ログインしてさらにmixiを楽しもう

コメントを投稿して情報交換!
更新通知を受け取って、最新情報をゲット!

大熊猫蔵コミュのシチュエーションバトン

  • mixiチェック
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
本来は、「お題」となったシチュエーションに対し「こんなときどうする?」を答えるもの。

ちなみにいただいたバトンはこんな。

●理想の異性が記憶喪失で落ちている。
●歩いていたらサインを求められた。
●引き出しからドラえもんが出てきた。
●殺し屋に「死に方くらい選ばせてやるよ」と言われた。
●見知らぬ大富豪に遺産を遺された。
●初対面で「B型?」と聴かれた。
●預金残高が増えていた。
●カモシカのような脚にされた。
●前に並んでる人に「俺の背後に立つんじゃねぇ」と言われた。
●「犯人はあなたです!」と言われた。
●鏡を見たら目がヤギ目になっていた。
●尻の割れ目が消えた。
●偶然手に取った本の主人公が明らかに自分だった。
●モナリザがこっちを見ている気がする。


このバトンに回答した当時は……今から5年くらい前。
その時は何故か、普通に答えるんじゃなく、こんなに長かったら物語になるな、って感じて答えたみたい。


================================

●理想の異性が記憶喪失で落ちている。

今日の僕は、なんだか眠れない僕だった。
眠れないときは、空を眺めるに限る。
別に、今日のゼミの発表が憂鬱なわけじゃない。
違うんだ。
書きあがってないレポートを、いったん閉じて、PCの電源を落とす。
明るさが闇を駆逐しかけているこの朝に、僕は、窓を開けた。
マンションの12階。眺めだけはよい、この部屋。
朝のとびきり新しい風が、いくつもの「おはよう」を部屋に運ぶ。
でも、空の色は違っていた。
ぐろぐろと、なにかのハラワタのような、おどろどろしい雲が、重く空を覆い、
空の近さ故か、ますますもって、圧迫感を覚える。
「タカユキ!ご飯よ!」
お袋の声だ。
リビングに行く前に、朝飯が分かる。
肉の焼ける匂い。
ソーセージ……ハラワタを連想する。
朝から肉ってのは、そんなに苦手じゃないはずなのに、
……さっき見た雲の渦々が、なんだか、自分の腹の中に潜り込んでくるようで、
食欲が湧かない。
「要らない」
「あら、二日酔い?」
「そんなんじゃないってば」
それ以上は会話する気になれず、家を出た。
空の色も重さも変わらない、そんな世界の中で、どうしてこんなに気分が悪いんだろう、と、
自分に問いかけながら歩く駅への道。
まだ、通勤ラッシュにもひっかからない早朝。
あとは、学校で続きを書こう、と、もう一度、鞄の中のノートPCを確かめる。
すると、まるでそれを咎めるかのように、後から、車のクラクションが鳴った。
慌てて避ける、そして、僕と共に勢いづいた鞄の中から、携帯の充電器が飛ぶ。
やば。
急いで手を伸ばし、そして、運良くキャッチした、その手のひらには、
充電器と、それから、僕のものじゃない手があった。
え?
「あ、ごめんなさい。落ちそうだったから……」
と、言ったその人は……
「山下?!」
僕の、初恋の人だった。
ずっと好きで、ずっと憧れてて、それなのに、彼女は、
中学に入った最初の夏休みが終わったとき、もう、ここには居なかったんだ。
「……山下?」
自分を指差しながら、首をかしげる彼女。
うわ。やっちまった。
「あ、ごめんなさい。人違いだったようです」
慌てて手を放す僕の、手を、今度は彼女が握った。
「待って……私……山下、なの?……思い出せないの。ここはどこ?」
5年以上は会ってないんだ。
本当に人違いかも、しれない。
ただ、それでも、この、僕の手を握る指を、振り払うことはできなかった。


