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音楽★美人コミュの065#今更、カッケー

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音楽美人の投稿が続くのは楽しい。アホ政治家どもにイライラするより健全だ。
ホントはコレだけやっていたいほどだ。

 「MUGO・ん・・・色っぽい(1988)」
 https://tinyurl.com/mswsxhzh

昭和世代なら紹介するまでもない工藤静香18歳当時のヒット曲。
若い諸兄は初耳かも知れない(キムタクの嫁さん、くらい知ってるだろう)。
昔、おニャン子クラブ、近いところではAKB的なアイドルグループ、正確に
言えば、すべての元祖はオールナイターズw(若い諸兄はググって)だが、
工藤静香はそのおニャン子クラブ主要メンバー。小生は、おニャン子クラブは
まったく興味がなく素通り、工藤静香のソロ曲も当時、テレビで観て聴いてた
程度だ。

本曲も、まあまあヒットしたと記憶するが、正直言って「つまんねえ曲だな」
とずっと思っていた・・・が!
あの「フジチャンネル」昭和歌謡の紹介動画で観たら、懐かしいな、と同時に
・・・んっ!なんか、カッコよくね?今更?と引っかかった。
で、ちゃんと聴いてみた。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

<魔法がかかっている>

一見(一聴)、チープなアイドル・ソングとして聴き流してしまうが、
結論を先に言えば、非常にカッコいい!

この曲には魔法がかかっている(まあ、魔法は、やや、大袈裟だがw)

YouTubeでクチパクでない、ナマ唄の動画を色々視聴してベスト!だと思った
のが冒頭の動画。これが一番イイ!
 (工藤静香は歌唱力が残念、音程をハズしたり、声量がバラバラだったり、
  選ぶのに苦労したw。本動画も歌唱は安定していないが、音程が下がり
  気味(フラット)でなくシャープでハズしているので気持ち悪さがない。
  以前投稿、美空ひばりクラスになると歌詞の抑揚にあわせ、ややフラット
  ぎみに意図的にハズすことはあるが、シロウトがカラオケでフラットに
  ハズすと、即、オンチ認定になるw。シャープぎみだとハズしても高揚
  している=盛り上がってる的に逆に好印象に聴こえる(個人の感想)。
  で、後述通り、サビが断然にイイ)

=============
実は味(アジ)のあるサビ1
シンプル故に、さすがのワザ
=============
小生が惹かれたのは何と言ってもサビ!これに尽きる。それ以外のパートは
ヒラ唄(Aメロ/Bメロ)など特筆すべき点はない=凡である。とにかく、
サビが耳から離れない。

♪目・と・目〜で〜通〜じ・合・う〜

この詞にあわせ、サビは等間隔で下降するだけの実に単純なメロディだ。
 (詳細に言うと「目と目で」の最後の「で」は半分になるが)
5歳のボンズが1本指で隣りの鍵盤を押して行くだけ、そんな感じだ。

でも、それが何故か、サイコーにカッコイイのだ!なんでだろう・・・。

思うに、歌詞が「目(名詞)」、「と(接続詞)」また「目」と、それぞれが
言葉1音で意味をもっている、それに音階も対応して1音ずつ下降する。
(「め」は1音、「耳」ならミミ=2音、という意味ね)

このメロディ・アレンジ、なかなか、できそうで出来ない。あらゆる複雑な
音階/コード進行=音楽理論を知るプロなら尚更だ。プロの性(さが)、と
いうか、仕事を請け負った責任として、なにか印象的なメロディをつけたく
なるものだ。「仕事してまっせ!」アピール的な。こんなチープな、しかも
重要なサビである「もっと色々、やりようがあるだろう」手抜きと言われて
しまう。
  (以前、究極のドラムで「鈴木蘭々の新譜、4拍目抜きの神プレイ」を
   投稿した際「ドラマーは無意識に、やってしまう/叩いてしまうモノ、
   やらない/叩かないという発想がそもそも無い」に通じるものだ。
   なにか複雑なメロディを付けたくなるのが人情だ)
しかし、
単純化したことで、サビの言葉の持つチカラと言うか勢いと言うか、それが
ビートにジャストマッチして、実にキモチイイのである。

