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小説『白夜行』の謎 コミュの100万円の行方?

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亮司が売春ビジネスに手を染めたのは、おそらく中学生の時である。
前稿で資金の流れを検証した。それも一つの根拠であるが、もうひとつ大きな理由がある。それについては後ほど触れることにする。

洋介の没後、番頭の松浦が質店「きりはら」の切り盛りをしていた。
しばらく後、桐原一族の親族会議が開かれ、店は洋介の従弟が引き継ぐことになった。その際、松浦の使い込みも発覚している。
弥生子は、土地が洋介の実兄名義だったことをこのとき初めて知るわけだが、幾許かの質屋の権利金を受け取り、それを元手に喫茶店を開業する。松浦も弥生子も体よく桐原一族から追い出された形であろう。3年足らずで喫茶店を閉めた後、天王寺でスナックを始めるのが1979年2月である(p829〜p831にかけての弥生子の回想、1993年の2月で開業14年目と振り返る)。1979年7月頃に友彦が花岡夕子の事件を起こしているから、亮司が高校1年から2年になる年である。この頃から亮司は弥生子との同居を再開するが、それまでは洋介の従弟が引き継いだ「きりはら」に預けられていた。「藤村都子」の事件はこのときに起こっている。中学生時代の亮司はどのような生活を送っていたのかが非常に謎めいている。だが、この時期こそが、亮司のその後の行動原理を特徴付ける最も重要な時期であったように思う。この行動原理とは、つまり、「売れるはずのものを売る話」であるし、「相手の魂を奪う手っ取り早い方法」である。しかもそこに立脚している性的観念は著しく歪んだものである。
なぜ、歪んだのか?最初の事件で亮司は大きなトラウマを負ったから、という説明はあちこちでなされているようだが、それで説明がつく問題だとは到底思えない。原因と結果との間の因果関係があまりに乖離、あるいは飛躍しすぎていないだろうか?
廃墟ビルは間もなく風俗ビルとなった。小学生時代を回想して典子に漏らした亮司のセリフは重要である。
「1万円払えば女に対して何をしてもいい…当時1万円は大金だったが…、そんなことを商売にする女がいるとは思えなかった。…俺は別にショックなんて受けちゃいなかったんだよ。ただ、学習した。この世で一番大切なものは何かってことをね。(p699)」
短いセリフの中に様々な疑問点が浮かび上がる。
雪穂と洋介の売春現場を目撃した上、実父を殺害、心的外傷を受ける要素は充分すぎるほど整っているが、トラウマを受けた少年の目は驚くほど冷静である。あくまで亮司の「回想」の下りで語られているから、当時の状況は違ったかもしれない、としても、「1万円は当時も大金」で、その対価に体を提供する商売が成立するのか、という疑問が沸き上るところなど非常に具体的であり、当時の心境を忌憚無く吐露していると思われる。
心的外傷後ストレス症候群(PTSD)の症状は人によって様々であろうが、その原因となった廃墟ビルについての話題が出れば、当然フラッシュバックを引き起こして少なからず動揺するであろうし、悪くすればパニック障害に陥ることも予想される。ところが亮司の回想には全くそうした気配が見られない。
雪穂と洋介の売春現場を目撃しているはずだから、「そんな商売が成立するなんて思わない」という亮司の心境も矛盾している。
売春という現実に対して「ショックなんて受けちゃいない」のならば何のために父親を殺害したのか?
おそらくその答えが「この世で一番大切なものは何かを学習した」という部分にあると思われる。
父殺しの殺意の土台が憎悪であるならば、亮司は間違いなくトラウマから大きな心理的抑圧を受けて、まともに行動できる人間にはならなかったであろう。この世で一番大切なものを守るために父を殺害した、亮司にとっては「正しい行動」を取った訳であるから、トラウマを受けることは無かった、と考えた方が筋が通る。「トラウマが無い」という言い方は語弊があるかもしれない。父殺しよりも以前に、学習を重ねて克服してきた、というようなイメージである。

「藤村都子」を支配することに成功したのが中学3年である。
性的暴力が本人と周囲にもたらす効果、それらが計算しつくされていた非常に高度な手段という点で精神的な成熟度を要求される行為であろう。
性に対する知識は必須である。亮司がここに至る学習過程において、売春ビジネスが介在されていたと考えている。ただし亮司は中学生である。その扉を開いた大人の存在が必要であろう。それが松浦なのではないか?

