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メトロン星人の本棚コミュのウルトラQ 「宇宙からの贈り物」1

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 第二話

 「宇宙からの贈り物」

ある夜、それはゆっくりと地球に降りてきました。

それは我々になにをもたらすのでしょうか?

これからしばらくの間、あなたの目はあなたの体を離れて、この不思議な空間へと入っていくのです。



 1

満天の星がどこまでも広がっている。
視界をさえぎるものは何もなく、すべてが群青色の星空だ。
淡い光の帯のように見える天の川、北斗七星、きらめく星座達がゆっくりと夜空を回っている。
今、ひとつの星が流れた。
白く輝く尾を引いて、それは地球へとやってきた。
長い長い時を越え、何者かの意志を伝えるために・・・
それは、宇宙からの小さな贈り物である。

大田原権蔵は最悪だった。
彼は岐阜県の山中で養鶏場を経営していたが、春先に流行った鶏インフルエンザのあおりを受けて経営がいきづまったのだ。
京都で発生した鶏インフルエンザは関西方面で猛威を振い、いくつもの養鶏場が閉鎖された。さらに鶏が危ないという風評はあっという間にひろがり、鶏肉から卵まで需要が落ち込み、市場価格は大暴落。
前年に大きな投資をして山の中の養鶏場を広げたばかりの大田原は大打撃をうけた。
おまけに出荷先の大手スーパーからは取引停止を告げられた。
 
「いったい、どうしろってんだ!」
大田原は怒鳴りながら、事務所の椅子を蹴飛ばした。
吹っ飛んだ椅子はスチールロッカーにぶつかり、バラバラに壊れた。

「えっ?いったい俺がなにをしたってんだよ。バカにしやがって。いままで俺の金でさんざん飲んでおきながら、もう取引はできねぇだと!ふざけんじゃねぇ!」
赤黒い顔で一升瓶をラッパ飲みしながら、古びたソファーにどっかと腰掛け、あたりかまわず怒鳴り散らす。深夜の事務所にはもう従業員は誰もいない。

ただ一人応接用のテーブルを挟んで向かいに座っているのは営業部長の田中和夫だ。
びくびくと大田原の顔色をうかがいながら、コップ酒を片手にサキイカをしゃぶっている。

彼の仕事はいわば養鶏所の営業マン。大田原の会社の卵や鶏肉をスーパーや肉屋に売って歩く。
小学生の頃からガキ大将の大田原の子分になって遊びまわっていたるうちに、いっしょに会社を立ち上げ、もう10年以上もいっしょに仕事をしてきた。
ただ、その人間関係は大人になっても変わらない。
 
「うちがつぶれりゃなぁ。おまえだって保証人のハンコついてるんだぞ。わかってるのかよ!」
怒鳴り声のトーンがあがる。
 
「社長。しょうがねぇだろ。鶏肉はもうだめだよ。仕入部長をいくら接待したって売れねぇものは売れねぇんだよ」
 
「バカ野郎。おまえ何年営業やってんだ!売れるもの売るのは営業マンじゃなくたって出来らあ!売れねぇもの売るから営業なんだろうがよ!」
 
「そんなこと言ったってよ・・・・」
 
「なんとかしなきゃ。このままじゃあ、潰れちまう。何とかしろ!鶏がダメならなにか別のもの売って・・・・」
 
「だって今更、そんな都合のいいものなんてあるわけねぇよ」
 
「それを探してくるのが、お前の仕事だろうがバカ野郎!」

その時だ。突然、窓から激しい光が差し込んできた。
音はなかった。
その光は真っ暗な闇を切り裂き、事務所の中に突き刺さるように飛び込み、一瞬昼間のように明るくした。言い争っていた二人は呆気にとられ窓に駆け寄る。
光は事務所の前の山林から発していた。すぐそばの山の斜面、杉の木立の向こうにとてつもなく明るい何かがあるのだ。

ふたりが手をかざし目を細めて光を見つめていると、その光はまるでスイッチを切ったかのようにふっつりと消えた。

「ありゃ何だ!」大田原は叫ぶと同時に、事務所を飛び出していった。
 
「おおい、社長!」遅れてハンディライトを手にした田中も追いかける。

事務所の前のじゃり道を走り抜け、見当をつけた山林に駆け込むとそこは何もないまっ暗闇だ。
 
「おい、和夫。確かこの辺だったよな、あれは」

「ああ、何が光ってたんだろう・・・あんな光、俺は初めて見たよ」
 「宇宙人か、それともUFOか・・・」

あたりをライトで照らしながら、ごそごそと探し回るふたり。
このあたりは自分の庭のような山の中だ。やがて二人は異様なものを見つけだした。
 
「社長、これこれ!」

田中が大声で呼んでいる。走ってきた大田原もあっけにとられた。
それは、ぼんやりと光る金色の球だった。
 
「なんじゃ、こりゃ?」
山林の中に直径3メートルほどの小さなクレーターが出来ている。そしてその中心にソフトボールくらいの球が転がっているのだ。
しかもその球は淡い金色に発光していた。
大田原がクレーターの斜面を降りて触ろうとする。

