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eine kleine Miniaturgartenコミュのhappy birthday

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明日で私が生まれて17年目。
明後日であの子が死んで2年目。

*

高校一年の頃、飼っていた子犬が死んだ。

*

琴子は学校では美人と言われる部類で、チヤホヤする男や言い寄る男も多かった。綺麗な黒髪とキリッとした目がまるで猫のようで、男たちはその凛とした姿にメロメロだったのだ。
彼氏はこれで9人目。琴子はそれを全部番号で呼ぶ。
そして、付き合い始めに必ずこう聞くことにしている。

「いぬとねこ、どっちが好き?」

9番も、いぬだと言った。

「なんで、みんなそうなの」

琴子は飽き飽きしていた。

*

付き合い始めると彼氏はこぞって琴子の部屋に上がりたがった。
琴子はそういう彼氏の口に次々とおしゃぶりを加えさせ、罵声を浴びせた。

琴子には動物の心理など何も理解できなかった。
自分にすり寄ってくるものは全て自分に卑しい欲望しか持っていないのだと思っていたからだ。

*

高校1年生の誕生日に、あの子は突然家にやってきた。
学校から帰ると、部屋に段ボールよりも少し小さい赤い箱が置いてあった。中から「キャンキャン」という鳴き声がしたので直ぐに犬だと分かった。
赤と緑のタータンチェックのリボンを解き、箱を開ける。
子犬が一匹、顔を覗かせた。
首にピンク色のリボンなんかつけちゃって。
まるで着飾った人形のようで、少しおかしい気分になった。
その後すぐに、琴子は不快感を催した。
だって、ふわふわでつぶらな瞳のかわいい真っ白な子犬が出てくるかと思ったら、拍子外れに薄汚い茶色い子犬が出てきたから。

それは明らかに、拾ってきた犬のにおいがした。
だとしたら、誰だろう。ママか、パパか。
誕生日プレゼントに拾い物をくれるってどういうことよ。ネットオークションで1万円だった3DSの方がまだマシだった。

箱から出てきたその犬は琴子の部屋をてくてく歩いた。

机の下、部屋の角っこ、テレビの前、ベッドの縁。ひとしきり歩き回った後、その犬は窓辺にお気に入りの場所を見つけたらしく、そこで丸くなった。

琴子にはこの犬が自分の部屋を歩き回ったことがどうにも受け入れられなかった。琴子は酷く潔癖性で、電車の中でも吊り革は絶対に掴まないし、重すぎて何回か床に置いてしまった鞄は、帰ってくると必ず玄関の横の箱の中にいれて、部屋のなかまで持ってくるなど以ての外だった。

琴子にはこの犬がだんだん憎らしく見えてきた。
何でパパもママもこんなにみすぼらしい犬を私に寄越すの?しかも、私の部屋に。
犬なんて外で家番をしてればいい。

琴子にはとてもこの犬を飼う自信がなかった。

「そんなに外に行きたいなら、いっておいで」

それはただの口実だった。琴子はこの犬とどうにかして縁を切れないかと考えていたのだ。

ガラガラガラ

琴子は窓を開けた。その先は、小さな庭だった。

「思う存分、遊んできなさい」

子犬は「キューン」と言って、琴子の足元に擦り寄ろうとした。

「嫌っ!」

ついついそんな声を出し、足元につく子犬を振り払った。そして、その足で部屋から外へ蹴り飛ばした。

宙を舞った子犬の放物線が、まるで時間が止まったかのように琴子の脳裏に刻まれていった。
そして芝の上に落ちた子犬が立ち上がり、悲しそうな目でこちらを見るのも。

琴子は耐えられなくなって窓を閉め、カーテンをかけた。
夕焼けの僅かな光がカーテンを通し、部屋をオレンジ色に染めていた。

琴子は閉めたカーテンの襞をつまんだままぼうと立ちすくみ、その頬をオレンジ色の光が温かく染めていた。
琴子の頬を、一筋の涙が落ちていった。

*

その夜は徹夜で部屋の掃除をした。まずカーペットを剥がし、ゴミ袋に入れた。その次にフローリングを拭いていった。手にはゴム手袋を付けて、口にはマスクをしていた。

そして全てが片しおわったあと、紺ソックスとスリッパも捨て、服を脱ぎシャワーを浴びた。髪を二回洗い、洗顔フォームで顔を洗った。口のなかまで洗ったところで、指を奥までいれ過ぎたのか、琴子は吐き気を催した。

吐き気とともに、体中のありとあらゆる穴から液体が出た。
琴子は声にならないくぐもった嗚咽を漏らした。
給湯器に付けられたデジタル時計は、午前2時を打っていた。

*

その晩、あの子は死んだ。
原因は、道路に飛び出したことによる交通事故。
右も左も分からない子犬が、深夜の道路に急に飛び出してきたのだ。
運転手は除け切れなかった。
子犬は車の前輪に絡まり、油でベトベトの機械と一体化していた。

*

その次の年、弟が生まれた。
計算をしてみたら、行為が行われたのはあの夜のようだった。
そう、あの子が死んだ夜。私が吐いた夜。ひとつ壁の向こうでは、卑しい欲望が充満していたのだ。

*

高校3年生の秋、琴子の家のポストに、初めて琴子宛の手紙が入っていた。
差出人、不明。真っ白な封筒に、金色の小さなシールが貼ってあった。それは、犬の顔の形のようだった。

琴子は今まで手紙などもらったことがなかった。言い寄る男たちはいつも口先だけで、こんなに真摯に琴子に接してくる者など居なかった。

部屋に戻ると琴子は手紙を手にとり、シールをゆっくりと剥がした。
そのなかには小さなカードが一枚、入っていた。

「happy birthday」

ただその文字だけが、今にも消えそうなくらい繊細に書かれていた。

琴子は初めて、自分の生まれた日を祝ってもらえた気がした。と言っても、琴子の誕生日は一昨日終わっていた。
少し遅れたバースデーカード、それは、嬉しさと切なさとで、なんとも言えない気分であった。

こんな気持ちが、自分の中から沸き起こってくること自体不思議なくらいだった。

「ありがとう」

琴子はそう言うと、そのカードに火を付けた。
綺麗な赤い炎は、真っ白なカードの端をゆっくりと焦がしていき、そのまま金色の文字を縁からじんわりと侵食していった。

と、自分が何をしているか分かった琴子はそれを消そうとした。火はdayという文字を消したに留まり、辛うじてhappy birthの文字は見えていた。ホッとした琴子の手元を、じんじんと何かが燃やしていた。火はセーターに燃え移っていた。

それからは早かった。セーターからブラウスへ、スカートへ、そして綺麗な黒髪、白い肌までこんがりとした匂いとともに包んでいった。琴子はこれだけ熱くなったことなどなかった。命が終わる音がした。

夕焼けが炎とともに琴子の部屋をオレンジ色に照らしていた。
そのオレンジ色は、二年前のあの日の夕焼けと同じ色だった。

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