==========
実は味のあるサビ2
収録時から変えてきた
唄い方
==========
この動画のテイクに限ったことで、シングル録音バージョンや他の生唄動画
では見られないが(だから、本動画をセレクトしたのだが)、
「目・と・目〜で〜」でメロディ下降したあとの「通〜じ・合・う〜」で
「通〜じ・合っ・うっ〜」とスタッカートしてハネている、これが曲全体の
ビート感を増して、唄が曲に推進力を与えている重要な点だ。
スタジオ版/他の動画はどれも「通〜じ合う〜」とダラリと唄うものばかり、
ハネてるどころか、ソフトになるように唄っている。演奏はノリノリ・ビート
を維持して盛り上がっていこうとしてるのに、唄だけ逆に盛り下がるように
なっている。これは曲の意図として完全に失敗テイクだ。
  シングル録音バージョン
  途中サビから
  https://tinyurl.com/mr25vnaz
 「通〜じ合う〜」ってソフトに(悪く言えば)ダラリと唄ってって
 「通〜じ・合っ・うっ〜」って切ってハネてない。全然、違うでしょ?

冒頭動画のサビだけ、切ってスタッカートしてるから、このテイクだけ、
明らかに意図して変えていると思うし、コッチの方が全然イイ。この曲の
演奏意図とマッチしている。

唄ってホントに微妙な世界だなとあらためて痛感した。たったひとつの
なんのことはない唄い方だけで、こうも曲全体を変えてしまう。逆に怖い。

そういうところを意識すると、このサビのカッコよさが鮮明になるのでは
ないかな。
  (諸兄がカラオケで唄うときがあれば、これを思い出して、サビを、
   スタッカート、通〜じっ・あっ・うっ〜、と切ってハネるように
   唄うとノリが格段に上がるゾ!・・・知らんけどw)

=========
実は味のあるサビ3
リズムアンサンブル
の妙
=========
そしてチョッパ−ベースが「ンパ!ンパ!ンパ!ンパ!」と裏アクセントで
グルーブすることで演奏も軽快、推進力を出し続けてサビをアゲアゲ!の
ハイテンション!にもっていく。
こういうふうにベースが動いてくれるとドラムは楽だ。ONビートでアタマを
しっかり守っていればよい。チョッパーシンコペーションがリズムのグルーヴ
を作ってくれる、リズムアンサンブルは完璧!(まあ、これくらいプロとして
当然とも言えるがw)

ドラムプレイでサビを表現すれば、
「ドン!タッ!ドン!タッ!ドン!タッ!カッカーン!」
  目! と! 目! で!つう!じっ!あっ!うっ〜
となるwww。このリズムの骨格で、色々なフィル(おかず)パターンを発想
できるし、実際にプレイしてみたい!と、そそられる基本ビートだ。

あと余談になるが、サビの「振り」これもイイ!。ダンスではなく、なんか
唄への意味あんのか?よくわからんがw、唄にあわせて軽く手足を使うだけの
「振り」これは日本歌謡曲独特の文化だ。勿論、洋楽でも感情を手振りしたり
するが、あくまで感情の発露としてのモノで、振付師なるプロがいて決まった
振りを繰り返すという「意識した振り」は日本だけだ。
昭和の昔は、唄より「振り」が話題でヒットした曲もある。
  「他人の関係(1973年)」金井克子
  https://tinyurl.com/6rsaxdur

一体、曲となんの関係があるのか?今でも意味不明だwww。でも、とにかく
話題になった。オトナもボンズたちも皆この「手振り」をマネした。
学校で、この「手振り」で「パッパッパパ〜パッ」と言って、隣りの悪童の
アタマを叩くというギャグがクラスで流行した(アホだw)。
オツムの回転のイイ仲間がやられて「オマエは他人じゃ〜」と叫びながら反撃
するというハイレベル?な返しで皆が爆笑したこともあったな。なつかしい。
前述、「唄より「振り」だけ話題で」としたが、よく聴くと3周まわってw、
現代の感覚でも実にカッコイイ曲である。
 同シングル版
 https://tinyurl.com/y8ks5kkd

演奏もバイブ(鉄琴ね)やホーンなどジャズ風、それらが唄メロに合いの手の
ように入ってくる(オブリガート演奏ね)。現在のJポップでは有りそで無い
演奏技法はカッコイイ。更にフルートも入ってくるあたり、小生感覚で言うと
テレビアニメ・ルパン三世(初期1st版)のBGMに通底するオトナ感性だ。
で、その世界になると、小生にはどうしてもハズせない曲がある。