「社長、危ないすよ!大体こんな場合って、触った奴が犠牲者になるんすから」
 
「バカ野郎、これは金になるかも知れねぇじゃねぇか。だいじょうぶだよ」

金と言われりゃ返す言葉のない田中、おっかなびっくり大田原に続いてすべりおりていった。
 
「ほら見ろ。なんともないじゃねえか」

大田原が球を持ち上げると、べちゃりと手にくっつくものがある。
 
「汚たねぇな、なんだよ、なめくじがくっつていやがる」

そばに落ちていた枯れ枝を使い、表面についていたなめくじをこそぎ落として捨てた。

 「おい田中、事務所にもどろうや。明るいところでよく見よう」

 大田原はしっかりと球を抱え込むと、そそくさと事務所に戻った。
 

「これはいったい・・・・何ですかねぇ」

事務所のテーブルの上にある金色の球を見ながら二人は首をひねっていた。
さきほどの光は消えていたが、球の表面はつやつやとした金色で、まるで金メッキを施した様にも見える。どこを見てもつなぎ目はないし、刻印とか文字のたぐいもいっさいない。
持ち上げるとずっしりとかなりの重さがあるのだが、叩いてもほとんど音がしない。
金属や岩ならもっと高い音がするするはずなのに、ドライバーで叩いても音は内部に吸収されているようで、ゴツゴツといった低い音がするだけだ。
あの光を見て、これは金になると思った大田原もしだいにテンションが下がってきた。
 
「おい、どうやったらもう一度光るんだ?」
 
「そんなことわかりませんよ。だいたいこれが光ってたって証拠もないし。どうみたってこいつは本物の金じゃない。金になるかどうかだって、怪しいもんだ」

田中は期待がはずれたのか、がっくりとソファーに腰を下ろしてうなだれている。
 
「もしかしたら米軍の新型爆弾かも・・・ほら、なんでしたっけ照明弾!」
 
「バカ野郎、そんなら何か書いてあるだろう。大体どうやって開けるんだこれ?」

ふたりはその晩遅くまで、球の正体を探ろうといろいろ試してみたが、結局無駄だった。

 2

 翌朝、大田原と田中の二人はとりあえず球を金庫にしまい込み、昨夜の現場を見に行くことにした。
もしかしたら球は一個では無かったのかも知れないし、なにか正体を探る手がかりが他にあるかも知れないと思ったのだ。
 朝もやの残る山林を歩いていくと、例のクレーターの中でなにか動くものがある。

「なんだあれ・・・?」

 なにげなく近寄っていった二人は仰天した。
 巨大なナメクジが数匹、クレーターの中でもぞもぞとはい回っているのだ。
 その大きさは、たとえて言えば特大のボンレスハム。そう長さは30センチ、直径は10センチといったところだろうか。
 色はうす茶色、体表にうすい縞模様があり、大きな触角をのばしてあたりをうかがう様子はちょっとした怪物である。
 よく見ると大きいのや小さいの、個体によって大きさもまちまちだ。
 もちろん、こんなでかいナメクジはこの山にはいない。まさに突然現れたといえる。

「田中。俺は信じられねぇよ・・・?見ろこの大きさ。本当にナメクジかこれ?」

 大田原がつぶやくと、田中が答えた。

「これはあの球のせいじゃないすかねぇ?きっと何かわからないけど変な影響を受けたんですよ。だから・・・・」

「そうかなぁ・・・そうかもしれねぇなぁ」
 そう言って大田原はふと気がついた。
 「おい、と言うことは昨日一晩さわりまくっていた俺達も、でかくなっちまうってことか」

 「えっ?社長、どっか体の具合おかしいところあるんすか?」
 
「いや、別にどこもおかしくはないけど・・・」

 「とにかくこいつも持って帰りましょうよ。これだけでかけりゃ見せ物になる。生物学者の先生に高く売れるかもしれませんよ」

 二人は事務所に戻ると大きなゴミ袋を持ってきて、苦労しながらナメクジを詰め込むと金網で仕切った鶏小屋に押し込んだ。


 ナメクジはどんどん大きくなった。一昼夜のうちに瞬く間に倍の大きさになり、卵を産むと、それはすぐにふ化した。
 ほっとくと共食いをしかねないと言うので、田中が残飯をあたえると飛びつくようにすり寄り、猛烈な勢いで食べ始める。
 それこそ残飯だけでなく段ボールや古新聞、木屑や落ち葉までなんでも食べた。
 
