐっとスピードが上がった。
 器用に体を前後に縮めながら、驚くほどのスピードで前に進む。
 やわらかな体を一気に5メートルほども縮め、素早く伸ばすだけで一気に10メートルほども進むことが出来るのだ。
 今や、『ナメクジの歩み』という言葉は当てはならなくなってきた。
 給水車が時速30キロ近いスピードで、猛然とじゃり道を走っているのに、ナメゴンがさらにそれを上回るスピードで迫ってくる。
 
「くそっ、なんてスピードだ!お前はナメクジだろう!」長谷川が叫ぶ。
 
「もっとスピードは出ないか?このままじゃ追いつかれるぞ」
 「わかってますよ!」
運転手は必死でアクセルを踏み込んだ。

 なんとしても、この先のグラウンドまで誘導しなければならない。

 しかし、もう思った瞬間。タイヤが路面の穴に落ちた。もし徐行していれば簡単に乗り越えられたはずの小さな穴だったが、暗い夜道をスピードを出して走っていた給水車は大きくバウンドし、そのまま頭から水田に突っ込んだ。
 フロントガラスが砕け、運転手は気を失った。

 「くそっ!」長谷川隊員はうめくと、絡まったシートベルトをナイフで切り、運転手をむりやり引きずり出すと、肩に担ぐぎ水田の中を必死に逃げた。

 すぐ後ろにはナメゴンが来る。背中越しに金属のゆがむいやな音が響き、自分のすぐ後ろで給水車がナメゴンに押し潰されたのがわかった。

 次は俺だ。そう思った瞬間、一歩でも早く前に進もうとする足が凍り付いたように動かない。
 肩に同僚を抱え、下は泥沼の水田。そう訓練ではこんな事態も予想していたのに、何ともなかったのに・・・。これが実戦か!長谷川は何度も転倒し運転手と共に泥まみれになった。

 もう、これまで!
そう思って水田に突っ伏したとき、急にナメゴンの動きが止まった。
 あたりをうかがうように触角を振ると、目的地のグラウンドの方へと長谷川達を追い抜き、前方に進み始めたのだ。

 ナメゴンは、泥まみれになった長谷川隊員の匂いを見失い。今度はグラウンドに漂うビールの匂いに引きつけられたのだ。
 鋭敏なナメゴンの嗅覚が長谷川隊員の危機を救った。

コメント(7)

「来るぞ!」

 そのころグラウンドでは隊員達が息をのんで待ちかまえていた。
投光器の灯りが全部消され、暗闇の中、あたりは不気味な静けさに包まれ、濃密なビールの臭いだけが立ちこめていた。
闇の彼方から大きな車のヘッドライトのようなものが近づいてくる。給水車が戻ったのか?

隊員の一人がそう思った瞬間、その灯りは大きく左右に揺れ始め空へと飛び上がった。
それは金色に光るナメゴンの触角の放つ光だったのだ。
ナメゴンはあたりに漂う甘い香りに引き寄せられた。ナメクジにとっては逆らう事の出来ぬ力を持つ甘い香りである。
何かに導かれるようにナメゴンは浴槽に近づき、頭を突っ込むとぐびぐびとビールを飲み始めた。

 
「これじゃ、まるでヤマタノオロチだ」神話に詳しい隊員がぽつりともらす。
 
「爆破しますか?」
 スイッチに手をかけた隊員が村田隊長の命令を待っている。
 
「いや、まただ、ゆっくり飲ませて動きが鈍くなるまで待て」

 浴槽のビールが半分にヘリ、ナメゴンの体表の色がほんのりと赤みを帯びてきた。
 
「よし今だ!ネットを展開」
合図に会わせ、まず浴槽を囲むように仕掛けられた鉄製の捕獲ネットが次々と立ち上がり、ナメゴンを取り囲む塀を作った。
 爆破の合図は、その気配に気づいたナメゴンが頭を持ち上げるのと同時だった。
 浴槽の下に仕掛けられた爆薬が大爆発をおこした。
 巨大な炎が目の前に広がり、強烈な閃光と爆風がナメゴンを包み込む。
 そのすさまじい衝撃は、巨大なナメゴンを引き裂き、バラバラにし、焼き尽くした。
 真っ黒い爆炎が立ち上り、頭上から四散したナメゴンの破片がバラバラと降り注ぐ。
 
