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大熊猫蔵コミュのRondo

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 白い光。

 その中に、いつか見た景色達が浮かび上がる。

 近い記憶。
 遠い想い出。
 まわる、まわるよ……走馬灯?
 いや、
 違う……
 巡り、巡って、これは……観覧車?

 懐かしい……昔、見た観覧車。

 あれは誰と行ったんだっけ……





「ジョー? うなされていたみたいだけど?」
「フランソワーズ……おはよう。珈琲をもらえるかい?」
「大丈夫?今日は久々のデートなのに」
 デート?
 ああ、そう。一緒に食事に行くんだっけ。
 最近は敵の動きも特に目立たず、平和な日々が続いていた。
「はい、珈琲。もう準備して下で待ってるからね」
 慌てて着替える。加速装置を使ってフランソワーズより先にガレージへ。
「ウフフ。遅かったね、フランソワーズ」
「あら、ジョーの方が遅かったわよ?」
「君はまだ階段を降りきってないじゃないか」
「もう助手席に乗って居るもの」
「助手席?」
 と振り向くと、そこにはすやすやと眠るイワンが。
「チャイルドシートが必要だよ」
「そう。アタシがチャイルドシート」
 そう言ってフランソワーズは助手席に、イワンを抱えて乗り込んだ。
「デートにコブつき?」
「安心して。レストランの入り口までだから」
「なんだか今日のフランソワーズは変だよ」
「あら、変なのはジョーのほうよ」
 笑うフランソワーズ。
 最近、フランソワーズはよく笑う。
 そうだ。笑っているほうがいい。
 彼女は「普通の」女の子なんだ。
 できればずっとこの笑顔のままでいてほしい。
 僕は運転席に乗り込んだ。
 今日は安全運転で行こう。

 コズミ博士の研究所のある岬から街へと伸びる一本道。
 あと数十分は民家にすら出会わない。

 静かに、すべるように景色がぐんぐん後ろへとたなびいて。
 景色が流れる。
 景色が巡る?
 あれ?
 この光景、前に見たような……

「ジョー?」
「ああ、ごめん、なんだかぼんやりとしていて……」
 車を路肩に停車させる。
「ねえ、怒ってるの? アタシがついてきたこと」
「いや違う、そうじゃなくて……頭がぼんやりするんだ……」
 って、今、何て言ったんだ?
「ごめんね。アナタとイワンのデートを邪魔しちゃって」
「ちょっと待って。ダレとダレが?」
「ジョーとイワンよ。そのことを怒ってるんじゃなくて?」
「ボクと……イワンが?」
「そうよ」
 にわかに状況が飲み込めない。
 フランソワーズは何を言っているのだろう?

「チガウ……」

 そのときイワンのテレパスがボクの頭の中に直接響いた。
「ジョーハジョーダケドジョージャナイ」
「イワン? どういうこと?」
 起きたイワン。
 のぞきこむフランソワーズ。
「ジョーハボクニモットヤサシクシテクレル……」
 そりゃイワンは赤ん坊だから……でも……でも?!
「チガウ……モットトクベツナヤサシサ……」
 なんだってんだ?
「ジョーハイツモヤサシクホオズリシテクレタヨ……」
 話が見えない。
 チガウ。
 違う。
 ……違う?