「おい、こいつ便利だな。生ゴミを捨てなくてもいいぞ。鶏の糞まで喰いやがる。こいつらをたくさん飼って生ゴミの処理をやったら儲かるかも」

 大田原がそう言うと、田中が首をふる。
 
「だめですね。こんなわけの分からないものを使ってるのがばれたら役所の許可なんてでませんよ。それにこいつら、このままだとどんどん増えますよ。どうすんですか」

 「なぁに増えすぎたらシメて、こいつらのエサにすりゃいいことだ。共食い完全リサイクルってな。わははは・・・そういゃあナメクジってカタツムリと同じ貝類だろう。食えねぇかなぁ?」
 
「こいつらを喰うんですか!」 田中があきれて大声をだした。
 
「バカ野郎、見かけが悪いものほどうまいんだぞ。アンコウやホヤを見ろ。俺のカンだがこいつら意外といけるかもな・・・」

 こうと思いついたらすぐ実行するのが大田原の性格だ。
 早速一匹ゲージから取り出すと鶏の処理場に持っていってさばき始めた。
 ねばねばする表面の皮を剥ぐと、意外や中身は白い筋肉質の固まりだった。
 栄養がいいのか細かいサシが入っていて刺身にすると意外とうまそうに見えた。

 「おーい、田中。こいつをちょっと喰って見ろよ」

 露骨にイヤな顔をした田中が、皿に盛り付けられた肉片を焼肉ロースターで炙って恐る恐る口に入れた。なんと口の中に入れた途端、肉片はとろりと溶けた。
 口中にふくよかな甘味とうま味が広がり、何とも言えない恍惚とした気持ちになる
 まるで極上の神戸牛か、本マグロの大トロといった味わいだ。
 
「うまい!うまいですねこいつは!」

「そうだろう、こいつはいけるぞ。鶏なんか売らなくてもいい。こいつを売れば大儲け間違いなしだ!」
 
「でも・・・確かにこいつはうまいですが、正体を知ったら誰も食べませんよ」
 
「かまうことはねぇ。こっちは潰れるかどうかっていう瀬戸際だ。うまくごまかして新種のエスカルゴだとかいって売ってしまえばいい。
 これだけうまけりゃ。バレたってきっと食べたいやつが出てくる。そうなるまでは正体を見せない方がいい」

 「そうですね。とにかく客がつくまでが勝負ってとこですね」

 「いいか、とにかく売って売って売りまくるんだ。俺はこいつをもっと増やすことを考える、とにかくお前、営業に行ってこい!」

 大田原畜産の新製品「幻の巨大エスカルゴ」は売れた。
 最初は焼肉屋や、居酒屋などに少しずつ卸していたのだが、一度喰った客が味を忘れられず、またないかと何度も足を運ぶにつれ、店からの注文は増えていった。
 しかしまだ増産体制が追いつかず出荷量が少ないため、今度は金は出すからもっと持ってこい、売り惜しみするなと逆に居酒屋の親父に怒鳴られる始末。

 大田原は正体を隠すために大きな鶏舎をひとつ丸ごと鉄板とコンクリで囲み、真っ暗な中でどんどん巨大ナメクジを増やしていった。
 エサは売れなくなった鶏や卵、それに近所の家から出る残飯、生ゴミ、落ち葉や枯れ枝などだ、軽トラックで運び鶏舎の中に放り込む。
 巨大ナメクジは、どんどん増え、ますます巨大化していった。
 正体を知って詰め寄る従業員には金を握らせ抱き込むか、脅しつけてクビにした。

 どちらにしろ手間はかからない。従業員などいなくてもすむのだ。
 産体制がどうやら整う頃には、巨大ナメクジの肉は市内の飲食店の中でちょっとしたブームになっていた。
 スーパーの担当者が目を付けたのも当然だった。
 食品の安全性や産地表示などより、売上が欲しいのは商売の原理鉄則。

 売上低迷に悩む周辺の中小スーパーの仕入れ担当者が、大田原畜産に日参するようになった。もちろんすべて現金支払いだ。
 いつ正体がばれて売れなくなるかも知れない食材だけに、欲しい相手にはかなりの額をふっかけて、しかも現金でしか売らない。

