ログインしてさらにmixiを楽しもう

コメントを投稿して情報交換!
更新通知を受け取って、最新情報をゲット!

メトロン星人の本棚コミュのウルトラQ 「マンモスフラワー」1

  • mixiチェック
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
ウルトラQ アンバランスゾーン

                                        桜井和幸
第一話   マンモスフラワー

 いま、我々を取り巻く自然界の一部が不思議な身動きを始めようとしています。


 そうです。ここはすべてのバランスが崩れた恐るべき世界なのです。


 これからしばらくの間、あなたの眼はあなたの体を離れ、

この不思議な世界の中へと入ってゆくのです。

 1


 かおりは死にたかった。
 もう何日も自分の部屋に閉じこもり、どうしたら楽に死ねるか考えている。

 私なんか生きていてもしょうがない。
 私はブスだ!デブでブスだ!

 鏡を見るたびに、いつも絶望的な気持ちになる。それに勉強ができるわけでもない、取り柄もない。
 こんな自分が大嫌いだ。嫌いだから親に当たる。遺伝だからしょうがないでしょ、母親はいつもはそう言う。
 やけになって食べる、また太る。その繰り返しだった。

 それでもきれいになろうと、いやせめて人並みになろうと努力はしてきた。何度もダイエットしたし、通販で美顔器も買った。勉強もしたし、いつかは整形しようと貯金もした。

 しかし、そんなことはみんな無駄だった。
 かおりの努力はみんなの笑いものになるだけ。世の中はすべて見た目で判断する。「醜さ」それ自体が罪であるかのように。


 登校拒否になってからもう三ヶ月が過ぎた、最初の頃は両親はやさしくしたり、怒ったり、なんとか学校に行かせようとしたが、最近はほったらかしだ。
 一人っ子のせいで早くから自分の部屋だけはあったが、安サラリーマンの父が出来ることには限界がある。家のローンに生活費、無理して高い私学の高校に入れてもらったのに娘は登校拒否。

 夢なんかなかった。

 もし私にスゴイ才能があったら、そしてなにより、もっと美人だったら、今とは違う人間になって、違う場所で、違う生活が出来たろう。
 それは今よりもっとランクが上の生活。でも悲しいことに、かおりにはそれがどんな生活なのか、想像もつかない。それを考えると涙が出てくる。

 こんな自分はどこかおかしいのだろうか?

 いや、おかしいのはあいつらだ。今度は同級生の顔が浮かぶ。思い出さずにはいられない。心の底から怒りの固まりがブクブクとわき上がってきて、目の前が怒りで白くなる。

 本当にささいな事だった。もう何を言ったのかすら覚えていない。ただ、そのひとことでクラスの男子のひとりから「ブス!」とののしられたのだ。
 
「なによ!」と思わず手を振り上げたのがいけなかった。その男子はクラスの人気者でリーダー格だったせいで、面白がった男子がはやし立てた。
 
「なんだよブス!やってみろよ」

 「この暴力女!」
 
 かおりの振り上げた手は凍りついた。助けを求めてあたりを見渡したが、そんな素振りを見せる女子は見あたらない。

 そのまま黙って席に座りじっと罵声に耐え続けたのだ。

 それ以降、かおりはクラスで孤立した。男子からも、女子からも、そしてあからさまにイジメの対象にされた。

 数ヶ月後、かおりは放課後の教室で手首を切った。カッターナイフの冷たい感触。鋭い痛み。傷口から赤い血があふれ出た。
 「みんな、後悔しても遅いんだから」

 鈍い痛みと共に、自分の血が机の上にじわじわ広がってゆく。目の前が暗くなってゆく・・・不思議と恐くはなかった。


 しかしかおりは病院で目覚めた。忘れ物を取りに来た同級生に発見されたのだ。

 かおりはカウンセリングをうけて、自宅学習になった。担任は何度か家に現れたが、かおりのことより自分の保身に一生懸命で「どうか穏便に」を繰り返すだけだ。

 イジメの首謀者とされた生徒の親が資産家で、学校に多額の寄付をして処分をまぬがれたということも聞こえてきた。

 もう、どうでもいい・・・どうでもいいのよ。

 つけっぱなしになっているテレビから聞き覚えのあるタレントの声が流れてくる。

 昼間寝ていたせいで、深夜なのに目はさえていた。深夜のテレビショッピングでは、うわさの美容薬が紹介されていた。

 「美しくなる驚異の新薬ビューティシーズ!」
どうせウソに決まっている。
 でも、これが最後。なんでもいいの。どうせだまされるのだと思いつつ、香織は携帯を取り上げTV画面に映されたテロップの番号に電話をかけた。
 
「はい、こちらはガネーシャでございます」

 深夜にも関わらず電話はすぐつながり落ち着いた女性の声が聞こえてきた。

 かおりが名前と住所・電話番号を告げると年齢を聞かれた。十七才のかおりはとっさに二十才とウソを言った。
 
「朝倉様、失礼ですが本当に二十才ですか?」まるでかおりの心をのぞいているかのように、その声はたずねた。
 
「ほ、本当です・・・二十才です」かおりの声は震えていた。
 
「いいんですよ、かおりさん。私たちの会社は皆様が美しくなるためのお手伝いをする会社です。でも誰でもがすぐに美しくなれるとは限りません。中にはお薬だけではきれいにならない方もおられます。そのために同時にカウンセリングも行うのです。ぜひ一度、当社のカウンセリングルームにお越しくださいな」

