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大熊猫蔵コミュの【助手席は空っぽ】

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 二人が戻ってくると早速「呪いの井戸」の話になる。

「先輩、そのおまじないってやつ、教えて下さいよ」
 上野が話を降ると、神戸先輩はボロボロのメモ帳を取り出す。
「高校の時の生徒手帳なんだ」
 メモ帳の軽いページがぱらぱらとめくられる音が車内に響く。
「あった、これだ」
 僕らは何度かその『おまじない』を復唱する。

「そろそろいいかな」
 準備万端な気持ちで車から出たその時だった。僕らの前に立ちはだかる二つの影。

「おい、ここで何やっている」
 二人組の警官だった。

「あ、はい……あの、ちょっと観光で……」
「観光? こんなとこ何もないぞ」
 明らかに怪しまれている感じ。
「心霊スポットで有名な井戸があるんですが……」
 上野が正直に言うと、警官はなにやら話し合っている様子。
「悪いがここは立ち入り禁止だ」
「立ち入り禁止って……」
「理由は言えない。早く帰りなさい」
 警官の厳しい表情の前、僕らはとぼとぼと車へと戻る。

「……立ち入り禁止……かよ……」
 独り言かも知れない上野のその一言の、向こう側に隠された考えたくもない予測にやられていたのは僕だけじゃなかった。神戸先輩もまた、がっくりとうなだれていた。
 立ち入ることが出来ないのは、おそらくそこが「現場」だから……現場。何の? ……どう考えても、事件性のある単語しか思いつかない。

「な……失踪じゃなくて駆け落ちだったりして」
 ボツリととんでもないことを言う上野を、僕は涙目でにらむ。
「わ、ごめんごめん。そういう意味じゃなくて」
 どういう意味だよ。他に意味なんかないだろ。
「まだ決まったわけじゃないだろ! ……な、もういい加減、気持ち切り替えようぜ。ほらカラオケあったじゃん、来る途中。あそこで思いっクソシャウトしようぜ!」
「ああ、ああ、いいな」
 ずっと黙ってた神戸先輩も賛同する。
「カーラオケ! カーラオケ! カーラオケ!」
 調子に乗る上野に何を言ってやろうかと言葉を探している僕の肩に、神戸先輩がぽんと手を置いた。
「むしゃくしゃしている時は発散するのって、大事大事」

 歌うなんてとてもじゃないがそんな気分ではなかったけれど、だからといって長時間の運転なんかもっとできなさそうだったから、言われるがままカラオケへと向かう。

 ちょっとカビ臭さの漂うくせにそのカラオケはけっこう混んでいた。運が良いのか悪いのか、たまたま一室だけ空いていた小部屋へと案内される。

 飲み物の注文待ちの間、トップバッター上野は安全地帯をチョイス。いきなりどストレートのラブソング……おい。何回「好きさ」って言うんだ、君は。
 続く神戸先輩は戸川純とか言う人の歌。愛しい人を食べたいとかいう内容……ラブ絡みの歌ばかりって、これどんな試練。
「次、これ歌えよ」
 とか言って上野が入れていたのはサザン。
「こういう時は思いっきりが大事なんだって神戸先輩言ってただろ、エリーじゃなくリリーって歌えよ」
 人の気持ちも知らないで……でも、上野ってこんなやつじゃなかった。普段はもっと細かいところに気付く奴だよ……細かいところに気付いていなかったのは僕のほうだった。上野の目は赤かった。上野の目にも涙がにじんでいたんだ。

 ああ。そっか。

 男友達の手荒な優しさってやつを、受け止めることにした。僕は歌詞に出てくる名前を全て梨里子に変えて歌ってやった。涙も鼻水も流しながら熱唱した。
 一度歌ってしまうと、案外悪くない。大声で泣きたい気分が、ちょっとだけしぼんだみたい。
 さあ、次の曲は自分で選んでやる。梨里子との最初のデートで歌ったミスチルを……

 バチン。

 その音と共に急に室内の電気が消えた。



【暗闇】
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