●歩いていたらサインを求められた。

僕と山下の出会いは、学校帰りのコンビニだった。
小学校の中学年くらいかな。
それまで駄菓子を置いてる文房具屋だった馴染みの店が、コンビニに変わったお祝いにTVに出ている人が来て、何かを売っていた気がする。
自由帳にサインしてもらおうと、ランドセルをあけた僕は、筆箱を勢いで飛ばした。
それを、拾ってくれたのが、山下だったんだ。
隣のクラスの見知らぬ女子。
「ありがと」って言ったら「サイン、私にもちょうだい」って。
自由帳を一枚やぶこうとした僕の、手に、その手を重ねた。
「あの空を描いた、タカユキ君のサインが欲しいの」
そう。
市のコンクールに、僕の「空」の絵が入選した、その二日後の事だった。


●引き出しからドラえもんが出てきた。

僕と山下は、一緒に帰ることが多くなった。
山下は、空の、いろんな名前を知っていて、僕に教えてくれた。
彼女のおじいちゃんが、気象協会に勤めていて、空の話をたくさん教えてくれた、とかで。
帰り道、だんだんと、遠回りをするようになり、そんなある日、あの空き地を見つけたんだ。
雑草が、ぼくらの背丈よりも高く生えている、そんなに広くない空き地。
そこを通りかかったとき、山下が、僕の手を取って止まった。
「何か聞こえる」
僕らは、空き地に侵入した。
「……こっち?」
生い茂る草が、すぐ目の前に居る山下の後姿を隠す。
この、つないだ手だけが、僕たちをつなぐ。
「ここ!」
そこにあったのは、小さい古い、木製の机。
山下が、躊躇なく、引き出しをあけた。
「この子……猫?」
青いペンキで塗られた、小さな白い猫。
カタカタと震えていた、まだ、小さな猫。
山下は、その子をぎゅっと抱きしめた。
そして。
その子は、ドラえもん、って名前をつけて、山下が飼う事になったんだ。


●殺し屋に「死に方くらい選ばせてやるよ」と言われた。

「……あの」
山下(かもしれないひと)のひとことで我に帰る。
そう。
「拾ってくれてありがとう」
携帯の充電器を鞄にしまう。
「あなたは、しばらく会っていない、大切な友達に似ているんです。すみません」
「……山下さん、ね」
彼女は、にこりと笑った。
「私、あなたのその“大切な友達”だったら嬉しいかも」
まっすぐな言葉。
想いの方向へ、気持ちよいくらいにまっすぐ進む女性だった。
絵を描く以外に、特に主張もできなかった僕は、彼女にずっと憧れていたんだ。
「そうだったら……僕も、嬉しい」
彼女が去る前に、言えなかった言葉を、ずっと、自分の中でくすぶらせていた。
彼女が彼女なら、
今度こそ。
そう、思ったとき。
彼女じゃない手に、引っ張られた。
少し大きな、黒塗りの外車。
その後部座席に、僕と、彼女は連れ込まれたんだ。
……さっきの、車?
僕の右側に座って、僕に何か突きつけているのは、サングラスの痩せた男。
僕の左側に彼女を押し込んで、乱暴に扉を閉めたのは、助手席に座っている金髪の美人。
運転手は、スキンヘッドの大男。
金髪美人は、綺麗な声で、こう言った。
「死に方ぐらい選ばせてやるよ」
顔とも声とも似つかわしくない、乱暴な男言葉だった。
「私は、死にたくありません!」
僕の隣の彼女は、強い口調で、きっぱりと言い放った。
「これでも、まだ言うか?」
不意に、右側から、衝撃が走る。僕は、彼女の手を握ったまま、意識を失った。


●見知らぬ大富豪に遺産を遺された。

次に目がさめたとき、僕は大きな応接室に居た。
壁から、鹿の頭が生えていて、僕が寝そべっていたのは、虎の毛皮の上。
傍らには彼女が居て、そして、まだ、僕の手を握っていた。
「決めました。あなた達の条件を受けます。でも……」
「でも?」
金髪女が、美しく睨む。
「私が手にする遺産は、彼に全部託します」
「なんだと?」
サングラスの男が、いきり立つのを、ハゲの大男が制する。
一瞬の静寂の後、金髪女が近づいてきた。
「いいわ。交渉は成立ね。あなたは私たちに協力する。
 ドン・ジュリアンの遺産は、そこのぼうやのもの。
 それ以外のものは、私たちのもの」
彼女は、僕の手をぎゅっと握り締めながら、頷いた。
「いいわ」
……いったい、何が起きてるのか、僕には分からないままだった。