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「なんや、やっぱり質流れ品やないか…」
亮司は「きりはら」の過去の帳簿をパラパラとめくりながら嘆息した。
父親から誕生日プレゼントとして受け取ったドイツ製の鋏。
元気盛りの小学生の趣味が切り絵、ということを洋介は当初あまり芳しく思っていなかったようだが、出来上がった亮司の作品を見ているうちに考えが変わったらしい。
「心斎橋の百貨店で買うてきた舶来品やで。期間モノの物産展やったから貴重な代物や」と重々しく恩着せがましい口調で洋介はそう言っていたはずだが、何のことは無い、息子へのプレゼントをケチっただけの話であった。
金に少々汚い父親であることを亮司は充分知り抜いていた。
以前、親類が集まった時に盗み聞きした話では、洋介は親戚からだいぶ金を借りてるらしい。
「親父の遺言に従って土地の名義は兄貴のままになってるやないか、その分、俺は自分の才覚だけで稼がなあかん。そういう事情を思い遣って助け合うのが兄弟なんと違うか?」
父洋介の声が卑しく響く。
代々質屋を営んできた「桐原家」は、戦後施行された相続人の権利平等を謳った新民法の精神に束縛されるまでもなく、当然のごとく家父長的制度を堅持してきた。亮司にそのような事情は良くわからないが、洋介の目は、他の親族の中でも異様にギラついたものがあるのを強く感じていたし、それが恥ずかしくもあった。洋介に向けられる親戚中の軽侮の眼差しは、そのまま息子である亮司に刺す様な痛みを与え続けていたからである。
カネに固執する洋介の背中は亮司にとっての反面教師として映っていた。
「この世で一番大切なのがカネっちゅう人間は憐れなもんや」
亮司は手元でドイツ製の鋏の感触を確かめながらつぶやいた。この鋏の出自はともかく、シンプルで無骨ながらもよく手になじみ、切れ味は鋭い・・・、その機能美を亮司は気に入っていた。
亮司は時折盗み見る帳簿から様々なことを学習した。安く買い叩いて高く売るという商売の根本原理、本質は金貸しという実態、商売の全ての基本が「質屋」にはある。亮司にはそれに精通しなければならない「崇高な目的」があった。

あるじ亡き後、店は松浦が切り盛りしているが会話を交わすことは殆どない。うかつに話をすれば「あの夜」の話題に触れてしまうかもしれない、それを避ける意図もあった。だが最も大きな動機は、松浦に対する「憎悪」であった。亮司は何とかそれを抑えて生活している。
「時と場合で憎しみを使い分けなあかん。感情に流されたらお終いやで。亮司にはそれが出来る強い男になって欲しいんや」
亮司は雪穂に釘を刺されていた。

松浦という男はいつのまにか「きりはら」にいた。亮司にはその記憶がひどく曖昧であった。
ただ、亮司は知っていた。偶然家中を探索しているうちに見つけてしまったおぞましい写真の数々。時折来る人相の悪い男たちと洋介は取引して得たものらしい。そして松浦がその男たちと知り合いらしいと言うことを、亮司は見抜いていた。この男たちと松浦がすれ違う時、一瞬だが目配せのような動作をしていたところを目撃したからである。
洋介を禁断の世界に引きずり込んだのは松浦であろう。洋介の欲望は留まるところを知らなかった。店の顧客名簿を漁り、生活に困窮していそうな母子家庭を探し出し、カネの力で自分のものにする、そういう決断を下したのは洋介自身であろう。松浦は憎い、が、利用できるのであれば憎悪を抑えて付き合わなければならない。亮司は自分の目的を実現させる方法を必死で探っていた。
「なあ、松浦さん。ちょっと聞きたいことがあんねんけど・・・。」
「亮ちゃんか、珍しいな。」
松浦は歪んだ笑顔を浮かべながら答えた。
「あのビル・・・。友達から聞いたんやけど、変な店が入ったって・・・。」
「ああ・・・」
松浦の目が鈍く光っていた。小学生を相手に何をどのように答えるべきなのか、思案を巡らせているのだろう。
「1万円払ったら男は女に何してもいい、って…、そういう商売があるってほんまなん?」
松浦は少し噴出した。笑いを堪え切れなかったようである。
「ああ、亮ちゃん、ほんまやで。逆に女が男を買う、って商売も世の中にはあるんや。まだ亮ちゃんには早い話やけどな。」
小学生の亮司にそう諭す松浦はひどく出来の悪い父親のように見えた。父親亡き後、松浦なりに亮司の親代わりになろうとしていたのかもしれない。そうした松浦の潜在意識を計算した上で亮司は質問を吹っかけたのであるが、心の中では冗談やない、と叫んでいた。
「それやったら、俺も売れるんかな?」
「亮ちゃんが?ハハハ、まだ早いかも知れへんけど・・・。」
押し黙った松浦だったが、やがて何がしかの悪ふざけを思いついたように言った。
「何なら、亮ちゃんのこと買うてくれる人紹介したろか?」