 電話口の声は、やさしく、そして説得力に溢れていた。

 ついかおりはいつの間にか親にも先生にも話したことのない辛い想いを告白していた。電話の相手はじっとそれを聞いてくれた。そのたった一回の電話で、かおりは『ビューティシーズ』の本部『ガネーシャ』に行くことを約束していた。

2

 
次の日曜日。

かおりは電話で名乗った松尾という女性に会いに『ガネーシャ』に出かけた。
 
「どこへ行くの」何ヶ月かぶりに外に出かける娘に母がおろおろと声をかけた。
 
「別に・・・関係ないでしょ」かおりは母の顔も見ず、そっけなく答えた。

 都内にある『ガネーシャ』の本部までは、電車で二時間。
最寄りの駅のホームに立って電車を待っていると、ベンチに座ってこちらを見ている学生と目があった。
 すぐに目をそらしたが、かおりはその顔に見覚えがあった。

 同級生の高瀬圭一だ。地味なシャツにジーンズ。すこしぼ〜っとした表情に縁なしメガネ、クラスの中ではめただない存在だがかおりはよく知っていた。
 クラスでは少数派だが、かおりのイジメに参加しなかったグループがある。いや参加できなかった気の弱い集団と言った方がいいかも知れない。
 高瀬はその中の一人だったのだ。
でも参加しないと言っても、積極的に止めてくれるわけではない。かばってくれるわけでもない。

 ひたすら無関心を装い、自分に火の粉が飛んでこないように離れているだけのグループなのだ。

 それでも高瀬には良い想い出があった。イジメがまだそれほど酷くない最初の頃、いやがらせで隠された教科書や内ばきを探してくれたことがある。
 隠した本人からそっと場所を聞き出し、黙って机や下駄箱に戻しおいてくれるだけなのだが、それでもかおりにはずいぶんとありがたかった。

 なぜ、助けてくれるのか、なぜイジメに加わらないのか聞こうかと思ったこともあるけど聞けなかった。
 そのうち、イジメがエスカレートしてそんな心の余裕なんかどこかにいってしまった。

 だから、あの自殺未遂事件からずっと、彼とは会ってもいなかったのだ。

 そうか高瀬も出かけるんだ。かおりは顔をあげ、ちらりと高瀬の方を見る。高瀬はバッグを抱えたままじっとベンチに座っていた。

 かおりに気がついていることは間違いない。だけど、こっちを見ない。

 やっぱり無関心なのね。ちりっと胸の奥が痛くなった。あれ・・・この感じはなに?

 その時、ホームに電車が来て、かおりは考えるのをやめた。

 高瀬もきっと乗ったろうな。でも、どこへ行こうと、私には関係ない・・・
 かおりは、また意識を閉ざし自分だけの世界に入り込んだ。



 ガネーシャの本部は渋谷にあった。日曜日の渋谷は若者でごった返している。人混みの中を流されるように歩き、裏通りを行くと細いビルの3階が『ガネーシャ』の本部だった。

 エレベーターを降り、スチールドアを開けると簡単な受付がある。受付の女性に名乗るとすぐに松尾が現れた。
 
「いらっしゃい、ようこそ」

 スッキリと白衣を着こなした松尾は黒髪の目の大きな美人だった。赤いくちびるが印象的で思わず目が引きつけられる。

「さ、こちらへ来て。ゆっくりお茶でものみましょう」

 松尾に案内されパーテーションで区切られた大きな部屋の中を進み、小さく区切られたスペースに案内された。そこにはゆったりとしたソファーがひとつ、それに小さなテーブルがあり、松尾とかおりは並んで腰掛けた。
 
すぐにポットに入った紅茶とクッキーが運ばれてきた。
 
「変わってるでしょここ。カウンセリングルームなの。友達の悩みを聞いてあげる部屋。そうガネーシャではお客様を『ともだち』と呼ぶのよ。だってかおりさん。きれいになるために来たんでしょ。だったら私たちは友達よ。何でも話してみて」

 松尾の大きな眼に見つめられ、かおりはドキドキしながら、お茶を飲みぽつりぽつりと話をした。きれいになりたい強い想い、同級生からうけたイジメ、わかってくれない親や先生、自分に都合のいい所は大きく、まわりがどんなに酷いことをしたか、多分に創作や作り話もまざってはいたが、話すうちに悔しくて涙が出てきた。
 松尾はうなずきながらじっと聞いてくれる。こんなことは誰にも話したことがない。こんなに素直に涙を流した記憶もない。
 かおりは、目の前にいる松尾という女性が昔からの本当の親友のような気になっていた。
 
「わかったわ、かおりさん。心配しないで、少しはお金もかかるけど、大丈夫。ビューティシーズは画期的なお薬なの、人生をまったく変えてしまうくらい不思議な薬。私も昔はブスだったのよ。でもビューティシーズのおかげで変わることが出来た」
 