 陽かげりの街/1979年ペドロ&カプリシャス(高橋真梨子)
 https://tinyurl.com/3czwr2cd

高橋真梨子というと「五番街〜」や「ジョニー〜」がテッパンで出てくるが、
小生の高橋真梨子といえば=ペドロ&カプリシャス=陽かげりの街である。
「何がイイの?」ってか?カッコイイ!そのひとことだw。
まず、
タイトル「陽かげりの街」の「陽かげり」なんて語意=感性、現在あるか?
詩も、その通りの内容だ。正確ではないが「ザ・ハードボイルド音楽」なのだ。

ハードボイルド・・・無いなあ。今、ハードボイルドって価値観、それを善しと
する風潮なんて1ミリもない。まあ、正確なハードボイルドの定義は読書好きの
諸兄にまかせ、音楽通として言わせてもらえば「ハードボイルド音楽」なるモノ
はある!それが「陽かげりの街」なのだ。まあオトナ!ということ。
「コスパ!」や「ソレってあなたの意見ですよね!」などと言っているような
ガキではない!ということだ。
令和の若い諸兄に、この曲(唄)が語っている情景が見えているだろうか?
「そういうオマエはどうなんだ!」ってか?勿論、見えている。
小生は「陽かげりの街」を見てきたし体験してきた。
  (陽がかげった街を見たと言っているのではないよwww。比喩だから。
   「陽かげりの街」が指し示すモノ、という意味ね)

つい盛り上がって、大脱線した。戻す。

===========
実は味のあるサビ4
延ばすか、切り上げるか
センスが光る
===========
サビ前になるが、
サビに入る前「♪何度も話し〜か〜けてるのに〜」の部分も、普通「に〜」を
もう1小節延ばすところ、そのままパッとサビに入ることで、曲展開を早め、
ノリUPにつながっている=ノリを切っていない。
  途中、サビ前
  https://tinyurl.com/3xv9yrtu
このサビ前の展開なら王道は「るのに〜」をもう1小節延ばす、或いは歌手の
技術がなくブレスが続かないときは、途中で唄を止めて息継ぎさせるバックで
アタック音的な演奏アレンジをかまして間をもたせるのが一般的なのに、サッ
と切ってサビに行くところに作曲家のセンスを感じる。
  (まあ、かいかぶり、せっかちな性格なだけかもwww)
なにげないけど効果的なアレンジだ。個々の感性になるが、ダラダラ盛り上げ
られるより、サッと「はい次!」の方がいさぎよい、というか、好感が持てる。
「目玉焼きは塩コショウでサッと食いたい!」的なw。

=========
実は味のあるサビ5
最後だけ隠しアジ
=========
ラストのサビ前「♪視線、なげてみようかしっら〜」でブレイクするが、
ココのサビだけ「♪目〜と・目〜で〜」と小節を食ってスリップビート(※)
っぽくなっているのも、シャレオツだ。
  途中、食ってるサビ
  https://tinyurl.com/4chs86se
  でも、工藤静香、よくココのリズム取れてるな、チョッと関心する。
  まあ、1、2、3、4の裏!ってだけの話しだがw。
  ※、スリップビート
    各位ググって。代表曲
    「ファンタジー(EW&F)」
    https://tinyurl.com/37f32rhz
    イントロ〜唄い出しまで、小節のアタマが取れない
    そうなるように演奏がトリックを使っている。

ココでの仕掛けはスリップビートではなく、演奏と唄が8分速い=単に小節の
アタマを食っているだけ。ドラムロールのオカズにダマされて錯覚しやすく
なっている。一瞬、リズムが取れなくて4分の6拍子など変拍子の譜割りに
なってるのかな?とリピート視聴したが4分の4のまま、食って突っ込んでる
だけだったw。