●初対面で「B型?」と聴かれた。

未だに、何も分からず、辺りをきょろきょろする僕。
そこへ、あの、スキンヘッドが、近づいてきた。
「B型?」と、彼は、そう、言ったように聞こえた。
B型?
どういうことなんだ?
彼女の顔を見る。
「ごめんね、巻き込んでしまって。でも、もう、大丈夫」
「や、」
と、言いかけて、口ごもる。
この人は、山下じゃないかもしれないんだ。
「私、山下さん、だったら、良いのに、ね」
とても、切なそうな、表情の中に、彼女は、ようやく、ひとつの笑顔を結んだ。
スキンヘッドが、僕の肩をつかみ、立たせる。
「B型?」
また、繰り返す。
金髪女が、吐き捨てるように、言った。
「そいつの国の言葉で、『家まで送る』って言ってるんだよ」
山下に似た彼女は、僕に、手を振った。
僕は、何も、できずに、スキンヘッドに、引きづられて行ったのだ。


●預金残高が増えていた。

まだ、実感が湧かない。
自分の部屋で、預金通帳を眺めながら、ぼーっとしていた。
ゼロ、何個あるんだろう……
ゼミの発表は、風邪、ということで、うまくごまかし、一週間の猶予を得た。
そして、僕自身はと言えば、この、預金通帳を眺めながら、山下のことばかり、
いや、正確には、
山下かもしれない、あの人のことばかり、考えていた。
眠れない。
疲れているのに。
僕は、窓を開けて、空を見た。
まだ、夜の支配が、時間を手放さないで続いている。
また、ベッドの上に横たわった。


●カモシカのような脚にされた。

次に気がついたとき、僕は、広大な草原に連れてこられていた。
ここは……?
また、あの、山下かもしれない彼女を探す。
自分の手を見て、そこに、誰の手もないことを確認し、
そして、ぎょっとする。
……手は……手のままなのに、
脚が。
僕の脚が、まるで、カモシカのような、動物の足になっている?!
いったい……
あの、3人組のことを思い出す。
そして、彼女のコトも。
僕は、草原の真ん中で、一人、寂しく頭を抱えた。
そうだ、空は……
空を慌てて見上げる。
空が、
上を向いても、見えない。
……もっと、上を……どんどん仰け反ってゆき…
ゴトリ、と、僕は落ちた。
ベッドから、床に落ちたのだ。
慌てて辺りを見回すと、
今度は、本当に、自分の部屋だった。
通帳は、そのまま、傍らにあり、電気はつけっぱなし。
そして、窓の外の夜は、どこかへ行ってしまった後だった。
ん?
そうだ。学校!
時計を見て、慌てて用意を始める。
まだ、間に合う。


●前に並んでる人に「俺の背後に立つんじゃねぇ」と言われた。

最寄の駅から、電車に乗る。
今日は、駅まで、車にも、山下かもしれない彼女にも、会わずに着いた。
事件の真相も分からぬまま、彼女の無事も分からぬまま、
再び、日常の檻に閉じ込められた気分。
あれは、なんだったんだ?
……この鞄の中には、あの通帳が、入っている。
なんだか落ち着かない。
乗換駅で、乗り換えた、ホーム。
そこで、突然に、前に並んでいる人が、振り返った。
「俺の背後に立つんじゃねぇ」って…え?
その、痩せた男は、スーツの胸ポケットから、サングラスを取り出した。
周囲がざわつく。
あからさまに、因縁をつけてきているのはこの男なのに、
まるで、僕とこの男が、ここに居ないかのように、人の波は、割れて、閉じて、
ちょうど良く来た電車の中に、吸い込まれていった。
慌てて、僕も電車に乗ろうとする。
しかし、サングラスの男が、電車との間に立ちふさがる。