 ところがそんな大田原の尊大な態度がまた、商品のイメージアップに繋がった。

 なにしろ、仕入れた肉は、焼いてよし、煮てよし、薄くスライスしてわさびしょう油で食べると高級アワビと同じ味という、トンデモなく応用の利く食材だし、生産する方は生ゴミを放りつけて置いとけば勝手に増えてくれる手間いらず。
 生産管理なんてしてないし、鶏舎の中でゴロゴロしている奴を適当に捕まえては、さばいて売るだけなのだ。原価なんてないに等しい。

 本当に面白いほど儲かった。
 調子にのった大田原と田中は、つぎつぎと鶏舎をつぶしてはナメクジ小屋に変えていった。
 そのころには正体にうすうす気づいた仕入れ担当者や居酒屋の親父達もいたが、大田原がしっかりと金を握らせて口を封じた。

 「おい、田中よ。俺達にも運が向いてきたな」
 
 「ええ、社長。儲かりますね。うひひひひ。たまりませんね。これなら借金だってすぐ返せます」

 「おう。この勢いならそのうち官庁の奴らを買収して、ナメクジを売ってることを認めさせやる。そうすりゃお前、大手ふってどうどうと商売ができるぜ。俺達は大金持ちだ」

 「本当ですね。社長、飲みに行きましょう。ぱあっと前祝いなんてね」
 
「よし、俺につい来い。今夜はとことん飲ませてやるぞ。わははは!」
 
 上機嫌の二人が、買ったばかりのベンツに乗って山を下りていった。
 その頃。
 真っ暗な鶏舎の中では、想像を絶する出来事が起こりつつあった。

3
 東京、芝の「一ノ谷研究所」に一人のお客が来ていた。
 もう初夏だというのに、黒いコートを羽織りきっちりとスーツまで着込んだ若い男である。
 応接室に案内されても、真剣な顔つきでしっかりとジュラルミンのスーツケースを抱えていた。

 この研究所は旧某国大使館をそのまま使った贅沢な敷地を持つ個人の研究施設で、見かけは閑静な住宅街の中にある古びた洋館だが。その外見からは想像できないほど内部はハイテク化されている。
 業務用の電力設備、最新の監視警備装置、衛星通信用の各種アンテナ、地下には大型コンピューターも備え、庭はヘリが着陸できるほどの広さがある、おまけにバイオハザード用設備まで供えた本格的な研究室なのだ。

 この館の主人は一ノ谷博士。まっ白な口ひげが印象的な初老の人物である。

 専門は生物工学だが、古生物学や遺伝子工学、地球環境科学にも造詣が深く、数多くの分野で博士号を持つ。まさに日本の頭脳とも言える人物だ。
 さまざまな大手企業の顧問を務めるかたわら、バイオ関係に多数の特許を持ち、その豊富な資金力を背景に、独自の研究を進める学会の生きた伝説。
 また世間では少々常軌を逸した研究ばかりしている異端児としても有名であった。
 そのためか他では手に負えない怪しいサンプルや変わった事件がよく持ち込まれるのだ。

 「やあ、またせたね。私が一ノ谷じゃ」

 いつもの古びた白衣をひっかけて博士が現れると、その男は立ち上がって深々と頭を下げた。
 
「はじめまして、水谷弘ともうします。山崎先輩からご高名はよくうかがっております」
 
「そうか、君が山崎くんの後輩かね。まぁまぁ、堅い話は抜きにしよう。大体の話は本田から聞いたよ。それかね調べて欲しいサンプルというのは」

 一ノ谷博士はソファーにどっかり腰を落ち着けると、愛用の寿司湯呑みになみなみと注がれたお茶をすすった。
 
「はい、実は私。岐阜市の保健所に勤めているのですが、一週間ほど前、食肉サンプルの検査を頼まれまして、いや食中毒の細菌などは検出されなかったのですが・・・・
 その食品会社の社長の態度があまりにも不審なため、いちおう追検査をしてみたのです。
 その・・・よくわからないのです。なにかとても不自然な感じがして、いても立ってもいられなくなったのです」

 水谷は落ち着きがなく、しきりに額の汗を拭っている。
 
「ふうん・・・で、何の肉かね」
 
「いや、それがどうも。貝類のようなのですが、組織におかしなところがあって、よくわからないのです。それに顕微鏡で見るとひとつひとつの細胞がまだ生きているようで。
 まったく信じれられません。それに処理して何時間も経つのに腐らないのです」

 「ほう・・・で、君は上司には相談したのかね」
 
「ええ、もちろん。でも無駄です。うちの保健所はおかしいんです。所長は毎晩接待とかで飲み歩いているし、部長も絶対に買収されています。
 私にもあの男は脅しをかけて来ました。もし、このサンプルを持ちだしたことがバレたらどうなるか。上に知れたら首になるでしょう。でも、いいんです」

