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精神世界へのやさしい道案内コミュのラーマクリシュナ

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出典*Wiki http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A9%E3%83%BC%E3%83%9E%E3%82%AF%E3%83%AA%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%83%8A

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多くの宗教を遍歴したラーマクリシュナの教えは非常に寛容なものである。

世の中の様々な宗教は究極の一なる神がそれぞれの時代と人に合わせて現れたもので、

各々が意義を持つ。究極の一に至るために人は自分に合った道を行けばよいという。

彼は「宇宙の母なる神は子供たちのお腹に合うように料理を作って下さる」という

喩えを用いている。子供の消化力や好みに合わせて

母親が色々な料理をこしらえるように、神は国と時代と容器(人の理解力)に応じて

色々な宗教を作るということである。

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以下、Wkikiから、少しずつ「抜粋」

シュリ・ラーマクリシュナ・パラマハンサ

幼名:ガダーダル

6歳の時に最初の神秘体験をしたと主張するようになった。

7歳のとき、ダクシネーシュワル・カーリー寺院で働くようになったが、
ある日、そこに祀られているヒンドゥー教の血と酒と殺戮を愛する女神カーリー
(詳しくは「カーリー」の項目参照)の前で瞑想を繰り返したところ、
カーリーの出現を見た、と主張するようになった。

インドには神と接するための様々な行法が伝わっているが、
彼はそういった方法を伝えられることもなく独学で神と接したのであり、
このことは彼の希有な神秘体質を物語っている。
しかし、やがて師を持たずに勝手に修行した副作用が現れてきた。
燃えるような感覚や底知れぬ空腹感が襲いかかり、ガダーダルを悩ませた。
そんなころ、シャクティ派の女性行者が寺院にやってきた。
この女性はガダーダルを一目見るなり彼に声をかけた。
この女性はヨーゲーシュワリーといい、2人はすぐに意気投合した。
ガダーダルは異常な体験や身体のことを打ち明ける。
ヨーゲーシュワリーの方はガダーダルの神秘体験を認め、
彼が神の化身であると確信するようになる。

インドでは神が人の姿をとって現れるという伝統的な信仰がある。
しかしある人物が神の化身であると認められるには論争を経ねばならない。
このことからガダーダルが神の化身であることを確かめるための
公開論争が行われることになった。論争相手として呼ばれたタントラ派の行者は
神の化身を主張する側を論破しようと意気込んでやってきたが、
ガダーダルと接すると、彼は化身であると論争の前に認めてしまった。
こうして信仰のあまりの熱心さや神秘体験から
世間から変な目で見られがちだったガダーダルは、
無制限な神の探求を社会的にも認められることになる。

そして彼は1861年からヨーゲーシュワリーについてタントラ派の修行をするようになる。タントラ派の行法は64種あると言われているが、数種類修めるのに一生をかける人もいるこれらの行法を彼は総なめにしてしまい、宗教的天才ぶりを発揮する。
更に別の師についてヴィシュヌ派の行法も学び、クリシュナと一体化する体験もした。

しかし以前と決定的に異なる体験をしたのは1864年の終わり頃、
ヴェーダーンタ学派の師、トーター・プリーがダクシネーシュワルを訪れ、
彼の下で修行に専念したときであった。
人格神ではない無相のアートマンを認識するのは、
人格のある神を熱愛しているガダーダルにとっては辛いことであった。
精神を集中すると、どうしてもカーリーの優しく美しい姿が現れてしまう。
彼は意を決して全力で瞑想し、カーリーの姿が現れると「精神の剣」で
真っ二つに切り裂いた。そして遂にニルヴィカルパ・サマーディ(無分別三昧)に入った。その境地について、彼は自我も無ければ空間も無い絶対無分別の状態、と主張している。以後、ガダーダルはトーター・プリーからもらった出家名、ラーマクリシュナを
名乗るようになる。

ーマクリシュナはその後もイスラム教徒やキリスト教徒についてそれぞれの教えを受け、信仰と修行を経験した。そしてキリスト教のイエスに聖母マリア、イスラム教のアラー、仏教の空などと接触する経験を持ち、全ての神と宗教は一に帰すということを確信する。


神は有形か無形かという論争などもラーマクリシュナにとっては
上辺のつまらぬ対立に過ぎない。
ブラフマンは無相無形であるが、人間の信仰の力、神への愛に応じて
有形の人格神となって現れる。
だから一見神は様々な形をとっているように思われるのである。
ある1つの形をとった神が正しく、他の形が間違っているといったものではない。
神の様々な形は神の人間への愛の現われなのだ。
無性のブラフマンを知るためには自我を完全に滅却する必要があり、
普通の人間には難しい。一方、有形で人格を持つ神の方は親しみやすい。
人の個性は様々であるから、人と神との繋がりもまた様々である。
神と繋がるための具体的な手段としては宗教儀式や偶像崇拝がある。
迷信として非難される偶像崇拝もラーマクリシュナは
「真珠を育成するために必要な母貝」として称揚する。
それによって神を愛せるならば偶像大いに結構とするのである。

「抜粋」以上!

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