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ほぼ日刊『お兄ちゃん』コミュの夢喰い。

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いつかの4月。


雲が黒い。風が吹き、おまけに雨も降っていたけれど、それでも動物園は割と混み合っていた。
開演から間もないというのに、幼稚園の遠足部隊が入場門を占拠している。
皆が黄色や青、緑色の傘を掲げている様は、遠目から見ると花畑のようにも見えるし、毒キノコ畑にも見える。小さな体が手軽なドームにすっぽりと収まった園児達を眺めながら、濡れた肩をそっと払った。
僕は傘をさすのが、あまり上手ではないのだ。



「上野の動物園いこ」



起きるや否や、彼女が提案したのだ。

朝九時過ぎである。彼女は既にお洒落を決め込んでいる。アメリカのパパが着ていそうなニットセーターを着込み、黒タイツの上にショートパンツを合わせ、髪は無造作に束ねている。似合うから困る。

「なんで動物園なの?」
「犬が見たい」

彼女は迷う事無く言い放った。
動物園に行き、犬を探すという。僕は反射的にカーテンを開け、天気を確かめる。いつも通りの雨である。つまりは、くそったれな天候であった。
僕は残念さを醸し出しつつ彼女の方を見遣るが、彼女はそんな事は構うものかと、玄関にかがみ込み、靴オーディションに取りかかっていた。 念の為僕はいつもの報告を済ます。

「雨だよ?」

僕の天気報告を肩越しに聞く彼女は、右手にスニーカー、左手にパンプスを持っているが、既に足には緑色のブーツが装着されている。

「私は生粋の雨女だから、私が何処か楽しいところに行こうとする日はいつも雨。わくわくしたらいつも雨。でも、わくわくしないなんてつまらないから、雨でもしょうがない。な?」

そうですね。
僕は身支度に取りかかったのだ。





「動物園にさ、犬いるかな?」

この当たり前の疑問を口にしたのは上野駅に到着してからであった。
犬だって確かに動物ではあるのだが、日本最大規模の上野動物園に犬のスペースがあるというのは想像しがたい。

「いる。ネコだってほら、山猫とかいるし、広義で解釈すればライオンもトラもキティちゃんもネコやし」
「その解釈で言えばオオカミもリカオンもスヌーピーも犬だな」
「スヌーピーはアニメやから、動物園にはおらんよ」

動物園にいるキティちゃんだって見た事が無い。
言いかけた僕の前を団体が横切る。幼稚園児の傘に輝くキティちゃんが、僕を閉口させた。

「それに、兄君家の犬もちゃんと家の中で自分のスペースを確保しとるやろ?」
「あのスペースを確保してあげたのは俺だよ」
「動物園には兄君よりも優秀な飼育員がいるし、兄君にできるんやったら、専門の人達が動物園に犬のスペースを確保できないはずないやんかあ」
「“できない”んじゃなくて“しない”んだ」

彼女は僕を無視して鼻歌まじりに入場門に向かった。









結論から言おう。犬はいた。
まず補助犬がいらっしゃった。
それとは別に、動物園における“動物”としても存在していた。
正確には“ドール”という。動物界脊索動物門哺乳綱ネコ目(食肉目)イヌ科に属する食肉類であるらしいのだが、動物園における人間と動物との適切な距離感を保って見たそのドール君は、完全に犬であった。このドールをあの園児達が見た際、確実に犬と認識するであろうし、仮に「あれはドールと言うんだよ」と先生が教え諭したところで、きっと園児に子供らしからぬ冷酷冷徹な眼差しを向けられ「いや、犬だし」と吐き捨てられる。それを受けた先生は膝から崩れ落ち退職、もう二度と社会復帰できなくなる程に酒浸りな生活を送る。
そんな光景が鮮明に浮かぶ程に、犬であった。

本当ならば彼女との動物園デートを似非小説として書き上げ読者の心に生温い風を舞い込ませてやろうと企んでいたのだが、それどころではない事が起きたという事実を思い出したのでそっちを優先する。申し分けないが、する。


これは、いつかの4月の話である。


雨雲が風に流され、頭上には晴天が広がる。
動物園に入場した僕らはマップを片手に動物達を流し見た。
鳥や猿等にはかまっていられない、なぜならばその時僕らは犬を求めていたからである。
しかし、事件はその猿山で起きた。

猿山では福袋が売り出されていた。
と思う程の繁盛ぶりだった。最近生まれたという可愛い赤ちゃん猿がスヤスヤと母の背中で寝息をたてており、これが客寄せパンダ(動物園ジョーク)となっていた。
僕らも例に漏れず揃って策から上半身を若干乗り出し猿を目で追っていた。

そして、僕の横には熟年の夫婦がいたのだが、何を隠そうこの夫婦が、更にはこのお父様の方こそが今回のハプニング大賞である。なぜならば彼は一目見れば誰もが気付くであろう程に分かりやすい毛髪詐欺のベテランであった。もしかしたら第一人者、先駆者、そんな称号が与えられていても可笑しくない程に“リーブ21には頼らない感”丸出しなのである。