「ジョーハモットヤサシイ……」
 イワンのコトバがダイレクトに聞こえる。
 目が回る。
 意識が遠くなる。
 ボクは……いったい……





「おい、ジョー!」
 ジェットの声で目が覚めた。
「どうしたんだい。疲れたのか?」
 バスガウン姿のジェットがグラスを片手に近づいてくる。
 愛用のウイスキーグラス。
「あれっぽっちの量で酔っ払うなんてジョーらしくもない」
 明るい笑顔。
 ボクたちゼロゼロナンバーの戦士たちにとっては、つかのまの平和。
 でも、こうした仲間の笑顔のある日常はとても嬉しい。
「ほら、つかまれよ」
 ジェットに半ば抱きかかえられるように起きあがる。
 なんだか体中が痺れているようだ……いや、痺れているのは脳?
 ジェットは握っている手を離さずに、また強く握り締めてくる。
「こうしているとさ、あの時のことを思い出すよ」
 あの時?
 なんだか記憶まで痺れているようだ。
「あの時って……」
「ブラックゴーストの総統を倒した時のことだよ」
 ああ……あのとき、宇宙へ逃げるやつらを追いかけて……
 イワンがボクを宇宙へとテレポートさせた。
 戦いの末に自爆するあいつら。
 宇宙空間に放り出されたボクが『最期』に観たのは、青い地球。
 『最期』にこの大切な星を眺めることができた。
 この大切な星を守ることができた。
 それだけで胸がいっぱいになった。
 この美しい青さの中にボクは溶け込んでいくんだ……
 そう思ったとき、ひとつの光が近づいてきた。
「……ジェットが来てくれたね」
「ああ。キミを……ジョーを、一人では死なせたくなかったから」
 ジェットがボクを抱きしめる。
「ジョー……」
 あのときジェットのこの腕が、とても嬉しかったのを覚えている。
 ボクたちは一人じゃない。
 ジェットの指に力が入る。
「……落ちていくときと、一緒だね」
 あの時を思い出す。
「ウン。堕ちていくときと、一緒だよ」
 そう言うジェットの腕に、また力が入る。
 ……成層圏を落ちていくボクたちを、結局はイワンが救ってくれたんだけど。
 そうだ、イワン!
 なんだったんだ、さっきのは?!
「ジェット! イワンは?!」
 ジェットの指がビクリと止まる。
「……イワン? どうして今?」
 ジェットのさっきまでの笑顔が急に曇る。
「なんだかイワンが……フランソワーズも変だったんだ」
 ジェットの表情はそのまま険しくなる。
「フランソワーズ! ……どうして、今、その名前を!」
「何を怒ってるんだい? ジェット?」
「ジョー! キミはまだフランソワーズのことを……?」
「……まだ? ちょっとまってくれジェット。いったいキミは……」
「フランソワーズではなく、ボクを選んでくれたんじゃなかったのか?」
 ジェットも?
 ジェットも変なのか?
 また、脳の奥でなにかがぐるぐると巻き取られるような感覚。
 ぐにゃり、と景色が歪んでいく。
「ジョー!」
 ジェットがボクを再び抱きしめたその力強さが、霞んでゆく……
 似ている……落ちてゆく成層圏の中でのときのように。
 意識が、落ちていく……





 次に目が覚めたときは、柔らかい芝生の上だった。
「ジョー。うなされてたわよ」
 心配そうな顔でフランソワーズが覗き込む。
 枕も柔らかい……これはフランソワーズの膝?
 飛び起きてあたりを見回す。
 晴れた、暖かい陽射しの昼下がり。
 家族連れの笑い声がいくつも飛び交うような都心近くの広い公園。
 ちょっと離れたとこに座って居るカップルがボクらを見る。
 でもすぐに視線を外し、お互いを見詰めあっている。
「かわいそうなジョー。戦いのことを思い出したのね」
 フランソワーズが肩を抱くように、ボクを抱きしめる。
 やわらかい花の香りが鼻をくすぐる。
 彼女のお気に入りの香水。
 確かにフランソワーズだ……間違いない。フランソワーズだ。
 さっきまでのは……夢でも見ていたんだろう。
 フランソワーズを抱きしめなおして。
 その髪を指で梳く。
「ジョー……私たち、いつになったら平和に暮らせるの?」
「ボクらは、平和に暮らすために、戦っているんだよ」
 フランソワーズの頬をつたうひとしずくを指で追う。
「フランソワーズ……」
「ジョー。ここは人の目があるわ……行きましょう」
 フランソワーズが立ち上がる。
「人の目? 敵が近くに?」
 クスリとフランソワーズが微笑む。
 そして手を引いて……
「モウ! ジョーったら。じらすのが上手なんだから」
 その向かう先には、こんな公園の近くには似つかわしくない看板が……
「いつものとこでいいわよね」
 いつもの?
 ラブホテル?
 おかしい。いつものフランソワーズと違う。
「ちょっと待って。フランソワーズ……キミは……」
「ジョー?」
 違う。ここも違う。
 どうして、ボクは……どこへ……迷い込んだのだろう。
 フランソワーズの笑顔が歪む。
 いや、視界全体が……昼なおきらめくネオンと公園のざわめき……
 世界が歪んでゆく。
 まわってゆく気分の中で、次の光が近づいてくる……