亮司は松浦の指示通り、天王寺の繁華街から一本外れた界隈の小汚い雰囲気の飲食店に足を運んだ。「きりはら」のある生野からは歩いて20分ほどのところである。亮司はその店の戸を開けた。
「夕子さん、筆おろしのお相手が来よったで。」
女は顔に笑みをうかべたまま、ため息をつく演技をしながら言う。
「ええ男やなぁ。せやけどこんなオバハンが初めての相手やったら可哀想やわ。」
子供にはどうせわからんやろ、という遠慮の無い会話に、店には下卑た笑いが響いた。
松浦も夕子も、端から亮司をからかうつもりでここに呼んだのであろう。
亮司は夕子と松浦に挟まれるような形で座らされた。会話には口を挟まず、ちらちらと夕子の様子を窺った。髪の毛をポニーテールに結んでだいぶ若作りをしているのであろう。化粧のきつい臭いに時折吐き気をもよおしそうになる。
時間は夜の9時を過ぎた。
「松浦さん、俺もう帰らんとあかん。」
「そうやな、子供はもう寝る時間やからなぁ。近いから一人で帰れるか?」
「私も、旦那が戻ってくるからもう帰らんとあかん。亮ちゃん、お巡りさんに捕まるかもしれへんし、そこまで一緒に行こか?」
夕子が立ち上がった。
「そんなんゆうて、ほんまは誘惑するつもりなんとちゃうん?」
松浦は酒が入って上機嫌であったようだ。
「あほなことゆうてないで、あんたも早く所帯持ちぃや。保護者の気持ちがわかって初めて一人前の男やで」
「半人前が好きなくせに、よう言うわ」
夕子は、いつまでも酔っ払いに付き合っていられないという素振りを見せた。
亮司は夕子と一緒に店を出た。
少し人気が無くなったのを見計らって、亮司は夕子に切り出した。
「なあ、夕子さん。僕のこと買うてくれへんか?」
「子供が、あほなことゆうたらあかんで」
「今や無い。もう少し先の話や。初めての相手は夕子さんのような人がええ」
夕子はまんざらでもないという表情を浮かべたが、大人としての態度は崩さなかった。
「そうやな、いつか、な。考えておいてもええよ。」
「このこと、松浦さんにゆうたら絶対あかんで。僕と夕子さんだけの秘密や」
秘密、という部分を強調すると、にっこりとした表情を夕子は向けた。

亮司はじっくりと工作に取り掛かった。
夕子とのコネクションが出来てしまえば松浦に用はない。
そもそも店を松浦が切り盛りしていることを桐原家の親族たちは快く思っていない。
亮司は父洋介や松浦の筆跡を完璧なまでに模倣する技術を身につけていた。もともと手先が器用なのである。
松浦に気づかれないよう、帳簿の偽造に取り掛かった。松浦が見るのは決算までの当年分のものだけである。洋介が生きていた前年以前のものにはまず目を通すことは無い。亮司はまず、過去の帳簿に手を加えた。実際よりも質草の金額を高く仕入れたように見せかけ、質草が流れたかように見せかけた何点かの架空の品物を書き込んでいく。入ってくる金額と出て行く金額を一緒にしておけば、現金残高の帳尻は合うことになる、今使っている帳簿との整合性も問題ない。ところが帳簿と質草帳と付き合わせれば、流したはずの質草の件名が載っていない、つまり架空の取引をでっち上げて現金が誰かの懐に入ったことが疑われることになる。それができるのは松浦しかいない。帳簿は複雑な組織を構成しているから、一つ一つの辻褄があっており、なおかつ松浦が使い込みをしていたかのように偽造するにという綿密で慎重な作業が要求された。亮司はおよそ一年をかけて、松浦が使い込んだことの証拠書類を作り上げていった。
亮司は中学生になっていた。法事で親族が顔を合わせたときに、亮司は叔父、つまり洋介の兄で桐原家の家督相続者に、いかにも内緒話という感じで切り出した。
「店にライカのカメラあってん。それ、気に入ってたんやけど、いつの間にか無くなってたんや。松浦さんに聞いてもわからんゆうし・・・。」
このときの叔父の表情はあまり変わらないようにみえた。
しかし、まもなく親族会議が開かれた。「きりはら」の店の状況は徹底的に調べられた。
松浦は不貞腐れた表情で成り行きを見守っていたが、会議の結論は出された。
松浦は、亮司の工作など何一つ知るところ無く、「きりはら」を追い出されることになった。
叔父たちの会話を聞いてわかったのだが、亮司がわざわざ偽造するまでも無かった。
実際に松浦は使い込みを頻繁に行っていたようであったからである。

(続く)

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