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本多忠勝コミュの本能寺の変の時家康を救う

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本能寺の変において織田信長が明智光秀に討たれた直後、堺にいた徳川家康はすぐさま明智光秀を討つつもりでいました。
狸親父と揶揄される家康ですが、本当は律儀な性格の持ち主で、「今は信長の弔い合戦をするが常道。」と考えていました。しかしこの時、ただ一人家康の前に膝を進み出て進言する者がいました。
「あいや、殿しばしまたれい。それがしは考え方が少し違いまする。」
その人こそ本多平八郎忠勝であった。
「このまま潔く討ち死にしたところで、所詮は犬死でござろう。信長公も喜ばぬはず。在所三河に立ち返り、軍勢を催した上で、明智軍に相対することが賢明な道ではござらぬか。」
と。
三河への帰路は土民に襲われたり、死の危機にさらされましたが、茶屋四郎五郎や信長の家来長谷川秀一、伊賀の郷士や忍者に助けられて、難を逃れました。
「忠勝、そちのお陰で九死に一生を得た。礼を言うぞ。」
と声を詰まらせて忠勝の肩を抱いたという。

ただ戦が強かっただけでなく、本多忠勝の状況判断も優れていたことを物語っています。戦に生き残るには時の情勢と自軍の分析し、冷静に判断することも大切だと教えてくれています。

コメント(3)

>かわちゃんさん

忠勝の冷静沈着で冷酷な面が表れているエピソードですね。
名を挙げた戦国大名には必ずこういう補佐の人がいますね。
shinya様
そうですね。上杉景勝に直江兼継、真田昌幸に矢沢綱頼という感じでしょうか。
伊達政宗に片倉景綱、大友宗麟に立花道雪ですね。

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