ログインしてさらにmixiを楽しもう

コメントを投稿して情報交換!
更新通知を受け取って、最新情報をゲット!

mixi政治・政策討論会(仮名)コミュの佐藤優(52)

  • mixiチェック
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
乙女座和伊愛さんからの情報です。しっかり、お答えしたいと思っておりましたが、大幅に遅れています。本当の改革とは何か?革命とは何か?
社民主義、修正主義が、本来の左翼の主張を歪めていると言う話の前提から、
本来の改革と似非改革論とは何か?
学問的に、アカデミックな批判を交えながら答えていきたいと思いますので、
独立トピックとして置きます。




電球佐藤優は「ラスプーチン」ではない! 電球

佐藤優という男を評してよく「外務省のラスプーチン」などと言われる事が多い。
本人もその二つ名に大層御満悦のようで、自らそう称する事もあるようだ。
ビッグコミックで連載された佐藤のPR漫画も「憂国のラスプーチン」という題名だった。が、しかし…。

佐藤のごときチンピラ(元)外交官を、帝政ロシア末期に権勢を振るって良くも悪くも歴史上の大人物であった怪僧ラスプーチンになぞらえるのは、あまりにもラスプーチンに対して失礼であろう。
グリゴリー・ラスプーチンというのはロシアの皇后から信頼されて権勢を振るった人物であり、日本で言えば奈良時代の道鏡に近い。それらに比べると佐藤の言動はあまりにみみっちく、「ラスプーチン」などという渾名はあまりに不釣合いである。
では、佐藤を対ロシア外交官だった履歴に合わせて、ロシアの人物になぞらえるとしたら誰が一番似ているだろうか?

筆者の私見として言うならば、佐藤優に最もそっくりなロシアの著名人はウラジミール・ジリノフスキーだと思う。
ロシアの極右政党・ロシア自由民主党の党首であるあのジリノフスキーである。ジリノフスキーの履歴を今改めて見てみると、佐藤が外交官として活動した時期と言動は妙にダブる部分が多く、明らかにロシアで働いていた頃にジリノフスキーに影響を受けてその手法を真似た形跡が見て取れるからだ。
時期的に言うとジリノフスキーの政界デビュー、すなわちロシア自民党(当初はソ連自由民主党)の設立に参加したのは1989年であり、佐藤が在ロシア日本大使館に勤め始めた1988年とほぼ同じ時期である。
この頃の佐藤はまだ外務省に入って間もない新米ノンキャリに過ぎず、鈴木宗男とのコネもまだ築かれていなかった。
後年に北朝鮮報道でやはり佐藤と似たような手法を駆使するようになる石丸次郎も「転向」前で、むしろ北朝鮮や総連との関係は良好だった頃だ。
87.8年辺りまでのジリノフスキーの本業は通訳や法律家であった。
大学でトルコ語を専攻していた彼は69年にトルコへ赴任し、シリアとの国境に近いイスケンデルンで通訳を務める。
ここではソ連の援助による冶金コンビナート建設が進められていたので、それに関係する通訳の仕事だったと思われる。
だが、ジリノフスキーはここで何と共産主義扇動罪でトルコ当局に逮捕されているのだ。
後に強烈な反共産党言動を繰り返して極右政党党首となるあのジリノフスキーが、である。
その後80年代に入ってからは法律業務の世界に入り、主に扱ったのはソ連人の西側にいる親戚の遺産関係を処理する仕事であったという。
こうした遺産相続の法的処理分野で大きな利権を得たとも言われており、当人は後に否定しているが、この頃に仕事の案件である他人の遺産を横領したり色々と賄賂を取ったりした疑惑が多く囁かれてもいる。
ゼニカネに関してはあまりきれいな人間ではなかったようだ。
同時に社会的な活動としてはソ連内のユダヤ人文化組織「シャローム」で幹部を務めた。
今でこそジリノフスキーがユダヤ人である事は広く知られているが、後に政界に乗り出した当初は過激な言動からナオナチ系の反ユダヤ主義者と目されたものだ。
当人も自身がユダヤ人である事に誇りを持っていると度々語っており、そうしたソ連・ロシアのユダヤ人社会内での評判も悪くはなかった。
後に極右政党の代表として有名になってから、昔のユダヤ人仲間は驚いたという。
「あいつはユダヤ人なんだから、ネオナチの訳ないだろう」と。

だが…。
ソ連崩壊前後の社会不安の中でジリノフスキーの過激な発言は大いにウケ、ロシア自民党は93年の選挙で第1党の座を占めるようになった。
その後の党勢は伸び悩んで衰退するも、東欧などからの移民労働者に不満を持つロシア国内の排外主義者達からの支持を背景に、ロシア自民党は今でも一定の議席数を確保し続けて現在に至る。