●「犯人はあなたです!」と言われた。

そのとき、手をつかまれた。
「痴漢です!」という叫び声。
聞いたことのある声。
振り返ると、そこには、あの、金髪女が居た。
キツイ薔薇の香りが、鼻をくすぐる。
「だ、誰が、痴漢だって……」と、言うのが精一杯の僕に、金髪女は近づいてきた。
冷たい目をしながら、僕の、10cmくらい近くまでその、綺麗で怖い表情が迫ってくる。
「犯人はあなたです!」
と、口の端で含み笑いをしながら、金髪女は、言い放った。
この女が、つかんでいないほうの手が、何かで、ぐっと締め付けられる。
……振り向いたら、そこには、やはり、あのスキンヘッドが居た。


●鏡を見たら目がヤギ目になっていた。

またか。
また……
スキンヘッドと、金髪女に、両脇を固められて、サングラス男の後をついてゆく。
あの日……そんなに時間が経ってないはずなのに、ずっと向こうにある、あの日。
山下に似た彼女に会ってから、いろんなものが、不思議な回転をはじめた。
とまらない、先の見えない大きな機会の一部に、なってしまったみたいに。
不規則に交差する、いくつもの歯車に、次々とひっかけられて。
僕は、どこに向かうのだろう。
どこへ、連れていかれるのだろう。
ああ、通帳、置いてくればよかった……とか、思いつつも。
目を閉じると、彼女の表情が浮かぶ。
こんな、ドラマチックな人生、歩くなんて思ってもいなかった。
また、彼女に逢いたい。
あの、根拠がなくても自信に満ちた、笑顔に、もう一度。
改札を出て、車に乗り込む。
あの、車。
サイドミラーに、一瞬顔が映る。
何かのへこみで、歪んだサイドミラーに映る僕の顔は……まるで、ヤギ目のように見えた。
ヤギの目、ヤギの頭。
悪魔、とか、黒ミサ、とか、そんな単語が頭に浮かぶ。
ああ、どうなるんだろう。
僕は。
でも、不思議と、落ち着いていた。
なんだか、山下が、まだ、僕の手を握っていてくれたような、そんな気がしたから。


●尻の割れ目が消えた。

あの、屋敷に到着する。
スキンヘッドに連れられて、彼女を置いて去った屋敷。
再び、重厚な石の扉の前に立つ。
今度は逆向きで。
「大人しいけどさ。ブルってるわけじゃなさそうじゃん」
金髪女が脇をこづいた。
「向き合うのは、あんただぜ」
サングラス男が、スキンヘッドの肩を叩くと、僕の前のその巨漢が筋肉を盛り上げた。
扉についた両手が、徐々に扉を開く。
スキンヘッドに隆起するいくつもの血管。
骨まで響く軋み音。
その体を覆う分厚い塊が、ひとつとなって、扉の中央に、食い込んだ。
楔と化したスキンヘッドは、尻の割れ目が消えたくらいに全身に力を入れながら、何か叫んだ。
「AB型!」
金髪女が通訳する。
「行け、だとよ」
なにも、わからないままだけど、この向こうに、山下が居る気は、ずっとしてた。
大きな筋肉の隙間から、体を扉の隙間にすべりこませる。
だが、部屋に入った途端に地面に押し倒された。
……いや、違う。
重力?
ものすごい力で地面にひきつけられる。
後で、閉まりかかる扉の向こうから、声がした。
「地下へ行け!」
体をねじって、何とか部屋の中を見渡す。天井の青が、あの夏の山下を思い出させる。
僕は、行く。
行くのだ。
体中に力を居れた。筋肉を奮い発たせる。
それこそ、尻の割れ目がなくなるくらいに。



(続く)

コメント(6)

