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JCFN聖書通読!コミュの詩篇5篇

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「しかし、私は、豊かな恵みによって、あなたの家に行き、あなたを恐れつつ、あなたの聖なる宮に向かってひれ伏します。」(7)

恵みに生かされている者の取るべき態度。
Jesusの贖いを体験している者であるかのように、彼は恵みを知っている。主の前に恐れつつ、主に近づいている。
彼と主との親しい関係には驚かされるなあ。本当に、主を知る人が歌っている歌なんだ、とつくづく思う。

コメント(4)

「大盾で囲むように愛で彼を囲まれます。」(12)

ここで大盾と愛が使われているのが面白いと思った。
大盾のように僕らを囲むのは神の御力でもなく、
神の右手でもなく、エペソ6章に書いてあるような信仰でもなく、
救いでもなく、恵みでもなく、平安でもなく、愛である。
(もちろん、これらのものは全て繋がっているけど。)
いつまでも残るものの中で一番すぐれているのは愛。
本当に、聖書の中心的な教えは愛なんだなぁと思わされます。
"Every morning, I lay out the pieces of my life on your altar and watch for fire to descend." (3)

この表現もとても面白い。
毎朝、自分の生活で起こる一つ一つの出来事を主の祭壇の前に持っていく。そして主がこれをどうしてくださるのか、焼き尽くす火が降りてくるのを待つ、っていうのは取り除いてほしいこととか、神様に捧げたい思いとか、そういうものを主の前に全部明け渡したいっていうことなのかしら。

毎朝こういう風に、ちゃんと神様の前に持っていかないといけないよね。
細かい一つ一つのことを。
自分は祈りに関して、ほんとLazyだから...。教えられました。
英語で読んで気づいた。これ、私の母教会では歌っていました。


But as for me, I will come into Your house in the multitude of Your mercy. (7)

multitude of Your mercy...  いいなぁ… そういう憐れみの中に取り込まれているからこそ、朝ごとに主の前に祈りをもって出ることができるんだよね… 感謝。
「神様は、これっぽっちの悪も喜んだりなさず、どんなささいな罪でも大目に見たりはなさいません。」(4)

神様の御前に出るとき、罪を嫌われる神様をどれほど意識し、きよめられることを願っているだろうか。
自分のことや願いばかりに集中してしまうと、神様の前に自分がどんな者であるかを忘れて、ひたすら悩みや文句を吐き出してしまうことがあるけれど、ほんと、神様はどんな悪をも喜ばれない方だと、恐れをもって日々過ごし、祈ることができますように。

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