「ジョー。おい!」
 頭が割れそうに痛い。
「具合が悪いのか? ジョー!」
 ハインリヒが肩をつかむ。
「高山病とも思えないが……いったん降りよう」
 ドイツの山間を走る高山鉄道。
 人の手が殆ど入っていない森に囲まれた小さな街。
 冬が終わり、新しい命をその両腕に抱えている樹々の、葉の輝き。
 蒼く抜ける空と、その空の縁を描く山々の尖った頂にはまだ雪が残る。
 この美しい場所でボクら二人は列車を降りた。
「キミに本当に見せたかった景色にはまだ、着いてないけど……」
 ハインリヒは両手を広げた。
「オレの祖国だ。美しいだろう、ジョー!」
 新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込む。
 少し頭痛が治まった気がする。
「すまない。ハインリヒ」
「水くせえこと言うなよ。なんだい、あらたまっちゃって」
 ハインリヒの笑顔なんてめったに見ない。
 いつも何かを抱えていて……そう、彼の体の中には……
 その苦悩をかけらも見せない笑顔のまま、彼はボクの顔を覗き込む。
「そうだな……今日はここに泊まって行こう」

 この街を囲む山脈のきりたった頂と同じラインの境界の屋根。
 白い石で作られたその教会を取り囲むように煉瓦造りの家が並ぶ。
「あの山は分水嶺なんだ。あの山の向こうにはまた別の街がある」
 ハインリヒが少し暮れかけた空を指差した。
 山が切り取るシルエットの上に、ひときわ明るい星が瞬く。
「星が綺麗だ……」
 見上げる夕闇の向こうには、さんざめくいくつもの星の気配。
「夜には、落ちてくるくらい増えるぜ」
 ハインリヒがボクの手をつかむ。
「また、夜に見に来ようぜ」
 そう言って手を引いた。
 手を引く。
 なんだかこのシーンを最近見たような……えーと。
 また、頭痛がぶり返す。
「ジョー?」
 心配そうな顔でハインリヒが覗き込む。
 デ・ジャ・ヴュ?
 ハインリヒはつないでいた手を放した。
「ジョー。キミが最初に、こんな手でもいいって言ってくれた」
 ハインリヒは、マシンガンの手を覆っていた人工皮膚を手袋のように外す。
「オレはそのコトバに、すごく救われた」
 その剥き出しの銃口がついた手を、てのひらを広げてボクに差し出した。
「体中が兵器であること……そして、過去の……」
 うつむくハインリヒ。
 いつもひねくれた言い方をする彼だが、今日はどうも違う雰囲気だ。
 手をこちらに差し出したまま、ハインリヒは目を合わせた。
「ヒルダを忘れさせたくれた、あの夜のようにもう一度……」
 一瞬、ハインリヒが消えそうな気がして、思わずその手をつかんだ。
 ボクらサイボーグは、普通の人間とは違う。
 苦しみを抱え続けながら、それでも平和のために戦い続けている。
 終わることのない苦しみ。
 一人じゃないから、やってこれた。
 お互いに、助け合って生きのびてきたんだ。
「もう一度……アルベルトと、あのときのように」
 ハインリヒが握った手を手繰り寄せ、ボクの肩をぎゅっとつかむ。
 わずかに震えている気もする。
 だけど、ボクの中には仲間を心配する気持ちともうひとつ……
 それ以外の、小さな懸念が生まれていた。

 ここも違う?
 どうして、ボクはここに居るんだ?

 頭痛が、加速する。
 空と山の境界がにじんでゆくように、ハインリヒの握り締める手もまた暗闇の中に溶け込んでゆく。
 星のない暗闇。
 ボクは、いったい……

 どこへゆくんだろう。

 そもそも、どこから来たのだろう。

 どうして……
 どうして?

