ログインしてさらにmixiを楽しもう

コメントを投稿して情報交換!
更新通知を受け取って、最新情報をゲット!

伊勢神宮125社コミュの鳥羽市・志摩市「鳥羽・磯部」めぐり

  • mixiチェック
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
鳥羽市・志摩市「鳥羽・磯部」めぐり・・
 豊かな海の幸に恵まれた鳥羽・志摩は倭姫命により伊勢神宮への奉納する神饌を採るところ御贄地(みにえどころ)と位置づけされ古来から伊勢神宮や朝廷へ御料を納めてきた地域です。神宮神田のある伊雑宮は神宮より遠く離れていますが『内宮の遙宮(とおのみや)』として重んじられています。また地元の漁師・海女の信仰も厚く『いぞうぐう』『いそべさん』とよばれ親しまれています。また鳥羽市国崎の御料鮑調製所では神宮が創建されたときより祝儀袋でお馴染みの『熨斗鰒(のしあわび)』を奉納してきたところです。赤崎神社は御贄採取の守護神です。

参拝七社・・鳥羽市・志摩市
出発地点は近鉄鳥羽線『鳥羽駅』から距離は約3キロ『近鉄志摩赤崎駅』〜『近鉄上之郷駅』から距離は約2.5キロ。伊勢神宮への奉納する神饌を採るところ御贄地(みにえどころ)になった海の幸豊かな所をめぐるコースです。
【01】外宮末社・赤崎神社(あかさきじんじゃ)
【02】内宮別宮・伊雑宮(いざわのみや)
【03】伊雑宮所管社・佐美長神社(さみながじんじゃ)
【04】伊雑宮所管社・佐美長御前神社(さみながみまえじんじゃ)【同座】【四座】

鳥羽市・志摩市「鳥羽・磯部」めぐりパソコン用地図↓
http://maps.google.co.jp/maps/ms?hl=ja&vpsrc=6&ctz=-540&brcurrent=3,0x6004febf6d57a857:0xb238cf7c6bb43629,0&ie=UTF8&msa=0&msid=211459191331046367526.0004af552c960cb0589df&ll=34.427018,136.859779&spn=0.21579,0.392418&t=m&z=12

携帯端末用地図↓
※iPad等の携帯端末で利用される場合、"Google Maps"で開きますか?と、ポップアップの表示が出たときは「キャンセル」をタップしてください。
https://www.google.com/maps/d/embed?mid=1NY6G0bXRbv1zH6JV7fHkOqKFhAo&hl=ja&vpsrc=6&ctz=-540&brcurrent=3%2C0x6004febf6d57a857%3A0xb238cf7c6bb43629%2C0&ie=UTF8&msa=0&ll=34.42701800000001%2C136.859779&spn=0.21579%2C0.392418&t=m&z=12&output=embed

【01】赤崎神社(あかさきじんじゃ)
赤崎神社の祭神は荒崎姫命(あらさきひめのみこと)
鳥羽湾の入り江の奥まったところに祀られています。この海岸から豊受大神宮へ奉納する御贄(海産物)の守り神として祀られています。また社の左にある石垣で囲まれたところに、昔は海を見るように社があったと伝えられています。地元では『赤崎さん』とよばれ産土神として親しまれています。 毎年、6月22日に地元民で賑わう赤崎祭(ゆかた祭)が行われ衣がけの市民が多数参拝し家内安全の御神杉(杉の小枝)を授与されるそうです。

【02】伊雑宮(いざわのみや)
伊雑宮は御神田と海女さんの信仰で知られる遥宮(とおのみや)です。志摩の海に近く磯部町に鎮座する伊雑宮。古くから度会郡(わたらいぐん)の瀧原宮と共に神宮の遥宮といわれていて地元の人には『いぞうぐう』『いそべさん』と親しまれています。天照坐皇大御神御魂を祀り皇大神宮の別宮として祭典などは内宮に准じて奉仕されています。創立は約二千年前の第十一代垂仁天皇の御代。皇大神宮御鎮座の後、倭姫命が神宮への供えもの神餞(しんせん)を採る御贅所(みにえどどころ)を探して志摩の国に入りました。その時、伊佐波登美命(いざわとみのみこと)という神に迎えられ宮を建て天照大御神の御魂(みたま)を祀つったと伝えられています。志摩の国は古来、海の幸に恵まれた風光明媚な土地であり神宮や朝廷にも魚介類を納めていました。漁師や海女は伊雑宮で受けた磯守(いそまもり)をつけて海に入る風習があります。毎年、六月二十四日には隣接する神田で地元の磯部町の人々により御田植式(御神田)が行なわれます。『太一』と書かれた巨大な団扇であおられ、近郷漁村の青年達が下帯姿になりながら田に入り竹を奪い合う勇壮な竹取神事や菅笠をかぶった人々が一列に並んで田植えが行なわれます。住吉大社・香取神宮と共に日本三大田植祭の一つに数えられ国の重要無形民俗文化材に指定されています。