●偶然手に取った本の主人公が明らかに自分だった。

とても、長い、長い、時間を、過ごした気がする。
体中が、ひりひり、みしみしとする中、僕は、この部屋の奥にある、穴にむかって、這っていた。
この位置からは、そこから下に何があるか、全く見えないけれど、
他に、いいルートも思いつかず、青い空色の天井の下、じりじりと、進んでゆくんだ。
青い空の下。
まとわりつく空気。
……あれは、確か、最後の夏だった。
僕と山下が、ドラえもんを拾った空き地。
あそこは相変わらず、空き地のままで、僕等は時々、そこで「二人だけの時間」を作っていた。
付き合ってたわけじゃない。
恋愛というものにも実感が湧いてはいなかった、小学生の高学年から中学一年生にかけての、多感な時間。
その、二人の時間は、お互いの想像で創造する、ひとつの大きな物語が、語られる、そして聞ける、そんな場であった。
僕等は、聞き手であり、語り手であり、お互いの話を継いで、ずっと話を続けていた。
素敵な時間だった。
物語は、二人の王子が、同じ異郷の国で、お互いの存在を知りつつも、違う目的で旅をする、という内容で、
僕は、必ず『青の王子』を、山下は必ず『赤の王子』を主人公に話を紡いだ。
二人の王子は、決して出会うことなく、だが、時々は協力しつつ、互いの秘められた目的のために、ずっと一生懸命だった。
だが、その話は、あるとき、途絶えた。
いつものように、その空き地へと行った、あの、夏の日。
空き地の中に潜り込んでしまえば、すぐに、草で姿が隠れる。
その日、僕が、いつもより早く草を掻き分けて到着した、そのときには、山下は、もうそこに居た。
「早かったね」
「タカユキくんもね」
二人はいつものように、あの、机に座って、そして、いつものように、手をつないだ。
同じ舞台を、見るために、目を閉じて。
ただ、その日は、いつもと違った。
『赤の王子』は、何かに悩んでいて、そして、初めて、目的を明かした。
「助けたい人が居る。でも、その人を助けるには、ボクは、生きてちゃいけないんだ」
『赤の王子』の、妹が、呪いの病気にかけられていて、もうすぐ命の灯火が消えようとしていた。
呪いをかけた悪い魔法使いを倒した『赤の王子』は、妹を助ける唯一の薬が、「魔法使いを倒した者の心臓」であることを知る。
僕は、初めて、山下が話している途中に、声を出した。
「どうして……どうして、そんな……」
山下は、とても、つらそうな顔をした。
「……もう、物語は、ここで、おしまいなの」
どうして、と、言うよりも早く。
山下は、泣きながら、僕の手を両手で握った。
それから、空を見て、
「もっと、ずっと、この空が続いている、って、思ってた」
わけもわからず、僕は、その手を握り返した。
「空は、つながっているよ!どこまで、だって!」
「うん。そういう絵だった。私が初めて見たタカユキくんの絵」
「……どこかに、行っちゃうの?」
「……うん。死んだお父さんの、お父さん、って人が居てね、その人のところに行かなくちゃならないの」
「お父さんのお父さん、って、お爺ちゃん?」
「そう。まだ、会ったことないんだけど」
「だから、話を終わらせたの?」
山下は、うつむいた。
僕には、『赤の王子』と、いまの山下が、重なってしょうがなかった。
でも、山下には、妹は居ない。お母さんと、二人暮しだったはず……
「おじいちゃんのところに行ったら、もう、こっちには、戻ってこれないんだって……」
「行くなよ、って、言っても……ダメなんだよね……?」
「私だって、行きたくない。でも……」
二人で、手をつないだまま、空を見上げた。


(続く)
青く青く、どこまでも、続いていそうな、そんな空だった。
「もう、行かないと……今日、迎えが来るんだって」
「そんな急に?」
「ごめんなさい」
山下が悪いわけじゃないのは、分かっている。
でも、僕たち子どもは、その、理不尽な引き裂かれ方への対処方法が、全く分からなかったんだ。
「ねぇ……」
「なに?」
「『青の王子』の目的、って、どんなこと、だったの?」
「……」
言葉を飲み込む。
そして、僕は、こう言った。
「『青の王子』の物語は、まだ、終わっていない。『赤の王子』の話の最終話になる前に、『青の王子』の、話をするよ」
「でも、もう、時間が」
僕は、山下の、手を握りなおした。
指きりの形。
「次に会ったときに、話すから」
最後に、ちょっとだけ、山下は、笑った。
「ありがと。きっとだよ!」
そう言って、山下は、草むらの外へ、出て行った。
山下が居なくなって、急に、暑さがまとわりついてくる。
そう、こんな風に。
……
さっき見た穴の前まで、なんとか、たどり着いた。
それは、地下へのびる階段だった。
一瞬のためらいのあと、僕は、その階段へと、転がり落ちた。
何回か、回転し、止まる。