「やった!やりましたね」
双眼鏡で見つめていた隊員達が村田隊長に駆け寄る。
 
「ナメゴン、殲滅。作戦成功です!」
 
「よし、状況終了。すぐに回収にかかれ」村田隊長が言い放つ。
 
「状況終了、回収、回収・・・・」隊員達の復唱する声は歓びに溢れていた。


 四散したナメゴンの破片は、ほとんどが真っ黒に焦げていた。
 隊員達は破片をスコップで回収すると、いくつもの巨大なビニール袋に詰め込み大型トラックに運び込む。

 中にはまだ、ぐよぐよと動き続ける活きのいい破片もあったが、すぐにガソリンがかけられ燃やされる。
 全員が汗みどろになりながらようやく作業が終わったとき、すでに2日目の朝が明けようとしていた。
 このあとさらに夜明けを待って、細かい破片を回収しさらに除菌作業を行わなければならない。
 対怪獣戦は、戦う前よりもその後の方が肝心なのだと博士は村田隊長に教えていた。
 このグラウンドも体液による汚染がないか観察するため、しばらくは自衛隊の管轄下に置かれる事になっていた。
 ナメゴンの死体は、人家のない自衛隊の演習場に運ばれ厳重に隔離管理される。

 なにしろ相手は未知の生物である。未知の生物の死をどう確認すれば良いのか、その方法論もまだ確立されてはいないのだ。
 死の判定は誰がどう行うのか?これもまた、特生隊の大きな課題であった。

 村田隊長に博士から連絡が入った。
 
「マスコミへの発表が決まったよ。昼のニュースで発表する。『特殊生物による被害を災害とみとめる』災害対策基本法が閣議で決まったそうだ。よかったな、これで法的根拠が出来た」
 博士の声ははずんでいた。
 
「ありがとうございます。これで我々の面目が立ちます」
 
「いや、これからがまた大変だ。マスコミの取材攻勢も相当激しいだろう。隊員達にはしっかり口止めしといてくれよ。特に地球外生物の可能性がある事は絶対秘密だ」
 「はい。承知しております」
 
「これが公になれば、風評被害だけでも大変なことになる。そうだな、放射能廃棄物の影響で巨大化したナメクジということで口ウラを合わせよう」
 
「了解しました」

 「放射能なら怪獣の出現した場所への立ち入りも制限できるし好都合じゃな。隊長、落ち着いたらそのうち一杯やろう」
 
「はっ、ぜひ」
村田隊長にも笑顔が戻った。
 自分の仕事を成し遂げたすがすがしい男の顔であった。
 7
 数日後、東京にある一ノ谷研究所では一ノ谷真里子と本田が大慌てで走り回っていた。

 一ノ谷研究所に次から次へとお客が来る。
 ほとんどが「特殊生物研究本部」に席を置く生化学者や細菌・ウィルス学者・遺伝子学者・植物学者・古代生物の研究者である。
 それに閣僚や防衛庁の役人もいた。
 普段はひっそりとしているこの屋敷だが、この日ばかりは人で溢れ、お茶出し、案内、会議室の準備と真理子と本田は目の回るような忙しさであった。

 食用ナメクジのサンプル、大田原と田中の遺体、正体不明の『金色の球』、それにヘリで届けられた巨大ナメゴンの生体組織。
 これらの処分とこれからの研究方針を決めるため急遽、臨時の『特殊生物対策懇談会』が開催されることになったのである。
 もちろん非公開、極秘の会議である。
 そのため一ノ谷研究所が選ばれたのだ。
 集められた専門家達は、いずれも博士とは顔なじみのメンバーである。

