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大熊猫蔵コミュの【誰かいますか、と声を出す】

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「うれしい!」

 そう、聞こえたのは確かに梨里子の声だった。

「気付いてくれたんだね!」

 でも……僕の腕にしがみついているのは……上野。

「お、おい、上野、悪い冗談はよせよ」

 と、そう言った僕の唇にすっと伸びてきた上野の人差し指。

「もー。またそうやって意地悪言うんだから!」

 上野の顔なのに、声は梨里子。どういうことだ?
 上野は動揺する僕に構わず、つかんだままの僕の腕を引っ張って井戸の縁へと行く。そして指差した先に……

「うわっ!」

 自分の出した声の大きさに驚く。
 井戸の中に慎史先輩と梨里子とが浮いていたから。二人とも顔を上に向けたまま、目を見開いて……でも、顔色が真っ白だった。

「えへ。私、死んじゃったみたい」

 また梨里子の声。なのに振り向くと上野。まだ慣れない。いや、慣れてしまうのも怖い。

「し、死んじゃったって……」
「ごめんね、浮気したバチが当たったみたい」
「お、おい、みたいって……」
「でも、嬉しい。追いかけてきてくれるなんて思わなかった。愛されてるって今なら分かるの。だから……もう、浮気、絶対にしないから!」
 死んでも人の話を聞かないやつだ。しかも上野、どうするんだよ。

「ね、私のこと引き上げてよ」
「え、ちょ、ちょっとま」
 待ってという暇も与えず、梨里子(上野)は僕の手を引いてまた井戸へと近づく。

「ままま、待った」
 神戸先輩が僕のもう片方の手を引いて止めてくれる。
「りりりり、梨里子さんですか?」
 何故か敬語で上野を見つめる先輩。
「ですよー。神戸先輩ももちろん手伝ってくれますよね?」
「は、ははははい」
 僕の手をつかむ神戸先輩の手がブルブル震えている。だめだ、この人には頼れない。

「ね、本当に事故よ。このままじゃ、まるで私があの軽薄男と心中したみたいじゃん」
「っつーか、その軽薄男にホイホイ着いていったのはそもそも梨里子じゃ」
 その僕の口を、梨里子(上野)の唇が塞いだ。
「ね、もう、言わないでよ。私が悪かったから」

 慌てて離れて口をふく。

「なによ、なにその態度!」
「い、いま、お前は上野だろ!」
「あ、そっか。だよね……」

 寂しそうな梨里子(上野)は、力なく笑った。

「ママたち心配してるだろうから、警察に電話してくれる?」

 梨里子(上野)は急にガクリと倒れる。井戸に落ちそうになる上野を慌てて引っ張り、地面にしりもちをつく。

「……う……んんん……あれ?」

 上野が僕の顔をのぞきこむ。さっきのキスを思い出し、思わず顔を背ける。

「わりぃ、なんかオレ、ちょっと立ちくらみして……」

 神戸先輩と僕は顔を見合わせて、それからすぐに警察に電話した。
 梨里子の腕に縛りかけの縄がついていたこと、慎史先輩の車からSM道具がたくさん出てきたことから、SMを強要しようとした慎史先輩ともみ合っているうちに井戸に落ちた、ということで事件は収束した。



 なんとか梨里子の葬儀には出た僕だったが、そのあと体の力が抜けてしまい大学に行く気になれないまま一週間が過ぎた夜、携帯電話が鳴った。
 見覚えのない電話番号……携帯電話っぽいけれど。時計を見るともう深夜。25時を過ぎている。
 とりあえずスルーしたものの、その後何度もしつこくかかってくるので仕方なく電話を取って怒鳴った。
「間違えてますよ!」

「ね、外、出てきてよ」
 冷静に返って来た声は、梨里子の声だった。
 その声を聞いた瞬間、一週間経っているというのに、まるでさっき目の前で見たばかりかのようにあの井戸での出来事を思い出してしまう。それもリアルに……井戸の中の梨里子たちの顔、音や気温、のどの渇きや……上野の唇の感触まで。

「おい梨里子、また上野の」
 それを言い切る前に、梨里子の甘えた声が聞こえる。
「だいじょーぶ。ね、信じて!」

 あれから一週間。
 長いようでもあり、あっという間のようでもあったその期間を、僕はずっともやもやとしたやり切れない気持ちの中を沈んだり浮いたりまた沈んだりしながら過ごしていた。
 どうにも先へ進むことが出来ず、いまだにあの井戸のまわりをふらふらと周り続けているような気さえしていた。
 だからかもしれない。梨里子の言葉に乗ってみようかな、なんて思ったのは。

 僕は寝ている両親を起こさないように玄関へと行き、そして外へと出た。湿度の高い空気が待ち構えていたかのように僕にまとわりつく。
 つっかけたサンダルが地面に響かせる音をぼんやりと遠くに聞きながら、家の前の道路まで出た僕はまた携帯に話しかけた。

「梨里子? 出てきたよ」

 その僕のもとへ、にちいさな影が近づいてくる。家の前に出たときからちょっと離れた電信柱の影に不自然に居た小柄な……女の人。
 近づいてきたその人はハンチング帽を目深に被り、夜だというのにサングラスをかけている。背は僕よりちょっと低くて、全体的に細い。もちろん携帯はかけながら。
 その子は僕の前に立ち止まると、梨里子の声で笑う。
「えへ」
 そしてサングラスを外すと……って、え?
「どう? 今度はちゃんと女の子だよ。キスもエッチもできるんだから」
 梨里子の声でそう微笑みかける女の子は……そこそこ有名なアイドル。
「前にこの子好きだなーって言ってたでしょ。なんかね、いろんな人に入ってみたけれど、一番しっくり来るの……まるで、最初から私の体だったみたい」
「お、おい、梨里子。ちょっとヤバイだろ。この人にだってこの人の生活があるだろうし」
「なによー。その言い方。嬉しいくせにマジメぶっちゃって。だいじょうぶよ。この子もうアイドルやめたがってるから、というか私が入らなかったら自殺未遂に成功しちゃってたとこよ」

 差し出された細い手首には痛々しく包帯がまかれている。その包帯ににじむ血をよく見ようと顔を近づけた僕の頬に、甘い香りと一緒に柔らかい感触がそっと触れる。
「ね、とりあえずドライブに行こう!」


 先の見えない僕らのドライブは、まだまだ続くみたいだ。



【あとがき】
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=66223357&comm_id=5831512

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