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FMT 健創庵コミュの弟

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弟

 こんばんは。
 心と脳と体の調和を引き出す和合整体師です。

 弟については初めて書きます。
 私は中学まで地元にいましたが、それまでずっと妬みの気持ちからいじめてました。その負債感が強烈で、なかなか会いにいけませんでした。それは今も少なからず残ってます。

 1つ下(1975.12.27)で、ものすごく社交的でした。私は対照的で、たいていは部屋にこもってウジウジしてました。今となってみれば、私が勝手に心を閉ざしてただけなんですが、当時は誰とも話が合うようには思えず孤独が大好きでした。

 勉(つとむ)というので、私が「ベン」とあだ名しました。初めの内は「ベンって言うなよ!」と周囲からよってたかって注意されましたが、ある機を境に「ベンちゃん」と誰もがそれを慕うようになりました。私は妬ましい憎しみの気持ちからあだ名したのに、それを逆手にとられてしまった時はさらに妬ましさが募りました。

 私は小3の学芸発表会でたまたま演じた髭をはやしたおじさんが好評だったらしく、それから先生からも「おっちゃん」と呼ばれるようになりました。周囲は慕って呼んでくれてたのかもしれませんが、私にはそうは感じきれませんでした。葛藤を抱えつつも、地元を出るまでずっとそう呼ばれ続けてました。

 私が地元を離れてから、彼は地元の工業高校に入りました。そこから授業が楽しくなってきたらしく、猛勉強して凸版印刷に就職しました。

 地元を離れてから彼が就職で上京してきた時、私は練馬にいました。親から「ぜひ会ってみなさい」と言われましたが、拒み続けました。転換されるまでは、家族の縁を切りたいと考えてましたし、故郷の長崎の思い出をも抹消しようとしてました。転換されてからは、その時まで私が犯してきた幾多の仕打ちを許されるはずがないと思い込んでました。そのまま時を経て今に至ります。

 16歳で会話をしなくなってから、未だに会ってません。20年を越えました。いろんなヒーラーさんに聴くと、共通に「弟さんは、今でも『お兄ちゃん』と思い慕ってますよ」と言われてます。たまに年賀状等出したりはしてますが、どうしても踏ん切りをつけきれません。

 親から聞く限りには、凸版印刷があまりに忙しく退職し、やりたい事を模索中らしいです。結婚したい相手はいるそうですが、定職についてない事が理由で相手親から拒まれてるところだとか。責任を感じてます。

 彼はとても優しく、慕われるべく多くを慕ってきました。彼を成功させられるよう、精一杯尽くしたい!
 何が障壁になってるのか、ひたすらに自分を見つめてます。

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