 ところがなぜか博士不在のまま、会議は始まった。まずマスコミには公表されなかった一連の事情を本田から説明されるとみんなの顔色が変わった。

 事態の意味する深刻さを理解したのだ。今すぐ研究室に連れて行けと詰め寄る研究者や、大声で討論を始める者、なぜファーストコンタクトを隠していたと怒り出す者、皆一様に興奮状態になり、たちまち収集がつかなくなった。
 しかも肝心な博士は研究室に閉じこもったまま一向に出てこない。
 本田がインターホンで呼んでも「待たせて置け」の一言だけで、取り付くひまもなかった。

 
「もう博士ったら、何やってるのよ。まったく!」

 台所で紅茶の用意をしていた真理子がついにキレた。
 お玉と銀盆を持ち、騒乱状態の会議室に入ると、ガンガンガンとハデに打ちならした。
 
「いーかげんにしてよ!!子供じゃないんだから!」
 この一括で、なんと騒ぎがぴたりと収まってしまった。

 「あんた達、仮にも一流の科学者なんでしょ。恥ずかしくないの!」
 横では本田が、ムンクの『叫び』のポーズのまま、凍り付いてる。
 
「騒いだからってどうなるってのよ。もうすぐ博士が説明するっていうんだから、おとなしく待ってなさいよ。まったく・・・・」
 そう言い放つと、真理子は「めっ!」とまるで子供を叱るようににらみつけ、すたすたと台所に戻っていった。
 17才のかわいい女子高生に叱りつけられ、政府の高官も含む一流科学者のメンバーは毒気を抜かれたのか、苦笑しながら全員が椅子に座り直し、もようやく冷静さを取り戻した。

 その時正面の壁がスライドし巨大な液晶スクリーンが現れた。
 手術着姿の一ノ谷博士の姿が写し出される。
 
「皆さん、お集まりいただき、ありがとうございます。本日は重大な決断をしていただくために来ていただきました。事件の概要と経過報告は、先ほど本田がくばった資料にある通りです。
 お手元のモニターを操作してご覧ください。それと私が皆さんの前に出られないのは、私が現在この会議室の地下にある、バイオハザードレベル3の実験室にいるからです。
 この実験室と隣接するレベル4の実験室には、資料にある特殊生物ナメゴンのサンプルが保存してあります」

 博士の言葉にあわせて各席に備え付けのモニターに別ウインドウが開き、ナメゴンの組織サンプルの写真とデータが写し出された。
 それは、まだ生きていた。バラバラになりながらも、細胞同士が独自に動きつつ合体し、もとの大きさに戻ろうと分裂と集合をくり返していた。

 出席者の中から驚きのため息がもれる。
 
「この組織は、資料にある通り地球上の生物とは明らかに異なる遺伝子構造をもっております。細胞の死をつかさどる『アポトーシス遺伝子』の大部分と『アボビオーシス遺伝子』が、そっくり抜けておるのです。
 つまりこれらの細胞は、外から破壊されない限り死ぬことがない。まさに不死身の生命です。
 しかも、元々は地球上にあった普通のナメクジが、なんらかの原因でそう変えられてしまったと思われます。
 その原因はなにか?それが、この小さな『金色の球体』です」
 
 
 
もうひとつ別のウインドウが開き、例の金色の球が写し出された。
全員の目がくぎ付けになる。見ただけでは何の変哲もない金属の球にしか見えないのだ。
 
「そう、このかわいらしい球体は、地球のものではありません。そしてこの球からは未知の放射線が出ておる。これは地球の生態系を根底からくつがえす恐るべき力を持っているのです」

 ここで何人かの科学者から質問の手が上がった。
 会議室の席には、それぞれマイクがついていて地下にいる博士とその場で会話が出来るのだ。
 
「この球体は何で出来ているのですか?」

 「うむ。専門ではないので断言はできんが、おそらく未知の合金でしょう。比重は金とほぼ同じだが、硬度がえらく高い。それに超音波による検査でも内部の構造はわからなかった」
 「破壊することは出来ないのですか?」