「あのう、お金ってどれくらいかかりますか・・・」かおりはおそるおそる聞いた。

 心の奥では、悪質なキャッチセールスかもしれないと疑いもあった。

 「そうね、二万円ほどかな」
 
「よかった、それくらいなら何とかなりそう」
 
「効果が現れてくればお金の心配はしなくても良くなるの」
 
「えっ?どうしてですか」
 
「ふふっ、そのうちにわかるわ。じゃあ治療室にいきましょ」

 ふたりは通路の奥にある部屋に入った。そこはまるで歯医者の治療室のようだった。中には何人ものマスクをした看護婦とやはりマスクをした年輩の医者がいた。
 かおりは椅子に座らされると腕を出すように言われた。
「ちょっとチクっとしますよ」看護婦が言うと腕が消毒され、小さな注射をされた。
 松尾は横に立ってかおりの手を握っている。
「心配ないわ、これがビューティシーズよ。この薬は飲み薬じゃないの。少し眠くなるけど大丈夫。目が覚めたとき、あなたは変わるわ」

 しだいに意識が遠くなる。天井のライトがゆっくりと暗くなった。

 両親の顔、友人の顔、学校、家、すべてが遠ざかってゆく。

 ホームで出会った高瀬圭一の顔をフラッシュのように思い出す。
(どうしてあんな奴の顔が・・・・)そう思った瞬間、かおりは暗闇の中に落ちていった。



 朝倉かおりに劇的な変化が起きたのは翌日の朝だった。

 顔を洗って、なにげなくのぞいた鏡に写る自分が変わっている。

 あんなに丸かったほほが、ほっそりとし、一重のまぶたが二重になっている。吹き出物のあとが消え、頬をこすると黒ずんだ毛穴から垢のようなつぶがぽろぽろと落ちた。
 あわててもういちど洗顔フォームを使って顔を洗うと、今度は古びた皮膚の角質までぼろぼろと落ちる。

 便秘がちだったのが治り、トイレに行くと驚くほど大量の便が出た。体重計に乗ると一日で二キロも体重が減っている。

 二日目には、さらに変わっていた。
顎がすっきりと細くなり、ニキビは完全に消えていた。目はくっきり二重になり、あれほど嫌いだった鼻の形までもが変わって見える。
 体重はさらに一キロ減り、ウェストにまとわりついていた分厚い脂肪が薄くなり、胸まで盛り上がっている。鏡をのぞき込んだ香織は、あまりに変わった自分の姿に思わず涙が溢れた。

 「驚異の新薬」は本当の本物だったのだ。
 
「これは、魔法だわ!」

 そう、ついに神様が奇跡を起こしてくれたのだ。
「かおり、その顔はいったいどうしたの」
母が目を丸くしてたずねた。
 
「おとうさん、ちょっと来てください。かおりが、かおりが・・・」

 狼狽しながら父を呼ぶ母の姿を見ながら、かおりはほくそ笑んだ。
 
「これで人生が変わる。きっと幸せになって見せるわ」




3

 


「博士!お昼ですよ」

 青空が広がるさわやかな日曜日。元気で明るい少女の声がする。
 
「おお、そうか、今行く」

 昭和初期の遺物のような古びた研究室でパソコンのモニターに向かっていた老博士が顔を上げた。

 大きく開けはなった窓からは庭の木立越しに明るい陽射しが差し込んでいる。
 一ノ谷博士はいそいそと席を立つと食堂に向かった。

 助手の本田があきれた顔で見つめている。研究に夢中になると他人の声などまったく耳に入らない博士なのに、なぜか孫娘が呼ぶとすぐに返事をするのだ。
 
「やれやれ、あれが研究の鬼と言われた一ノ谷博士かね」

 三十過ぎて独身の本田には、博士の気持ちは到底理解できない。一ノ谷博士のことは研究者として尊敬しているし、大学に残る道を捨ててまで博士に師事している者としては、そこいらのじいさんと変わらない博士の姿に若干の失望を感じざるを得ない。
 研究に厳しい博士と、孫に甘いじいさんの落差がありすぎるんだよなぁ。これはひとつ、なんとかしてもらわねば、そう思い、本田はまたモニターに目をやった。
 
「本田さんもお昼どうぞ!」

 やれやれ、こっちもか・・・しかし、自分自身に向けられた声には、なぜか心が浮き立つ。
 
「もしかすると、俺も同類なのかもな」苦笑しながら本田も食堂に向かった。

 博士はすでに食べはじめていた。
 
「本田さん、はい、ごはん。たくさん食べてね」

 博士の孫娘真理子が、にっこりと山盛りのごはんを差し出した。





 東京、芝にある「一ノ谷研究所」

 旧某国大使館をそのまま使った贅沢な敷地を持つ個人の研究施設である。

 見かけは閑静な住宅街の中にある古びた洋館だが。その外見からは想像できないほど内部はハイテク化されていた。
 業務用の電力設備、最新の監視警備装置、衛星通信用の各種アンテナ、スーパーコンピューターも備え、庭はヘリが着陸できるほどの広さがある、地下にはバイオハザード用設備まで供えた本格的な研究室だ。

