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小説『白夜行』の謎 コミュの笹垣の執念?迷宮の扉

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 「時効は過ぎてる。それはわかっている。わかってるけど、あの事件だけは、かたをつけんと死んでも死にきれんのや。・・・あの事件でわしらがしくじったばかりに、結果的に、関係のない人間を何人も不幸にしてしまった気がするんや。 ・・・あの時に摘み取っておくべき芽があったんや。それをほったらかしにしておいたから芽はどんどん成長していってもうた。成長して、花を咲かせてしまいよった。しかも悪い花を。(p738〜739)」 

 笹垣刑事の執念のもととなる最も大きな動機は、原作の上の記述に集約されている。
 笹垣が拘る「あの事件」はなぜ迷宮入りしたのか?
 いくつかの要因が複雑に絡みあって成立しているので、少し整理してみたい。
 
 ?最有力の容疑者である寺崎忠夫が、事故死してしまったこと。
 ?洋介の引き出した預金、100万円の行方がわからなかったこと。このことにより、捜査方針が顔見知りによる強盗殺人の線で進められてしまったこと(p546)。
 ?第一発見者の菊池少年の証言が、供述調書を作成した小阪警部補の先入観で歪められてしまったこと(p778)。
 ?オイルショックなどによって世間全体が殺伐とし、凶悪事件が連続している状況であり、捜査を継続するモチベーションが低下していた。さらに、笹垣が?の矛盾点に気づいたときの上司が、功名心の強さから、地味なこの事件の再捜査に難色を示した(p773〜776)

 他にも挙げるべき要因はいくつもあるかもしれない。
 
 少し話しがそれる。
 笹垣潤三は、退職したのが1992(平成4)年の春であるから、60歳で定年を迎えたとして、昭和7〜8年の生まれであると推測される。
 明治勅諭による教育を受けた最後の世代であり、思春期に終戦を迎え、不屈の精神で日本復興の原動力となっていく。
 この、いわゆる「昭和一ケタ」という世代は、例えばアニメ「ルパン三世」で、銭形警部の執拗さを揶揄する時に「さすがとっつあん、昭和一ケタの人間はしつこい」などと使われるように、頑固で強い信念を持っているという特徴がよく言われる。個人的な感想ではあるが、仕事などでこの世代の方と接する時、そのような感想を持つことが多い。加えて、一見無愛想だが、人を良く見ていたりして温かみに溢れている印象がある。
 思春期に迎えた戦争体験という大きな傷を心に負いつつ、それをバネに不撓不屈で日本を支えてきたという、強烈なプライド。
 「分厚い一重瞼の目は、鋭さと柔らかさの両方を備えていた」
 「男の目は、他人を威嚇するようなものではなかったし、何らかの邪念を含んでいるものでもなさそうだった。しかし、人間の憎悪や歪みを知り尽くした目だった・・・」
 笹垣は物語において、この世代の記号そのものである。

 1973年という年は、いろいろな意味でターニングポイントであったかもしれない。
 「時代背景」の記事でも述べたが、高度成長が終焉し、日本全体が殺伐とした雰囲気になってくる。オイルショックはそんな時代を表徴する事件として引用された、とも書いた。
 もうひとつ、「四大公害訴訟の結審」が引用されたことについては少し説明が足りなかったかもしれない。
 公害訴訟の全てが原告勝訴で結審した結果、公害防止の包括的な法的枠組みが策定された。猛烈を武器に突き進んできた日本経済が、実は自然環境を犠牲に成立してきた、という痛い反省材料を突きつけられたのである。
 企業の選択肢は2つあった。
 一つは法律を遵守する為、新たに莫大な環境コストを支払うこと。もうひとつは、最も公害物質が発生する製造工程を発展途上国にシフトさせること、であった。
 利益を生まない環境コストへの投資は、当然、企業業績を悪化させることになるし、後者は、産業空洞化の原因となり、いずれにしても、日本経済の足を引っ張る原因となる。オイルショックは、同時期に国際外為相場がフロート(変動為替相場制)へ移行して円高が進んだことにより原油高の効果を減殺させたから、公害事件の方がむしろ重要、という見方も出来る。
 多くの企業は環境コストへの投資ではなく、円高の追い風も受けて製造工程の見直しを採用した。後に「公害の輸出」と国際的な非難を浴びることになる。

 日本人は、この時点で重要な岐路に立ったのである。
 そして、臭いものに蓋をするような、悪いものを見て見ぬフリをする、そんな選択をしてしまった。
 この事件が迷宮入りしてしまったそもそもの原因が、猛烈に進んできた日本人には決して気づくことのできない盲点に入り込んでしまったからである、と解釈することもできるように思う。
 あの岐路に立った時、どうして、悪い芽を摘み取っておかなかったのか。
 それをほったらかしにしたから、悪い花を咲かせてしまった。
 この物語が終わるのは、1992年、つまりバブル経済が崩壊した年である。
 亮司と雪穂は、お互いの魂を守るためなら、どれだけ他人を犠牲にすることも躊躇わない。そんな彼らが、道を踏み外す前に助けることが出来たのは、笹垣、ただ一人であった。
 それが出来なかったことを、自分の傷として、笹垣は刻み込んだのである。日本人が負った、新たな傷といっても良いかもしれない。
 
 考えすぎといわれるかもしれない。時代背景を組み込んだ緻密な構成、そこで昔、何かを置き忘れてしまった日本人。笹垣という人物に託された深いメッセージを、こんな風に感じ取ることもできるように思う。
 

 次稿で、笹垣の足取りや視点を整理して、次のテーマに移る予定です。

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