階段では、あんなに酷かった重力も普通どおりにしか感じない。
いったい、なんだったんだろうか。
いや、そんなことに構っている時間はない。
不思議なことなど、ここまでいくつも乗り越えてきた。
足早に、階段を駆け下りる。
……山下……
不規則な回転と共に、下りてゆく階段のたどり着いた先、小さな扉。
鍵はかかっていない。簡単に開く。
かがみながら、その扉をくぐり抜ける…と、そこは、小さな書庫だった。
壁には、天井近くまで、本がぎっしりと。そして、その上、ドーム型の天井には、星座の絵が描かれている。
……!!
よくみると、星座が描かれているのは、天井のすぐ真下に張られている、ガラスドーム。
その向こうの天井自体には、淡い間接照明がゆっくりと、昼と夜とを映している。
周囲を見回すと、こんなに本がたくさんあって、背表紙に、日本語が書かれているものはひとつもない。
そんな、たくさんの本の中から、たまたま、手に取った一冊。
綺麗な青い背表紙の。
あ、中味は、日本語だ……
それを見る僕の瞳が、いつの間にか、濡れていた。
これは、僕の物語。
山下の書いた、僕の物語。
空の絵との出会い。
僕との出会い。
一緒に語った話。
僕と、離れなくちゃならなくなったこと。
僕への想いが、しっかりと書かれていた。
あの遠い夏の日、離れてゆく山下に、抱いた想いが、
時間を越えて、いま、僕の中に、蘇った。
ぎゅっと、本を、抱きしめる。



(続く)
●モナリザがこっちを見ている気がする。

山下……そうだ。感傷に浸っている場合じゃない。
いま、山下に続くかもしれない、この手がかりを、僕は再び、読み始めた。
しばらく、空白のページが続き、やがてまた、始まった。
日付は、一週間前。
お父さんのお父さん、大財閥の総帥であるおじいさんが、亡くなったこと、そこから、動き出した冒険。
山下のお父さんは、その総帥の隠し子で、唯一の、血縁者。
山下は、いま、その、財閥の、正統な、ただひとりの後継者になってしまったこと。
その、遺産をめぐる争いが、嫌で、彼女は、財産を、財閥を支えていた人や、世界中の事故や災害の犠牲になった人たち、子どもたちを育てるお金がなくなっている国なんかに、ほとんど分与してしまったこと。
その、財産を処分しきれないうちに、殺し屋に狙われたこと。
その殺し屋から聞いた、驚愕の事実。
世界には、歴史にもニュースにも名前が出ない、すごい宝があるということ。
タイムマシーン。
おじいさんが、秘密裏に進めていた計画が、SFの中にしか出てこないような、その機械そのものだったのだ。
そして、タイムマシーンを動かすための鍵のひとつに、山下自身がされてしまったこと。
怖くなって、逃げ出して、僕と再び出会って、
でも、巻き込みたくなくて、知らないふりをしたのに、やっぱり、離れたくなくなって、
僕を守ろうとした気持ち。
タイムマシーンへの不安。
そんな中でも、「殺し屋」たちの、気付いたことをも、書いていた。
良いトコ探し……あの人たちの、こんなところは良いところ。
無口のジョーイは、植物、とくに花が好きで、とっても優しい。
ヴァネッサは、口は悪いけど、子ども好きで、本当は、たくさんの親切を抱えていること。
テリーは、ヴァネッサが好きで、彼女のためならなんでもする。
3人は、同じ孤児院で育った。
あの人たちのように寂しい想いをする子どもたちがもっと少なくなるように、祖父の遺産を使うことができてよかった。
……山下らしいや。
なんだか、また少し、好きになる。
そして……タイムマシーンに乗り込む前の日のことまでが、細かな気持ちの動きと共に書かれていた。
3人は、今の哀しい世の中を変えるために、過去を変えようとしている。
日付は昨日!
もう一度、部屋を見渡す。
この天井、覚えている。僕が、『青の王子』の物語に登場させた宝の小部屋。
それならば……ここに。
部屋の中央に立ち、ちょうど、昼と夜が変わるその瞬間に、軽くジャンプした。
トン!という音。何かが外れる音がする。
それに続く、地響き。
ガラガラと、音を立てて、本棚が開いてゆく……
奥に、もうひとつの扉。
金属製で、昔、アニメの中に出てきた、何かの研究所の扉のよう。
その向こうから、ぐぉんぐぉんと、轟音が響いてくる。
音に、体が引きちぎられそうになる。
「山下ぁぁぁー!」
その声に、反応したのか、わずかに、音がおさまって、そして、扉にも、隙間が。
この館の中に入ったときのように。
僕は、まっすぐに、その隙間に滑り込んだ。
そこは……記憶の中で似ているものを探すと……そう、プラネタリウムのような空間だった。
部屋全体がドーム上になっていて、真ん中に、球体に近い機械がある。
小型ヘリコプターのコックピットのみたい。
そして、そこに、山下が、乗っていた。
辛そうな表情をしている。
「山下!」
「……」
何かを言いたいけど、言えない、そんな感じだった。