だがジリノフスキーの行動をよく観察してみると、その言動は大くの矛盾に満ちている。
まず自身もユダヤ人である事に誇りを持つと言って仲間であるユダヤ人社会を擁護しながら、同時に反ユダヤ主義者の団体にも度々出入して演説や講演を行ったりしているのだ。
民族紛争の起きていたアルメニアとアゼルバイジャン両共和国でもやはり対立する双方の反共団体に出入りしてどちらにもいい顔をして応援するかのような顔をしていたが、結果的には双方の対立を煽って紛争を激化させるだけの結果に終わっている。
日本に対しても「太平洋戦争は日本にとってやむを得ない『国益の擁護』だった」「対中国で日本とロシアは同盟すべき」と日本の肩を持つ一方で、「東京に原爆を落とすぞ」「北方領土は返還しない」という攻撃的な発言もしており、全く整合性がない。
ジリノフスキーという人間に政治家として一貫した主義主張というのが全然ないというのがよく分かるだろう。この男に一貫した所があるとするならば、矛盾しようと無節操であろうとも見境なく対立双方の陣営に入り込んだり、ひたすら過激な言動を振り撒く事で、ソ連末期からエリツィン政権下かけてのロシア社会をより一層混乱させる事だった。ロシアに社会的・外交的混乱をもたらすのがこの男の目的だったと言っても良い。実際、当時のジリノフスキーに裏で巨額の政治資金を提供したタニマチは、西側の投資家や企業達であったと言われている。ソ連崩壊後の混乱期にロシアの社会インフラや地下資源などを安く買い叩こうと目論んだ資本家達だ。そしてそれは80年代末から90年代末までのエリツィン時代に「オリガーク」と呼ばれるロシア国内の成金買弁資本家(大部分は公私混同で国家資産を西側に売却して私腹を肥やした旧共産党官僚)達が乱立した事実からある程度「成功」だったと言えるだろう。
だが「混乱」を巻き起こす為だけに邁進する「梟雄」の天下も長くは続かなかった。中国の後漢末期三国志の時代に一時期巨大な権勢を誇った梟雄・董卓が部下に殺されて自滅し、その後は「乱世の姦雄」曹操の天下となったように、現代ロシアにおいても「梟雄」の時代の後は「姦雄」の天下となる。そう、元大統領にして現在は首相というポジションで院政を敷くウラジミール・プーチンの登場だ。このKGBスパイ出身の切れ者の前では、残念な事に我らが友人ジリノフスキー党首は全く精彩がなかった。一時期ロシア国会で第1党となって天下を窺った我らがロシア自民党は、ジリノフスキー党首の限度を超えた奇行によって90年代後半からは却って支持を減らし、自滅する。それに替わって台頭したプーチンはロシアの再生や大国主義・国家主義を国民に訴えるという、本来であればジリノフスキー一派の得意だったはずの手法を奪って支持率を上げる一助とした。ジリノフスキーは一番の得意技でもプーチンに破れたのである。結果、その後のジリノフスキーとロシア自民党は、最初はプーチン派の方案に反対するが最終的には必ず賛成するという、ロシア国会内における「与党総会屋」として生き残る道を選んだ。これは要するにプーチン政権に対しては「故意による無気力相撲」的なスジを通したお付き合いをしているという事である。
知っての通りロシアの成金買弁資本家達はその後、プーチンの思い切った大粛清でことごとく塀の中に落ちるか、プーチンに恭順の意を示さねば生き残れない結果となった。ジリノフスキーがロシア社会にもたらした混乱という「成果」までも結局はプーチンによって覆されたのである。この時点でジリノフスキーの政治的生命は終わったと見るべきだろう。己の身が可愛い余りに、それまで悪口を言っていたプーチンともあっさり妥協して軍門に降る辺りまで、ジリノフスキーの人生と政治活動は「矛盾・無節操」という唯一の哲学のみで貫かれていたと断言出来る。

このように共産党とも反共産党とも、ユダヤ人コミュニティとも反ユダヤ主義者団体とも、アルメニアともアゼルバイジャンとも付き合って対立する両陣営どちらにもいい顔をする。日本に対しても親日的な言動と反日的な言動を平気で使い分ける。社会的な混乱を引き起こすのにこれほど都合の良い手法はない。まさに佐藤優が今やっている事は、これらジリノフスキーの流儀をそっくりパクったものなのである(石丸次郎も同様にその影響を受けていると思われる)。

今の日本論壇で起こっているのは「右翼・国家主義者」を自称する佐藤優が「過激」であったり「左右の垣根を越えた」主張をして右翼誌にも左翼誌にも登場して売れっ子になり、そこへ将来の不安を抱えた左翼崩れのジャーナリストや評論家達が擦り寄るという「佐藤優現象」だ。
当時を思い出して欲しいが、あの頃のロシアにおいてジリノフスキーが「過激」な言動を行ったり、裏では右にも左にもいい顔をして社会的な影響力を高めたのを実際に「ジリノフスキー現象」と呼んでいたではないか。
佐藤がロシアで働いて時期はまさに「ジリノフスキー現象」が旋風を巻き起こしていた最中であり、佐藤はそれを直に目撃していた。佐藤とジリノフスキーの両者に直接接触や交流があったかは定かでないが、当時のロシア社会の中で知ったその手法を観察・研究して、後にそれを己の得意技とした事だけは間違いないだろう。

佐藤優の源流はジリノフスキーにあり。
「佐藤優現象」の原型は「ジリノフスキー現象」にあり。
よって佐藤優は「外務省(日本)のラスプーチン」にあらず、「外務省(日本)のジリノフスキー」が相応しき渾名なり!