 何も分からないまま、
 また、瞬きが始まった。





 手の平の下からジャリっと乾いた音がする。
 砂漠?
 乾燥した大地。
 ふきすさぶ風の音。
 にわかには気付かなかったが、ここは……大きな岩肌の上。
 荒野ではなく……グランドキャニオン。
 轟々と唸る風の音が、揺るぎない大地の上をなでるように駆け抜けてゆく。
 視界が一瞬、影に包まれ、振り向いた先には、無言のジェロニモが居た。
 手に持った紙袋の中から大きな食パンを取り出して放り投げる。
 思わずそれをキャッチする。
 ジェロニモは静かに横に座ると、黒スグリのジャムを取り出した。
 それからレタス、スモークサーモン、チーズを次々と紙袋から取り出す。
 ぎこちない手つきでサンドイッチを作るジェロニモ。
 戦いのために強化された力。
 少しでも気を抜けば、バターナイフが一瞬にして粉々になる。
 戦いの中に生まれ戦いの中に生きてきたボクらが、平和の中で暮らす。
 それはもうそれだけで、大変なことも多い。
 それでも、ジェロニモは黙々とサンドイッチを作り続ける。
 ジャムのやつはデザート用か。かなりたっぷり目につけている。
 できた2種類のサンドイッチをいったんピクニックシートの上に置く。
 天を仰ぎ、食べ物となったものたちへの感謝の祈りを捧げるジェロニモ。
 ボクも、一緒に祈った。

 音と光が余計に広さを感じさせるこの世界の真ん中に、ボクとジェロニモ。
 ふたりで黙ってサンドイッチを食べる。
 ジャムはジェロニモの手作りのようだ。
「おいしいよ」
 そう言ったボクの言葉に、ジェロニモはにこりと微笑む。
 食べ終わってすっかり満足したボクの顔へ、ジェロニモがすっと指を伸ばす。
 その指が下唇のあたりをつーっとなぞる。
 ああ、ジャムがついてたのか。
 そんなジェロニモの優しさに違和感を覚える。
 どうも心が落ち着かない。
 記憶にもやがかかったように霞んでいる。
 ……なのに、いくつものシーンが、浮かんでは沈み、沈んでは浮かび。
 まるで今、眼前で繰り広げられているように。

 あ、またあの頭痛だ……

 また?

 ボクはいったい、どうなってしまったんだ?
 記憶と光景の中を彷徨う漂泊の旅人。

 いままで、あとどもない旅を続けてきた。
 逃げるために、生きるために、戦うために。
 そのときはいつも仲間と一緒だった。
 その一緒である安心が今、胸騒ぎに変わっている。
 違和感だ。
 昔は後ろを任せられた。でも今は……
 ジェロニモは、深くて澄んだ瞳でボクを見つめている。
 彼の内に秘めた優しさが伝わってくる。
 でも、なのに。
 この焦燥感はなんだろう。

 ボクはここに居て、でもここに居ない。
 ……イワンにも言われたっけ?
 そう、イワン!
 そのときまた大きく、意識が、五感が……歪んだ。

 どこへ行くんだ。ボクは。
 フランソワーズ!
 イワン、ジェット、ハインリヒ、ジェロニモ!
 キミたちはいったい?
 ……他の、他のゼロゼロナンバー達は、仲間は……無事なのか?
 無事?
 戦闘もなにもない平和な日常のひとコマ。
 無事も何も、単なるボクの、ボクだけの杞憂なのか。
 この無限とも思える混沌の中で、今度は音や光よりも先に……





 いい匂いだ。
 これは食べなれた、張大人のラーメンのスープの匂い。
 ホイコーロー、チンジャオロースー、ニラレバ炒めに、餃子。
 油の煙の向こうにいくつもの美味しい皿が見える。
「ジョー!元気になったアルか?」
「ん……」
 頭がまだクラクラする。
 張大人の店の厨房の隅に、食堂から持ってきたイスが幾つか並べてある。
 その上にボクは寝ていたようだ。
「今、精のつく料理をたくさん作るアルよ〜!!」
「チャンチャンコ……ボクは?」
「お腹空き過ぎて倒れたアルね? でも、もう心配ないアルよ」
「空……腹?」
 お腹に手をあてる。
 確かにここには、おいしそうな匂いが充満しているが……
 どうにも変な感じがまとわりついて、ぬぐえない。

 違和感?
 なんだっけ?
 痛いのは腹じゃなく頭だったような……
 キリキリと体の奥で何かが軋む。
 いや、体じゃなく心の奥だ……

「チャンチャンコ……ボクは……どこか変じゃないか?」
「全然変じゃないアルよ〜」
 そういう張大人も、いつもと変わらない……いや、エプロンが……
「あ、気付いてくれたアルね?」
 そういって、くるりとポーズをつけて回る。
 ピンク色のエプロン。いつもは白しかつけないのに。
 そしてそのエプロンの真ん中には、赤いハートの刺繍がしてある。
「ジョーのために作ってもらったアルよ!」
「……ボクのため?」
「そうアル! 精力のつく料理は材料も重要だけど、愛情も大事アル!」
 そう言いながらも中華鍋を振るう張大人は、やけに嬉しそうだ。
「今夜は眠れなくなるくらい頑張ってもらうアル!」

 なんだろう。
 これは、張大人?
 また違和感を感じる。
 違う。
 ここはボクの居た世界じゃない!