 博士は、やれやれといった感じでため息をついた。
 
「そうか、なかなか込み入った事情がありそうだな。いっとくがな、わしはそんな事情には一切興味がない。君がクビになろうが、脅されようが、わしには関係ないことだ。わしが興味があるのはその珍しいサンプルだけだ。とりあえず調べてあげるから置いてゆきなさい」

 博士は傲然と言い切った。
 
「そんな・・・博士、これはもしかしたら牛肉偽装事件のような大スキャンダルになるかも知れないんですよ。社会悪をあばく大きなチャンスに・・・・」

 水谷は必死の表情で、ソファーから腰を浮かせた。
 
「お〜い!お客さんがお帰りだよ」

 博士が大声で呼んだ。
 すぐにドアを開けて本田がやってくる。
 うろたえる水谷をうながして応接室から連れ出そうとする。
 
「博士、一ノ谷博士、お願いです。奴らきっと悪いことをやっています。どうかどうか・・・」

 廊下で大声を出す水谷を、なだめる本田の声が聞こえる。
 博士は首をすくめるとつぶやいた
「ばかもんが。勘違いにもほどがある。わしゃな社会の悪事をあばくための研究などしとらん」

 そう言いつつジュラルミンのトランクを開けた。
 中には保冷材に包まれた肉の塊がいくつか入っている。

 「ほう、なるほど・・・」
博士の興味はすぐにサンプルへと移った。
 博士にとってスキャンダルなど興味の対象ではない。
 一ノ谷研究所は正義を守る秘密基地でもなければ、警察でもないのだ。
 あくまでも博士個人の知的興味を満足させ、研究するために存在する施設なのである。

 しかし数日後、事態は一変した。
 一ノ谷博士が本田と共に岐阜の保健所に突然現れたのだ。
 受付で水谷を呼び出すと有無を言わさず車に押し込み、あのサンプルを飼育している業者のところに案内しろと言う。
 三人を乗せた車は大田原の養鶏所に向かって走り出した。

 水谷は博士と本田のただごとではない雰囲気を感じ取っていた。

 「博士、突然おいでになるなんて驚きました。ここ数日連絡がなかったので。でもいったいどうされたのですか」
 
「水谷君。あのサンプルは化け物だな。なぜあんなものがこの世にある。まったく信じられん」

 博士が手早くノートパソコンを取り出しウインドウを開く。モニターにあのサンプルの映像が写し出された。培養液に浸されたサンプルの観察経過の映像である。
 
「いいかね。ここ数日の映像を早送りするぞ」

 博士がキーボードを操作すると、画面がチラチラと動き始め、それにつれてサンプルの肉片も動き始めた。肉片はぶよぶよとうごめきながら増殖をはじめる。表面が盛り上がり表皮が出来上がり、尻尾と頭が生まれた。
 見る間にもとの姿、巨大なナメクジの姿が甦ったのだ。
 時間のスケールを見ると約48時間となっている。

 「見たかね。こいつの正体を」

 「これは・・・なんてスピードだ。あの肉の正体はナメクジだったんですね。なんて事だ、あの業者はナメクジの肉を喰わせていたのか!」
 
「バカか!君は!」
一ノ谷博士が怒鳴りつけた。
 
「はあ・・・・?」
 水谷は呆然と博士の顔を見つめた。
 
「いいか、バカにもわかるように説明してやる。肉の正体がナメクジなんてどうでもいい。ニューギニアの、ある地方の原住民ならナメクジなどおやつ代わりに毎日喰っとる。
 わしが言いたいのは、あのわずかな肉片から組織が再生したことだ。あの細胞は死なないんじゃ!」

 憤慨している博士に代わって、運転中の本田がたまりかねてその後を続ける。
 
「水谷君。君の持ち込んだサンプルだが。我々はあれをいくつかに切り分けて分析を行った。その映像はそのうちのひとつを培養した状態のものだ。
 他にも遺伝子の解析や、DNAの培養実験なども行った。結論から言うとあれはこの地球上にはあってはならない。いや存在そのものが大きな驚異となる怪物なんだよ」

 本田は続ける。
 
「いいかね生物の死にはいくつかのパターンがある。それは『ネクローシス』『アポトーシス』そして『アポビオーシス』と呼ばれているものだ。
 『ネクローシス』は言ってみれば事故死だ。細胞そのものが破壊され、内容物が流出し死ぬ。生物に置き換えると燃えたり、食べられて消化されたり、凍って細胞が破裂したりする場合を言う。
 『アポトーシス』は細胞の自殺だ。自ら死ぬべきかどうか決定し、死ぬと決まったら自分を始末する。これがないと個体は生きられない。生きる上で不要になった細胞や老化した細胞を排除するために必要な一種のプログラムと言える。
 それは『テロメア』という遺伝子によって制御され、一定の時間が過ぎると発動され実行されるのだ。

