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モスde小説の会コミュの涙の帰る場所

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これは佐藤が個人的に書く物語であります。

どうか温かい気持ちでご愛読ください。

感想待ってます(雑談トピにお願いします)

コメント(1)

1956年8月15日 新潟国立病院

いったいここで何があったんだろう?

通報をうけて向かった病院でベットの上で心臓を一突きにされ血まみれだが、涼しげな笑顔の少年が一人。その横では少年を刺したであろうまるで人形のように動かない少年が先についた先輩刑事に手錠をはめられて部屋から出ていくのだった。

「ぱさっ」と音がした。犯行をおこなった少年が何やら紙のようなものを落とした。すぐさま少年はひろい隠そうとしたが、私が見せるように言うと無言で差し出した。するとその中には次のような内容が書かれていた。

「ハナナラチリユク ユメナラハカナク ソレナラナミダハドコエトカエラン」

書いている意味が全く解らない・・・詩人でも目指してるのかこの子?すると人形のようだった少年が急に鬼気迫る表情でしゃべり始めた。

「それを書いたのは僕じゃない、彼だよ。だから僕は彼の涙の帰る場所になったんだ。・・・そうだ僕は悪くない、僕は彼の望みをかなえたんだ!!!僕は悪くない、悪くない、悪く・・・・うわあああああああ!!!!」

発狂した少年は周りの警察に取り押さえられて連行されていった。

その後調べてわかったことがある。

殺された少年は狩野雅巳(14)なかなか複雑な家庭の育ちでで母は水銀中毒(新潟水俣病)のため、まだ彼が生まれて間もないころに死亡。父は自分の働いてた工場からでる水銀で
嫁を殺してしまったとうつ病にかかり、その1年後に自害。少年は遠い親戚に預けられたが、おそらくなじめなかったのだろう。中学に入る頃には何故か一人公害問題渦中の新潟に戻り一人暮らしをしていたようだ。さらに彼自身も母体を通して中毒を発症してついには入院していたのであった。

一方の加害者である少年の名前は成田信吾(14)は、新潟水俣病の原因となった廃水を流した昭和電工の社長の一人息子である。ちなみに彼の母もまた幼い頃に亡くなっている。

そして二人はどうやら同級生であったらしい。

さてこの事件中学生の気の狂ったが気が衝動的に殺した。ということで捜査は終了した。世間も最初は少し騒いだが、新潟訴訟や人民運動へとすぐに関心は戻りこの事件は終わろうとしていたが、私はどうもこの二人の事、つまりは動機がどうにも気になった。

なぜならあの手紙の意味は勿論、彼の胸の刺し傷は勢いよく刺されたキレイなものではなく、ゆっくりと抉りとるように刺された事を物語るような乱雑なものであった。いったいそこにはどれほどの恨みがあったのか、いやそもそも彼は何故公害で弱りきった死にそうになってる友人を殺さなければならなかったのか?
そして「彼の涙の帰る場所になる」とはいったいどういうことだったのか・・・

私はこの事件を一人ただ追うことにしたのだった。

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