 この館の主人は一ノ谷博士。すでに初老の域に達したまっ白な口ひげが印象的な人物である。

 専門は生物工学だが、古生物学や遺伝子工学、地球環境科学にも造詣が深く、数多くの分野で博士号を持つ。日本の頭脳とも言える人物である。
 さまざまな大手企業の研究顧問を務めるかたわら、バイオ関係に多数の特許を持ち、その豊富な資金力を背景に、独自の研究を進める学会の生きた伝説、また少々常軌を逸した研究ばかりしている学会の異端児でもあった。
 

「ごめんね、本田さん。アジの干物焦がしちゃった」
 湯気の立つみそ汁をさし出しながら真理子が言った。
 
「なぁに、気にせんでもいい。干物は少しぐらい焦げた方がうまいんだ」

 屈託なく大声を上げて笑う博士。食卓に並べられているのは、豆腐と油あげのみそ汁、漬け物、佃煮、アジの干物、それに炊き立ての飯である。

 とても帰国子女が作ったとは思えない純日本風の献立だ。
 博士の孫にあたる一ノ谷真理子は十七才。両親は一ノ谷博士の長男である一ノ谷敏宏、母はロシア系のアメリカ人。母親の血を引いているせいか、ちょっとブルーかかった瞳が印象的な美少女である。
 生まれたのは東京の下町だが、中学の時には両親と共に渡米し、ハイスクール半ばでハーバード大学に飛級で入学。
 昨年卒業し日本に帰国したというちょっとした天才少女なのである。
 だが見た目はごく普通の女子高生に見える。堅苦しい大学での研究生活が肌に合わず、アメリカに残って研究を続けている両親の元を飛び出し、日本に戻って来るや、祖父の研究所に居候し家事手伝いを始めたのだ。

 研究所の手伝いをするようになってすでに3ヶ月、日本の習慣にも慣れ料理もなんとか出来るようになった。

 そう思ったのもつかの間、最近はすっかり彼女のペースに巻き込まれ、むさ苦しいこの研究所も一変した。

 
「真理子さん、だいぶ料理うまくなりましたね」
 
「そう?だって博士が絶対和食じゃなきゃいやだって聞かないんですもの。私、これも実験だと思って作ってるのよ」

 「おい、真理子。じゃあなにか、わしたちはおまえのモルモットにされているのかね」
 
「しょうがないじゃない。だったらもっと別の仕事をやらせてちょうだい。毎日毎日、料理に洗濯、掃除ばかりじゃつまんないわ」
 
「そのうちな。お前も知ってるだろう。わしたちの研究は安全なものばかりじゃない。危険な細菌や劇物を扱うこともある、それに絶対秘密にしなきゃならないサンプルもあるしな」
 
「え〜〜っ!」真理子が頬をふくらませた。
 
「今も警察から分析を頼まれているおかしな物がある。まぁしばらくは花嫁修業のつもりで・・・」

 博士の言葉を真理子がさえぎる。
 
「おじいちゃん!私はまだ十七才よ。そんな予定なんかありませんからね」

 本田があわてて話をさえぎった。
 
「そういえば、あれはどういうサンプルなんですか」

 「わしの教え子で本庁の監察医をやっとる山崎という男がおる。そいつが持ち込んできおったんじゃ。変わった組織があるのでぜひ見て欲しいとな」



 三日ほど前の深夜、都内の病院に二人の重傷者が運び込まれた。それは男女のカップルで運転中にハンドルを切り損ねガードレールに激突したのだという。
 二人共瀕死の重傷だった。すぐに緊急手術が行われたが、その直後、病院に怪しげな一団が現れ、なんと絶対安静の患者を無理矢理連れ去ってしまったというのだ。
 あわてた病院側は、警察に捜索願を出したが、そのまま行方知れず。なんとか残された車から患者の身元は割れたが、その二人は家族からも捜索願が出されていた行方不明者だったというのだ。
 

「でな、どうもある宗教団体の信者らしいのじゃ。家族の話によると二人はそこで知り合ったそうだ、連れ去った一団というのも、その宗教団体の仲間らしい」
 
「どうして絶対安静の患者を連れ去るなんて無茶なことをするの?死んじゃうでしょ」

 真理子も話に興味をもったようだ。
 「いや真理子さん、ある種の宗教には手術や輸血を徹底して禁止しているところがあるんです。以前エホバの証人輸血拒否事件というのがありましたね。先生」

 「そうだ。あの時は十歳の少年だったが、親が輸血を拒否したんじゃ。ただ山崎が言うにはあの患者には変なところがあるというんだ。どうも顔が違うと・・・指紋は捜索願の出ている本人と確かに一致するのだが。二人とも顔が別人のようだったという」
 