 ……世界が違う?!
 じゃあ、どうして?

 また、歪む。
 景色も、思考も、張大人も、炎の中に、包まれて……朦朧とする。

 まただ。
 間違いない。また、だ。
 ボクは繰り返している?

 ……でも、どうしてだか分からない。

 そして他のミンナは……。
 いったい。
 この頭痛にも、だんだん慣れてきた……





 次の舞台が始まる。
 幕があがり、暗闇の中に一条のスポットライト。
 中央に居るひとりの、しゃがんでいる男を照らし出す。
 BGMが少しづつボリュームを下げ、それと共に男が立ち上がる。
「ようこそ!」
 グレートが深々とお辞儀をする観客席には、ボク一人。
 そこからはリア王の一節がスタートする。
 シェイクスピアの4大悲劇のひとつ。
 それをソロで演じて居るのはグレート。
 やがて彼は、舞台の袖から観客席へ降り、ボクの方へ近づいてきた。
 それでも芝居は続いて居るようだ。
 話は続き……やがてグレートは、ボクの目の前にすっと立ち止まった。

「我を思う心の深さを言葉にせよ」

 そしてパントマイムの芸人のように、ぴたりと動きが止まる。
 これはボクが何かを言わないといけないのか?
「……大切な……共に生死をかけた仲間だ」
 すると急にグレートの芝居が変わる。
 おどけた感じで……ああ、これはチャップリン?
 さきほどまでの熱演を考えるとずいぶんとめちゃくちゃだ。
「なんだか可笑しいよ、グレート。もう芝居は終わりかい?」
 急に空いている座席のひとつに彼は座った。
「苦悩とは、なんぞや?」
「……苦悩?」
「左様」
「なんだろう……ひとつの言葉なのに、それを説明するのが難しいよ」
 グレートはつかつかと歩み寄ると、ボクの横の席に座りなおす。
「時々な、仲間ってのは都合がいい言葉に思えてくることがある」
「グレート? どうしたんだい。いきなり?」
「仲間ってのでは、物足りない時もあるのさ」
 その言葉が引き金になり、脳裏にフランソワーズの顔が浮かぶ。
 そしてすぐに違和感。

 ああこれは『あの』デ・ジャ・ヴュ。
 今回は頭痛よりも先に、あの冷めた醒めた感覚が、襲う。

 グレートがボクの手の上に、その手を重ねる。
 だんだん遠くなる彼の声は「チュー」とかなんとか言っているように……
 歪みのスピードも速くなっているのか。
 意識の状態もなんだか安定している。

 おかしい。

 ひょっとしてボクは、精神に作用する敵の新兵器にやられているのか?
 ボクだけが?
 いや、それとも、ボク以外のみんなが?





 唐突に次の『世界』が広がった。
 波の音、潮の匂い。眩しいくらいの陽射し。
 海? ……じゃあ、ピュンマか?!
「ジョウ、来てくれて嬉しいよ」
 ピュンマとボクは砂浜の上に居た。
 目の前のゆったりとした海の沖合いでは、イルカ達が楽しそうに戯れている。
「ずっと、人間ともイルカとも、違和感を感じていた自分が居た……」
 そのピュンマの言葉が、すぐ隣で放たれているのにも関わらず……
 ……なんだかとても遠い。
 そう、違和感だ。
 あの違和感がずっと、ここに、ある。
「……ジョーの差し伸べてくれた手がとても暖かかった」
 やはりこのピュンマも、他のミンナたちと同じようにどこかおかしい。
 横で体育座りをしているピュンマから、視線をこの世界へと移す。
 違う。ここじゃない、どこかへ。
 ボクの本当の世界へ。
 今度はあっという間に風景がたわむ。
 だんだん間隔が短くなってくる。
 脳の痺れが、オブラートのように違和感を包もうとする。
 でも、負けるものか。
 ボクは、元の世界に戻るんだ!