 最後に『アポビオーシス』だが、これは脳の神経細胞のように分裂する能力を持たない細胞に見られる機能で細胞の寿命死と呼ばれている。
 これらの機能は、生物が増えすぎて食物がなくなり他の生物までも絶滅に追い込まないようにと、全地球上のすべての生物にあたえられた生命の安全装置なのだよ」
 
「そうだ!」一ノ谷博士が大きくうなずいた。
 
「いいか、地球上の生物には成長の限界というものがある。もしもだ。死ななくて限りなく増え続ける生物が現れたらどうなる。
 そしてそいつを喰って増える生物が出たら?
 どこまでも増え続ける生物によって地球上の他の生物は全部そいつらのエサになり、ついには食い物がなくなり共食いをはじめる。
 共食いが共食いを呼び、最後にはただ一匹の死なない生物が地球に生き残ることになる。
 これは地獄だ。もしもそのナメクジがどんどん増えて、しかも人間がそいつを喰うことを覚えて見ろ。
 どうなると思う。人間は永遠の食物を手に入れ、一時的に飢えから解放されるが、それは人口の爆発的増加を引き起こし、地球上の他の生物の絶滅に繋がる!
 生態系の破壊なんて生やさしいものじゃない、生物の絶滅に繋がる一大事だ!」

 車はすでに深い山の中を走っていた。大田原の養鶏所まであとわずか。
 夕日が山裾を赤く染め、空は急速に明るさを失っていく。
 まるで終末を暗示するかのような光景に、三人の心は凍り付いていった。


コメント(3)

4

大田原の養鶏所は深い闇に包まれていた。
寝静まるにはまだ早いはずだが、事務所にも鶏舎にも灯りはなかった。
 
「誰もいないようですね」水谷が窓から事務所の中をのぞいた。
 
「それは好都合じゃ。本田あれを・・・・」
本田はうなずくと車のトランクから筒状の消化器のようなものをいくつも取り出した。
 
 「なんですか?それは」水谷が見つめている。

 「うむ、まぁ時限式の発火装置付きナパーム弾といったところかな」
 
 「本田、時間がもったいない。さっさと仕事を済ませよう」
 博士と本田は両手にナパームを抱えると鶏舎の方に歩き出した。
 
 「ちょ、ちょっと待ってください、博士!何に使うんですかそんなもの!」

 「バカかお前は。ナメクジを処分するには、焼きつくすのがいちばんじゃ。これを仕掛けてまわるに決まっとろうが」
 あわてて追う水谷を、手を振って追いはらう仕草をしながら博士は鶏舎の方に向かってゆく。
 
「でも、でも、それじゃ火事になりますよ」
 
「あたりまえじゃ。幸い人気のない山の中じゃ。被害も最小限に押さえられるじゃろう」
 
「だけど、持ち主の許可は・・・」

 「ほう、おかしな事をいうな。許可をもらえば爆破させてくれると言うのか?そいつは金儲けのために、お前の上司をワイロで抱き込んで認可をもらおうという男だぞ」
 
「ううっ・・・・・」
水谷は何も言えなくなった。黙ってその場に立ちつくす。
 
「やっとわかったか。危ないから車に戻っていろ」博士と本田と二人で鶏舎の方に歩いていった。

目の前にはコンクリートブロックで四方を囲まれた大きな鶏舎がいくつも並んでいる。
ナメクジは暗闇と湿気を好む、細長いかまぼこ型の鶏舎の天井には水道に直結したパイプが張り巡らされ、定期的に水が撒かれているようだ。

 まず博士と本田は水道の元栓を閉め、鶏舎の前にある入り口のカギを大型のペンチを使って壊した。
 重い鉄のドアを開けると生臭い腐臭が鼻を突く。
 
「博士、ひどい臭いですね、マスクを持ってくればよかった」
 
「ナメクジは腐ったものが好きだからな、それより中はどうなっている?」

 鶏舎の中には小さな赤い電球がぽつりぽつりと点いているが、ほとんど暗闇に近い。
 中は意外にガランとしており巨大ナメクジの姿は見えなかった。
 「どこかに隠れているのでしょうか・・・」
 そう言いながら本田が鶏舎の中に踏み込むと、とたんにすべって転びそうになった。
 コンクリートの床は一面ナメクジの出す粘液でぬるぬるだった。
 