(続く)
この機械を操作するのは……どこだ?
部屋の中を見渡しても、特に目立つものはない。
「……くん……タカユキくん……」
「山下、大丈夫か?!」
山下の居る場所に近づこうとすると、また、あの、重力のような負荷がかかる。
「逃げて……機械が、暴走しているの……空間が歪んでいるの!」
「山下……僕は……」
なかなか近づけない。
「……『青の王子』は、とうとう、目的の場所までたどり着いた」
「……タカユキくん?……」
「そこは、時間と空間が乱れる魔法がかけられている世界。そこに、『青の王子』のずっと探していた、大切な人が居るんだ」
ここは、最初の広間よりは、重力が厳しくない。
というより、この空間での移動に、僕が慣れたのか?
「大切なひとは、時間と空間の狭間に閉じ込められる呪いがかけられていた。その呪いを」
もう少しだ。届くまで、もう少し。
「解くには」
とうとう、その、機械の搭乗口のような場所まで近づけた。
「『青の王子』の、運命を、試さないといけない」
「タカユキくん!だめ、危ない!」
「『青の王子』は、大切な人に言った。僕がここまで来れたのは、囚われていたのが君だから。同じように、君がここから出るには、君だけの力でも、僕だけの力でも、叶わない」
山下は、じっと僕を見ている。
「手を、のばして。一緒に、手をつなげば、君は、ひとりじゃなくなる」
この、轟音の中で、僕の耳には、シートベルトを外す、カチャリという小さな音が聞こえた。
搭乗口が少し開き、その、狭いコックピットに、僕等は抱き合って座った。
「一回目の運転はうまく行ったの」
「タイムマシーンの?」
「私が、小さかった頃に跳んで、小さな女の子に、道を尋ねたの。最近、コンビニになった場所はどこ?って。その子は連れて行ってくれたわ」
「……コンビニって……あの?」
「そのコンビニには、小さな男の子が居て、私は、その子を指差したわ。あ、あの子、コンクールに空の絵を描いてたタカユキくんね、って」
「空の……絵」
「私、あの空の絵を見て、すごく嬉しくなったけど、タカユキくんのこと、それまで知らなかったもの。会ったのよ。私、小さいときに、あなたのことを教えてくれたお姉さんに!」
山下は、つないだ手を、更に強く握り締めた。
「二回目に動かそうとしたとき、異変が起きたの」
「あの、重力みたいなやつ?」
「この部屋、がらんとしているでしょ?……機械の本体は、この屋敷中に埋まっているみたいなの」
「……だから、重力の強いところと弱いところがあるのか?」
「仕組みは分からないんだけれど、空間が引き裂かれそうになって、私は、意識をなくしていたの……タカユキくんが叫ぶ、さっきまで」
「どうやって、動かすんだ?これ」
そのコックピットには、二つのモニターがあって、地図みたいなものが表示されたモニターと……こっちは、時間の軸を表しているのかな?
「タッチパネルになっているみたいなの。でも、指紋認証があって、私じゃないとダメみたい」
「このまま、ここを、離れられるような、そんな人じゃないものな、山下は」
山下は、僕の顔をじっと見た。
「もし、タカユキくんに何かあったら……」
「『青の王子』の大切な人は、『赤の王子』の大切な人、だったんだ。『赤の王子』は気付かなかった別のやり方で、『青の王子』はそのお姫様を救おうとした。いや、救うんじゃない。お姫様が、自分の力で、この呪いを破ろうとすること。一緒に、この呪いを打ち破ろうとすること。それが、まだ、会ったこともない戦友『赤の王子』の死の覚悟を包み、それを救うことになろうとは、このときは、思いもしなかった」
山下の手をとって一緒に、モニターに触れる。
触れた指の隙間に、たくさんの小さな文字が表示される。その文字は、山下の手に反応し、僕の手には反応しない。
「ねえ、山下。最初に、こうなったきっかけは覚えている?」
「ヴァネッサに、指示された座標と年代は……500年前のヨーロッパの座標……最初に、時間が、その、指定した時代に近づいて……そうしたら、急に……」
年代モニターを見る。
-80……-82?
……1923年って……関東大震災か?