 スーツ姿の若い男ががたずねた。防衛庁の若手事務次官である。
 
「それは危険じゃ。もしもこれが爆弾だったらどうするね。破壊した途端、日本が吹っ飛ぶとしたら?」

 「爆弾なのですか!」事務次官があわてた。
 
「いや仮の話じゃよ。まぁ本当に爆弾なら地球に到達した瞬間に爆発するように、わしならセットするがね」
 
「するとその球体は知的な地球外生命体が意識的に送り込んだ物質と見て間違いないのですね」
 
「ファーストコンタクトだな!」
 会議室がどよめいた。
 
「これは地球に対する明らかな侵略行為だよ!」黒々と見事なひげを蓄えた閣僚がテーブルを叩く。
 
「いや、そうとは言えんのじゃないかね。むしろわしは、この球体を送り込んだ存在からは好意のようなものを感じるが」一ノ谷博士は言った。
 
「もしかすると宇宙人は我々を試そうとしているのかもな・・・・」

 「そんなバカな!これはあきらかに地球の生態系を破壊する行為ですぞ」
 
「いやいや生態系の破壊なら、もう人類の方がハデにやっておるよ。この球から出る放射線は使い方によっては人類が抱えている食糧問題を一気に解決する事もできる。
 そうなれば食糧危機による国際紛争もいっきに解決するだろう」
 
「それならば、素直にこの贈り物を受けたらどうでしょうか」さきほどの事務次官が答えた。
 
「いや、それは出来ん。この球体は使い方を誤ると大変危険なものになる。今の人類にはまだまだ分不相応なものじゃ。幸いこの球のことはここにいるメンバー以外には知られてはおらん。
 米国のバイオメジャーなどに知られる前に処分してしまうのが賢明だろうと思う」
 
「博士、勝手な判断は困る。それは研究費を援助している国家に対する背反行為ですぞ」先ほどの閣僚が立ち上がった。
 
「そうです。この球は人類にあたえられた未知の技術ですぞ。人類の進歩にどれだけ役に立つか。博士一人の判断で処分するのは反対です」

 何人かの参加者が閣僚の意見に同調した。

 
「バカもの!それこそが人類の傲慢。国家の独善だということがわからんのか!そんな技術など、どうせ政略的な取引の材料に使われるのがオチじゃ」
 
「一ノ谷博士。その発言は問題ですぞ。その発言、総理にそのまま伝えますぞ」

 一ノ谷博士の表情が一変した。目が細くなり、柔和な表情が消えた。
 
「しょうがないですな。本当は見せたくはなかったが・・・・仕方ない」

 博士が手元のキーボードを操作すると、正面スクリーンの画面が切り替わった。
 窓のないまっ白な部屋が写し出された。中央に解剖用のベッドが二台置かれている。
 そしてベッドの上には大田原権蔵と田中和夫の遺体が寝かされている。

 大田原の遺体は損傷が激しく、頭部が潰れ、内臓もはみ出していた。手や足もてんでに違った方向に曲がりベッドからはみ出している。
 田中の遺体は首が折れているらしく肩から鎖骨が飛び出していた。画面上部にある時間経過を示す数字から、二人とも死んでから丸一日経過していることがわかる。
 部屋に据え付けられた監視カメラの映像なのだ。

 「このふたりはナメゴンの犠牲者じゃ」博士の声が聞こえる。
 
「行政解剖を行うために安置してあった。これはその時の映像を録画だ。いいか時間経過を早めるぞ」

 博士の声と同時にカウンターの数字が2倍のスピードで動き出す。するとどうだ。死んでいるはずの遺体が動き出したではないか。
 わずかではあるが、潰れた組織がびくびくと動きだし、筋組織が盛り上がり、手や足の先の向きが少しずつ変わる。
 
「この二つの遺体は完全に死んでいた。心臓は止まり、呼吸もなく、瞳孔も開き、脳活動も停止していた。それが死語約6時間でこのありさまじゃ。
 この二人はたぶん例の球体に接触している。球体が発見されたのは事務所の金庫の中からだからな。具体的な接触時間は不明だが未知の放射線は、この二人を再生させようとしておる」

 見る間に二つの遺体だったものは、元の姿を取り戻し始めた。組織の再生はしだいにスピードを増し、損傷の少ない田中の首が元に戻る。
 そして目を開いた。その目はどんよりと濁り、しだいに鈍い光を放ち始めたのである。
 