「うむ、この粘液の量からしてかなりの数がいると見たほうがいい。全部合わせると200や300じゃないぞ。ガソリンも持ってくればよかったかな」

 博士がそう言ったとき、ぎゅりぎゅりとやわらかいものを無理矢理こすり合わせるような音がした。
 思わずあたりを見渡すが、ぼんやりと赤い光に照らされた鶏舎の奥はかすんでよく見えない。
 ライトで照らしながら、さらに奥に踏み込むと、足元に黄色いピンポン玉のようなものがいくつも転がっている。
 「卵じゃ・・・」博士が断定した。
 「これが・・・!だって普通のナメクジの卵は直径1ミリですよ!」
 
「ああ、卵から親の大きさが想像できる。やはり化け物だったな」

 本田がふと顔をあげると天井にも黄色い卵が見えた。なんで天井にと思った瞬間、本田の背筋に悪寒が走った。その黄色い卵が動き始めたのだ。奥の暗闇から次々と黄色い卵が湧いて出る。
 卵と見えたのは巨大ナメクジの目がぼんやりと光っていたのだ。
 人の気配を感じエサをもらえると思ったのだろうか、天井や壁を伝って奥からぞくぞくとナメクジがはい出てくる。先ほどの音はナメクジが歯をこすり合わせる音だったのだ。全長50センチから1メートルにも達する巨大なナメクジが、異様に光る触角を振りつつ重なりあい、押し合いへし合いしながら二人に向かってきた。
 
「本田、引き上げよう」

 博士は手にしたナパームの安全装置を解除し、スイッチを入れた。ナパームを鶏舎の奥に向かって転がすと外へ飛び出す。
 
「手分けして、他の鶏舎にもしかけるんじゃ。時間は10分。急げ!」
 本田の膝が小刻みに震えていた。
得体のしれない恐怖が体の底から湧いてくる。博士は平気なのだろうか。
 二人は手分けして次々と鶏舎にナパームを仕掛けていった。


 
 車の中では水谷が二人の帰りを待っていた。
 そうだ。考えてみればこれしかないのかも知れない。あのナメクジにしたって博士の言うとおり、本当に怪 物ならば被害が出る前に焼き尽くしてしまう方が正しいのだろう。
 そう、そうなのだ、それしかないのだ、と自分に納得させようと水谷は努力した。

 だけど、だけど・・・・やっぱり、おかしいだろう。あの博士は!

 やっぱり、やめてもらおう。そんな違法なこと。きちんとした手続きをふんで営業許可を取り消せばいい。
 そう思い直し、博士を止めようと車から降りた水谷の前に、突然強い照明が向けられた。

 車のヘッドライトだ。
 大型のベンツが猛スピードで坂を上って駐車場に入ってきた。

 「だれだお前は!」車が急停車し、ゴツイ男が大声で怒鳴りつける。
 大田原が帰ってきた。とっさに水谷は鶏舎の方に向かって走った。
 「まて、この野郎!田中。斧を持ってこい。こいつらぶち殺してやる!」
 いままで街でしたたかに飲んできたのだろう。飲酒運転などものともせずに戻った大田原と田中は逆上していた。
 
「こんちくしょう。待て!」

 金属バットや大型の斧を持った二人がよろめきながら水谷の後を追う。
 捕まったら殺される、水谷はそう思った。
 泥棒じゃないけど、やってることはもっとひどい。爆弾をしかけてこの鶏舎を焼き尽くそうとしているのだ。
 いいわけなど通るはずがない、というか聞かないだろう。
 必死で逃げる水谷は前を見ていなかった。