「どう、ちがうんですか?」
 
「うん」博士は、茶碗を置いてちょっと間を置いた。
 
「きれいになっているというんだな」
 
「整形したとか?」

 「とにかく結論はサンプルを詳しく分析してからじゃ」
 
「サンプルってなに?」真理子が聞いた。
 
「ちぎれた右腕じゃ」

 一ノ谷博士はそう言いきると、残っていた飯にお茶をかけサクサクとかき込んだ。

 真理子は聞かなきゃ良かったと思った。




 一ノ谷研究所に監察医の山崎がたずねてきたのは、深夜だった。

 山崎は四十代半ば、ダークスーツを着たいかにも地味な風貌の男だ。

 「先生、遅くなりまして」

 博士が来ると応接室のソファーからあわてて立ち上がり深々と頭を下げた。
 
「いや、気にせんでもいい。それより送ったデータは見たかね」

 博士は無造作にファイルを開くと、テーブルの上に置いた。
 
「あんな組織は初めて見た。あれは本当に人間の組織なのかね?」
 
「はい・・・」
山崎は疲れた顔でソファーに座り込んだ。
 
「運び込まれた患者は酷いありさまでした。東名高速を走行中の事故で、車は中央分離帯に激突、対向車線に飛び出し、そこにトラックがぶつかるというひどい事故です。男性は頭からフロントガラスに激突、頭部の裂傷と頭蓋骨陥没、女性の方は右腕を挟まれ切断。二人とも全身打撲のうえ数十カ所の骨折。とても助からないと思われました。
 原因は脇見運転。どうも運転の最中にペッティングをしていたらしいですな、そのため運転をあやまり分離帯に激突したと・・・」

 「だが、彼らは死ななかった・・・」

 一ノ谷博士が、ファイルをのぞき込む。
 
「そうです。まったく信じられません。あれで生きていられるとは・・・所見では傷口からの出血が少なくショック症状もなかったとあります」
 
「ほう・・・」博士は興味深げにうなずく。
 
「なにしろ、二人とも意識がありましたから。もちろん混沌とはしていましたが、普通なら意識不明になるところです。不思議に思った担当医が右腕を保存しておいてくれたのです」
 
「彼らを連れ去った一団は見つかったかね」
 
「警察が緊急手配をかけてくれましたが見つかっていません。だがあの傷です、必ず別の病院にいるはずです。そうだ拉致した男達はナイフや木刀まで持っていたそうですよ」

 博士はモニターで組織の写真を見せた。
 
「君が、送ってくれた患者の右腕な。組織に細い繊維状のものが食い込んでいた」

 「そうです。あんなものは見たことがない、なんですかあれは」
 
「わしの分析では、植物の毛根だと思う。主成分はセルロースだ。微細な毛根が人間の神経とからみ合っておる」
 
「植物・・・ですか?」

 「ああ、まさになんというか言い方は変だが『植物人間』とでもいうか・・・彼らは一種の共生関係にあるのではないだろうかね」
 
「出血が少なかったのも、ショック症状がなかったのも、それが原因ですか?」

 「ああ、毛根のまわりの組織が植物化しておったからな。きっと脳や脊髄にまで食い込んでいるだろう。正常な思考や感情が維持できているのか調べてみたいものだね。かれらを連れ去った連中は何者なんだ?」
 
「はあ・・・それはまだ」山崎は黙り込んだ。

 博士も、じっと考え込んでいる。

「このことはまだ秘密にしておいてくれ。ハッキリした結論がでるまではうかつに公開できん。警察の方にはわしから連絡しておく。ひょっとすると大きな事件になるかもしれんぞ」


コメント(4)

 4

 岡田友之はノートパソコンを立ち上げた。とりあえずメールをざっとチェックすると、自分が管理しているホームページ『Q 』のBBSをのぞいてみる。
 このホームページは岡田が通う城南大学超常研究部、通称「トンデモ研」のホームページだ。

 趣味とはいいながら岡田がトンデモ研にかける情熱はハンパじゃない。学生だが授業にはほとんど出ず大学にいるほとんどの時間を友人達とのバカ話や、ネットでの情報あさりに費やしている。
 本棚は『ムー』や『トンデモ本』ばかりだし、フィールドワークと称して友人とあちこちの遺跡や都市伝説を検証しに歩いている。
 ただ本人は超常現象を完全に信じているわけではない。超常現象をトンデモとして愛し、楽しんでいるのだ。
 その成果を発表する場所が『Q』なので、内容はどんどん濃くなるばかり、そうなると好き者が集まってくるのがネットの常識。
 当然、BBSは炎上するし、正面切って不毛で難解な論争を挑まれるし、怪しい書き込みも続出するわで、ついにBBSだけは会員制にしてしまった。

 そんなわけで、ここ最近の書き込みは常連さんばかり。かなり和やかな雰囲気が続いていたのだが、めずらしく深刻な書き込みがあった。

 投稿者『Kくん』題名『怪しいエステ』

 気になることがあって書き込みました。実は同級生の女の子ですが、数日前に失踪してしまったのです。彼女はイジメが原因で登校拒否になった友人です。
 僕の家が近所なので学校からの連絡をよく頼まれていました。先日もプリントを渡しに言ったらおばさんが真剣な顔で娘の行く先に心当たりがないかと聞くのです。
 なんでもここ最近時々出かけるようになり、昨夜からは家に帰っていないそうです。まだ警察には届けてはいないようですが。
 実は一週間前に彼女の姿を見ているのです。
 偶然、駅で彼女を見かけました。目があったので向こうも気がついたかも知れませんが、話はしてません。
 たまたま降りた駅も同じで、僕は彼女がどこに行くんだろうと興味を持ったのです。
 そこで後をつけてみました。ストーカーみたいだと思うでしょうが、ずっと家に閉じこもっていた彼女の事がどうしても気になって、しかも渋谷みたいな人の多いところに彼女が出かけるなんてとても不思議に思ったのです。
 渋谷の裏通りをずっとつけて行くと彼女は『ガネーシャ』というエステみたいな店に入っていきました。