「ナメゴンの目と同じ光だ・・・・」
 その部屋にいた全員の背筋に悪寒が走った。
 博士の意図することがわかったのだ。
 
「そう、彼らの細胞は生きているが、人間としてはすでに死んでいる。人が死んでも髪の毛がのびたり爪が伸びたりするのと同じじゃ。
 細胞は生きて活動しているが、果たしてこれを人間と呼んでいいものか・・・・」

 起きあがった田中はあたりを見回し、隣にもと幼なじみの大田原がいるのを見つけた。
 大田原も再生しようとしていた。しかしまだ全身が戻るには時間がかかる。
 潰れた頭部は盛り上がり、手足はねじ曲がりながらも再生しようとしていた。
 突然、大田原に田中が襲いかかった。
 大きな口を開けて大田原の首筋に食らい付いたのだ。
 もがく大田原と田中は、からみ合いながらベッドから落ちた。
 うつぶせに倒れた大田原の背中にむしゃぶりついて、田中がガブリガブリと口を動かす。
 大田原の首の肉を食いちぎり、飲み込んでいるのだ。
 口元からは血と体液がどくどくともれ、見る見るあたりを赤く染めてゆく。
 大田原は反射的に手を振り回し、折れた足を使って田中を振り落とそうともがいていた。
 しかし田中の食欲はそれを上回っていた。全体重をかけて大田原にのしかかり、今度は潰れた大田原の頭の傷の中に手を突っ込んだ。
 そして脳味噌をつかみ出すと口に・・・・

 「もう、いいじゃろう」

 博士の声と同時に、唐突にモニターの映像は消えた。
 正面のスクリーンには再び博士の姿が写し出された。
 
「こいつらゾンビが徘徊する世界を、君たちは望むのかね。死ねないということは残酷なことだよ。こんな永遠の命などクソにもならん」

 静まり返った参加者の中から、ため息と同じような小さな声で質問が出た。

 「この犠牲者、いやゾンビ達は、この後どうなったのかね」先ほどの閣僚だった。
 
「まだ知りたいかね」

 博士は冷たく言い放った。
 「君たちの言う貴重な資料だ。処分せずに保存してあるよ。これを見たまえ。今現在の姿だ」

 
 スクリーンに映し出されたものは、もとの体の3倍ほどに巨大化した田中の姿であった。
 醜くふくれ上がった全身は肉色のこぶに覆われ、その目は鈍く金色に光っている。

 それはまさに、人の姿をしたナメゴンそのものであった。




 人類にあたえられた理性が、この恐ろしい金色の物体を人の手の届かぬ深海に沈めることを決議するでしょう。だが地球上での政治的実権を握るため、さらに醜い争いが続けられるなら、第二第三の贈り物が届くかも知れません。

 それは今、この瞬間にやってくるかも知れないのです。

 

  第二話 おわり
ウルトラQは、大好きな作品です。

特にナメゴンは鮮烈でした。大きな光る眼、ぬめぬめとした体。
恐ろしくて、どこかユーモラスな怪獣。
この作品では、のちにウルトラマンに登場する「科学特捜隊」の前身である「特生隊」が登場します。
この組織がどうやって誕生したのか。
これも書いてみたかったのです。

でも、最後のアレは、ちょっとやりすぎかな(笑)
ううう、、、

何て恐ろしい。

恐怖以外の何物でも無いです。

地球外生命体は、SFの原点ですね。

それにしても、恐ろしい話ですね。
怪しい薬屋さん
いつもコメントありがとうございます。
この作品で、キャラの設定が確立してきた感があります。
久々に読み返してみて、続篇が書きたくなりました。

宇宙怪獣は書きやすいですね。どうしても地球上の怪獣だと制限が多くて。
細胞の組織とか、出自とか、その点宇宙怪獣は、だってそうなんだもーんと言い切れる良さがあります。
では。

次は、NHKの朝ドラ「ゲゲゲの女房」のお話です。
これも評判がよかった話です。

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