 その時、鶏舎の方から走ってきた本田と博士にすれちがった。

 「車で待っていろと言っただろう!」博士が怒鳴りつける。
 
 「大田原が、大田原が戻ってきました」水谷はすがりつくように言った。
 
 「そうか、よし、逃げるぞ本田」三人は山に向かって走った。
 
 「待て!泥棒野郎」
その行く手に田中が立ちふさがる。追ってこないと思ったら、先回りされたのだ。
 田中の手には山仕事用の斧。
 
「山ん中に逃げようたってそうはいかねぇ、ここだぁ社長!」

 残忍な笑みを浮かべ真っ赤な顔をした大田原がのっそりと現れた。手には金属バットを握っている。
 「このクソども、泥棒野郎、俺の鶏小屋に何しにきやがった」

 「社長、こいつらあれを盗みに来たんですよ。どうします・・・」斧を構えながら田中がジリジリと距離を詰める。
 
「おう。ぶっ殺してやらあ。ぶっ殺して俺のナメゴンのエサにしてやる」
 
「ナメゴンだと?」
 
 博士が大声を出した。
 
「あの化け物はナメゴンというのか」

 博士の一括に大田原の気がそがれた。なんだ、このジジイは。
 
「見たのか。この野郎」
 
「そうだ、見た。地球上にあんな生物はいない」
 
「なにとぼけたことぬかしやがる。このジジイ」
「お前らはあの化け物の正体を知らんだろうから教えてやる」

 そう言いつつ三人はじりじりと後退する。大田原と田中も得物を構えて近ずいてきた。
 
「生き物には寿命がある。事故で死ぬ奴もいれば、病気で死ぬ奴もいるが、どれだけ長生きしてもいつかは死ぬ。
 これが『アポビオーシス』細胞の寿命じゃ。おまえの言うナメゴンには、それがない。
 だから、いつまでも死なず、生きている間は限りなく大きくなる。そして大きくなればなるほど、より多くの生き物を喰らい、そしてついには生き物すべて食いつくし、地球を滅ぼす怪物になるんだぞ!」
 大田原の顔が醜くゆがむ。
 
「この野郎、たわごとをぬかしやがって。ナメゴンは俺の金づるだ。俺はあいつで大金持ちになるんだ」
 逆上した大田原がバットを振りかぶって殴りかかった。

 その時、背後の鶏舎で大爆発が起こった。
 仕掛けたナパームが爆発したのだ。
 吹き上げる炎はコンクリートで囲まれた鶏舎を埋め尽くし、中にいたナメゴンと卵を瞬時に焼き殺した。
 ナメゴンを構成する不死の細胞も、細胞膜を破壊され内容物を焼き尽くされれば再生することは出来ない。

 炎は鶏舎の鉄のドアを吹き飛ばし、屋根を突き破って真っ赤な炎を吹きあげた。
 大田原と博士達もいっしょに吹き飛ばされた。
 駐車場のベンツは横転し、コンクリートの破片でつぶされた。

 もの凄い叫び声がした。見ると大田原が片手を押さえて転げ回っている。
 田中が血の付いたナタを持ち、そのそばに呆然と立ちつくしていた。
 田中の振り上げたナタが大田原の指を切断してしまったのだ。
 
「博士、今です!」

 本田は博士を抱き起こすと、車に向かって走った。倒れていた水谷もあわてて後を追う。三人は車に乗り込み急いで発進させた。
 今やあたりは昼間のように明るく、目の前の炎は鶏舎群だけでなく、あたりの樹木にも飛び火しさらに燃え広がる様子を見せていた。
 やりすぎたか、本田が思った途端、地面が揺れた。
 地震か!ハンドルを握りしめ急ブレーキをかける。あたりの樹木が大きく揺れ、眠っていた鳥達が怯えて飛び立つ。
 鶏舎の方を振り返ると、地面が大きく盛り上がり裂け目が出来ていた。
 裂け目からは白い蒸気が激しく噴き出し、そこからにぶい金色の光がもれていた。

 そしてついに地面を割って巨大な何かが姿を現した。


 ぬめぬめと光る巨大な体。炎の中で金色に光る巨大な目。
 それは、あのナメクジ達とはまったく別の生物に見える。
 ひとめ見て地球の自然が造った造形物ではない。
 そこには宇宙の闇から来た邪悪なる意志を、まざまざと感じることが出来た。
 ナメゴンは巨体をぶるぶると震わせると、炎をさけるように駐車場に出てきた。

 「うわぁ!」

 そこにはあまりの驚きに逃げることも出来ず、呆然と立ちつくす田中と大田原がいた。
 逃げようにも逃げられない、ナメゴンの光る巨大な目に見つめられて動くことが出来なかった。
 次の瞬間、絶叫を残して二人はナメゴンの巨体の下敷きになっていた。
 そのままナメゴンは事務所へと方向を変え、鉄骨2階建ての建物に激突した。
 巨大な肉の質量がかかると鉄骨はゆがみ、壁はあっけなく崩れ、建物は無残な瓦礫の山に変わってゆく。そのありさまを、車の中から博士達はじっと見つめていた。
 
「博士・・・・あの怪物はなんなんですか」

 カラカラに乾いた口から言葉を絞りだし本田はたずねた。
 
「どうやら、あいつが最初の一匹らしい。しかし、これほどまでに成長するとはな・・・逃がしてはならん。すぐに政府に連絡するんだ。街に出たら大変なことになる」

 炎の中、狂ったように暴れ回るナメゴンを博士はじっと見つめていた。その顔には笑みがうかんでいた。
 もしかすると博士はこの事態を楽しんでいるのではないか?

 どうやってこの化け物を倒すつもりなのか、いやそれ以前にこの怪物を殺すことは可能なのか?
 本田は携帯を取り出そうとして気がついた。

 手が手がハンドルから離れない・・・
緊張と恐怖で強くハンドルを握りしめていたため、手がこわばってしまったのだ。



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