 やっぱり女の子なんだなぁと納得して、僕はそのまま帰ったのですが、どんなエステかとネットで調べてみると、なんだかずいぶん話題になっているようで、それも「奇跡的にきれいになった」とか「究極のエステ」とか「信じられない薬」とか、若い女の子の中ではかなり有名なようです。

 気になったのがガネーシャに通う女の子が、急に失踪したとか、海外に行ったとか、芸能界デビューするために合宿中とか、そんな話があることです。

 これって、怪しいと思いませんか?
 彼女の失踪の原因って絶対『ガネーシャ』だと思う。

 僕、今は彼女のことがすごく気になっています。
 出来れば探してみたいのですが、どうしたらいいでしょう。

管理人   

なるほど、それは怪しいなぁ。なんか犯罪の臭いがするね。僕は悪質なキャッチセールスにひっかかって、そこで働かされているか、監禁されていると考えるね。
 これが犯罪なら警察に通報するのがいちばんだと思うな。

 でも、書き置きとかはなかったの?単純に家出ということも考えられるし家出人や失踪人は全国で何万人もいる。
 そう判断されると警察もいちいち詳しくは調べてくれないはず。

 仮に動いてくれたとしても殺人や誘拐、自殺の可能性が高い場合のみ、特異家出人として大規模な捜査や公開捜査が行われると聞いたことがある。
 肝心なことは人命にかかわる緊急事態かどうかってことだな。
 もう少し様子を見たらどうでしょうね。

 案外ひょっこりと帰ってきたりして(笑)

 その翌日。また書き込みがあった。
投稿者『Kくん』題名『怪しいエステ 続き』

 この前の件ですが、やはり気になって、なにか手かがりがないかと例のガネーシャに行ってきました。
 あの店は全身美容の店だということです。お客にカウンセリングをして、体質改善をするのだとパンフには書いてありました。
 友人がここに通っていたはずですがと聞いたら、にっこり笑って「お客様の情報はお教え出来ないことになっています」って取り付くヒマもなく追い出されてしまいました。

 なんかその言い方がみょうに手慣れている感じがして、そのまま帰る気にならなくて、向いにあるモスバーガーで粘りながら入り口を見張ってたんですけど。

 驚いたことにかなりの人が出入りしてます。それも女性だけでなく男性も。学生、OL、サラリーマンまで、それがみんな一様に変な感じなんですよね。
 せっかくエステに通ってるのに、なんか生気がなくって表情が硬いし、おまけにサングラスかけたり、花粉症の季節でもないのにマスクしたり、帽子かぶったり。
 不信に思ってモスバーカーの店長さんに聞いたら、なんか深夜まで人の出入りがあるそうです。

 夜中に観光バスが来て人が乗り込んでいるのを見たとか、マスコミの取材も一切拒否なんだそうで、記者の人が中の様子を聞いてゆくそうです。
 店長も同じことばかり聞かれて困ってるって言ってました。
 
僕はきっと彼女はあそこにいる、そう思います。絶対怪しいです。

 管理人   

 熱心なのはいいですが、あまり変なことはよしたほうが・・・僕もちょっと調べてみました。ガネーシャって、エステマニアの中ではかなり有名ですね。
 本当にきれいになるらしい。芸能人の○○さんも通ってるとか、隠れ愛用者は多いらしいですよ。
 ただ、かなりの秘密主義で業界では、無許可だとか、危ない薬を使ってるとかいわれてますね。
 宗教みたいなこともやっているらしい。マスコミの取材が多いというのもそのあたりでしょう。

 私の先輩で卒業生にHさんていうひとがいます。トンデモ研の創設メンバーの一人です。今はある研究所に勤めてまして、その研究所の博士がまたトンデモで、警察から自衛隊、政界から経済界まであらゆる所にコネがあり、不思議なことがあったらいつでも言ってきなさい。
 なんて言ってくれます。今度行くときこの話をしてみます。なにかわかるかも?

 よかったら君もいっしょにどうですか。とにかく彼女のことが心配なのはわかったから、出来る限り行動を自制してください。
 私は、君のことが心配だよ。

 岡田は数日後、Kくん、高瀬圭一と一ノ谷研究所を訪ねた。

 前もって事情をメールで送っておいたせいか、岡田の先輩「Hさん」こと本田健一郎は岡田と高瀬の顔を見ると、快く応接室に迎え入れた。
 古めかしい応接室には一ノ谷博士と監察医の山崎の二人が待っていた。ソファーに座っていた博士が立ち上がり笑顔を見せた。
 
「よくきたね。事情は本田から聞いたよ。君、高瀬君と言ったかな。メールは見たよ。紹介しよう、ここにいるのは警視庁の監察医山崎君だ」

 「よろしく」
 
「彼も別の事件を調べていたら『ガネーシャ』に突き当たったというわけだ」

 「お茶が入りましたよ!」真理子が大きなお盆にコーヒーを乗せて入ってきた。
 
「あっすみません。手伝います」岡田があわてて立ち上がりコーヒーを配り始めた。

 本田がその様子をにやにやしながら見ている。
 
「なんだか面白そうな話ね。私も聞いていい?」
 
「面白そうだとはけしからんな。これは大事件なんだぞ」博士が困った顔になる。
 「ごめんなさい。でもおとなしく聞いてるから。ね、いいでしょ」

 「しょうがない、真理子には隠してもムダだろう。いいか聞くだけだぞ」

 真理子はこくりとうなずくと岡田のとなりにすわった。

 岡田の顔色が赤くなる。高瀬は岡田がここに通うわけが何となくわかった気がした。

 「では、私から現状について少し説明しましょう」
 山崎が例の事件の説明を始めた。

 話が進むにつれ岡田と高瀬、真理子の顔から笑顔が消えた。この事件が単なる失踪や誘拐事件ではない。

 