(続く)
「空間にも作用するのなら、逆に、空間からも影響を受けるんじゃないかな?……リセットみたいなのは、ないの?」
「分からないの。最初のだって、一番、行ってみたいところへ合わせたら、たまたま、だったし」
山下の指をしっかりとつかみながら、年代モニターの数字に触れる。0の位置へ。
何度か、0の位置を押していたら、メッセージが表れる。
そのちょっと長めの英文を読みきらないうちに、勢いでクリックしていた、指が、おそらく「Yes」を押してしまう。
「あ」
二人の声がかぶった。
そして、部屋を包む振動が、低音から高温に変わる。
急激な、あの、重力負荷がかかる。
しっかりと、山下を抱きしめて、
その、不思議な光景を、観ていた。
一枚の大きな絵物語、いや、いくつものシーンが、
プラネタリウムの空に流れる星座のように、次々と、映し出されてゆく。
……時代を遡っている?そして、中世の……イタリア……?
僕たちの視界が閃光に遮られる、最後の瞬間に見えたもの。
絵を描く男、それから、そのモデルの女。
男が筆を置き、モデルの女は、にっこりと、微笑んで立ち上がった。
モナリザに、似ていた。
………………
…………
……
「タカユキくん!」
山下に揺り動かされて、目が覚める。
僕等は、あの、車の中に居た。
例の3人組も一緒だ。
「……山下?」
山下が、泣きながら、飛びついてくる。
「助かったの?」
「ジョーイが、気を失っている私たちを、爆発前の屋敷から、助けてくれたのよ」
ヴァネッサは助手席から、乗り出してこちらを見た。
「命助けてあげたんだから、私たちに協力しなさいね。スポンサーくん」
「どういうこと?」
山下の顔を見る。
「もう少し、お嬢ちゃんと一緒に居られるってことだよ」と、テリーが、吐き捨てるように言った。
「あのね、タカユキくん。タイムマシーン、世界中に、まだ、いくつか、あるみたいなの…」
ジョーイがエンジンをかけた。
「A型!」
『赤の王子』と『青の王子』の物語は、どうやら、まだまだ、終わらないみたいだ。





(END)
ああ、この当時は句点がやたら多いなぁ。
でもあえて直さず当時のままで。

以上。

ログインすると、みんなのコメントがもっと見れるよ

mixiユーザー
ログインしてコメントしよう!

大熊猫蔵 更新情報

大熊猫蔵のメンバーはこんなコミュニティにも参加しています

星印の数は、共通して参加しているメンバーが多いほど増えます。

人気コミュニティランキング