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大熊猫蔵コミュの【呪いの井戸を探して】

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 振り向いた僕よりも、隣に居た神戸先輩のほうが大きなりアクションで驚いていた。
「な、なんなんだよ、もう……」
 その声の情けなさっぷりに、上野がぷっと吹き出す。
「もう、ここまでせっかくいい感じだったのに」

「ハイ、カットォ!」

 部長兼監督の慎史先輩の声が現場に響き、僕たち三人は数メートル戻った。

「神戸、たのむよぉ。ここの撮影は今日中に終わらせたいんだ。日没する前の撮影チャンスはあと一回。次は決めてくれよ!」
「あ、ああ、すまん」

 次のテイクはいい感じだった。
 ラストシーンを無事に撮り終えた僕らは、いい気分で最後に記念写真を撮る。皆でファミレスで食事し、その日は解散となった。

 慎史先輩が、僕と上野を大学近くまで送ってくれる。もちろん先輩の車の助手席は梨里子ちゃん。二人は本当のカップルだ。上野の下宿している安アパートの前で二人の乗った車を見送る。僕の脳内に、二人のキスシーンとその直後の車を見送るシーンとが自動再生される。

 僕はぎこちない演技が『彼女を盗られた男の動揺する様』にぴったりということで大抜擢されただけ。でも本当は、新入生歓迎コンパの時から、梨里子ちゃんのことが好きだったんだ。演技なんかじゃない。悔しくて切なくて流したあの涙はホンモノだったんだから。僕は本当に胸が痛んでいた。周りには「初めてなのにすごい演技力」ってほめられたけれど、喜びよりも哀しみのほうがずっとずっと大きなシーンだった。

 やば。泣きそうになってきた。

「な、今夜、泊まってくだろ? オススメ芝居のDVD見せてやるよ」
 泣ける芝居だったらいいななんて思いながら、僕は黙ってうなずいた。

 上野のオススメは、笑って笑ってちょっと泣いて笑うようなそんな芝居だった。僕は泣きながら笑い、自分の中の感情を思いっきり解放した……つもりだった。
 でもその後、電気を消して雑魚寝モードになったとき今日撮り終えた映画の話になっちゃって。

「しかし梨里子ちゃん、すげーよなぁ。ほんと貞子みたいな」
 上野が興奮気味に演技論を語る。
「うん、同じ一年なんて思えないよね……」
 そう言いながらも僕は、自分の手の中に梨里子ちゃんの手のひらの温もりを想い出していた。『彼女との思い出回想シーン』の中で梨里子ちゃんとつないだ手の温かさが、 彼女居ない歴18年の僕の心をつかんでしまうのは仕方ないこと。
「オレも高校の時、演劇やってたけど裏方だったからなぁ。初役者だよ」
 上野は語り続ける。
「でもやっぱアレだな。神戸先輩、よくあんなナイスな井戸を見つけてきたよね」
「あ、ああ、そうだよね」
 適当に相槌を打ってはいるけれど、上野のマニアックな話の1/10だって頭の中に入ってきていない。
「楽しみだな、学祭。たくさんの人に観てもらいたいよ」
「……だね」

 それから一週間が過ぎた。

 撮りためた映像の編集作業はずんずんと進んでいたけれど、僕の気持ちだけはあの撮影現場に置いてきたまま……ずっともやもやし続けていた。

 ……梨里子ちゃん。ため息の出ない日はない。

 それでも時間は無情に流れ、完成版の試写会が開かれるとこまで来た。本当は観たくはなかったけれど、慎史先輩があまりにも僕の演技をほめるもんだからサボるわけにも行かず試写会場へと入った。
 大学の視聴覚室を借りての試写会。分厚い暗幕が窓を覆い、泣いてもバレなさそうなこの暗さがありがたかった。

「あぐろん・てたぐらむ・すてぃむらとと、とん、たわばっ」
 神戸先輩が井戸をあの世につなぐ呪文を噛んだシーンで皆が笑う。本当はNGだったはずのを「恐怖映画には笑えるシーンがあったほうがより怖くなる」っていう慎史先輩の意見で採用されたらしい。
 その直後、笑い声はぴたりと止んで静かになった。

 井戸の縁に、中から伸びた白い手がぴたりとはりつくシーン。その手になまなましい違和感を感じたのは僕だけだろうか。あの手、梨里子ちゃんの手じゃない気がする……好きな子の手。温もりを感じたあの手。僕の記憶の中にしっかりと残っている手。

 シーンが切り替わる。井戸へ体を半分つっこんだ梨里子ちゃんがずるずると這い出してくるところ。
 美人がやると迫力もすごい。鳥肌が立つほどの演技力。声にならない悲鳴のような声が会場内のあちこちから漏れる。梨里子ちゃんはやっぱりとてつもない才能を持っているんだな。

 僕の気持ちはまだ「好き」のままだったけれど、ちょっと諦めがついた。僕なんて、とてもじゃないけれど……

 いつの間にかスタッフロールになっていた。
 僕らの最後の記念撮影を背景に皆の名前がスクロールする。自分の名前を見つけて恥ずかしさがぶり返してくる。その時だった。

「ヒッ」
 短い悲鳴が聞こえた。

 編集作業をやっていた副部長のホァン先輩。中国からの留学生で、新人歓迎会でチャイナドレスを着てたマッチョのメガネ男子。そう。二の腕の太さが僕の太ももよりも大きい怖いもの知らずのそんなホァン先輩の悲鳴だったから、誰もが驚いたんだ。

「ホァン、どーしたんだよ?」
 慎史先輩が明るく肘でこづいている。冗談なのかと一同がほっとしたその直後。

「嫌ぁー!」
 悲鳴は梨里子ちゃんだった。その指した先にあったのは……あの記念写真の背景……あ……

 白い影が慎史先輩の首にかかっている……いや、影じゃない。井戸から出てきたあの白い手にしか見えない。しかも首を絞めているように見えるんだ。

 映像が終わり視聴覚室の暗幕が開けられて明るくなると、ようやく皆も落ち着きを取り戻す。編集中にゴミが入ってしまったのかも、という話になった。
「いーじゃん。偶然を利用しようぜ。これは話題になるぜ」
 慎史先輩のゴーサインが出て、再編集をしないことになった。

 でも一週間後、慎史先輩は死んだ。

 交通事故……というより、車を避けようとしてバランスを崩して陸橋から落ちて頚椎損傷とのこと。ただ、車はガードレールにぶつかって止まっていたらしく、厳密には接触していないから「交通事故」ではないらしいけれど。

 当然、僕らの間では「井戸の呪い」ということになった。
 お通夜に行く前に集まったファミレスで、撮った映像の公開は辞めようかという話は当然持ち上がる。それよりちゃんとしたところにお祓いしてもらったほうが……そんな話をしてたところへ遅れてきたホァン先輩の顔が、とても青ざめていた。
「梨里子チャンは居ない……それはちょうど良かった」
「ちょうど良いってなんですか」
 いつもは明るい上野の声がキツイ。
「これ、観てほしい」
 ホァン先輩は編集に使っていたノートPCを開いた。エンドロールの手前で一時停止している。
「おいこれ……今出してくるのは洒落にならないぞ」
 神戸先輩の言葉を遮り、ホァン先輩は再生ボタンをクリックする。

 ……スタッフロールが進むにつれて、薄くてぼんやりとしていた白い影が「手」の形にとじわじわと濃くなってゆく……ただし、慎史先輩の首にではなく、梨里子ちゃんの首に。



【スタッフロール】
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=66223828&comm_id=5831512

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