「これからの問題は、二つある」一ノ谷博士が言った。
 
「ひとつはガネーシャがその薬を使って何をしようとしているのか突き止めること。もうひとつは植物に侵された人々をどうやって助けるかじゃ」

 「博士。あの毛根を外科的な治療で分離することは不可能です」本田が口をだす。

 「そんなことはわかっとる。想像だが、あの植物はウィルスのような特性を持つのじゃないかな?だとすれば目的はひとつ。自己保存じゃ。
 すべての生命は、より多くの仲間を増やそうとする本能をもっている。ただ、わからんのはなぜ美容などいう手間のかかる方法をとったのかということじゃ」
 
「そういえば例のカップルね、現場検証では車内で性行為をしていた形跡がありましたし。エイズのように性行為や注射で接触感染するのではないでしょうか」

 山崎の言葉をうけ本田が続ける。
 
「やはり血液でしょう。特定の血液型とか、ある条件下での成長の制限があるとか」

 「うむ、それを調べるにはもっとサンプルが必要だ。あんな切れ端じゃなくて、もっと新鮮で生きている個体がな!」博士が立ち上がり、うろうろと歩き始めた。

 岡田が高瀬にそっと耳打ちする。
 
「いよいよ始まった。新鮮な個体って危ない発言だよな。いやあさすが天才とナニは紙一重。トンデモ博士の本領発揮ってとこ」
 
「おじいちゃん!かおりさんを助け出す話はどうしたの。かおりさん植物人間にされちゃうのよ」真理子が立ち上がった。

 「そういえば、モスバーガーの店長がこんなこと言ってました。夜中に横付けになってた観光バス。長野ナンバーだったって。店長の出身が長野なんで懐かしいと思っておぼえてたそうです」

 高瀬圭一が思い出すように言った。
 
「そうだな。その店長に聞けばバス会社の名前もわかるし、ひょっとするとガネーシャの本部までたどり着くな」と山崎。

 「じゃあ、助けに行きましょう!」真理子が叫んだ。
 
「かおりさんは助けを待ってるわ、きっと!」
 
「ええっ!」

 思いがけぬ真理子の提案に、そこにいた全員が顔を見合わせた。
 
 5

 奇跡の薬「ビューティシーズ」は若者を中心にじわじわと広まった。

 最初はネットの口コミだけだったが、深夜に放送されたTV番組から人気が出始め、マスコミに取り上げられる頃にはすでに利用者はかなりの数になっていた。

 ところがその薬の劇的な効果を疑問視する声が、利用者の身内から出始め、薬局や病院に問い合わせが相次ぎ。あわてた化粧品業界から激しいクレームがつき、さらにそれらが正式な医薬品ではなかったことが判明したため販売は即刻中止された。

 商品は自主回収され、渋谷の『ガネーシャ』本部は、マスコミの取材攻勢がかかる前にあっという間に姿を消した。

 まるでこの事態を予想していたかのような見事な引き際である。

 『ガネーシャ』は消え、『ビューティーシーズ』もいっさい市場には出なくなった。

 しかし、インターネットの裏サイトをのぞくと、名を変えたそれらしい商品の広告をあちこちで見ることが出来る。
 アイドルや芸能人が密かに愛用しているといううわさも流れている。

 売れる商品はなくならない。『ビューティーシーズ』は密かに闇で売りさばかれていた。



 長野県の山中にある高級別荘地。その中のとある別荘では毎夜異常な光景が繰り広げられていた。

 毎夜、数十人の男女が獣のような性の狂宴を繰り返していたのだ。

 薄暗い照明、官能的な香りの香が焚かれ、コーランのような韻を含んだ祈りのテープが流されている。
 室内には分厚いカーペットが敷かれ、いくつものソファやベッドが無造作に置いてある。

 悩ましい吐息と嬌声が溢れ、熱気と興奮が空間を支配している。
 一人の女性に何人もの男達が群がり、また逆に一人の男を数人の女性がもてあそぶ。
 乱れてはいるがそこにはある種のふしぎな秩序が感じられた。

 朝倉かおりはその中にいた。薄衣一枚のあられもない姿で豪華な皮のソファーに寝そべり、まるで女王のように何人もの男達にかしづかれ、ていねいな愛撫を受けている。

 ひとりの男性が近づき、押し頂くように彼女のくちづけを受ける。また別の男性はかおりの局部に顔を埋め、飽くことなく舌による愛撫を繰り返す。まるで花の蜜をすすっているミツバチのようだ。
 ここにいる男女はガネーシャの信徒達である。
 女性が七割、男性が三割、年令は二十代を中心に三十代から四十代まで、中には明らかに十代と見える少女や少年の姿も見られた。