(続く)

コメント(1)


 ……ここはどこだ?
 これは……!!
「キミは……」
 最初に口を開いたのは、向こうの……ジョー。つまりボク自身だった。
「ボクは島村ジョー」
「ボクもだよ」
 反射的に腰に手をやるが、そこにはレイガンはない。
 彼……もうひとりのジョーは微動だにせず、立ったままだ。
「どういうことだ?」
「ボクは、キミのことを……」
 なんだ? いったい?
 加速装置は?
 奥歯の感触が変だ。
 これは夢か幻か?
 とにかく離れるんだ。ここを。
 意識の中を一生懸命にもがく。
 まわり、めぐる、いくつもの光景の中を、跳んで、跳んで、跳んで。

 ひとつのシーンの前で立ち止まる。
 ここは?

「やあ、ジョー君だっけ?」
「あなたは……サンジェルマン伯爵?!」
「ギルモア君の手伝いかい?」
「ギルモア博士の? ……どういう事ですか?」
「何も聞いてないのかい?」
「我々の技術だけでは解決しづらい問題が起きてね……」
「……そしてまたこの時代へ?」
「いや、私だけ、だ。ギルモア君とイワン君とに助けてもらったのだよ」
「……」
「その見返りとして、ギルモア君にひとつのテクノロジーを授けたのだ」
「……この、ボクの身に起こっていることの原因がそれだ、と?」
「うむ。そのようだね」
「いったい、どうなっているんです?!」
「それは彼に直接聞きたまえ。我々が与えたのは、きっかけ」
「きっかけ?」
「そう、ほんの小さなきっかけ、だけ」
「何がなんだか、まったく分からない……」
「まさか彼がこのような使い方をするとは思ってもみなかったがね」
「どうしたら、ボクはもとの世界へ戻れるんですか?」
「たぶん……」
 サンジェルマン伯爵は小さな機械を取り出した。
「この我々の持つ機械と、原理は同じはずだ」
 その機械から、波紋のように空間の歪みが現れる。
「……たぶん、これで戻れるはずだ……」
 サンジェルマン伯爵の声が遠くなる……

 頭痛が、少しづつ引いてゆく。





「ジョー!」
 目を覚ますと、ギルモア博士が居た。
「無事かね? ジョー!」
 少し、涙目だ。
 あたりを見回す。少しぼんやりとしているが『あの』違和感はない。
 ここは博士の実験室だ。
「心配したよ。ジョー。キミに何かあったら……ワシは……」
「ボクはいったい……?」
「ワシが試作品として作った機械を、誤って作動させてしまったようじゃ」
「ボクが……ああ……」
 そういえば、ギルモア博士が、実験室からなかなか出てこなくて……
「心配になって覗きに来たんだった……」
「すまんのう……心配かけて……」
 変な金属製の帽子をかぶったまま、博士は意識を失っていた。
 そしてボクは、その帽子を……
「ギルモア博士、その機械はいったい、なんだったんですか?」
「別次元に、仮想の空間を作り出す装置じゃ」
「……仮想の……?」
「我々が居るこの世界と平行していくつも存在する世界は知っておるね?」
「パラレルワールドのことですね」
「そうじゃ。その原理を使っておる」
 ギルモア博士は例の装置の前へ移動する。
「仮想の世界観をもとに、新たな世界を平行次元に作る装置なのじゃよ」
 そして、あの帽子を手に取った。
「意識を飛ばすのは成功したようじゃが、戻ってくるきっかけの装置がな」
「……博士もボクも、それで変な世界を彷徨うことになったのか……」
「変な?!」
 ギルモア博士が、ひときわ大きな声を出す。
「はい。ミンナにあったけど……誰もが、どこか変でした」
「そうか……」
 ギルモア博士は笑顔になった。
「成功のようじゃ」
 小さくつぶやく。
 成功?
「え?」
「ワシは、キミらを大切に思っている。我が子のように。いやそれ以上に!」
 ギルモア博士の頬が紅潮する。
「……愛ゆえに、この装置を作ったのじゃよ」





(FIN)

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