【03】佐美長神社(さみながじんじゃ)
【04】佐美長御前神社(さみながみまえじんじゃ)四座
佐美長神社の祭神は大歳神(おおとしのかみ)
佐美長御前神社の祭神は佐美長御前(さみながみまえのかみ)
この社は『大歳社(おおとしのやしろ)』『穂落社(ほおとしやしろ)』ともよばれています。昔、真名鶴(まなづる)が稲穂をくわえて飛んできたところ、その穂を落としたそうです。倭姫命は鳥すら御田を作って天照大御神に奉ると感心されました。その稲の生育地を千田(ちだ)と名付け真名鶴を五穀豊穣の神、大歳神として祀ったと言う伝説があります。また社にはこの土地の開拓神である伊佐波登美神及びその子孫の霊を本社と御前社に祀ったと伝えられています。地元では『穂落としさん』とよばれ親しまれています。

コメント(4)

歴史がある料理旅館『中六』
2011年7月に志摩市で最初の国の登録有形文化財(建造物)に選ばれ国の宝として建物が保存されたそうです。伊雑宮前に、ひとつの国の宝が増えました。
この料理旅館は明治初期の建物を昭和四年に立て替えられたもので昭和五十年代に背面を大規模に改修しており道路側全面部分が当初の面影を残しています。名前の由来は『伊雑宮の御師』として古くより神に仕える六人衆の中の一人『中六大夫』の名から継がれています。現在、うなぎを中心とした料理旅館として地域の食の伝統を伝えています。
正月殿『磯部神社』・・
伊雑宮から少し離れたところに鎮座する磯部神社で、鎮座地のよび名は「正月殿(しょうがつでん)」と昔はよばれてました。この正月殿から直線を引くと「正月殿・天岩戸(恵利原)・伊勢内宮・伊勢外宮」と直線状に繋がるとされ、正月の初日の出は磯部神社鳥居正面から天岩戸を通り、内宮、外宮と貫くそうです。余談ですが磯部神社も伊勢神宮同様、20年に一度、伊雑宮の遷宮翌年に式年遷宮が行われます。また静かな境内には風格のある社殿が建てられており、伊雑宮にお詣りされたとき、この神社まで足を延ばすのも良いと思います。
ここ磯部は伊雑神戸(神社の収入源となる民戸)の郷として神宮との関係が密接で、郷内四十余社の社を神宮の摂社末社のような関係を保ち奉祀が続けられましたが、明治の終わり頃には神社合祀の気運が高まり、村内の坂崎を除く10大字の各神社を正月殿社跡の現在地に移転合祀し磯辺神社となりました。
祭神は・・
正勝吾勝勝早日天忍穂耳尊(まさかあかつかちはやびあめのおしほみみのみこと)、天穂日命(あめのほひのみこと)、天津彦根命(あまつひこねのみこと)、活津彦根命(いくつひこねのみこと)、熊野久須毘命(くまのくすひのみこ)、市杵嶋姫命(いちきしまひめのみこと)、湍津姫命(たぎつひめのみこと)、田心姫命(たごりひめのみこと)、素戔嗚命(すさのおのみこと)、鵜葺草葺不合命(うがやふきあへずのみこと)、伊弉冉尊(いざなみのみこと)、猿田彦命(さるたひこのみこと)、家都御子大神(けつみこのおおかみ)、玉依姫命(たまよりひめのみこと)、櫛玉命(くしたまのみこと)、金山彦命(かなやまひこのみこと)、少彦名命(すくなひこなのみこと)、手力雄命(たじからをのみこと)、神日本磐余彦命(かむやまといわれひこのみこと)、石凝姥命(いしこりどめのみこと)、速玉大神(はやたまのおおかみ)、速秋津彦命(はやあきつひこのみこと)、大山祇命(おおやまづみのみこと)、大田命(おおたのみこと)大幡主命(おおはたぬしのみこと)、天細女命(あめのうづめのみこと)、天太玉命(あめのふとたまのみこと)、天尾羽張命(あめのをはばりのみこと)、天目一箇神(あめのまひとつのかみ)、彦火瓊々杵命(ひこほににぎのみこと)、武甕槌命(たけみかづちのみこと)、豊受姫命(とようけひめのみこと)、木花開耶姫命(このはなさくやひめのみこと)、誉田別尊(ほんだわけのみこと)、脚摩乳命(あしなづちのみこと)、臂摩乳命(てなづちのみこと)です。

ログインすると、みんなのコメントがもっと見れるよ

mixiユーザー
ログインしてコメントしよう!

伊勢神宮125社 更新情報

伊勢神宮125社のメンバーはこんなコミュニティにも参加しています

星印の数は、共通して参加しているメンバーが多いほど増えます。