 皆一様に恍惚の表情となり、淫らなセックスを飽きることなく続けている。その欲望は果てることを知らず、続ければ続けるほど、また新たな欲望がわき上がり相手を変えて尽きることがない。


かおりは夢うつつの中で幸せに酔っていた。男達はかおりの美しさを褒めたたえ、やさしく扱ってくれる。
ブスだった昔の自分には考えられないことだ。いまのかおりは醜くはない。均整の取れた顔立ち、二重の目、すらりと高い鼻、そして体型まで美しく変わっている。
 これこそが求めていた美しさ、私の望みはかなった。

 でも、なぜか高揚感はなかった。望んでいたことが達成できたというのに、この空しさはなんだろう。
 もっともっと感動すると思っていたのに・・・


 そういえば、今は昼?夜?
 今日は何月何日?
 いつから自分はここにいるの?

 それが思い出せない。
 頭の芯がぼうっとして考えられない。

 記憶や思考は襲ってくる快楽の波に飲み込まれ、小さな記憶や想い出が消えてゆき、のっぺりとした白く平坦な思考だけが残る。
 おとうさん・おかあさん。ああ、もう顔も思い出せない。

 涙が頬を伝う。

 心がなくなってゆく。

 でも今までの人生に、そんなに楽しいことがあっただろうか、そうよ忘れたい記憶の方がはるかに多かった。
 そんな辛い記憶など失ったほうが幸せなの。

 この快楽は幸せ。
 そうよ私は幸せ。

 シアワセ・・・シアワセ・・・

 焦点のさだまらない目を空間に遊ばせながら、かおりは新たな愛撫を待っていた。




 ガネーシャは「天生(あもう)英二」という男によって作られた組織である。

 もちろん天生英二という名前は偽名である。
 天生は、ある製薬会社の研究員であった。植物生態学が専門で新種の薬のために未開の地に飛び、冒険家まがいの調査を行い新薬のための材料を探すのが仕事だった。

 数年前、天生は屋久島に自生する古代の縄文杉を研究していた。
 千年以上生きている自然界で最も長命な生物、縄文杉から製薬に有益な成分が発見できないかと調査していたのだ。

 そこで彼は変わった植物を発見した。

 島の奥深くにある縄文杉、それも神木といわれる齢二千年を越える巨木だけに寄生する植物である。その植物は巨大な縄文杉の幹や枝に食い込み、小さな赤い花を咲かせていた。

 新種の植物だと思った天羽は秘密裏にその植物を採取し研究を始めた。

 その数ヶ月後。天生はそれまでの研究資料をすべて持ち出し突如失踪した。

 さらに数ヶ月後、彼は天生と名を変え『ビューティシーズ』の発売を始める。

 しかも天生の姿は、前とは別人のように変わっていたのである。

 天生はこの薬を、容姿にコンプレックスを持つ人間に提供し、顧客をつぎつぎと増やしていった。
 天生は言う「幸福の実現」とは簡単なこと。人の不幸はその肉体の中にある。

 ならば肉体が持っている不幸を取り除き、その意識を遙かな高みに昇らせことができれば不幸はなくなるのだと。

 確しかに『ビューティシーズ』という薬には驚くべき美容効果があった。
体内の不純物を浄化し、ひどい肌荒れや、便秘を治す。それと余分な脂肪を分解し体型をすっきりさせる痩身効果もある。
 しかし、それだけならば他にも似たような薬がいままでにもあった。
『ビューティシーズ』が根本的に違うのは、患者の顔や体形までも変えてしまうことである。
 しかも修復不可能な傷跡が消えたり、失われた肉体の一部が甦ることもある。

 そしてシーズを服用した後のセックスは人に素晴らしい快感をもたらし、たちまち快楽のとりこにしてしまうのだ。
 ガネーシャでは教義の一環「聖なる儀式」と称して信徒に売春させ、相手を快楽のとりこにし、次々と信徒を増やしていった。
 それは広告や口コミよりも、はるかに効果的に信徒を増やす手段となった。



 こうして天生を中心とする一種の宗教的な団体が誕生した。それが「ガネーシャ」である。

 薬の販売ルートは、厚生省や薬品会社にあっという間に潰されてしまったが、天生は巧妙に彼らの追求を逃れた。

 いくつかの薬品会社は密かに天生に協力を申し出て、自社の研究室を提供、「ビューティーシーズ」の秘密を知りたがった。

 しかし、そこの研究員や上層部の役員が薬を使用し始めた途端、逆に薬のもたらす快楽に傾倒してしまい、会社を裏切り、天生のために資金や機材を提供した。
 いまや、ガネーシャの力は増大するばかり、薬の代金の他、信徒の身内から集めた資金をもとに、豪華な秘密の別荘をいくつも持つまでになった。

 この別荘には、毎日多くの信徒が訪れる。そして幾日かここで「聖なる儀式」を体験し、また社会へと戻り、ガネーシャのために布教活動を始めるのだ。

ログインすると、みんなのコメントがもっと見れるよ

mixiユーザー
ログインしてコメントしよう!

メトロン星人の本棚 更新情報

メトロン星人の本棚のメンバーはこんなコミュニティにも参加しています

星印の数は、共通して参加しているメンバーが多いほど増えます。