小生の趣味なら「♪視線、なげてみようかしっら〜」の「ら〜」を逆にのばし、
でも4分の4×2では延ばし過ぎでダサい、4分の5、4分の4+4分の2、
もしくは4分の4+4分の3などで、切りあげてサビに行く。食いは使わない。
(前小節に食わせるテクは、そもそも唄メロが食っている場合には普通に発生
する=食いの連続になる。
   唄メロが食ってる例
   真夏の過日
   https://tinyurl.com/3phjf8nd
         ▽    ▽   ▽   ▽
   「♪なみだが〜あふれる〜悲しい〜季節は〜」
   小節のアタマは▽だが歌詞は全部「が〜/る〜/い〜/は〜」食ってる、
   というよりズレてる。
   (先へと)食っているを、遅れていると解釈することもできる。
    ▽      ▽    ▽   ▽   ▽
   「(休符)なみだが〜あふれる〜悲しい〜季節は〜」
    (ワン・ツ)なみだが〜と遅れている。
   
   別の視点としてヒラ唄とサビで明確に唄のアタマが切り替わっている、
   とても変わった構成になってる。

    (詳細にいうと、ヒラ唄は2拍目の裏から、サビは1拍目の裏から
     の唄い出しで、サビで唄い出しが1拍、早くなっている。だから
     どうだということはないがw、音楽理論的には、なにか効果的な
     テクニックなのか。そういうところ無意識に耳が感じていて=
     受け取っていて、ココロをつかんで離さないのかも知れない)

    (昔、映画「稲村ジェーン」特集のドキュメント・テレビ番組で
     桑田がこの曲を作曲中のシーンがあった。録音スタジオのソファで
     まだ歌詞もメロディも固まっていない曲をアコギで弾きながら鼻唄
     で探って1つずつメロディを固めていくような作業をしていた。
     歌詞も曖昧、サビも♪ラララ・ララ〜ラ好き〜と言って〜、てな
     感じだった)

(工藤静香だったなwww。話しを戻す)

本曲でのサビ「♪目・と・目〜で〜通〜じ・合・う〜」すべてONビート=
1、2、3、4のアタマにアクセントがくるサビなので、食いは変化球=
ギミックで使っているが、ONビートの強さが弱くなるので、小生なら
ドン!ドン!ドン!ドン!とONビートで押しまくる方が好きだw。

=========
「神」は細部に宿る
=========
以上、ノリノリの単純な短いサビにも、多くのチョッとした仕掛けが
さりげなく入っている。ホントにささいな、どうでもイイようなところだ。
でも、前述のサビのポイントのすべてを普通に=凡にやったら、必ず、
つまらん曲で終わるだろう、それくらい「細部」は重要なのだ。

そういう細部にこそ!「音楽の神」が宿っている。

様々なテクニックを使って、それを具現化するのがプロの仕事なのである。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

PS)

以上、あの著名ベーシストが作曲しているせいか、曲のビート感/どんどん
ノッっていく推進力!それと小生がドラムということもあり、このビートの
推進力が気持ちよくてたまらない。
iPodに入れてガンガン聴きたいのだが、前述のとおり録音版ではサビが
スタッカートで切れてるテイクではなく非常に残念だ。音質が悪いのは我慢、
冒頭動画の音声をもらったwww。音質より曲のノリを採用した。

当時は小生の耳も、お子ちゃまだったので、こういうところまで「聴く耳」が
無かった。でも、思いがけないところから、音楽の再発見ができてハッピー、
生きててよかったと実感する。

「能書きが多い!」ってか?よく解る。そうなるようにやっているwww。
「音楽美人」はそういうポリシーだ。
小生が感じている音楽のすばらしさを、どこまで言語化できるか!自身への
チャレンジでもある。言葉にできない内的世界を言語化することで第3者に
己の内的世界が伝わるかも知れない。それは素晴らしく意義あることだ。

今回は、そもそも工藤静香の唄レベルが高くないのでw、でも曲はカッケー
ので、一見(一聴)凡な歌謡曲をどんな点でカッケーと感じたのか、それを
言語化して伝えるため、面倒くさくしつこく説明するしかないなと・・・。
微妙なモノを伝えるのは大変だ。それが「細部に宿る神」なら尚更である。