季節は春だ。
雲と一緒に湿った空気を押し出すように、いくらか強めの風が吹いていた。
風は僕らの背中にとん、と乗っかり、そのまま首、うなじ、そして頭部をなめて猿山へと向かっていく。
風の性格を言葉にするなら恐らく“気まぐれ”あるいは“御転婆”がしっくりくるのではないだろうか。ところかまわず吹き乱れ、人の迷惑等考える事も無い。向かい風で人を苛立たせ追い風で後押しし、そよ風で気持ちを落ち着かせ強風で追い剥ぎを決行する。
その風はお約束通り、お父様のカツラを「ちょっとすいませんね」くらいの気軽さ気安さで持っていってしまう。


カツラはそっと、猿山に落ちた。


静まり返るギャラリー。
「なにあれ?ワカメ?」「排泄物じゃないの?」「黒いよねえ、ハリネズミとか?」そんな声がちらほらと漏れだしている。しかし、注意して周りを見れば一目瞭然。先ほどまで“明らかなカツラ”だった男性が、一瞬で“朗らかなアタマ”へと変貌を遂げているのだ。徐々に静まり返るその他大勢達。気まずさと切なさと心許なさがない交ぜになったこの感情はどこにぶつければ良いのか。テイクアウトはお断りだ。そんな感情、そんな動揺が辺りを包む。

「これが世に言う“風の悪戯”やな」
「それ以外の何でも無いな」
「割りとかわいいんちゃう?カツラ無い方が。この際、カツラ撤廃したらええのに」
「あればっかりは個人の価値観だからな」

僕らは僕らで笑いをかみ殺した引きつった顔のまま老夫婦の方をそっと見遣る。

お父様はと言えば、プルプル震えていた。
彼の視界に映った景色はきっとホラー、のちにサスペンスであった事だろう。背中に当たる風。可愛い猿。視界に見切れる毛。視線を奪う毛。自らの毛。偽物の毛。襲う清涼感。震える根幹。絶望感。プルプル。プルプル。完。

そんなお父様の隣で、お母様はというと、どうしたらいいものか分からず右往左往した結果、その場でクルクルと回転しながら会釈を繰り返していた。僕はこれを“竜巻旋風会釈”と名付けた。

周りの、ある意味被害者となった僕らギャラリーもまたどうしたものかと目が泳いでいた。このままでは集団溺死である。見るも無惨である。飼育員を呼んで良いものなのかどうか、それすら判断に迷い、皆が皆それぞれで考え、それぞれで出した結論は、意外にも例外無く一致した。とにかく動こう。移動しよう。隣に流されよう。その結果


猿山隣のバク、異例の満員御礼。


バク見客がパンクした。
過去にこれほどまでバク(実はカピパラも同じスペースで飼育されている)が注目される事があっただろうか。いや、正確には注目はされていない。視線は未だ猿山に注がれている。なので、この様子を客観的に表すと“バクの前にいるたくさんの人が、なぜか少し離れた猿山に視線を向けている”である。見ようによっては猿好きな遠視の集い、に見えなくもない。この状態で一番パニックだったのは、きっとバクだ。そしてカピパラだ。





そんな中、唯一自らの意志でバクの前に立つ女性がいた。
彼女だった。

「なあ見てえ!バク!割とかわいい!お父様どころちゃうよ!」

バクが、可愛かった。
お父様どころでは、なかった。

思いのほか、可愛い。例えば、パンダの赤ちゃんって生まれた瞬間はなんだか出来損ないの中の出来損ないみたいな外見を、パッと見そんな外見をしているが、いざしっかり見てみると愛くるしい出来損ないに見えたりする。ちょっと何が言いたいのか自分でもわからないけれど、ようするによく見たら可愛かった。目が小っちゃかった。
彼女はバクを写真におさめながら呟く。

「雨が上がったから機嫌がええねん。お父様もまあ、大変っちゃ大変やけど、こればっかりは自己責任やし。笑わせてもらったし。もう、ほっとこ。悪い夢を見たと思って、こいつに食べてもらったらええよ。な?」

僕は、バクってカツラ食べるの?と見当違いな事を言っていた。


コメント(8)

中学の修学旅行で猿山前のベンチに座って鳩と戯れながら、猿山を見る人間の観察していたことを思い出しました。

お兄ちゃん、ありがとう。
うんこ投げるチンパンジーが大人気でした
やられました…
本命だと思ってたら、まさかの大本命がいたなんて…


ごちそうさまです


竜巻旋風会釈の修得に日々ハゲ見ます…
あ、励みます!←
彼女さんの行動力に脱帽です。
雨の日も雨に負けず雨を楽しみ雨と生きられるよう、色々試してみます。
でもまあ、サ店でアンニュりたいです。

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