それでもジリノフスキーはロシアの社会に大きな混乱をもたらすのに成功し、一定の政治勢力も有した。
佐藤はどうか? 政治的勢力については取るに足るまい。親分格の鈴木宗男も塀の中に落ち、今は小沢一郎の翼賛に努めるもその成果ははかばかしくなかろう。だが、日本の社会や論壇・報道界に混乱をもたらすという目的は十二分に達成したと言える。ロシアで国家的混乱を起こすには一定の政治勢力が必要だったが、日本の論壇や護憲派相手ならばそこまで大掛かりにならなくても充分という証左であろう。「日本のジリノフスキー」は「本家」のジリノフスキーに政治的勢力では及ばずとも、「社会と論壇の混乱をもたらす」という目的については本家をしのぐ成果を上げたと言えるかもしれない。

最後に佐藤優が現在のロシア最高実権者プーチンと、他ならぬ自分のお手本だったジリノフスキーをどのように見ていたかを紹介しておきたい。

佐藤は自著「自壊する帝国」でプーチン政権の今後を大胆にも次のように予測していた。

http://atamanisutto.livedoor.biz/archives/cat_50011135.html
佐藤さんは当初メドベージェフの4年間をはさんで、前後8年ずつ合計20年のプーチン王朝が続くと見ていた。しかしプーチンは早くからメドベージェフを後継者として帝王学を学ばせていたことを考えると、2012年の再登板はないと思えてきたという。
ロシア首相の主な役割は内政で、首相として経済を担当し利権を握り、ロシア経済を立て直す。そしてロシアの「国体」を強化しロシア中興の祖として歴史に名を残せるならば、2012年に再出馬する必要はないと考えているのではないかと。

だがプーチンが最近になって2012年の大統領選挙に再登板する意向を示したのはすでに各メディアで既報の通り。というか、そんな事はプーチンにとって最初から既定の路線ではなかったか。最初の予測で正しかったのをわざわざ訂正して恥をかいている。石丸次郎が「北朝鮮問題の第一人者」のような顔をしておきながら本当は何も分かっていないのと同様、佐藤も本当はロシアという国の事を何も理解していないのではないか? いつぞやの選挙予測と同じような展開になっている。

では手法を見て盗んだ(?)「お師匠様」ジリノフスキーに対してはどうか。やはり同書によると

http://tora1985823.blog105.fc2.com/blog-entry-127.html
ジリノフスキーから全体主義国家は絶対に生まれてこない。なぜなら、体制の補完物としての自分の場を選んだからだ。

これは実際にジリノフスキーの側近だったという知人の知人の話を引く形だが、事実上佐藤自身の見解とみなして良いだろう。
そう、「体制の補完物」だよ。プーチンの時と違って、これについてはよく分かっているではないか。佐藤にとってジリノフスキーという「鏡像」を知る事は己を知る事に等しい。ジリノフスキーが「体制の補完物」なら佐藤もまた然り。己がどういうものかを知っているという点だけはほめてやろう。だが、隠すべき己の本性をさらす辺りは間が抜けていると言える。あるいは佐藤が利用している今の日本のリベラル・左派にそんな事は見抜けないと高を括っているのか。それもまた真ではあるが。


(初出)
265 2011年10月01日 15:16 和伊愛 中町かな 13歳 さん

偶然に同じ考えの佐藤優氏の評価を発見したので張っておきます。
(彼の事はどうでも良いんですけど、おんなじ感覚の人がいてしかも詳しく書かれていたのが吃驚です。ww)

http://sgwse.dou-jin.com/Entry/342/
参考までに・・・。

私は、感覚的に根拠が余りなく嫌いでしたけど、真偽は別に詳しく書いてます。

胡散臭い人が必ずしも見た目や行動だけで決まるものでは無いですけど、胡散臭い人の発言を聞くと矛盾だらけな上に自分を大きく見せたがる傾向が有る気がします。
(原発の是非http://mixi.jp/view_enquete.pl?id=65105918&comm_id=404106&page=all



佐藤優(元外交官)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BD%90%E8%97%A4%E5%84%AA_(%E5%A4%96%E4%BA%A4%E5%AE%98)

コメント(0)

mixiユーザー
ログインしてコメントしよう!

mixi政治・政策討論会(仮名) 更新情報

mixi政治・政策討論会(仮名)のメンバーはこんなコミュニティにも参加しています

星印の数は、共通して参加しているメンバーが多いほど増えます。