=========
唄モノ音楽の特徴
音と歌詞の
マルチタスク処理
瞑想にも通じる境地
=========
でも、
小生だっていちいち、こんなふうにオツムでロジカルに考えながら音楽を
聴いているのではない。 
 ・まず、最初はなにも思わずフィーリングだけで音を聴き、
  イイじゃん!つまらんな!など感覚で感じる。
 ・で、あとから、(そのフィールを思い出して=反芻して)今度は
  オツムを使って(言語化できない)感覚を言語化する
例えるなら瞑想だ。
 ・言語化できない(思考も停止するくらい)深い瞑想を味わい
 ・瞑想を抜けて思考が戻ってきたあとで、そのときの瞑想の境地を
  思い出して言語化する
特に唄モノ音楽は、
 ・フィールで感じる「音楽」
 ・思考で受け取る「歌詞」
感覚/思考の両方を同時に使う非常に独特なアートである。
 ・絵画鑑賞なら見て、感覚だけを使って感じる、
 ・唄のないオーケストラも耳を澄ませ、感覚だけを使って感じる、
ドチラも思考を使わず楽しむことができるし、そうすべきだ。
しかし、同じ音楽でも唄モノは歌詞も重要な楽しみであり、当然ながら
言葉を堪能するには思考が必要だ。無思考では言葉を堪能できない、
というか、そもそも言葉自体の理解ができない。

例えば、深い瞑想は思考停止に近く、言語化できず、あとから思い出して
言語化するしか、やりようがない。
   (思考停止など不可能
    何度も述べてきたが思考を完全停止することは不可能だ。
    限りなく遅くなり、停止に近づくが、ゼロにはならない。
    マスターは修行で便宜上「思考停止!」を言うことはあるが、
    いちいち「限りなく停止に近いが実際に止まるのではなく・・・」
    などとやっていては面倒なので、ほぼ停止という意味で言っている。
    だから、文字通り思考を止めろというマスターがいるなら、それは
    エセである)

唄モノ音楽の視聴で起こっている現実をコンマ秒以下の世界で説明すれば、
・ずっと音をフィールで感じつつ
・同時に歌詞は音楽のように流れて行く、
  (つまり、そのときの歌詞は音(おん)として聴いているだけで、
   意味は理解していない)
・そのまま、瞬時に後追いで、思考力に切り替えて歌詞を理解し、
 また、思考を使わないベースに瞬時に戻る
・この切り替えを超高速でやっている
 (廉価なパソコンでは同時処理などしていない。マルチタスクとして
  複数処理を超高速で切り替えて順次処理している、あまりに切り替えが
  速いので同時処理しているように見える、このたとえが解り易いだろう。
  マルチCPU装置ならタスク別にCPUを割り当てられるので文字通り
  同時マルチ処理できるが・・・)
・なので、思考に切り替えしている瞬間、音を感じるフィールは実は止まって
 いる=感じていない。或いは過去のフィールが続いている。
   (過去といっても、0・00000001秒前の過去だがw)
・でも、切り替えが超高速の世界なので認識できず、同時に堪能しているかの
 ような(ある種、錯覚で)感覚的に楽しんでいる。
  (フィールと思考を同時に使うことはできない。感覚世界に浸っている
   とき、思考は使わないし、思考しているとき感覚世界にはない。
   「否!同時にやってるぞ!」との自覚があるかも知れないが、
   それこそ前述のマルチタスクの如しで錯覚しているだけだ)

他にも「感覚/思考の両方を同時に(=切り替えて)使うアート」として
・読書、これも思考とフィールを切り替えているが
・唄モノ音楽とベースが逆になる=思考がベースになる
・思考で文字を読み続ける思考力ベースで進むが、
・瞬時に思考を止め「文字が指し示す世界」を感覚で堪能する、
 また思考に切り替えて次の文字を読む、これを繰り返している
・この「無思考で文字が指し示す世界を感覚で堪能する」のが
 読書の悦楽である。きっと脳内物質が放出されているだろう。
読書好きの諸兄は自覚してないかも知れないが、文字を読んでいるだけでなく
感覚世界で遊んでいる。

いずれも方法論は違うがやってることは同じ、感覚による悦楽、それを補強
すべく、思考で言語化している/思っている。前述、絵画鑑賞/オーケストラ
をフィールだけで堪能するとしたが、それも思考で言語化して補強することで
悦楽を増している、結局は同じことだ。

工藤静香に戻って、
若い諸兄にも「小生の感じるカッコいい!」が伝わったなら幸いだ。
♪ふん・ふん・ふ〜ふん・ふ〜ふっ・ふっ・ふ〜、と気付かぬうちに鼻唄で
唄っているだろうwww。

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